13話 スタンピード
仕事忙しすぎて書く暇がない⁉︎
だいぶ遅れた投稿になってしまいましたが楽しんでいただけたら幸いです。
テケル視点になります。
時系列も遡ります
その日、キュリオル家の館は、お嬢様が行方を眩ませたという事で、大騒ぎの状態となっていた。
オルカ「どうだ? 何か情報はあったか?」
普段のオルカというと、どっしりと構え、動揺など一切見せない人であったのだが、流石に娘が居なくなったとなると、普段通りに平常心を保つ事は難しいようで、焦りの色が見える。なるべく隠そうとしているが、内心気が気ではないのが丸分かりであった。
ロイ「今現在のところ、有力な情報は殆どございません。お嬢様のお姿をご覧になったという目撃情報は数件ございますが、いずれも特定に至る情報ではありませんでした」
ロイはキュリオル家に筆頭執事として仕える60近くの老翁であるが年を一切感じさせる事のない動きである。そろそろ引退して余生を過ごされてはどうかと提案されれば、まだ耄碌する歳ではないですぞ、と言えるほどの気力は残っていた。
そもそもユアが失踪したということが伝わったのは、前日の夜で、昼前に出かけていった後、夜になっても一向に帰ってこず、遅れるとの知らせも届いておらず、流石におかしいのではないかと疑い始めた頃に、隠れて護衛をしていた筈の私兵の二人が、気がつくと、郊外の空き地で寝ていたと慌てて帰ってきた時である。
『お嬢様失踪』このことは瞬く間に館の者全員に伝わったのだ。
専ら館内でもユアの可愛さは別格であり、不可侵で神聖的な存在として、尊ばれているレベルだ。当の本人はと言うと、鈍いのか其れとも敢えて触れないようにしているのか特に気にかけている様子は一切ない。その様なお嬢様が失踪したと知ると真っ先に皆は最悪の事態を一同に考える。
勿論この情報は私兵隊副隊長のテケルの耳にも直ぐに入ってきた。館の中でもっともユアの事を気に掛けていると有名なテケルである、それはもう聞いた時の慌てようは凄いものであった、いや異常と言わざるを得ないほどに常軌を逸していた。まず女々しく倒れこむ。無論基本的に脳筋の集まりである私兵隊の中でテケルの体を支えるなど考える殊勝な考えを持ち合わせている者は一人も存在しなかった。その後しばらく放心状態になり、意識が戻ったかと思うとそのまま、お嬢〜〜!! と走り去っていったのだ。
そもそもテケルがキュリオル家にやって来たのは七年前で、当時は23歳とまだまだ血気盛んな時期で、バリバリの現役ハンターであった。更にその歳にして、ギルドランクはBと、期待の若手株と、ソコソコ名が売れており、公爵家や騎士団、王宮魔法師として勤める事となるならまだしも、地方のしがない伯爵家*と言うのだから、ちょっとした話題になったものだ。
しかし若気の至りと言うものか、当時の彼はなかなかにヤンチャな若者であったため、なにかやらかしてタダ働き同然なのだろうという事になったのだ。 しかし実際は違った。
テケルが仕官する一月ほど前のことだ。
"フィヨルド近郊の森に大量に集まった魔獣の集団討伐依頼"というのがギルドに齎された。
その様な依頼は即座に各ギルド支部の依頼ボードへと張り出された。
その依頼を偶然にも受けた一人がテケルであったのだ。
ちっ! しょっぺー依頼だな。
依頼ボードの真ん中に鎮座する赤い依頼書の契約内容を見て悪態を吐くテケル。
集団討伐*の形態をとるために、一人一人の依頼達成料が平均より少し少なめになっていたのだ。
まぁ田舎のお貴族様ではこれぐらいが限界か。最近でっけー仕事も受けてなかった事だし、これならパーティーにも困らないだろしいいか。
最近大きな依頼を受けていなかったから、という軽い気持ちで受注を済ませる。
今は独り身であり仲間も特にいないためささっと準備を終えフィヨルドへ赴く。
テケル「はー、本当に田舎だなぁ」
そう呟いてしまう程にフィヨルドのある地方は何も無かった。強いて言うなら帝国との重要国境地点があるということぐらいか。
よくもまぁこんな辺鄙な地方で生きてけるもんだ。
夜のお楽しみもろくにできやしねぇ。
一応整備された道に等間隔である小さな宿に泊りつつ数日、パルチア王国中央北部地方の街、フィヨルドに辿り着いた。
こりゃまた小さい街なこった。
二万ぐらいしかいないか?
取り敢えず依頼主の伯爵様んとこでもいきますか。
伯爵家の館は街から少し離れたところにポツンと佇んでいた。王都の伯爵の館と比べると余りにも見窄らしい、こじんまりとした感じだった。
おいおい、こりゃどこかの商人さんの館か?
本当にこんな貴族の者で今回の討伐金や報酬は貰えるのか不安になりつつも門の前までやってきた。
門も遠目から見るにはそんなに気にならないが、近くで改めて見てみると錆があったり、傷が付いていたりと、結構ボロボロなものであった。
まぁこんなの気にするのも今更か……
俺は取り敢えず門の前に置いてあった呼び鈴を鳴らす。
すると中から老年の男が姿をあらわす。
依頼を見て来たと伝えると男は歓迎の言葉を一言二言述べた後に庭の方へと案内をした。
庭は、依頼を見てきた者と救援要請を受けて来た国軍の兵士でごった返していた。
老年の男はその中にいた中老の、そこそこ上位の使用人と思われる、品の良い男に話をしている。
話が終わると中老の男はこっちへ向かってくる。
ロイ「これはこれは、遠路遥々よくお越しくださいました。私は当家に仕えさせていただいております、筆頭執事のロイと申します」
テケル「西洋ギルド、ラティクス支部のテケルだ」
最低限の情報だけ伝える。
筆頭執事となるとなかなかの地位の筈なのだがこのロイの物腰は非常に柔らかく、ハンターだからといって蔑む様なこともしないようだ。
貴族やその配下の中には結構な数、相手を蔑んだり見下したりするものが存在するのだが、この家はそうではない様だった。
ロイは懐からメモを取り出すと何かを書き始めた。
ロイ「宜しければランクとメインポジションをお教えください」
テケル「ランクはB、前衛で剣士だ」
まぁ魔法を使えることは言わなくていいか。面倒くさいし……
ロイ「まだお若いのにもうBですか。いやはやあなたの様な方に来ていただき本当に有難いですな」
俺としてはなるべく早く終わらせたいこの依頼だが褒められて悪い気は起こらない。
これくらい当然だと言わんばかりのドヤ顔を見せつけておく。
其れから今後の話を少し聞き、寝床へと案内される。
小さな簡易テントで一人一棟のようだ。流石に館の中に大人数は入れられないようだ。
話によると討伐開始は明後日の昼頃で、臨時パーティー*を組む事になるみたいだ。
今日は疲れたし大分早いが寝るか。
やはり旅の疲れというもので、少し体がダルかったのだ。
テケルが起きたのは皆が寝静まり、夜もすっかり更けた頃であった。
まぁだいたいいつも通りか。んじゃ、やりますか。
テケルは羽織物をかぶり、愛剣と訓練用の槍を携え、館の外へ出る。時間も時間だけあり、あたり一面暗闇に包まれ、人一人としていない静寂に包まれた空間となっていた。
館の敷地のすぐ前で剣を取り出し、剣を振るう。素振りだ。
テケルがこの歳で天才と言われるほどの技術と言うのは、才能からだけでは決してなかった。確かに多少天賦の才に恵まれているかもしれないが、其れを引き出すための努力や鍛錬は人一倍励んでいた。確かな努力に裏付けされた強さというわけだ。
喧騒とはかけ離れたこの地での鍛錬は非常に心落ち着く物となっていた。
案外悪くねーな。
俺は何一ついいとこがないと思っていたこの地の認識を少し変えた。
偶にはこんな所も良いか……
様々な型の素振りを行う。
???「何をしているのですか?」
少し少女、子供っぽい感じの柔らかく、少し高い声音が耳に入る。
テケル「誰だ?」
人の気配も一切感じずに近くに寄られていたことに警戒感を抱く。
しかし声のした方を向いてみるとそこに居たのは月夜の光に照らされ佇んでいる少女だった。しかも年端もいかない、まだ10歳にもなっていないぐらいに見受けられる。
おいおい、こんな時間に子供一人がほっつき歩いてるなんて何考えてんだ……っ!
家に送って行ってやると言おうと少女に近づくき、しっかり顔が認識できた所で、その顔を見てテケルは衝撃を受けた。
夜風に靡く漆黒の髪から覗く秋波。まるで人の手で造られたのかと思うほど整った造形。すっと通った鼻に、少し薄めの唇、目はまだ幼い容姿からは想像できない様な力強さを感じとれた。一言で言えば美しい。
正常な性癖を持っている俺ですら目を奪われてしまった。あと、決して俺はロリコンではない。
無言で少女の顔を見つめていたのを邪魔だと勘違いしたのか、申し訳無さそうに立ち去ろうとする
???「すみません、お邪魔してしまって」
テケル「い、いや! そんな事はない!」
咄嗟に答えてしまう。
な、何やってんだ俺は……い、いや、こんな真夜中に子供を一人にするのはよろしくない。そうだ、別に俺はこの子に一目惚れしたから別れたくないんじゃなくて、俺の良心と紳士の心が燻られて……そうだ、決して俺は子供になんて……
など心の中で言い訳を必死で言い募っていた。ダウト……。
テケル「そんな事より、君の様な子供がこんな時間に外出とは褒められた事じゃないぞ」
人気もなく、光も月明かりのみのこの田舎で少女が一人で歩いている所を盗賊や荒くれ者にでも見つかりでもしたらどうなるのかは分かりきっている。それも美少女なら尚更だ。
テケル「悪い事は言わねーから、これからは夜一人で歩くのはやめとけ。世の中には悪い事を考える奴も少なくねーからな」
???「心配してくださりありがとうございます。でも、どうしても行かねばならない所があるんです。それでは、失礼します」
そう言うと少女はその場を立ち去ろうと歩き出した。
ここで本当に一人で行かせてしまって良いのか? もし襲われでもしたら……
テケル「待ちな! 一人じゃなんだ……危険だろ? どうせ俺も暇だから一緒に行ってやるよ、もし誘拐されたとでも聞いたら目覚めが悪いからな」
少女は申し訳無さそうにしていた。
???「そ、そんな迷惑をかけるなんて……」
テケル「迷惑なんかじゃねーよ、これは俺の自己満足のためにやる事だよ、それに迷惑ってほどでもないしな」
???「それならお言葉に甘えて……」
もう少し警戒してくるかと思ったが思いの外簡単に承諾してくれたことに気が抜ける。
まぁこんな夜中に一人で出歩いてるぐらいの警戒心だしそんなもんか。
ユア「私はユアと申します。この度は私の身を案じていただきありがとうございます」
振り帰り、ユアと名乗った少女は薄っすらと微笑んだ。
そんな姿にまた見惚れかけた。イカンイカン。
テケル「俺はテケルだ。まぁよろしくな」
軽く挨拶を交わし、時々雑談を交えつつ歩いていく。
この子は本当に子供なのか? 大分言葉遣いとか大人びてんな。それに良く服装を見てみると夜着のままじゃねーかよ! それに平民じゃ着れないような良いもんじゃねーか。もしかしてだけどさ……
内心焦りつつかれこれ半刻ほど歩いた。
テケル「おい、こっちは森だぞ? 夜の森は危険だ、それに今はスタンピードが発生してるって知ってるだろ?」
ユア「はい、でも私は行かないと行けないんです」
テケル「なんだ? そんなこと誰に言われたんだ?」
ユア「誰にも言われてません」
テケル「じゃあ何でいくんだ? 死んじまうぞ? もしかして辛いことでもあったから自暴自棄になってんのか? 悪いことは言わねーから自分の命は大切にしろ」
ユアはくすりと笑う。
ユア「テケルさんって優しいですね……それに死にに来たわけじゃないですから安心してください。必ず戻って来ますから」
テケル「なっ……」
ユア「それでは、ここまで送ってくださり感謝しています。帰ってくるのは遅くなるかもしれないのでお待ちにならなくて構いませんので」
そう言い残しユアは森の中へと消えていった。
ユアが森へ入って二刻程が経っただろうか。俺はまだ森の入り口で彼女を待っていた。
我ながらなぜこうも長く待っているのか分からない。普段の俺は待つことが嫌いだった。偶にメシを食う時に長い列に並ぶのは以ての外でギルドの受付の待ち時間も嫌だから、態々人が少ない時間帯しか行かない程だ。そんな俺が二刻もただじっと森を見つめて待っているんだ、知り合いが見たらどんな反応をすることやら。っと、やっとお帰りですか。
森の中から歩いてくる小さな人影が見えた。
傷一つなしか、結構長い間潜ってとは何やってたんだよ。
ユアはテケルが待っていると気付くと少し驚いていた。
ユア「こんな長い時間……すみません」
腰を90度に曲げ、謝る。
緩めの夜着であるネグリジェの隙間から見えてはいけない双璧が見えそうになる。勿論幼女趣味のない俺は大丈夫だ。 年の割に大きい……
テケル「謝る必要はない、これは自分で決めたことだからな」
ユア「重ね重ね、申し訳ございません」
テケル「まぁ、用が済んだなら家まで送る」
そして彼女の家まで送り届けた。のはいいのだったが……
ユア「本日はありがとうございました」
それはいい、それはいいのだが……
テケル「あ、あぁ……、それより本当にここが家なのか?」
今二人が立っているのは、テケルが今回受けた依頼の主であるキュリオル家の館の前だった。
ユア「まだ社交デビューしてませんが、私はこの家の長女です。そもそも子供がいること自体公にされてませんから……この話は御内密でお願いしますね」
少し悪戯っぽく唇に人差し指を当ててシーッとポーズをとっている。
ユア「秘蔵っ子です、なんちゃって?」
森を出てから少し彼女は変わった。最初は固く、緊張していた様子であったが、まるで肩の荷が下りたかのように溌剌としているのだ。
それよりも彼女の告白に唖然とした。彼女は高貴な方だったのだ。そんな人に対して俺は何ということを。
そんな俺の焦りを知ってか知らずか、彼女は、それでは御機嫌よう、とカーテシーをちょんとして館の中へと入っていった。
やべーよやべーよ。
割り振られたテントに戻ったテケルは一人悩んでいた。
あんな態度をとったんだ、明日不敬罪なんて言われてもおかしくねーよ……いっそ夜のうちに……
などとクヨクヨ考えていたのだが、ふと少女の顔が浮かぶ。
綺麗な子だったな。やっぱりもう婚約者とかいるのか? いやいや、まぁ俺には手の届かねぇ高嶺の花なんだけどよぉ。夢見てーよな。って何考えてんだよ俺は! 俺はボン!キュッ!ボン!の艶かしい女をだなぁ……
などと大半はユアの事を想っていたのだった。
次の日の昼頃に斥候の者の報告で、集まっていた魔物が忽然と姿を消していたと伝えたのだった。最初は誤報だと考えた当主は別の斥候を送ったのだが報告は同じ。そんな筈はと、一個騎士隊*を送ったのだが蛻の殻だという事となり、釈然とはしないが討伐終了となったのだった。
この一連の不思議な出来事は今となっても原因が究明されることはなかった。
因みに俺はその後元いた街に戻り暫く冒険者稼業を続けていたのだが、彼女の事が頭から一切離れず、終いにはお近くでお守りしたいという想いまで芽生えてしまい、思うままにキュリオル家に仕官したのだった。
なんて昔の事を考えている俺ももう三十路かぁ……
彼は今旅館の中庭で一人物思いに更けていた。
これからどうしますかねぇ。
あんな過去を経験してきたテケルも既に29歳。そして、何時までも夢だけを追い求める事も出来るわけがなく、27の時に3つ下の街の商人の娘と結婚、子供も一人いる。夫婦仲も悪くなく、幸せな家庭だ。そんな彼が仕えていた家が取り潰しとなり、残ったのもユアただ一人。更に彼女には結構な額の負債がある。家族の事を考えるなら他家に鞍替えするのが当たり前である上に、勧誘も実際にあるのだ。しかし彼がこの数ヶ月ユアに付いていたのはやはり思慕が未だに残っているからだろう。
今ならば俸禄不払いを理由に訴え、卑しい身分に貶め、自分の情婦として囲う事も出来るだろう。
しかし彼はその選択肢は絶対に選ばない、もとい選べない。仕えてきた頃の彼女の様々な面を実際に見てきた彼にそんな選択肢は選べなかった。
もう一度あの笑顔が見たい。
そんな切実な願いがテケルにはあった。
家族にも話した、これからどうするか、妻はあなたの好きなようにしてくださいと言ってくれた。
妻との結婚を一番に祝ってくれたのはお嬢様達であった。そして子供が産まれてからはたくさん気を使ってもらった。普通の貴族ならばそんな事気にも留めないのだが、お嬢様達は違ったのだ。その経験があり、妻自身恩を感じている所がある為、今のお嬢様に付いている事に何も言わないのだろう。
まぁ今無理やり決める事もないか……
結論を先送りに、立ち上がり、部屋へと帰って行った。
集団討伐*……ギルドによる大規模依頼のひとつ。年間多くても一度あるかないか程の依頼である。S級指定危険種の出現や魔物などのスタンピートの発生などの際に、大人数で対処するためにある。しかしその以来の特殊さ故に依頼主も苦労をする。報酬金、宿泊費などの諸経費などバカにならない。その為国からか大公、辺境伯などからしか出されることはない。
臨時パーティー*……パーティーの一種。正式なパーティーと違い集団討伐の際などに一人の者などを既存のパーティーへ一時加入する制度。集団討伐などは一人だと死亡率が上がってしまう為にとられる措置で、有限な人材の損失を抑える為にとられる。パーティーの種類としては、臨時パーティー、パーティー、組(パーティーの集まり)、団(組の集まり)、派閥(団の集合体であり俗称であり、呼ばれる場合や記載される場合は〇〇派となる)がある。現時点で申請されているパーティー数は万にのぼり、組は凡そ500程、団は31、派閥は3存在する。パーティー申請などは帝国ギルドと西洋ギルドは連動したシステムとなっており、どちらか片方で登録すると両ギルドで登録された扱いとなる。
一個騎士隊……国軍のひとつの単位。一個騎士隊は凡そ50人程。指揮官には一等騎士が置かれるのが通例。
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