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姫君と不可侵条約

 朝。 下駄箱を開ける。

 間髪入れずに手紙が雪崩を打って溢れ出す。

 毎日のように投函されるラブレターが崩れる光景は飽きるほど見てきている。

 それらを一瞥し、小さく溜息を吐いたあと、自分の上靴に手を掛ける。

 ぴくっと、昨日帰る時は無かった小さな違和感に気づく。


 そのまま上靴をひっくり返す。


 ジャララ……


 無数の金属音、四方八方に不規則に飛び散っていく大量の画鋲。

 ……こういうことが数週間前から続いていた。

 零れ落ちたそれらを悲しそうに一瞥したあと、黙って拾い始めた。


 ---------------------------------------------------------------------------

『ルール説明:今回の抗争について


 制限時間内に食券を集め、その合計を競うものである。

 事前に伝えた初期1000ポイントは支給品の内、小型の携帯魔導機器(後述)に記録される。



 午前の部 午後の部 の二回に分ける


 午前

 参加者を半分に分け、片方を敷地の西側、施設など建物の多い部分を行動可能範囲とする。

 もう片方の参加者は、東側、自然の多いエリアを行動可能範囲とする。


 午後

 全員が敷地内全域を行動可能範囲とする。



 ・食券について

 基本術式型であり、細かくポイントで分けられる。


 術式型……術式札タイプのものは発見者がその術式を発動した時点で魔導機器のデータが上書きされる。 データとして残ったポイントは、自身の現在の所持ポイントとなる。

 魔法による攻撃を受けた時、相応のポイントを消費しダメージを無効化する。


 紙幣型……これは現金のようなもので、終了時まで持っていないとカウントされない。

 また、終了後そのまま食堂で使用できる。


 総合ポイント上位者への景品。

 ・1~5.校内食堂「銀礼食堂」個室使用権(15名)

 ・「銀礼食堂」食券

 ⇒1.30000円分 2.10000円分 3.5000円分 4.2000円分 5.2000円分

 ・小型魔導機器「銀飾り」

 ・尚これらの者たちには校内特権が与えられ、次の行事までいくつかの優先順位などが繰り上げされる。



 ・他者への攻撃、及びそれに類する行為について

 基本的に魔法の使用は許可する。

 魔法を受けた相手のポイントは減少する。 配布される術式札によっての攻撃の場合、相手の減少ポイント分を自身に加算する。

 魔法による攻撃を受けポイントが減少した場合、その後1分間ポイントは減少しなくなる。(ダメージ無効は有効)



 ・支給品の魔導機器について

 今回貸与される物は魔力の過剰な流出に対し、規定値を超える分の魔力を別の危険の無い魔法へと変換するものである。 余剰魔力に応じて所持ポイントにペナルティが加えられるので注意されたし。 etc...』

 ---------------------------------------------------------------------------



 一般公開についてはテレビ局の人が一部生徒に付き添って番組制作をするらしい。

 チームメイトの発表は学校から個人の端末に情報が送られ、他人に知られないようになっているようだ。

 まだ送られてきていないが、もう数日もしないで明らかになるはずである。


「三上はこのルールどう思う?」


 啓は自身の端末に表示された文章と睨めっこしている。


「んー、あちこち歩き回って点を稼ぎつつ他人のポイントを削いで蹴落としていけ、って事なんだろうけど……これは」

「あ、三上も思った?」

「うん。 これ制限がかなり緩いよね」


 やりすぎなければなんでもオッケーてことにも取れる内容。 不殺生の徹底と破壊行為の禁止、敷地外に出てはならないくらいなものだ。 周囲でも似たような話をしている。 やはり今の皆の興味はここにあるらしい。

 確かにこれだけルールが緩いと戦略はいくらでもたてられる。 それに景品が純利益なのも影響しているのかもしれない。


「なんでもありなら」


 にやぁと啓は口角をあげる。 なにか悪だくみでもしてるのか。


「大概にね?」

「おうよ」


「巻き込まないでね?」

「無理だな」

「…………」


 当日休もうかな。


「しかしそうなると色々必要になるな……あれはいるか……新しく……する必要も、いやしかし……」


 啓は一人真剣に考え事を開始する。 啓は昔から時折こういった没頭状態になることがある。 興味があるものに対して考察を重ねだすと止まらない。


「単位当たりの配分も…………ん?」


 啓は顔を上げる。 その視線の先には一人の生徒がこちらへ向かって歩いて来ているところだった。


「二宮……?」

「三上、昨日のケガ、大丈夫?」

「ん、ああ、ホントに大したケガじゃないから。 問題ないよ」

「そう」


 それだけ言って自席へついた。


「おい三上。 どういうことだ」

「どうって、ああ、昨日中曽根くんのデッドボール喰らってね」

「違う、そうじゃない。 三上まさかお前、不可侵条約を知らないのか……?」

「は?」

 --------------------------------------------------------------------------


「ごはん誘う、ごはん誘う、ごはん誘う……」


 いや、別にさみしい人間関係しか持ってないわけじゃないし。 友達だって……いる、はず…………うん、いるわよ。

 ただこのクラスではまだできてないだけで出遅れたとか集団に入れなかったとかってわけじゃないんだから。

 だから大丈夫。

 一人で座ってるだけじゃ何も始まらない。 自分から行動しなければ結果はついて来ない。


「とりあえず誰を誘えば――――――」


 ……あれ、誰を誘えば?


 友達であれば誘える。 だがその友達を作るためには誘わなければならない。


 すでに形成されたコミュニティに突っ込むの……?


 皆それぞれ食事を開始している。 一緒に食べるのはすでに固定メンバーとなりつつあるクラスメイトたち。


「…………」


 しばらくそれらを見つめた後、二宮は静かに自席に腰を下ろした。


 --------------------------------------------------------------------------


「三上まさかお前、不可侵条約を知らないのか……?」

「は? 不可侵条約?」

「やはり知らないのか……いや、確かにそうか、あれはちょうどお前が学校に来る前の事だからな……」

「???」

「不可侵条約ってのはだな、再び惨劇を繰り返す事がないようにするためにイルミナティで取り決められた法だ」


 イルミナティ。 どっかでその名前に覚えがある。


「あの日惨劇は―――――」

「ちょっと待って。 そもそもイルミナティって何?」


「そこからか……いいか? イルミナティというのはだな、主に科学科男子生徒によって構成される組織だ。 活動は主に物販や討論会、多くの情報網を使ったコミュニケーションとかだな。 ま、一応秘密結社ってことになってるから、あんまべらべら言っていいもんでもないんだが」


「はぁ……秘密結社ねぇ……」

「話を戻すぞ。 あの日の惨劇は今でも記憶に新しい」


 ―――――――あるところに世にも美しき少女がいた。 その少女の名は二宮巫言という。

 表情を変えず静かに座るその姿からついた名は「氷の姫君」。

 どこか艶めかしく人目を引くその美しさは数多の男どもが湧いて出る事態となってしまった。

 加えてその者たちは他者を蹴落とし自らがその権利を主張せんとする。

 これが後に言う二宮戦争の勃発だ。


「いやいやいや、」


 戦いは熾烈を極め、やがて破滅を待つばかりとなってしまった頃にはみなボロボロだった。


「おーい……?」


 しかし、とある一人の名も無き生徒は言った。


『停戦しね?』


 そこからは順当に事が運び出す。 戦うことを止めた者たちはその戦いの場を討論会へと移行させたのだ。

 そうして生まれたのが不可侵条約。 誰もが私利私欲のため争うのであれば、誰かがその席をとるのであれば、誰もその利を得ないでいる方ましだ、と。


「……」


 そしてその討論会からイルミナティが発足した。 二宮に話しかけられない分意見交換をしていたのが他に派生していった感じだ。


「――――で、イルミナティメンバーの中でも「姫君」を信ずる者たち一派をニノミナティと呼び、「聖女」を信奉する者たちを一之瀬教団と呼んでいる訳だが……」


「まぁつまりだ、簡単に言うと二宮に話しかける事はひとつのタブーってことだ」

「へぇ……」


 理解した。


 すっと立ち上がりある場所へ向かう。


 話しかけるなと言われたら、


「ミコトちゃん、一緒にごはん食べよう!」

「くぇあ!?」


 話しかけるしかないよなぁ……!


「あの馬鹿……!!」


 カンカンと箸が二宮の手から離れ、宙を舞う。


「おっと」


 なんとか二本ともキャッチする。


「はい、床にはついてないから大丈夫。 ……どしたの?」


 目を開け口に手を添えたままフリーズしている。

 手を振っても反応がない。


「ミコトちゃん、大丈夫?」

「……」


 返事がない。


 まあ知り合って間もない人が突然こんなこと言い出したらびっくりするか。 やっぱり迷惑だったかな。


「なんかごめん邪魔して。 やっぱ席戻るね」

「ッ待って!」


 席を立ったところすぐさま呼び止められる。


「待って」

「ん」

「待って動くな、Stay(ステイ)


 手のひらを見せ止まれのポーズ。


Sit(シット)


 指示通り正面の椅子に座る。


「食べましょう」


 何事もなかったかのように食事を再開しようとする。

 二宮の手は空を掴む。

 しばらく手を開閉した後。


「……は、箸」

「あ、ああ……ごめん」


 まだ持ったままだったことに気付き、二宮に手渡す。

 箸を受け取った手がプルプルと震えている。

 料理を上手く掴めず、口に運べていない。


「ホントに大丈夫?」

「うううるさい! あんたも早く食えばいいじゃないのよ!」


 こうして結んでもいない条約なんぞ無視して、なんとも奇妙な昼食を開始した。


 ――

 ―――――――


『おい、三上の野郎真正面から条約破りやがった……どうする?』

『処刑は確定だが……それ以上に第二次二宮戦争の勃発が現実味を帯びてくるぞ……!!』

『キェアァアミゴミコロコロコロ……』

『落ち着け大石。 ゴミの処理は後でもできる。 今は―――――』


『『『どうやって二宮に話しかけるか』』』


 戦争は不可避っぽかった。

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