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噂の行方

 魔法科の廊下にて目的の人物が歩いているのを見つけた。 どうやら教室につく前に追いつくことができたようだ。


「おーい、一之瀬さーん!」

「はい? ――――ひぃ!?」


 祐を視認した直後に廊下を勢いよく駆け出す。

 しかしいきなり廊下を走ったりすれば―――――


「るへぶっ」

「おおっと?」


 見事に通行人に追突してしまった。


「ごっ、ごめんなさい……」

「ああっ!? 聖女様、す、すみません! お怪我はありませんか?」

「いえ、私の事なんてどうでもいいんです。 そちらこそお怪我なさっていませんか? 痛めたりとかしてませんか? 回復魔法は――――――」

「いえいえいえ! ご心配には及びません!」

「そうですか、無理はなさらないようにしてくださいね」


『ええ子や……』

『ええ子やわぁ……』


「一之瀬さん大丈夫?」

「ッ!! だだ大丈夫ですっ! 失礼しますっ」

「あっちょっと、端末……」


深々とお辞儀をした後制止も待たずに廊下の奥へと消えてしまった。

 一人残される形となった祐はきっつい視線と一之瀬を崇めるような雰囲気に若干気圧される。

 早くこの場を立ち去りたい気持ちと、なんにせよ用事が済んでいないというのとで、祐は一之瀬の後を追うようにそのまま立ち去ろうとする。

 しかし男子生徒は祐の進行方向に対してバリケードのように立ちはだかった。


「ハッ、随分と嫌られてるみたいだったなぁ? 残念だがそういうことだ、諦めてさっさと消えろ科学科。 こっちは魔法科だ、お前らはあっちだ、あっち。 これ以上迷惑かけるんなら叩き出すぞ」


「いや、ちょっと渡さないといけないものがあるから、悪いんだけどどいて貰えると……」

「待て。 それは聖女に対してか? 聖女に贈り物をする時は正規の手続きを踏まないと駄目だ。 じゃないと数が多すぎるんでな」


「いや、これは」

「ごちゃごちゃ言ってないで帰れってんだよ。 どうしてこう科学科は不快なのか……」


「は?」


 ため息交じりに発せられた突然の風評被害につい聞き返してしまう。

 科学科への偏見発言はよく聞くが、こうも面と向かって言われると流石に「なんだコイツ」感が否めない。


「聞いてるぜ? そっちにゃ色んな男引っ掛けてるとか、日常的に万引きしてるだとか、とんでもねぇ女が居るらしいなぁ? 全く持って不快なことこの上ないな! 聖女様とは大違いだ!」


他の生徒が聞いている中、男子生徒は仰々しい喋り方で続ける。


「なのにそいつ科学科の聖女とか『姫君』とか言われてるらしいじゃねぇか。 バカじゃねぇの? そんな最低の奴を聖女で呼ぶとかお前らどんだけ可哀想な集団なんだよ。 ま、『聖女』に憧れるのは分かるけどな、本物とは天と地ほども差があんの。 分かる?」


 なんとなく誰のことを言ってるのか察しはついたが……天と地程の差、か。 天と空の間違いだろう。


「ああ、分かるよ。 外からの情報を100%鵜呑みにするとか、可哀想なアタマしてんだね」

「あ?」


 男子生徒の表情が一変する。 眉間にしわをよせ、いらただしげな口調に変わる。


「でかい口叩いてんじゃねぇよ科学科が」

「でかい口、ねぇ……実際に彼女を見ることもせずよくそんなデカい事言えたもんだよ。 笑い話には持ってこいだ」

「てめぇ……調子に乗ってんじゃ――――」


 その男子生徒は掴みかかるように手を伸ばす。

 それを一歩引いて避けた後、祐は薄ら笑いを浮かべたまま相手の目を見据える。


「おっと、問題は起こさないでよ? 僕はもう帰るし、君は誰も殴らない。 これをわざわざ面倒な方へ持っていく理由は無いでしょ? ん、それとも殴る? 衆人環視の中で? いいよ、無抵抗の僕は見知らぬ君に暴力を振るわれる。 ただそれだけ(、、、、、、)だ」

「っ……!!」


 相手の顔がみるみる赤くなっていく。

 しかしここまで言われてしまえば下手に手を出すことはできないに違いない。 煽っている以上、激昂してくる事もありえるが、ここには他の生徒の目がある。 それもまた一つの抑止力の役目を果たしてくれるだろう。


「ちぃっ……とっとと失せろ!!」


 予想通りこれ以上深く追求することはなく、この場から手を引いた。

 宣言通り、すぐさま祐はもと来た道を戻って行く。

 何とも言えない微妙な雰囲気の中、その階を後にした。

 歩きながら祐は思う。


 今回のは大分あからさまに嫌ってたなぁ。 売り言葉に買い言葉だったから正直何とも言えないけど、なんとなくでお互いに嫌なイメージを持ってんだろうなぁ……。


 科学科に対する優越感。 魔法科に対する劣等感。 自分がそうじゃなくても周りがそう思えば、自分もそうなんじゃないかと思えてくる。


 しばらくして友達が増えれば変わるのかな?

 でも第一印象が悪ければその後も相手に対してなかなか好意的にはなれないのかもしれない。


 と、ここまで一般生徒が考えてもどうにもならんだろ、という身も蓋も無い結論に至ったところで気持ちを切り替える。


 二宮の噂は科学科だけにとどまらないらしい。 思った以上に深刻な問題なのかもしれない。 内容も中曽根から聞いたものと違うものだった。

 他人事ではあるが、このまま無視もできない。


 そしてある程度行ったところで別の道へ入った。 無論こっちが近道だからという訳ではない。


 ……結局端末を渡せず美穂にも会えていないし。

 この程度の事で自分の目的を曲げるほど愚かじゃあありませんよ……!!


 ということで、めっちゃ遠回りした。




        ◇      ◇      ◇      ◇



「はぁ、やっと着いた……」


 散々遠回りしてやっと目的地までたどり着く。

 しかし魔法科1-3の教室内をぐるりと見渡すも、一之瀬の姿は見受けられない。

 代わりに視界に映った知り合いに声をかける。


「早乙女さん、一之瀬さんは?」

「ん、今あそこの窓から飛び降りたよ?」

「飛び降りた!?」


 祐は窓から鉛直真下を見下ろす。 すでに一之瀬の姿は無い。


「君が来たと同時にぴょーんと」


 この教室は五階に位置している。 魔法を使えば無事に降りることも可能であろうが……。

 なんて危ないことをするんだ、と祐は思う。


「なんて危ないことをするんだ……」

「あんたが言っちゃダメでしょ」


 声のする方に顔を向けると。


「あれ、美穂居たのか。 あまりに薄っぺらすぎて気づかな」

「カッターと早乙女どっちがいい」

「マジすんません調子乗ってました……!」


 ……早乙女?


「そんな正直なあなたには両方をプレゼント」


「貰ってください」

「早乙女さん……!」


「いけぇ! 早乙女パンチ!!」

「そんなんだと思ったよ!」


 ドスッ


「さ、早乙女さん、本当に殴らなくてもよかったんだよ……?」

「……え?」


 くるっと、カッターを投擲しようとしている美穂を振り返る。


「……ん? ぐっじょぶ!」


 投げるのを止め、ビッと親指を立てる。


「おい。 あのな、いくら僕が頑丈でも痛いものは痛いんだよ?」

「祐はしぃちゃんみたいに万能衝撃吸収材装備してないもんねー。 てかあたしほどにも無いもんねぇ?」


 美穂はどうだと言わんばかりに胸を張る。

 祐は早乙女、美穂、自分の順に見ていく。


「それ、言ってて悲しくない?」

「しぃちゃんもう一発」

「美穂って大きいよね! 魅力に溢れてる!」

「そう、ありがとう愛してるわ祐。 やっぱ三発で」

「何故だ……!!」

「三回だね、了解」

「待って! アルミラージ粉砕するようなものを人に向けるのはどうかと思う!」

「それを耐える君もどうかと思うけどね」


 ま、冗談だよと早乙女は握った手のひらを開き、ひらひらと振る。


 一回殴ったのも冗談なのだろうか……。


 生傷が増える前に話を切り替えることにする。

 端末は本人が居ない以上渡しておいてもらうほかないだろう。


「早乙女さん、これ一之瀬さんに渡しておいて貰えるかな?」


「ん、これは……確かに沙月のだね。 でもなんで?」


 端末を受け取る早乙女。 首を傾げ、疑問を口にする。


「さっき科学科に来てたんだ。 ……大分変な恰好だったけど」

「へぇ…………確かに預かったよ。 後で渡しておく」


 早乙女は若干疑問が残る表情をしつつも、渡す約束を交わした。

 落とし物を届けるだけのはずだったのに長い旅をした気がしてくる。

 しかしこれで当初の目的のひとつが達成された。


「ん。 あ、そうだ美穂にも用があったんだよ」

「ん? あたし?」


 突然名指しされ、きょとんとする美穂。


「……と、早乙女さん、ちょっとコレ借りていいかな?」

「なっ、ちょっと! 『コレ』は酷くない!? あたしは大天使よ!? もっと丁寧に―――――」


「ん、いいよ」

「ちょっとぉ!?」


 一切突っ込まない早乙女の許可を得て、ぶーぶー文句を垂れる自称大天使(みほ)を連れ場所を移す。


「で? 何?」


 少し不機嫌気味の美穂を危惧しつつも本題を切り出す。


「あのさ、うちのクラスの二宮さんって知ってる?」

「ミコっちゃん?」

「知り合いか」


 随分とフレンドリィに呼んでいるようだ。 結構仲が良いのかもしれない。


「まぁ、あんたが入院してるころにちょっとね。 で? ……ああ、サカッキーの言ってたこと?」

「あ、やっぱりアイツも訊きにきたんだ。 そのことなんだけど、実際のとこあの噂ってどうなの?」

「十中八九嘘ね。 本人にも確認とったわ。 中にはかすりもしないような噂もあるみたいだし。 あたしだってもう少し真実に則って捏造するわよ」


 確かに、だからこそ美穂の噂には信憑性が生まれる。 真実をベースに自分にとって都合のいいところを改ざんしたり誇張したりするのが美穂のやり方である。


 ということは……


「信じて貰えないのを前提に言ってるってことか……」

「まぁただの嫌がらせね。 ミコちゃん美人だし、嫉妬とかでしょ」


 なるほど、嫉妬か。 確かにすごい美人だもんなぁ。


「ただそれは犯人が女子だった場合の話。 男子だったとしたら、んー……あんたの方が分かるんじゃない?」

「男子でミコトちゃんに嫌がらせする理由、か……あれかな、好きな子ほど意地悪したくなるってやつ?」

「高校生にもなるとあんま洒落にならないわねー」

「そうだなぁ……」

「それにその理由だと個人的なものになるわ。 複数犯の例は無いの?」

「複数人でやる理由……? 犯人は複数人なの?」

「あくまで可能性。 なんかない? 例えば仲間内で利益を共有できることとか」


 しばらく考え込む。 しかし明確なものは思いつかなかった。


「……ごめん、思いつかないな」

「役立たず」

「うっ……だってそのあたりは張本人じゃないと……あ、ミコトちゃん科学できたよね、成績上げるために他人を蹴落とそうとしてるとか?」

「やっすい理由ねぇ」

「だよねぇ」


 そもそも時期的にもあり得ない。 学校が始まって半年も経たずにではいくらなんでも考えにくい。


「あたし思ったのは、ミコちゃんが今まで振ってきた男子どもが逆恨みしてんじゃないかってのがあるんだけど」

「逆恨み、か。 それだと結局個人的な理由の人が集まっただけってことになる……うーん、複数だと単純に動きやすくなるよね。 作業効率も倍以上な訳だし」

「特に利も無く組む可能性か……ぬーん…………これ以上考えても埒が明かないわねぇ。 真実は犯人のみぞ知る、と」


 実際考え始めたらキリがないので、美穂の言葉を最後に理由について考えるのを止めた。


「源泉は?」

「それが分からんのよー。 中々隠すのが上手みたいね」

「そうか……」


 結局啓と美穂で分からないのならこの件は難しいだろう。

 美穂ならともかく、直接本人に訊いてみるのも流石に申し訳ないので、これ以上はお手上げである。


 風紀に言ってみるのもアリかもしれない、いやしかし本人がそれを望まない可能性もある訳で……


 しばらく祐が考え込んでいる間、美穂はじぃーっと一点を見つめる。


「ねぇ、あんたいつまでそれ、つけてるつもり?」


 不意に美穂は祐の腕に巻かれた固定具を指して言う。


「治るまで?」

「いや、あんた折れてないでしょ」

「えぇ? そんなことはないけど」


 どうしてそうなるのか。 折れたから固定具をつけているのではないか。


 美穂の謎の根拠に首を傾げる。


「それが仮に折れているのだとして、これと同じ状況に昔の祐が陥ったなら絶対折れてないわ。 打撲切り傷で済んだはずよ」

「そんなことは……」


 ……あるかもしれない。


「祐さぁ、ちょっと弛んでんじゃないの? 前はこの程度じゃ折れなかったでしょ。 運動してる?」


 ぐっと美穂の言葉が刺さる。


「あー……そういえば受験でここ半年以上まともな運動してないかも……」

「そーよねぇそんなんだと思ったわ。 サカッキーに鍛え直して貰った方がいいんじゃない?」

「えー……面倒だなぁ……」

「やらなければあたしが祐を粉々にするだけよ」

「前向きに検討させていただきます……!!」


 祐が真剣にぶつぶつ言い始めるのを後目に美穂は話を切り上げる。


「ま、追加で何か分かったら教えるから。 用件はそれだけ?」

「あ、うん、それだけ。 じゃ、ちょっと頑張って鍛えます……」


 そうしてとぼとぼ科学科へと帰っていく祐を見送りながら。


「あまり首突っ込み過ぎなきゃいいけどねぇ」


 ま、あいつのいいとこでもあるんだけど、と美穂は教室へと戻って行った。



「ミコトちゃん、か……。 ふふふ、ちょぉっと調べてみようかしらん?」


 こうして祐の何気ない一言で、二宮にも大天使兼悪魔の魔の手が伸びようとしていた――――――



   ◇      ◇      ◇       ◇



「はぁ、マジでやんのか? 俺は別にいいけどよ」


 放課後。 九条さんには少し時間がかかると言って先に帰ってもらった。


「毎回思うんだが、これ自分からやろうとするのってマゾなんじゃねぇの」

「そんなことは決してない!! これが最も近道ってだけだよ」

「そーそー。 早く元通りになればそれだけあたしも遊び甲斐があるんだから」

「どうせそんな目的だと思ったよ。 僕は美穂の玩具じゃないんですがねぇ」

「……マウス?」

「実験動物……!?」


 美穂の提案通り啓に特訓を頼み、人に迷惑が掛からないように屋上に来ていた。


「近道ねぇ……確かにこれを最初に提案したのは俺だけどよ、あの時のは冗談のつもりだったんだぞ?」


 覚えている。 中学生のころ啓が冗談で言いだしたのを美穂が面白がってやらせるようになったのが始まりだからだ。

 当時からやり方は変わっていない。 美穂が煽って啓が呆れる。

 そんな昔と変わらないやりとりに小さく笑いながらも、啓と正面から対峙する。


「まぁー、それじゃあんま時間もねぇから、時間短めで行くぞ」

「OK」


「左腕は一応気を付けるが、自分で何とかしろ」

「OK」


「土日頼まれてもやんねぇからな」

「OK」


「……」

「……」


「……あ、そういえば今日大石が」

「時間無いんだよね!?」


「ふぅ……10分A方式、半径3m円内、始めッ!」



 途中で美穂が退屈しのぎに【重圧(プレッシャー)】を掛け始めたものだから大変だった。



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