病室、その後
室内に軽快な操作音が響く。
『みかみじょしなかせなう』
「っ!? ちょっと待て!! それは良くない! 消し―――――」
「あ、もう手おくれ」
ピロリン
あああッ!? コイツホントに送ちゃったよ!?
「よくやった美穂!」
イエーイと、榊原と美穂がハイタッチをかます。
まだ学校が始まって日が浅い。
きっと送り先は中学の連中だろう。
携帯端末を片手に満足そうにしている美穂はどこか誇らしげでもあった。
「はぁ―――――一仕事終わった後ってきっとこんな気分なのねー……達成感?」
「僕は火にかけられたウニになった気分だよチクショー」
「微妙に伝わんねぇなソレ」
コイツら後のこと絶対考えてないだろ……あぁ面倒な……。
美穂のことだから同級生全員に送った可能性がある。
30人4クラスだから120人に説明しなきゃならん計算になる。 この四日で終わるだろうか……。
「ふふ、祐が学校復帰して皆の反応が楽しみねー」
……ちょっと待て、今なんて言った? 復帰? 「学校」の、皆? ……え?
「さっきのは誰に……?」
「そりゃあ、『高校』の知り合い全部?」
「会ったこともないヤツの情報送るかフツ―!?」
「心配しなくても送ったのは祐のクラスメイトが中心よ」
「なんで知り合いなんだよ!?」
僕もまだ知り合ってないのに!?
…………いやまて、冷静に考えれば僕のことを知らない人に対してであればいくらでも弁明がきくんじゃ
「あと中学のヤツらとか」
「結局送ってんのかよ!」
「中学の後輩とか」
「ここに来て悪評立てないでっ!?」
「ママ友の会とか」
「想像以上に致命傷だった!!」
「夜の繁華街のイケてない系男子とか」
「美穂普段何してんの!?」
夜の繁華街って、本当に大丈夫なのか……?
「ぷっ……ははっ、やっぱ祐って面白いねー! うははは!」
あぁ、今ので分かってしまった。 そういうことか、僕のことからかってたな……。
まんまと美穂に遊ばれてしまったわけだ。
どっと疲れが湧き出てくる感じがする。
僕これでも一応入院してるんですがね……。
「大丈夫、心配しなくても嘘よ。 半分くらい」
「半分は本当なのね……」
仕方がない、残りの日数で弁明でも考えるか……。
「うん。 中学のヤツには言ってないから」
「結局そこは言ってないのかよ!!」
「イケてない系はホント」
「なんでだよ!?」
この「飯塚美穂」はゴシップネタが大好きなのである。
隙あらば記事にしてばら撒く。 隙がないなら捏造してばら撒く。
なのになぜか信頼を勝ち取る確かな情報として広まっていくのだった。
かつて友人に聞いたことによれば、『8割合ってる』らしい。 解せない。
「んーしかし、さっきのは漢字変換もしてないし内容も抽象的だったからなー」
「は? 啓、何を言って……」
「まあ改めて『先刻、同郷の三上(15)が病室内に見知らぬ女性を』ってちょっと邪魔だ三上!」
「いやお前の言ってることおかしいからな!?」
必死に書くのを止めさせようとする。
「うーるせぇ! 『連れ込んで無理やり』よし出来た! これでお前の女子人気はガタ落ち間違いなし……!」
「させるかぁ!!」
榊原の顔面にハイキック、と見せかけて手に握られた端末を狙う。
しかしすんでのところで躱されてしまった。
「おっと危ない、落とすところだったぜ……はっ、欲しけりゃ取ってみるんだな!!」
そう言ってダッシュで病室を後にする。
「あっ!? 待て啓!!」
今度こそ手遅れになる前に阻止しなければッ……!
「祐あんた一応病人なんだけどーーー!?」
美穂の声を聞き流し、榊原と祐は病院内を猛スピードで駆けて行った。
ただ既に送信ボタンを押しているように見えたけど……きっと気のせいだ。
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「あー行っちゃった……」
走っちゃダメな病院内をダッシュしていった友人たち。
これは後で怒られるの確定っぽいわね……!!
取り敢えずそれまでには逃げようと決意していると、後ろから声をかけられた。
「あ、あの、全然ついていけないんですけど……」
来た時には号泣していた女の子は今は落ち着いて事の成り行きを窺っていた。
途中から静かなものだからすっかり意識の外だった。
「あ、ごめんなさい、いつものノリですっかり忘れてた。 ……えーと、あなたは――――」
「あ、はい、一之瀬沙月です」
「一之瀬……? ああ、それじゃあ、あなたがあの成績最優秀者で入学式すっぽかしたっていう?」
「あぅ……そうですね……」
へぇ、それがなんでこんなところに。
「じゃあさ―――――――――」
それからお叱りの声が掛かるギリギリまで、女子二人の会話は続いた。
短めです。 おまけ程度で。