魔法
「あぁーまったく……ひどい目にあったぜ」
授業が終わり、昼休みに入ったところで啓がぐったりしながら悪役の捨て台詞みたいなことを言ってくる。 啓は前の席のイスに前後逆に座り、こちらの机のスペース一杯に腕を伸ばす。
「おつかれさま」
「お前のせいだかんなー」
さて、全く身に覚えがない、こともないが。 それよりも今の啓、なんかアレっぽいなぁ……。
「お勤めご苦労さま」
「俺は囚人じゃねぇ!」
おっと、口に出ていたみたいだ。
「でも今の啓、たいして囚人と変わらないんじゃない?」
「ぐっ……確かに今週は任意同行3回、強制連行5回だが……でも俺は悪くない! 無実だ冤罪だ!」
「説得力のカケラもないねー」
任意同行『榊原君、後でちょっといいですか?』
強制連行『榊原。後で来なさい。いや、今すぐ来なさい』
……自分が学年でも指折りの問題児だって自覚しているのだろうか?
「だいたい教師はこぞって俺ら科学科に厳しすぎなんだよ」
なあ? と啓が同意を求めてくる。 いや、同意を求められても。
「おもに啓が怒られてるだけな気もするけど……まあこれだけ『魔法科』と人数差があるからね、一人一人にかける思いも違ってくるんでしょ」
「納得いかねぇ……」
啓は机に突っ伏してうぬうぬ唸る。
『魔法』――――。 これは既存の科学で証明出来ない超常現象などを理解し、様々な分野に応用することを目的とした学問である。
ぶっちゃけ仕組みを理解するという意味では『科学』の延長と言えないこともないのだが、その特異性、利便性、応用の利き方や期待から、一つの専門学問として成立している。
そしてなにより決定的に『科学』と違う事がある。 『魔法』によって生まれた現象は一定の時間の後、エネルギーに戻ってしまうのである。
魔法で生まれた炎や水はしばらくするとエネルギーとなって消えてしまう。 地面に穿った穴などは消えないが、弾丸は消えてしまう。
また、魔法を使うと必ず疲労感に襲われる。 体力とは別の、精神力のようなものを消費して魔法は使われているからだという。 この力は魔力で呼ぶのが一般的となっている。
ちなみに『魔法』といっても様々な区分けがあり、より専門的な分野は2年に上がってからまた選択をするそうだ。
こうして聞くと皆が魔法科を選択するのもわかる。 夢や希望、誰も未だ見ぬ経験がそこにはあるのだ。 果てしない魅力を感じずにはいられない。
それ故であろう、魔法科生徒の数は科学科生徒と比べて約3倍にも及ぶ。
魔法科棟各階に、ずらりと並ぶ教室は多くが魔法科生用に新たに発注したもので、専用の耐衝撃実験場や研究施設、果てには学校から研究費用まで設けられるほど魔法は優遇されている教科である。
それもこれも『魔法』への期待が強いから。 これからの時代を、この世界の未来を担っているから。
「なぁ三上、ちょっと学長んとこ行って文句言ってこようぜ」
「まだ学校始まって一か月も経ってないんだけど」
「関係ねぇな。 直談判ってやつ?」
「まぁ言いたいことは分からんでも無いけどさー」
もちろん科学がないがしろにされているわけではないのだが、いかんせんその差は大きすぎた。
故に科学科生は彼ら魔法科生に侮蔑の視線で見られることが、ままあるのだった。
しかし、魔法は今までずっと在ったわけではない。 いや、元々『在った』と言えないこともない。
なぜそのように曖昧な表現になるのか。
かつて、魔法の元になったその力は『奇跡』と呼ばれていた――――――




