テスト最終日
同じく回想から
ある日、科学科全域に及ぶ騒動があった。とある生徒が魔法科の女生徒に手を出したというもの。
その真実は分からないが、その情報は凄まじい速度で科学科全体に広まった。
そのとある生徒というのはあの三上だった。
何やってんだか……
その時私は魔法科の友人に用事があったので、魔法科棟へ足を向けていた。
周りの視線が刺さる。やはり魔法科生は科学科をよく思っていないように感じる。
はやく用事を済ませて帰ろう。
そう思った矢先、この階に飛び込んできたのが彼だった。
『取り敢えず啓は許さん……』
独り言を言う彼の顔には疲労が滲む。ここまで全力で走ってきたのだろう。
啓というのは榊原のことだろう。普段からそう呼んでいた気がする。
仲がよかったように見えたのだけれど……なにかあったのだろうか?
そして必然と言うべきか、魔法科生からの冷ややかな視線を浴びる。
彼もそれに気づいてこの場から去ろうと、来た道を引き返そうとして―――――
『え……!?』
『え?』
「……えっ?」
つい私まで驚いてしまった。
だってまさかあの二人が知り合いだとは思わなかったから。
現れたのはこの学校の有名人、一之瀬沙月。 何故か少し顔が赤い。
あ、逃げた……何だったんだろう?
気づけば用事も忘れて事の成り行きを見守っている私がいた。
―――――――えぇっ!? 今度は『九条』!?
でも、三上は逃げない。 怖気づくことなく堂々と真正面から九条に向き合っていた。
―――――それはきっと科学科のことを悪く言われたから。
きっとあの場に居たのが私なら逃げてしまうであろう、そんな状況で。
彼は私たちが馬鹿にされたことを怒ってくれていた。
やっぱり三上には負けたくない。
そのとき私はそんな思いを抱いていた。
そうだ、用事があったんだった。
振り返り、友人のいるクラスへ向かって歩き出す。
その時の私は堂々とした態度で廊下を歩いていたのだと思う。
それと少し、笑っていたかも――――――
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昨日は皆に半殺しにされた。 ケガ人なのに。
九条さんが僕の彼女という出所不明の情報によってひどい目にあった。
まぁ皆ケガの事は考慮してくれたみたいで、左腕以外に攻撃してくれた。 皆の優しさに血涙が出そうだ。
その後なんとか納得してくれたけど……。
『まぁ三上に彼女ができる訳ねぇか』
『三上だもんな』
『ミゴミ』
『コイツにできるなら俺にだってできるはずだからな』
ひどい言われようだった。 とりあえずゴミ言った大石くんは許さない。
―――――テスト三日目。 テスト最終日は科学のテストに始まり、魔法理論のテストで終わる、そんな日であった。
前二日は見事に爆死した彼も、今日は魔法のテスト、ということで超気合が入っていた。
「なぁ大石、ちょっと賭けでもしようぜ」
「んあ? なんだよ、賭けって。 何をどうかける?」
「おっ乗り気じゃん。 いや、今回魔法のテストで俺が八割超えるか超えないかで賭けようぜ」
「おー気合い入ってんなぁ。 で、何賭ける? パン?」
「んーそうだなぁ……」
榊原はしばし逡巡する。 いくつか案が浮かんでは消し浮かんでは否定していく。
「あ、そうだ榊原。 お前八割取れなかったら聖女に告ってこいよ」
「あ? そうだな……じゃあ俺が八割取れたらお前二宮に告白な」
「なっ……!? それはつまり『本当はそうでもないんだけど賭けに負けたから仕方なく告白しに来ました』という口実を作ってくれるってことか!?」
「ポジティブだな!?」
「おい榊原! 八割取れよ!!」
「賭けにならねぇじゃねぇか! じゃああれだ、お前は『あなたのことが嫌いです』って言ってこい!」
「いや待て、こういうのはどうだ、お前が八割以上とったら俺が二宮さんに告る。 お前が八割以下なら俺が聖女に告る! 完璧じゃね!?」
「お前はそれでいいのか!?」
「80点ジャストだったら両方で!」
「いいのか!!」
大石はすでにやる気十分。 榊原とは違う方向で気合を入れていた。
「ん、おお三上。 お前もなんか賭ける?」
「いや、止めとく。 お前とじゃ賭けにならん」
「そっか。 お前はどうなんだよ、テストの方は?」
榊原は初めから分かっていたように話を早々に切り上げる。 話題は勉強の完成度へと移っていった。
「科学は自信あるかなぁ」
祐はそう言いながらカバンから科学の教科書を引っ張り出す。
一気にページを捲りつつ、満足そうに頷いた。
「うん、まあいけるでしょ」
そう言ってすぐにその教科書をしまった。
「……なぁ、まさかそれがテスト勉強とか言わないよな?」
「はは、そんなわけないじゃん。 昨日もやったよ」
「そのやったは勉強したの意味だよな? 今のをやったって意味じゃないよな!?」
「……え?」
一瞬驚いた表情を作った後、少し間を開けて次の言葉を紡いだ。
「どう捉えるかはあなた次第……」
「え? ……え、まじなの? ねぇマジ!?」
それには答えず、祐は席についた。
ちょうどそこで担任の木崎が教室を訪れる。
「ほら、席つけ。 HR始めるぞ」
ぞろぞろとクラスメイトはそれぞれの固定位置へ収まっていく。
木崎は最小限の連絡事項を伝えたあと、テストの注意事項を述べる。
「今日最初は科学だ。 お前ら科学科なんだから魔法科に負けんなよー」
『『『うぇぇぇーーー』』』
男子の心底面倒くさそうな声が上がる。 しかしそのあたりは木崎には想定内である。
「男子。 昔から科学高得点とればモテるっていう言い伝えがあってだな」
『『『うおぉおお!!』』』
さっきとは打って変わってやる気を漲らせる男子一同。
木崎は なんてチョロイんだコイツら、と心の中で密かに思う。
「と、いうことで。 そんな男子に負けないよう女子も頑張ってくれ」
忘れずに女子にも発破をかける。 ただ女子は言われずとも頑張ってくれると思っているので、強くは言わない。
「じゃ、頼んだよー」
それを締めとしてHRは終了した。
各々がテストの準備を開始する。
後10分。
『やべぇこの問題の公式どれだっけ!?』
『それ範囲外ー』
後5分。
『だからそこ範囲外だって』
『え!?』
「ほら、テスト配るから席付けー」
後1分。
『『…………』』
…………
……
「……始め!」
紙の擦れる独特な音。 一限目の科学が始まる――――――
――――――――テストして午後授業して放課後――――――――
放課後になり抗争の情報が解禁された。 情報は生徒の端末から学校運営サイトや新聞部サイトなどで確認できる。
高校最初の行事。 皆が浮足立つ。
クラス中が和気あいあいと意見交換する中、僕自身色々話したい事もあったが、また九条さんを待たせてしまうのも申し訳ないので早々に雑談を切り上げ、素早く帰る支度をすませる。 情報は後で確認すればいいだろう。
九条さんが待つのは牧場の脇。 人目が少なく、敷地までの距離が近いので利用している。
だがここからだと意外と距離があるので少し急ぎ足になる。
靴を履き替え、しばらく行ったところでとあることに気がづいた。
―――――――その時、体は考えるよりも先に動いていた。
腕に多少の痛みを感じつつも、僕はそれに向かって走り出した。




