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閑話 魔境再び


 燦々と日が照らされる中、とある店の前に、一人の少女が仁王立ちしていた。


 たなびく髪は金に輝き、行き交う人は皆足を止める。 片手にはショルダーバッグ、もう一方の手には一枚のチラシ。 風でぱたぱたと煽られるも決して手放すことはない。

 そのチラシには『大安売り』の文字。 チラシを握る手は自然と力が入る。

 その表情は自信に満ち溢れ、迫りくるいかなる戦いにも勝利することを確信しているかのよう。

 周囲には同じような闘志滾る者が幾人も並ぶ。 彼の者たちは目的をひとつにした敵であり、同時に戦友である。

 日差し以上の熱気に包まれた路上でその者たちは静かに時を待つ。


 開店時間の十時になった。 シャッターが上げられていく。 緊張の度合が一気に跳ね上がる。

 カゴを持ち、次々に奥地へと吸い込まれていく。

 そして時は満ち、少女の順番がやって来た。

 少女は再び魔の領域に足を踏み入れる。 約束された勝利の未来へ向かって。




      ◇    ◇    ◇    ◇





「迷いましたわ!」


 一体今自分がどこにいるのかさっぱり分からない。

 戻る道は既に失われている。 やはり一筋縄ではいかないようだ。


 道中で何人か戦死者を見かけた。 その手にはチラシとアイスの箱。


 馬鹿なことを……いくらアイスがセール対象商品だとしても、上級に不慣れな者がいきなり挑めばそうなることは火を見るよりも明らかでしょうに。


 それに今日この日はセールなのである。 迷宮(ダンジョン)が通常よりも高難易度に設定されていてもおかしくはない。 こういうときは堅実な選択をすることもまた勇気である。

 もしこれを上級でクリアしようとするのであれば、一般の主婦のレベルでは足りない。

 たとえ『迷宮王』の称号を得た者であっても難しいかもしれない。

 少しオーバーではあるが、『最速の迷宮王』レベルの実力が必要になるだろう。


 それの意味するものはつまり、"不可能"であるということだ。


 そういえば今日はあの伝説の迷宮王は来ているのでしょうか……


 また一人、戦死者を見かける。


 ……おかしい。 今日はなぜこんなにも見かけるのでしょうか。 いくらセールだと言ってもさすがに多すぎますわ。

 今日はいつもとは何かが違う……?


 はっとして手に握られたチラシを見る。

 そこには『ウルトラバニラ 期間限定! 一個プラス』の表記。


「ぷらす、イッコ……!?」


 馬鹿な……! あの濃厚かつ滑らかな舌触りで万人を魅了するあのアイスは製造費の都合上値下げすることは現実的ではないと言われていますのに!


 期間限定どころではない。 史上初の試みである。


 今までの経験からチラシのアイスの部分は端から除外していた。 まさかそんな一大事が記されていたとは……


 しかしこれならばこの惨事にも納得がいく。

 溶けたアイスたちは非常にもったいなく思うが、それだけの魅力を内包している。


 プラス一個の恩恵は大きい。 単純に値段だけの話では無い。

 一つ多いということは箱の中でアイスが溶けにくくなるということも意味する。 つまり傍からみれば上級がクリアしやすくなったように見えるだろう。


 そこでふと気づく。

 これがひとつのトラップの可能性を。


 確かに純粋に魅力に溢れている。 だがそれは上級をクリア出来たらの話だ。

 おそらく少し頭の切れる者であれば気づくことだろう。

 これはただの販促行為ではない。

 意図的に上級に挑ませようとしている。


 その理由は明白だ。


「最速の迷宮王への挑戦状……!!」


 つまり戦死者たちは端から挑むことを考慮されていない。 ある意味これの被害者とも言える。


 そしてあるひとつの重大な事実に気づいてしまった。


「まさか」


 だがありえる。 これは彼の者を相手取ったものなのだ。


「……まさかっ、これが超上級!?」


 目の前にくだんのアイスのケースが現れる。

 いつの間にか入口まで戻されてしまっていたようだ。


「……っ」


 ダメですわ、冷静になるべきですわ。 この魅力に負けてはいけないと警鐘が鳴り響いていますわ。

 今日の目的を忘れてはいけないのです、今日買いに来たのはお肉に卵に牛乳、それから、ええと――――――


 必死に思考するもセール中の立札が視界に入る。


 しかし、プラス一個、なんて素晴らしい響きなのでしょう。 まあ! お一人様一箱限りですって。 ああ、手が勝手に伸びて―――――――


 まさに箱を手に取らんとしたその時。


 ガシッ


「ッ!?」

「お嬢ちゃん、落ち着きなさい」


「あなたは……!?」


 一人の主婦に腕をつかまれた。


「迷宮王、で伝わる?」

「迷宮王ですって……!?」


 まさかこの人が『希望』……!?


「残念ながら私は『子どもたちの希望(メルト・キャンセラー)』じゃないわ。 ただ、私から言わせてもらえば、今回のコレは絶対に関わるべきじゃないシロモノだってことね」


 確かにこの人は『希望』ではないと言った。 しかし迷宮王ということは上級をクリアしたということだ。

 アイスの箱を持って中に入るのはあくまで上級への参加条件である。

 上級のクリア条件はそれを持って15分以内にクリアすること。 現実的なタイムではない。

 それ以降はアイスの保冷が難しいからだ。

 クリアさえしてしまえばレジの奥で氷を貰えるらしいが―――――


 自然と手が震える。 緊張する。


「お嬢ちゃんは気づいてる? 今回のセールの真の意図を」


 無言で首肯する。 これが一人のための挑戦だということを。


「そうか、聡明なんだねぇ。 そう、この店のヤツらは初めから私たちのことなんか見ちゃいないわ。 私たちは完全に場を盛り上げるための演出なのよ」


 演出……ここまで大規模にやっているのだ、恐らく『希望』は来ている。

 他の迷宮王たちも……


 上級に挑む際、通常一度に三箱以上買うことがセオリーとなる。 その方が溶けるまで時間を稼げるからだ。

 しかし、今回のこれは『一人一箱』。 中身が1個増え、溶けにくくなったというのはまやかしだということに気づく。

 一般的なファミリーパックを6個入りとして計算しても、普段は18個で挑む所を今回は7個で挑まなければならない。 むしろ本来よりも大きく減ることになる。


「悔しいけどね、自分の実力くらいは分かっているつもりよ。 主役に取って代わろうなんてのは過ぎた考えだったの」


 その言葉とは反対にその主婦はアイスを手に取る。


「……っな!? なぜ!?」

「悪いねぇ、私はこれでも迷宮王なのよ。 たとえこれが不可能なのだとしても、挑まない訳にはいかないの。 だから――――――」




「お嬢ちゃん。 あんたは生きなさいな」



 その主婦はその言葉を最後に迷路へと姿を消した。

 その後姿には死地へ赴く戦士の魂が宿っていたように思う。



      ◇      ◇      ◇      ◇



「ふぅ……やっとクリアですわ……」


 四苦八苦してようやく迷宮をクリアしたところである。

 セール商品もなんとか残っており、ほしいモノは買うことができた。 目的は達成された。


 レジを出て少し右に行ったところにいくつかテーブルと椅子がおかれた休憩スペースがある。

 そこには既に力尽きた戦友たちがぐったりとしていた。 しかし皆息はある。 あの激戦を生き残った者たちだ。 昨日の敵は今日の友である。

 一休みしようとふらふらと近づいていく。


「あれ、九条さん!」

「あら?」


 声のした方を振り向く。 名前を呼んだ人は袋を片手に手を振りながらこちらへ近づいてくる。


「あなたは八坂さんではありませんの」

「はい! 八坂花袋です!」

「元気ですのね……あなたも今日のセールを聞いて来ましたの?」

「はいー、そうですね。 今日は色々ほしいものが買えてよかったです」

「それはよかったですわ。 ところで何を買われたんですの?」

「えーと、お肉にネギ、お菓子類色々と――――――あっいけない、お肉とかは早く冷やさないといけませんね。 えと……」

「ふふ、構いませんわ。 早くお帰りなさいな」

「すみません、それじゃ失礼させていただきます!」


 そう言って彼女は駆けて行った。


「……さて、私も帰りますか」


 戦利品を抱え、ゆっくりと腰を上げた。



       ◇       ◇       ◇        ◇




 少女は冷蔵庫の前に立つ。


「よっと……とりあえずお肉、と――――――」


 カバンの奥から取りだしたのは。



「アイスっ!」



「ふふっ……一個プラスでおまけにセール対象! なんてお得! 素晴らしいっ! ………あっ早く冷やさなきゃ……」


 そう言って冷凍庫にアイスの箱を三箱(、、)詰める。


 (ついたくさん買っちゃうんですよねー。 3周もしちゃいました)


 残りの要冷蔵商品も詰めていく。 一通り詰め終わると、もう一度冷凍庫を開けた。

 早速一箱開封し、カップアイスを取り出す。


「次セールやるのはいつかなぁ」


 スプーン片手にアイスを頬張りながら、少女は一人つぶやく。


「んーっ! おいしいっ!」

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