閑話 手伝い
ひとつ前の閑話の続きです
「僕でも何かお手伝い出来ることって無いですかね」
休みの日、祐は何もしてないことに耐えかねていた。
「んー、そうですねぇ、そもそもすべて私たちで回せているので手がいるところってなると中々ないですね。 そのための私たちでもあるわけですし……」
「そうですよね……下手したらむしろ迷惑にもなりかねないですし」
ちなみに祐は病院から帰ってきたところである。 病院ではついに固定具を外した。
というかホントはもっと早く外しても良かったのだという。 腕は完治したと言っていいだろう。
今こうして手伝いを申し出たのも両腕が使えるようになったからなのだが……
「まぁ確かに何もしていないっていうのも非常にもどかしいのは察します。 我々よりも祐様の方が適している事となると何があるでしょうか」
「んー、そうですね、僕だからこそか……」
うーんと二人して考え込む。
「あ、勉強教えるとかできますけど」
「お嬢様は学力が高いですので、現状困ってる様子はありませんね」
「そうですか、そうすると僕の方が教えられるかもしれないですね……」
科学ならとれるんだけどなぁとひとりごちる。
「科学? ……祐様は科学がお得意なのですか?」
「あ、はい、まあそれなりには」
「今お嬢様は科学を一生懸命勉強なさっているようで。 科学であればお力添えいただけるかと」
「えっ、九条さんって科学は……?」
「魔導機器など魔法道具全般が魔科学や魔工学の分野であることに最近気づかれたようでして……」
「な、なるほど……」
あまりに今更すぎる内容に苦笑いを浮かべる。
魔法とはあくまで現象、とある『何か』の状態に関与するものである。 燃料だけあってもやれることは少ないのと近い。 魔法は霧散してしまう性質上、形状を固定するのは難しいとされている。
個人で魔法を行使する分には科学だなんだのと意識することは少ないだろうが、他の媒体で行うには行えるだけの物を準備をしておく必要がある。 それを可能にしているのが魔導機器だ。
あれってそこまで見越しての発言じゃなかったのか……。 つまり、『科学が要らない』って言うのは、時代は晶力製品から魔導機器へシフトしていくって意味で言いたかったのかな?
そんな話をしていると、エレベーターの到着する音が聞こえてきた。
「只今戻りましたわ! あら、何していらっしゃるのかしら」
「九条さんお帰り。 いや僕の就職口を真剣に考察していたところなんだ」
「はぁ……?」
明らかに「何言ってんだコイツ」といった表情を向けられる。
「申し訳ございませんお嬢様、出迎えに上がらず……」
「構いませんわ!」
「というか九条さん、科学勉強してるって……」
「あぁ、知られてしまったんですのね。 まだまだわたくしも未熟者だったということですわ。 ま、そのうち科学科が必要無いくらいに科学ができるようになりますから、ふふん、やっぱり科学科は不要ですわね!」
「はは、最近その言葉に重みが無くなってきたよ」
最初は科学科を駆逐せんとするほどに嫌ってる印象だったのになぁ。
「わたくしが科学科を嫌がっていたのは素行の悪さが目立っていたからというのがありますわ。 ……まぁ、それによって悪い先入観に囚われたのは事実として認めますけど、流石に毎日一之瀬さん目当てで何十人も廊下に溢れるのは勘弁ですわ」
「うわ、そんなだったのか……」
思っていた以上に科学科は迷惑を掛けていたのかもしれない。
九条の言葉にどうしようもなく罪悪感を覚える。
「それで科学に対する印象があんなに悪かったのか……」
「いえ、科学については別にそんなストレートに嫌っている訳ではありませんわよ?」
「えぇ? そうなの?」
「はぁ、大体何か一つが嫌いだからといって他すべてを嫌いだと言うのは暴論ですわ。 論理破綻ですわ。 考えてもみればいいですわ。 例えば、あなたはクラスメイトの一人を嫌っていたとして、それ故にそのクラス全員を嫌いだと判断しますの?」
「おぉぉ……」
「そういうことですわ。 まぁ確かに科学は印象も相まって嫌いなところもままありますけど、その考えに固執しているようでは先へは進めませんし。 それはそれ、これはこれ。 今後科学がわたくしを失望させないようなものであることを期待してますわ!」
あっけらかんとした態度で自信満々に語る姿は凛として美しく、真っ直ぐな瞳に対して何も言い返せそうに無かった。
少量の荷物を提げ部屋へと戻ろうとした九条は足をピタと止め反転する。
「どしたの」
「うぬぬ、」
「?」
「ぬぬぬぬ……」
目を閉じ、念力でも起こそうかと思わせるほど唸り出す。
「ぬぬぬぬぬん……」
ちょっと大丈夫かこの人と思い始めた矢先、唸り声がピタッと止まって。
ビシィ!!
「決闘ですわ!!」
「暇なんだね?」
そこであっと気づいたようにメイドが声を上げる。
「(そうです祐様、お嬢様の暇つぶし相手になっては貰えないでしょうか)」
「え?」
「(お嬢様には同年代の遊び相手がいた方がよろしいかと思われますし、私たちとしても動きやすくなりますので)」
「(なるほど、はい、大丈夫ですよ)」
「どうかしましたの?」
「ううん、何でもない。 いいよ、決闘しようか」
「決まり! ですわ!」
この感じだとまた決闘モドキなんだろうなぁと心の片隅で苦笑する。
こうして二人はいつぞやの再戦を約束するのだった。
――
――――――――
「おや? アデリーナ、お嬢様はまたお出かけですかな?」
「あらロシュ、お帰りなさい。 お嬢様は先ほど祐様を連れて厨房へ向かわれましたよ」
エレベーターからてきたロシュフォールに対してアデリーナは下の階を指さしながら答える。
「そうですか、お二人で……。 いやはや、お嬢様に隠し事をし続けるというのは、些か心が痛みますな」
「そういう台詞は笑いながら言うモノじゃありませんよ」
「ふむ、そうですな。 貴方も笑っていなければもう少し説得力があったやもしれません。 ……いや、いつ気づかれるのか楽しみですな」
「……ふふっ、そうですねぇ」
しかしアデリーナはふと真剣な表情になる。
「……しかし、そうすればあのことも話されるのでしょうか」
「……それは、お嬢様次第でしょう。 『会いたい』と『知られたくない』は相反する理由と成りえますから。 あの時よりそれは考えていらっしゃるはずです。 我々が口を出すべきところでは無い」
「そうですねぇ……会いたいと知られたくない、ですか……」
◇ ◇ ◇ ◇
「お料理! 対決ぅー!」
ビシッ
「ですわ!」
「分かった、分かったから包丁こっち向けないで!」
そんなこんなで別フロアにある厨房へ来ていた。
これ早速迷惑かかるんじゃねと思っていたら、その辺は彼らからすれば今までのことから想定済みらしく、専用のスペースが設けられているという事態に。
「ルールは簡単ですわ! お互い一品お料理を作っておいしく頂く! 以上!」
「すでに勝負じゃない!?」
「些細なことですわ! 第一お料理は楽しく作っておいしく頂くものでしょう? なに当然の事忘れてるのですか」
「九条さんが言いだしたんだよね!? 決闘と料理って違う意味なんだよ? ねぇ知ってる?」
「失礼ですわね……!! それくらい辞書引けば分かりますわ!」
「引かなくても分かろうよ……」
ばちこーんとタイマーをぶっ叩く。
「ではではすたーとぅ!」
「えぇっ、待って材料とかは!?」
「さっき買ってきた物がありますわ! 卵にお肉にその他諸々! 足りない場合はぁ―――――」
っ、買いに行かせる気か! 使用人さんたちの手を煩わせる訳には……!!
「その時は僕が近くで買っ――――」
「アレンジで誤魔化しますわ!」
「主婦か!」
―――――――――――――――
コッコッコッコッコッ、チーン
―――――――――――――――
ということで料理が完成した。
「ふぅ、それではお披露目と行きましょうか」
まずは九条が使ったコンロまで移動する。
一体どんなのを作ったんだろう? そもそも料理しているイメージが思い浮かばん。
九条は小さめの鍋を前に焦らすように溜め、蓋を開ける。
「じゃん! すき焼きですわ!」
「お、恐ろしく家庭的だ……!!」
というか和食……!! もっと洋風なものが出てくると思ってた……。
「ふふん、食材を厳選した甲斐あって中々上手くできましたわ」
「なんというか、九条さんのイメージとの差が……いや、初めからこんなんだったか?」
小皿によそったすき焼きを一口食べる。
具材に味がしっかりと染み込み、甘すぎず、食が進む食べやすさ。 予想を上回る出来に衝撃を覚える。
「めっ、めっちゃ美味い……!!」
「ふっ、これでも料理は得意ですの」
「いや、ホントに美味い……」
はぁーと感嘆の息を吐く祐。
「そ、そうですの? まぁそう言われて悪い気は、しませんわね……」
九条は少し恥ずかしそうに頬を染め、くるくる髪を弄りだす。
「何かコツとかあるの?」
「コツですか。 企業秘密、と言いたいところですが、実際はちょっと魔法を使って調理しただけですわ」
「へぇー……」
魔法を使うとここまで美味しいものができるのか。 きっと九条さん自身の腕前も良いからなんだろう。
「いや、これの後にフッツーの料理出すの申し訳なくなってきた……」
「そうでした、次はあなたの番ですわ! 行きましょう!」
そしてすき焼きをいったん置いておいて、祐の使った調理台へと向かう。
「僕は普通にオムライスを作ったよ」
「っ、これは……!」
九条は祐の作ったオムライスを見て目をキラキラさせる。
「まあ見たまんま普通のオムライスだよ」
「た、食べてもいいかしら?」
「どうぞ」
九条はそっとオムライスを一口運ぶ。
瞬間、カッと目を見開いたかと思えば、体を小刻みに震えさせ始める。
「~~~~~っ!?」
九条はとすっとその場に崩れ落ちてしまった。
「えぇ!? そんな不味かった!?」
まさかの緊急事態に慌てる祐。 力なくへたり込む九条を前にどうしていいか分からず焦る。
九条の美しい金色が顔を覆い隠すように垂れ下がり、表情を窺うことができない。
「くぅ……おいしい、ですわ……」
「え?」
「ふわっとして甘みのある卵の中に程よく水分の飛びつつ固過ぎないチキンライス……!! 止められない系の食べ物特有の中毒性、これほどのオムライス、一体どこで……」
「いや、普通に」
「信じられませんわ、信じませんわ! ちゃちゃっと作ったオムライスがこんな、こんなっ……!!」
くーきゅるるる……
「完全敗北、ですわ……!!」
九条はお腹を押さえ項垂れる。
「た、立てる?」
「力が抜けましたわ……」
両腕をつかみ引っ張り上げる。
「この食の罠に嵌ったが最後、二度と自前でオムライスを作れそうにありませんわ」
「いくらなんでも言い過ぎだろ……」
「自分で食べてみればいいですわ!」
カッとスプーンですくったオムライスをそのまま祐の口へ突っ込む。
「んぐっ……」
「どうですの、ほら!」
「……」
「……」
「……いや、こんなもんじゃね?」
「絶ーッ対おかしいですわ! あなたは自分の異常さに気が付いていないだけですわ! だって―――――」
今度は自分の口へ運ぶ。
「はぁぁぁ……こんなにもおいしいのに!」
「それを言ったらあのすき焼きだってびっくりするほどおいしかったよ? 普通に『ああ、すき焼きかぁ』とか思って食べたら想像以上だったよ! 正直舐めてたよ!」
「あんなできそこない褒められても嬉しくも何ともありませんわ!」
「さっきめっちゃ喜んでたよね!?」
「それはさっきの話ですわ! わたくしにこんなもの食べさせておいてよくもまあいけしゃあしゃあと……!!」
「えぇー……」
「ま、おいしかったからOKですわ!」
くーきゅるぅー
お腹空いてただけなんじゃ……。
結局使用人さんにも食べてもらって、どっちもおいしいの評価で落ち着いた。
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部屋に戻ってから気づいた事だが、学校からひとつ通知が届いていた。
ある程度内容を推察しながら通知を開く。
その内容は例のチーム分けについてであった。
基本的に相手が誰なのかはチームメイト同士しか知ることはできず、これ以降は他人に教えるもよし、当日まで秘匿するもよしらしい。
期間中のみ、チームメイトとの専用連絡線が張られる。 これで知らない相手でもこっそり連絡を取り合う事ができるわけだ。
これを機に情報戦が始まったと言ってもいいだろう。 自ら仲間の情報を公開することにメリットは少ない。 それでもその情報を外へ出すのなら、相応の対価を要求することになる。
無論そんなのをまったく気にしない者も居るだろうし、何も考えず言いふらす者だっているだろう。
あえて言いふらすといったことも考えられる。
結局は兼ね合いである。 そういった開いた考えの者と封じた考えの者が居ることを踏まえて、これから作戦を立てていくことになる。
長々と説明やら、利点やらの後、最後にチームメイトの名前が記載されていた。
丁度読み終えたあたりでピロリンと文信が一通届く。
そこには短く一言、『よろしく』と書かれていた。
祐はもう一度通知の最下部を確認する。
そこには電気的な輝きとともにしっかりとこう記載されていた。
『科1-4 二宮 巫言』
この日祐は、二宮とチームを組むことが決まったのだった。




