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呼び出し

 

 ◇     ◇     ◇     ◇



『今日の放課後六時、1-4教室に来て』


 人気の無くなった廊下を一人歩く姿があった。

 啓との特訓(リハビリ)の後、この呼び出しに従い祐は教室へと向かっているところである。


 ……しかしそう、手紙をもらった。 これじゃあまるでラブレターみたいだ。


 しかしすぐにその可能性を否定する。

 そう祐が判断するのには理由があった。


 木曜日の朝、下駄箱に投函されていた複数の手紙。

 それらには全て別々の場所と時間が記されており、最後に『待ってます』で締められていた。

 図書室、倉庫、工具室など。 昼や放課後、中には授業中の物まであった。


 さすがに授業中は行かずとも、他の指定には従った。

 同一人物であることを当初より疑っており、複数送りつけた相手の意図は分からなかったが、とりあえず呼ばれている以上行っておこうと思ったからである。


 しかし祐はそれを若干後悔していた。

 それらの場所に行きしばらく待ったが、結局送り主と思しき人物は現れなかったのである。

 祐の手元にはまだ数か所を指定する手紙が残っていたが、この『教室』を最後に見つからなければ諦めようと思っていたのだった。


 ……というか午後九時以降も学校に居残れとか、どんな嫌がらせなんですかね。


 嫌がらせという言葉に若干引っかかるものを感じつつも先を急ぐ。

 教室の戸をくぐると、橙に染まる部屋の中に一つの影が伸びていた。

 眩しさに目を細めながらも、振り向くその人物を注視した。


「祐?」


 手で日を遮り、ようやく見えたその人は、祐のよく知る人物。


「なんだ美穂か……」


 その瞬間祐は色々と納得し察する。


「なんだとは失礼ねぇ」

「言いたくもなるよ……。 わざわざ手紙なんて用意して呼び出す必要無くない?」


 夕日を背に机にもたれる美穂。 表情は陰になって窺い知れない。

 もしかしたら意地悪く笑っているのだろうかという思いとは裏腹に、短く、ほんの少しの意外さを含んだ声が混じる。


「手紙?」


 その短い疑問の意味するものは何か。


あんたも(、、、、)?」

「え?」


「ああいや、えふん……私がそんなことする訳ないじゃない」

「……そう、じゃあ別の誰かなのか……。 ここに誰か来てない? もしくはいなかった?」

「さぁーあたし来たのもさっきだし……何、誰待ち? あ、女の子!? そういう感じのアレ!?」


 いつも通りのテンションで詰問する美穂。

 やっぱり居ないのか、と思いつつさっさと退散することにする。


「違うよ帰るねさよなら」

「【重圧(プレッシャー)】」


 魔法によって急激に上からの力が加えられる。

 それによって祐の体は負荷を軽減するために腰を折る。

 そして崩れる足も相まって祐の目線は急激に下がり――――机の角に頭突きをかました。


「ぉぉぉ……」

「ふふん、どお? あたしの魔法の威力は」

「痛いわ!」

「無視するからよ」


 非難の目を向けようと顔をあげるも、そこに美穂の姿は既に無く、直後肩の辺りに新たな重みが加わる。


「乗るな!」

「じゃ振り落とせばー」

「降りろよ!?」


「祐って昔から女の子には特に優しいもんねぇ。 いやぁあたしのことも女の子として見てくれてるってことよね、嬉しいわぁ」

「ああ、美穂なら別にどうでもいいか。 よし振り落とそう」

「【重圧(プレッシャー)】」


 膝をついた状態からさらに下への力が加わる。


「失礼ね」

「今の状況が一番失礼だ!」


 押し付ける力が消えた所で勢いよく体を起こす。

 美穂はひょいと難なく着地した。


「はぁ……美穂って無詠唱でできたっけか?」

「この前うまくいったからねぇ、地道な努力の結果ってやつ。 あと無詠唱じゃないわよ。 起句は言ってるじゃない」

「まあそうかもしれないけど」


 魔法の発動の際に口にする言葉。

 大抵はその魔法の名前を言うが、実のところ何言っても変わらない。

 魔法の発動の仕組み的に関係無いところになるので、意味合いとしては発動者本人の心の安定を図るためのものであり、最悪無くても発動はできる。


 結局魔法式は詠唱してないじゃん、と心で突っ込む。


「で、手紙って何。 やっぱアレ? 甘っちょろい文でびっちりな愛のお手紙?」

「違うって」

「ま、祐だもんねぇ」


 小馬鹿にするように笑う美穂。 

 それを見て祐は少し見栄を張りたくなってしまった。


「いいや、僕だってラブレターの一通や二通くらい―――――」


 その一言を機に端末を高速で叩き始める美穂。


「あ、ごめん、嘘、マジで嘘!! だからストップ!!」

「そうよね、あたしが間違ってたわ。 それ以上に受け取ってるわよね祐だもの」

「嘘です、もらった事なんて無いです! 祐だからね! しょうがないね!」


 もはやよく分からない理由で制止し始める。

 美穂はその代わりの条件を示してきた。


「駅前に最近できたカフェがあるの。 行ってみたいわぁ」

「馬鹿な……!? 貴様その情報に一体どれだけの価値をつけるというんだ!?」


「情報の価値を下げたいなら広く周知されるといいわ」

「くっ、妥当な価値基準だと思います……!」


 美穂はふふんと満足そうに鼻を鳴らす。

 祐はなんとか反撃の糸口は無いかと思考を巡らせ、先ほどの美穂の言葉を思い出した。


「そういう美穂はどうなんだよ。 甘っちょろいアレなわけ?」

「そうよ」

「……」

「あんた今すっごい面白い顔してる」


 真顔で肯定されたことに若干、少し、微少ではあるが衝撃的な内容に思考が飛んだ。


 あの美穂に? 長い付き合いだけど気づかなかったな……。

 いや、そうだよな、そういう年頃なのかー……。


 祐は理解を示すように首肯する。


「奇特な生物も居たもんだ」


「あーそうですかぁ、じゃあ今あたしと絶賛待ち合わせ中のあんたが奇特な生物なのねぇ?」

「あ、じゃ帰ります」


「【重圧(プレッシャー)】」


 美穂はそこで話を切り替えるように真面目な口調に変わる。


「そうね、あんたには言ってもいいか……」

「とりあえず解除してからにして……!」




 美穂は少し渋ったあと魔法を解除する。

 そして思案顔になり何かを躊躇うそぶりを見せるも、すぐに思い直したように話始めた。


「最近ミコちゃん嫌がらせ受けてるみたいなの」

「それは、この前みたいな噂とか?」


 祐は立ち上がりながら具体例を尋ねる。

 美穂は首を横に振り否定する。


「もっと直接的なものよ。 あの子そういうのしゃべんないから分かりづらいけど、特にここ最近はエスカレートしてきてるみたいで。 気丈に振る舞ってるけど、やっぱり堪えてるぽい」


 美穂の口から語られたのは祐にとって衝撃の内容だった。

 何と返せばいいか分からず答えに困窮する。


「あたしは科が違うから、そっちのことだと少し手が遠いのよ」


 そう言う美穂は本当に心配している様子。

 握った端末を所在なさげに手の中で弄ぶ。


「あんたたち仲いいんでしょ? だからミコちゃんのこと、よろしく頼まれてほしいの」

「そうか……それはいいけど、具体的に何をしたもんかね」

「深く考えなくていいわ。 いつも通り仲良くしてあげて?」


 そして話は終わったと言わんばかりに盛大に伸びをすると、腰かけていた机からひょいと飛び降りた。


「さってとー用事も終わったし。 帰るわね」

「ん、待ってなくていいの?」


 手紙の送り主は未だ現れていない。 祐も帰ろうとはしていたのだが、それは脇において尋ねる。


「ああ違う違う、用事ってのは別。 ミコちゃんのノート拾ったから届けに来たのよ。 大体あたしがあんな呼び出しに従うわけ無いじゃない。 手紙の指定と用事が同じ場所だったからついでにちょっと待ってただけ――――」


 言葉半ばに何かに気づいた様子の美穂。


「……同じ場所?」


 美穂は逆戻りしたように真剣な顔で考え込む。

 おもむろに鞄を手繰り寄せ、中を漁り始める。


「ねぇ、手紙って何通来た?」

「何通って、たくさん……え?」


 どうして複数来たことを予想できたのか、その答えはすぐに返ってきた。


あたしも(、、、、)、よ」


 美穂は鞄からいくつかの紙を引っ張り出し机の上に放った。

 美穂は返事を待たず教室を出る。


「これは―――――」


 祐はそれを手に取りまじまじと眺める。

 便箋の柄、筆跡、内容。 祐が貰ったものと似ていた。


 祐は複数送られてきた手紙は同一人物からなのではないかと踏んでいた。

 何らかの理由があり、この人は自分と会うことが目的なのでは? と。

 しかし、美穂の方も祐と(、、、、、、、)同じ人物からだ(、、、、、、、)ったとしたら(、、、、、、)


 しばらくして帰ってきた美穂は心底虫の居所が悪そうだった。


「なぁんか嫌な感じぃ……何が目的?」


 結局、何も起きなかった。

 準備して呼び出すだけ。

 それがまた美穂にとって気に入らない。


「あたしを出し抜こうなんて、上等じゃない」


 それからは多くは語らず、その日は解散となった。


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