ハンデ分のメリット
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……で、結果学長室まできたはいいが……これ入っていいのだろうか」
先生すら会ったことないような人に会えるものなのだろうか。
二宮もさあ?と首を傾げる。 廊下の行き当たりにある学長室は他の部屋とは異なり、アンティーク調の大きな両開き扉が二人を出迎える。
待っていてもしょうがない。 軽いノックの後、その重厚な扉を開けた。
「失礼しまーす……学長先生いらっしゃいますかー……」
そーっと入った部屋はカーテンが閉じられ薄暗い電灯だけが照らしていた。 装飾や絨毯など、全体的に赤色が見受けられ、少し落ち着かない。
部屋の真ん中で存在感を放つ豪勢なデスクには誰も座っていなかった。
代わりに入って右手の応接用のソファに人影がひとつ見えた。
「おや? 君たちは?」
「あ、一年科学科、三上です」
「二宮です」
あれ、この人どっかで……?
「そうか。 学長先生になにか用事でもあったかい? でも勝手に入るのは感心しないな」
「すみません……。 ええと……?」
「あぁ、ボクは学長じゃあないよ。 ボクは―――――」
そこでこの人物が誰なのかを思い出す。 学内ネットでしょっちゅう役職名が挙がるこの人は。
「徳永生徒会長?」
「おお、一年に知られているのはうれしいものだね」
「いや、知られてるも何も、あれだけ学校掲示板とかで有名だと、知らない人は居ないんじゃないですか?」
二宮も肯定を示すように首肯する。
「そうかそうか。 済まないが見ての通り学長は―――――」
「あっ、いえ、実は初め会長を探していたんです」
「おや、ボクに用だったか。 それは済まなかったね。 ここで済む内容かい?」
「どうでしょう、チーム分けについてなんですが……」
「ふむ、それは一度会室に戻った方がよさそうだね」
「あの、会長はここで何を……?」
「ああ、気にしなくていい。 学長に呼び出されたんだが、あの人は呼ぶだけ呼んでどっかでまた寝てるだけだろうから」
「? そうですか」
学長とはこれまた随分と自由な人のようだ。
「歩きながら話を聞こう」
こうして伝えたかった内容を伝えることができたのだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど、で、結局君たちはどうしたいんだい?」
一通り聞き終えた会長から一言発せられる。
「君たちはその不遇な立場を訴えてきた。 それで、ボクにどうしてほしいんだい? 具体的な考えも無しに来た訳ではないだろう?」
「っそれは……」
二宮は会長の質問に息を詰まらせる。
そのとおりだ。 ただ聞きに来たのでは何も変わらない。
正直なところ二宮自身はついて来ただけだったのでそこまで考えが回っていなかった。
二宮は縋るような気持ちで祐を見る。
その祐の顔には『当然だ』と書かれているように思える。
「さて、どうしよう」
「考えておきなさいよ……」
「まぁ、ボクは今暇だからね。 一つずつ案を潰して行こう」
そういって会長は語り始める。
「まず、補充人員は確保できない。 そもそも人数で余りが出てしまう以上、組み直しても意味は無い。
では上級生から持ってくるのはどうか。 これは慣れもあることから逆に1チームだけ有利になってしまう。 余計にややこしくなるだけだ」
「初期ポイントを多くする案。 これはどの程度攻撃され、人数足りない分どの程度多くポイントを失うのかを想定しなければならない。 そんなことは分かるはずがないし、そもそも二人である以上、一度に減るポイントは2/3倍になるというメリットすらある。 初期ポイントに関しては三人分の合計、3000ポイントが限界だろう」
「相手チームにハンデをつけることで調整する案。 それはこの行事の質を下げることになる。 既に戦略を考えている人たちにとってはそれこそ理不尽に映るだろうね。 数千の生徒の上に立つ者としては、不特定多数の理不尽よりも君たち二人の理不尽を優先せざる負えない。 差を埋めようにも、結果的に君たちの方が不利になってしまうことは理解してほしい」
会長は二人を見据え微笑む。
「そんな中で君たちは何を求める?」
会長の問いかけに祐は無言で口に手を当て考え込む。
やがて慎重にその口を開いた。
「……おっしゃる通り、他チームとの差分、有利な条件で始めさせてほしいです」
そういう祐の声は、普段よりも心なしか威圧感を持って聞こえる。
これは口を挟むべきでないと二宮は口を噤んだ。
「どんな条件?」
「配布される術式札、初期ポイント、他五人分になるように」
「それはできない。 先ほども言ったように譲歩できるのは他チームと同じ、三人分までだ」
「ポイントは四人分、札を三人分。 手数のハンデを加味すれば足りないくらいです」
「ポイントに関しては三人までしか認められない。 ……ふむ、そうだね、術式札は四人分まででも―――――」
「いや、少し考えさせてもらえますか」
「どうぞ」
祐はいくつかの質問を二宮へ伝え、解答を得ると会長に向き直った。
二宮からしてみれば祐に一任しているようなものなので、何を考えての質問だったのかはわからない。
一歩下がった所で静かに見守る。
「先ほどの。 あれの代替案があるんですが、いいでしょうか」
ポイントの譲歩が得られない案、祐はそれを拒否した。
「言ってごらん」
「代わりに放出魔力制限の緩和をしてほしいです」
新たな代替案。
二宮の了解も得ての提案である。 札を多くもらうよりも、可能ならば制限緩和を優先したいと祐の考えであった。
「ふむ、先に言っておくと被弾による減少幅には上限がある。 同じチームからの減少量にも上限がある。 ルールにも記載があったと思うが、ペナルティを受けにくくなる程度の恩恵しかないということは頭に入れておいてくれ。 どの程度」
「通常の上限を100として、350で」
「盛るにしてももう少しまともな数値にしてくれ。 105だ」
「僕の方だけ過剰魔力ペナルティの増加なら」
「君の方だけ、110」
「僕の自己被弾時減少量の増加」
「ふむ、120でいこう」
「……もう少し上がりませんか?」
「私情は挟まない。 それに流石にこれ以上は駄目だ」
「そうですか、では僕が魔法を使用しない、というのは」
祐の案に会長の笑みが消えた。
「……どういうつもりだい? 確かに直接魔力を叩きこめさえすれば相手のポイントを減らす事もできるだろうが……」
そこで会長は ああ、と何か得心を得たようにうなずく。
「そういうことか」
祐はわざとらしく肩を竦めてみせる。
「さて。 できませんか」
「そもそも魔法は魔力の形を変えただけのものだ。 判別は難しいだろうね」
「魔導機器は個体識別してるんですよね? 僕の番号だけ対象から除くとか。 同じ設定を全部の機器に適応するのなら時間はかからないですよね」
「あまりカスタマイズされても困るんだがね」
「それについて。 別件にはなりますが全校生徒に機器の調整許可を出してはもらえませんか」
これが認められればより戦略に幅が生まれる。 他人のメリットと加味しても自分に最も合った状態で挑めれば十分である。
「調整に時間がかかりすぎる。 認められない。 人数で不利である君たちだけの譲歩だ」
祐からすれば否定されることは予想通りである。 これで、明確に特例であることが示された。
そして、会長本人から他の生徒は同じ設定である事が約束されたのである。
それはそれで十分な収穫だろう。
「分かりました。 先ほどのはOKですか」
「そうだね、個人の技能を加味するわけにはいかないが……」
会長は背もたれに深く寄り掛かる。
「許可できない。 あくまで変更するのは君たち二人分だけ。 やはり他の生徒に影響があるのは駄目だ。 ……他の行事では制限をつけないものもある。 君のやろうとしてる事はそちらにして諦めてくれ」
「……分かりました。 以上です」
それを最後に二人の交渉は終わりを告げた。
「ん。 ポイント及び術式札を三人分、放出制限緩和を100を基準にそれぞれ105と120。 120の方は過剰ペナルティの増加、被弾ペナルティの増加。 それと特例がいることは告知するが、いいね?」
「はい」
「……」
「……君は?」
すっかり蚊帳の外で成り行きを眺めていたおかげで、二宮は自分に対しても問われている事に気づいていなかった。
「えっ!? あ、はい、いいです」
内容はまるで理解してなかったがとりあえず了承しておく。
「了解だ。 当日までに用意しておく。 当日は運営本部まで取りに来てくれ」
会長は手書きで簡単な書類を作成し二人に手渡す。 一応公式の書類になるようだ。
「とまあここまで堅苦しい話をしてきたが、そう畏まらなくていいよ」
そう言って柔らかく微笑んだ。
「しかしまあ随分と強気に話を進めたね? 全部却下だって考えてただろうに」
「その時はその時、潔く諦めますよ。 何も参加資格取られる訳じゃ無いですし」
そうだね、と言う会長は他の書類を漁り始める。
「そうだ、三上君。 もう怪我の方は大丈夫かい?」
「よくご存知ですね……見ての通り問題無いです」
「魔獣と相対してどうだった? 中々恐ろしいものだろう?」
「んー……慣れてますので」
そんな祐の態度に会長はつい堪えきれず笑ってしまう。
「……くっ、はははっ……慣れてるか! そうか……そっちの君もあの時居たのかい?」
「い、いえ、私は図書室に……」
同じ質問を二宮にも投げかける。
「君はその時どう思った?」
「そ、その……」
「ああ、済まない。 無理に言う必要は無いんだ。 あの件について他の生徒の意見も参考にしたくてね」
言い辛そうな二宮を見て会長はフォローを入れる。
「緊急事態とはいつ起きるか分からないから緊急なんだ。 当然学校としても改善を図るが、この機に防災訓練の大切さをよく理解してもらえるとうれしいよ。 では二人とも行事はしっかり楽しんでくれ」
思ってたよりも事が進んだが、これで二人の用事は済んだので最後にお礼を述べたのち会室を後にした。
―――
―――――――
「さて、学長はもう起きたかな」
席を立つと同時、二人の去った会室に入れ違いで一人の女生徒が入ってくる。
「おや、凪君どうしたんだい? もうここは閉めるつもりだったんだが」
「いえ、本日の抗議をしに来ました」
「そんな日替わりランチみたいに言わなくても」
抗議をしに来た風紀委員長、桑島はしっかり抗議文を持って現れていた。
それも宣言通り毎日。
「ご心配なく。 日が変わろうと内容は同じです」
「もうちょっと華があってもいいんじゃないかい?」
変わり映えの無い文字の羅列を眺めつつそう提案する。
「私で我慢してください」
「……」
桑島は自分で言っておきながら後から恥ずかしくなり、ごまかすように話題を振った。
「そ、それより、今のは?」
出て行った二人について疑問を投げかける。
「ハズレくじを引いた二人だ。 男子の方が三上君、女の子が二宮君」
そこで桑島はその名前に納得した。
「ああ、彼が三上ですか」
「魔獣の件で精神面を危惧していたが、どうやら杞憂に終わったようだ」
ふと思案顔になる会長。
「……寧ろ女の子の方が少し心配かな。 話してる間も終始隠れるようにしていたし。 無意識的にだろうが、大分不安定そうだ」
「お年頃ですし。 疲れもたまりやすいでしょう。 個人の事にまで首を突っ込む余裕は無いですよ?」
「……怒ってる?」
「怒ってません! 会長が他の生徒の心配をするのは当然ですから……!!」
「嫉妬する君もかわいいねー。 まあボク人気者みたいだし―――――――」
そんな調子の会長に対し顔を真っ赤に染め上げる。
「ううううるせぇいですぅーーー!!」
「あっちょ、凪君魔力漏れてる! 危な!」
行事まであと6日。




