意識を取り戻すとそこは、異世か……見たことのある場所でした
あれ……? ここは…………?
まず最初に思ったのは、薄暗い。白い天井に白い電灯。
アスファルトみたいには固くないこの感触は――――――――病院のベッド、かな?
次第に意識がはっきりしてくる。
……たしか、はねられたんだよな。
外からは暖かな日ざしが降り注ぎ、僕の上に木陰を作っている。
隣のテーブルにはお見舞いがいくつかおいてある。 その中には友人の名前もあった。
つまり彼らに情報がいく位の時間は経っているということだ。
「あ、気がつかれたんですね」
僕が起きたことに気が付いた看護師さんが声をかけてくる。
「え……と」
「大丈夫ですよ、もう何日か安静にしてれば退院できますから」
まだぼんやりする頭でうまく言葉が見つからないでいると、看護師さんは先に答えてくれた。
僕が何を言わんとするのかはもう分かっていたらしい。
「……そうですか」
なんとなく察してはいたが、やはりもうしばらく学校にはいけなさそうだ。
机の上に僕の端末が置かれている。 後で友人に起きたことを伝えた方がいいだろう。
それとまだ暫く行けない事も。
「今先生お呼びしますので、待っててくださいね」
特別焦る様子もなく、優しい口調で告げる。
看護師さんは病室を出る直前こちらを向き、少し砕けた口調になると。
「でも本当、よく生きてたわよね。 あなたって本当に人間なのかしら?」
「人を辞めた覚えはないんですが……」
「あら、これは失言だったわね。 ごめんなさい」
少なくとも本人に対して言う言葉じゃないよね……。
彼女は軽く会釈をして病室を後にする。
「……ふふっ、あの子かわいいわー」
去り際になにか言っていたがよく聞き取れなかった。
まあ僕に何か言ったわけではなさそうだし別にいいか……。
―――――――
――――――――――
しばらくするとドアを開ける音とともに白衣で白髪のおじいさんが入ってくる。
おそらく看護師さんが先ほど言っていた先生に違いない。 ちなみにふっさふさである。
「おぅい、起きとるか?」
分かり切った質問をしながらゆったりと近づいてくる。
彼から見えていないはずはないのだが……そういう性格なのだろう。
「あー、まあ」
まだぼーっとしている頭でそんなことを考えつつ、適当な返事をすると、
「なんじゃ、もっとしっかり反応せんか」
「はあ……」
怒られた。
「起きとるのか、起きとらんのか、どっちじゃ」
「起きてます」
「よろしい」
なにがよろしいのだろうか?
「なにがよろしいのかとか考えておるかもしれんがな、患者の意識があるか、それが正常かを確かめる意味でやっとるんじゃ。 なにもジジイの気まぐれでやっとるわけじゃないわい」
エスパーかこの人は……。
しかしこれは、なるほど、一本取られた感じがする。 このおじいさんへの認識を改める必要がありそうだ。
さて、とおじいさんは本題を切り出す。
「今回のこと覚えとるか?」
手にはボードが握られている。 診察というよりは聞き取り調査の方が近い。
正確に思い出す必要がありそうだ。
「ええと、学校に行こうとして、トラックにはねられて、学校に行こうとして……」
「らしいな。 アホかおぬし」
「いやぁ」
「褒めとらん」
「ですよねー」
その後もいくつか質問に答えていく。
「昏倒したときのことは覚えとるか? おぬしあの時二度はねられとるらしいんじゃが」
「うーん、その辺はよくわかんないです。 空が青かったことくらいしか」
「ふむ。 直前の記憶無し、か……まあ脳震とうだったようだし、仕方あるまい」
「えっ大量出血でぶっ倒れたんじゃないんですか?」
「サラッと恐ろしいこというのぉ」
なんと。 てっきり失血死しかけたのかと思ってたのに。 意外と僕の体は優秀なようだ。
「あ、そうだ、あれからどれくらい時間経ってますか」
「んー……おぬしが事故にあってからなら四日ほどじゃな」
「四日も?」
「たったの四日じゃ。 運よく助かったとしても本来この程度怪我で済むはずないんじゃが。 『魔法』の類も使っておらんのじゃろう? ……まったく、おぬしほんとに人間かね?」
あんたまでそんなこと言うのか。 自分だってエスパーのくせに。
「入院期間延ばすぞ」
「いえ、先生の腕がよかったからじゃないでしょうか!!」
これ以上延ばされてはたまらない。 すでに学校が始まってから四日も経ってるんだ。
授業についていけないなんてことは避けたい。
「まぁ骨折すらなかったからのぅ、頭の傷も縫ったし、全身打撲もほっときゃ治る。 検査入院で数日と、あとはそっちの体力が戻り次第じゃな」
……うん、聞き逃しそうになったけど、この人いま全身打撲放棄したよな?
おじいさんは何食わぬ顔で続ける。
「あとは、そうじゃな、友人たちに元気な姿でも見せてやるといい」
そういえばお見舞いがあったのを思い出す。
「あの、誰が来てたか分かりますか?」
「名前までは分からんが、男子が何人か、女子も一人来とったな」
なるほど、ある程度予想はしてたけど、結構来てくれたんだなぁ。
そこでおじいさんは何か思い出したようにこちらへ向きなおる。
「ああ、忘れるとこじゃった。 あともう一人、毎日来とる女の子がおったな」
毎日……? そんなに仲のいい女友達いただろうか?
はて、と首をかしげる。
「ん、もしかして知り合いじゃないのか」
記憶の人物ファイルを探すも、そんな子には行きつけなかった。
知り合いに何人か毎日来てくれそうな人はいるが、現状その人たちは来れないはずである。
そもそも僕の通った中学校がある地区からここは割と離れている。
かつての友人達は一日くらいは見舞いに来れても、毎日という条件だと出来そうな人はいなかった。
誰なんだろう……実は昔約束をした美少女だったりして。
そんな思いを知ってか知らずか、おじいさんは続ける。
「まあ今日も来るんじゃないかの? 会ってみれば分かるじゃろうて」
「……それもそうですね。 ありがとうございます」
「ん、またなにかあったらそこのボタンで呼んでくれ。 それと仕事は増やさんでくれよ」
それはつまり押すなってことなんじゃ……?
そのままおじいさんは去っていく。 扉が閉まるのを見届けてから窓の外へ目を向ける。
これでこの病室には僕一人となった。
「…………」
――――――物音ひとつない病室で。
「ふぅ……」
溜息をひとつ。
外では小鳥が戯たわむれている。
「今日も変わらず平和だなぁ…………」
しみじみと放った言葉は静かに、春の日ざしに溶けていく。