廊下のカツオ節
九条の授業ノート~科学編~
世界のエネルギー事情について
晶力・・・現在世界的に主流となっているエネルギー体系のひとつ。 世界のエネルギー事情を一変させた。 核となる結晶からエネルギーを抽出する。 時間でエネルギーが回復する特徴を持つ。
今の魔法が現れるまで、こちらを『魔法』と呼んでいた。 現在は別とされる。
最初に晶力が発明された年は明確になってはいないが、300~400年前だと言われている。
過剰な晶力の集まりは青くなり視認できるようになる。
⇒晶力機は既存の電化製品のほとんどと入れ替わるようにして普及した。
魔力・・・生物が持つエネルギーのひとつ。 体力とは別物と考えられているが、魔力減少にあわせ体力の減少を感じるなど、関連性は高い。 妖怪の持つ妖力などは同じものと考えられている。
晶力とは逆に、過剰魔力は赤くみえる。 過剰魔力は不安定故に想定外の魔法が発動してしまう場合があり、危険である。
エネルギーの遷移
人力→蒸気機関→電力→晶力→魔力
・世界全体を占めるエネルギー割合
化石燃料・・・10%
電力・・・20%
晶力・・・50%
魔力・・・20%
なぜ魔法に需要が?
⇒晶力とは力の体系そのものが違い、晶力では不可能であった事が可能になる。
魔導機器とは、晶力機に魔法の機構を取り入れたもの。 ここ10年で急速に普及。
ただし、魔法道具の技術面がまだ不安定であるため、単価が高額になる傾向にある。
よく分からんまま作ってたらたまたま良いのができたから売ろうくらい不安定。
古代遺産も多くが魔導機器であると言われている。
総じて、科学技術の結晶ともいえる晶力は今現在も世界エネルギーの中心を担っている―――――。
(さっぱりわからんですわ!)
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『おい、隣のクラスの葛城、佐伯ちゃんのチームだったぞ!』
『何!? 血祭りに上げろ!』
『新情報だ! 九組石動のチームは全員男だ!』
『可哀想になぁ! 祝福してやれ!』
いつも飽きず絶え間なくやかましい科学科ではあるが、今日は今日で異様に慌ただしかった。
行きかう男子生徒の会話が飛び込んでくる。
『おい、聖女と姫君のチームはまだ分からんのか!?』
『今全力で捜索中だ、しかし相手もそう易々と尻尾は掴ませてはくれまい……』
『隠匿派が居る以上炙り出しも難しいか……!』
あれ、これは中々にピンチなのでは? と表情には出さないが、祐は内心冷や汗を掻く。
隠匿派とは要するにチームメイトを明かさず、情報アドバンテージの損失を回避しようとする者を指している。
当然それなりの人数がこの考え方をしている。 それに対してチームメイトが全員男だった者が集まり、女子と組めなかった悲しみをぶつけているのだとか。 何分分母が大きいだけに結構数居るようだ。
このことも問題ではあるのだが、もうひとつ問題があった。
『科1-4 二宮巫言』
三人チームに二人しか居なかったのである。
クラスメイトに相談しようにも、見つかったが最後な感じなのでできない。
ミコトちゃんにも聞いてみたところ、『私は二人で構わない。 むしろばっちこい』って……ハンデでかすぎじゃないですかね。
彼女のやる気と自身には申し訳ないが、やはりちょっと聞いてみる必要があるだろう――――――。
◇ ◇ ◇ ◇
と、まあ今はそれを訊きにいこうと生徒会室へ向かっているところである。
生徒会室のある棟までくると、一気に人が少なくなる。 生徒会室のあるこの事務棟は教室のある棟とは分けられており、それこそ生徒会に所属していたりしなければあまり頻繁に訪れることもないであろう。
そんな祐の隣には一人の少女が並び歩いていた。
「確かめに行くだけだから、わざわざついて来なくてもよかったんだよ?」
「いいわ。 私も関係してることなんだし」
そう受け答えをしている間も二宮はとある事が気にかかっていた。
科学科棟からここまでの道すがら、生徒たちから何度も疑問の視線を向けられていた。
何故二宮が男と歩いているのか、と。
普通に考えてただ歩いている事にどこもおかしいところはないのだが、皆が同じような仕草、動作をしていれば嫌でも気が付く。
だがそんなことはこの際どうでもいい。 二宮はそんなことよりも、『気になっている事』の方に意識が回る。
「……ねぇそれより、三上は三人の方がいいの?」
二宮の気になっていた事とはこのことである。 もしかしたら祐は二宮とチームを組むのが嫌だったのではないか。 そんなことを考えてしまっていた。
二宮としては何か嫌われるような事をした覚えは無かったし、クラスの中でも数少ない会話ができる相手である。 もし嫌われてしまっているようなら改善に尽くしたい。
「まぁね。 その方が圧倒的に有利だろうし」
「そう……」
二宮は残念そうに肩を落とす。 しかし二宮自身その答えを予想していなかった訳ではない。
まあ三上と同じチームというだけでも僥倖――――
「はっ、私は別にあんたと同じチームじゃなくてもいいけどね!」
「そう? 僕はミコトちゃんと同じチームがいいけどな」
「ええっ!?」
いやぁやっぱり知り合いと一緒の方が気も楽だし、という声は既に二宮には聞こえていない。
驚き半分、嬉しさ半分といったところである。 今の反応からして本心である可能性が高い。 とりあえず嫌われてるかもという事はなさそうだ。
自分と組むのが嫌でこんなことを言いだした訳では無いらしい。
「あれ、じゃあなんでチーム変えたいの?」
「ミコトちゃん、聞いてた?」
二人して生徒会室までやってきたところでもうひとつ問題が発生した。
『今日の生徒会はお休みだよ! かいちょーの連絡先は下のテストの答えを順に並べると出てくる数を√10で割った値の有効数字10ケタだよ! (大ヒント:最初は0) by会計長』
無骨な机の上にはクリアケースが置かれ、その中に紙の束が入っている。 つまりこれがテストなのだろう。
祐は一枚手に取る。
マーク問題のようだ。 選択肢は0から9までの10択で、上から下までびっちり問題で埋められていた。
「……」
面倒臭ぇーーーーーーー!
知らない単元も含まれており、どのみちできそうにない。
なんだこれ……
一応二宮にも解けるか聞いてみる。
「いや、無理」
「ですよねー」
どうしようもないので、先生を頼ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
ここでふたつ問題が。
『はぁ? 知らんな、チーム分けには教師は関与してないからな』
『誰ならわかるかって? そうねぇ、生徒会長なら、え? さっき行った? そうねぇ』
『学長なら知ってるだろ。 まぁ俺会ったこと無いんだがな! がはは!』
ひとつ。 誰も知らない。
そしてもうひとつ。 それは――――――
「「……」」
「……」
「「(ササッ)」」
「(スススー……)」
職員室のある階。 ここも教室が無いためか、同じくあまり人を見かけない。
祐たちは結局学長室を訪ねてみようと思い至り、長い廊下を歩いていたのだが。
「「……」」
「……」
くるっと、振り返る。
目線の先にはなぜか、赤茶色の毛布に包まった『何か』が毎回落ちていた。
そのまま放置して進もうとする、
―――――ところで振り返った。
サササッ
今人が隠れたよな……つけられてる?
怪しさ全開けど、このまま放置って訳にもなぁ……
「……どう思う?」
「嫌よ。 三上が行ってきてよ」
どう思うとしか聞いてないのに先手を打たれてしまった。
……いや、別に初めからミコトちゃんに行かせるつもりなんてなかったけどね、なんかこう、見捨てられた感が否めない。
正面まで行って逡巡した後、恐る恐るといった様子で話しかける。
「……えーっと、何か用でしょうか……?」
ぎくーっと一瞬硬直した後、しばらく無言が続く。
「……腕、もう大丈夫なんですか?」
「え? 腕? ああ、治ったけど……」
「……」
「……一之瀬さん?」
ぎくぎくっ
まぁなんて分かりやすい。
「いっ、いいいいいや、気のせいじゃないですかねー? 人違いですよ! あ、そもそも私は人じゃないですし、ええと、そう、カツオ節! ですし!」
「……」
「カッ、かッつお節ー、ぶしー……」
「……そ、そうか。 それじゃこれで……」
祐はそのままそっとしておこうと立ち上がる。
「……」
頃合いを見計らって、はぁ、とため息をこぼす一之瀬。
「うぅぅ、カツオ節じゃなくてサツマイモにしておけば……」
「……それもアウトじゃないかなぁ」
「まだまだまだ居たんですです!?」
すっかり居ないものと思い込んでいたのか、祐の存在に大いに慌てふためく。
祐は声には出さず苦笑しながら、思っていたことを告げた。
「心配してくれるのはありがたいんだけど、できれば僕個人としてはちゃんと正面から話したいなーって、思うんだけど」
ぱたりと動かなくなる。
少しの無言のあと、消え入るようなか細い声が発せられる。
「……それは、無理です」
祐はどうしたもんかと頭を掻く。
「もしかしてこの前の怪我させたとかいうの気にしてる?」
「!? ななな、なんで……?」
「いや、わざわざ腕の調子聞きにくるくらいには気にしてるみたいだったし」
それきり一之瀬は静かになってしまった。
「もしなにか責任感じてるようなら、全く気にしなくていいよ? 正直これくらいはとある知り合いどものおかげで慣れてるんだ」
ははっと祐は笑う。
「中々ひっどい奴らでねー。 二、三年前だったか、魔獣の巣に置き去りにされたときは大変だったよ。 あれに比べりゃウサギの三、四羽なんて大したことないし」
「……それは、つまり、許すってことです?」
「ん? ……んー、許すもなにも、特に怒ってないしなぁ……」
「そう、ですか、そうなんですね……」
何か思うところがあるのか、また少し静かになる。
「まぁ、だからさ、できればお友達くらいにはなりたいなーって思うんだ」
「……下心が透けて見えるようです」
「それは自意識過剰じゃないでしょうか」
「そうですね、すみません死にます」
「えっ!? ちょ待ってごめん嘘つきましたいやもうホントは下心ありまくりだったんだ! いや、ホントに!」
声のトーンが割と本気だった所為で慌ててしまう。
下心が無いかと問われれば、ある。
むしろゼロで近づけるような人間はきっと何かに魂を売り渡してるに違いない。
たださっきのは割と真面目に言ったつもりだった。 そりゃあ逃げられてばっかりだったから。
しかしその所為で死なれても困る。
「……ふふっ」
「へ?」
え? 笑ってる?
「三上くんって面白いです……」
「そ、そう? かな?」
打って変わって笑いはじめてしまったことにどう対応すればいいか分からなくなり、つい祐も笑みが浮かぶ。
「……お友達、ですか。 ……いいですよ」
「そっか、それならよかった」
友達とはなってるモノであってこうやって申し込むモノではないのだろうだが、まあいいだろう。
一之瀬は毛布に全身をすっぽり覆ったまま、祐に訪ねる。
「ちなみにこんなところで何してたんです?」
「ん? 今度の三人チーム、僕のところは二人なんだ。 それについて聞きたいと思って色々回ってるところ。 あ、他の人でそういう人たちって居るのかな?」
「さぁ、ちょっと分かんないです……」
一之瀬は申し訳なさそうに告げる。
確かに、他のチームの実情を知るのは中々難しいだろう。 実際自分も他人には伝えていない。
「そうか……じゃあやっぱり手違いなのかな。 ありがとう、それじゃもう行くけど……置いてって大丈夫?」
「大丈夫です。 カツオ節ですから」
「……そ、そうか」
よく分からん理由だったが、本人が大丈夫と言う以上大丈夫なのだろう。
最後までカツオ節の一之瀬を置いて、祐はその場を後にした。
大分離れたところで様子を窺っていた二宮は祐に訪ねる。
「なに、やっぱり変なのはあんたの知り合いだったわけ?」
「うぅん……確かにちょっと変わった人だよなぁ……」
「誰よ。 あ、やっぱ言わなくていい。 変人は三上一人で十分だわ」
「酷い!?」
二人は廊下を曲がり、見えなくなる。
―――――そうして一人、残された一之瀬は。
「友達……許されちゃったかぁ……」
そのつぶやきは誰にも聞かれることは無かった。




