九条な祝日
「九条さん、ひとつ聞いていいかな」
「なんですの?」
「なんで僕は総合スポーツセンターに居るんですかね」
前言撤回。 この人の行動には細心の注意が必要かもしれない。
僕これでも家が燃えて意気消沈してる身なんですが……。 帰ってもいいですかね。
そこで帰るべき家が燃えた事に行き着いてまた悲しくなる。
この日、スポーツを中心としたアミューズメント施設のひとつに僕らは来ていた。
九条さんの提示した条件どおり、この日は彼女に我儘に付き合うこととなった訳だ。
我儘といってもこの腕だ、せいぜい荷物持ちくらいだろうと高を括っていた自分が昨日までいました。
「僕は運動出来ないんですが」
「そんなことないでしょう。 ほら、例えばバッティングセンターとか」
【バッティングセンター】…飛んでくるボールをひたすら打ち続ける。 両手持ち推奨。
「うん、無理だよね? 両手使うよね?」
「えー……? そうですの、じゃあロッククライミングとか」
【ロッククライミング】…壁を登る。 両手持ち推奨。
「やっぱ無理だよね!? さっきよりも両手使うよね!?」
「注文の多い人ですわね。 じゃあ乗馬でいいですわ」
【乗馬】…暴れ狂う馬にひたすらしがみつく。 無理。
「いや、せめて腕を使わず極力運動しないものにしてくれないかな!?」
「は? そんなのここにあるはずないでしょう。 何をしに来てますの?」
そうだね、何しに僕は連れて来られたんだろうね……。
退院した次の日に過酷な運動させようとするのは間違っている、と思いたい。
正直なところ美穂と啓に同じようなことを要求されたことがあるので、もしかしたらこれが正常なのかもしれない。
「と、冗談はこの辺にして」
「……九条さん、出来れば笑える冗談にしてほしい」
「男性の片腕はだいたい4kgだそうですわ。 捥げればお手軽にダイエット出来ますわ」
「笑えるものにしてほしかったよ!」
因みに頭は10kgらしい。 そんなダイエットに需要は無い。
「と・に・か・く、ここは冗談ですから、次行きますわっ」
そう言ってさっさと歩き出してしまう。
「あ、ちょっと! 冗談言うためだけに来たの!?」
一度くるっと振り返って。
「ええ!」
とても楽しそうな笑顔でそういった。
「えぇ……?」
こうして、我儘お嬢さまに振り回される、どころかぶん回されそうな一日は始まった。
最序盤なのにどっと疲労が溜まるのを深く感じるのだった。
―――――次の場所―――――
「ここは?」
「見ての通り、ディスカウントストアですわ」
先の商業エリアのアミューズメント施設は町の中心近くに位置しており、そこからバスに揺られること約五分。
商業エリアの北側、居住エリアにほど近いところにこの店は拠を構えていた。
店の名前は『鈍器・放置』。 結構大きい店のようだが、はじめて聞いた名前だった。
やたらと危なっかしい名前だが、入ってみると存外普通の店である。 スーパーに近いものを感じる。
「なんか九条さんって思ってたのよりずっと庶民的だよね」
移動もバス使ってるし。
「ふふ、もっと褒めなさい!」
僕は褒めたんだろうか……。 自分でも分からない。
店内は場所を選ばずにずらーっと商品が積まれている。
迷路に入ったみたいでちょっとわくわくした。
「さあ、出撃ですわっ!」
―――
――――――
右に曲がる。
段ボールに三方を囲まれる。 仕方がないので戻って左へ。
真っ直ぐ行ったところでまた行き止まりにぶつかった。
振り向くと、今来た道はいつの間にか商品が積まれ、左手に新たな道が開かれていた。
「……迷ったよね?」
「迷いましたわ!」
この店本当はヤバい店なんじゃなかろうか。 客を誘い込んでじわじわ弱らせる的な。
「さすが、一度入ったら一時間は出られないことで有名な『鈍器・放置』ですわ……!」
「どんな店だよ!?」
「入る度、どころかリアルタイムで内部構造が変化し続ける迷路! 一部では無限ダンジョンとか迷宮入りとかいわれてますわ!」
「不便すぎる!!」
「あら、意外と人気の店なんですのよ? 子供心を蜂起させてくれて楽しいとか。 大小大人子供年齢問わず、幅広い世代が日々利用してますの」
「それってもう店である必要無いよね!」
「そんなことありませんわ、ちゃんと買い物も普通に出来ますの。 歴戦の主婦たちはこれを商品を持って三十分でクリアするそうですわ」
「戦しちゃってるよねそれ!」
彼女の持っていたカゴを手渡される。
「主婦にとってはスーパーも戦場も同義ですわ。 因みにこの迷宮には難易度が三つありまして」
指を三本立てる。
「三つ?」
「私たちのようにただ入るだけなのは一番簡単ですの。 これを一般に『初心者』とか『逃げ腰』とか『被害者』とか言いますの」
「ひどい言われようだ!?」
「仕方ありませんわ、しょうがないのですわ、それだけ中級以降は難しいのですから! 中級はですね、あらかじめ指定された商品を指定された順に集め、レジに到達する時間を競うというものですのよ」
「なんか競技みたいになってる……!?」
「実際国際的にスポーツとして認可させようと一部の冒険者たちが日夜努力しておりますわ」
ひょいひょいっ
ええ、と驚いている間にも彼女は買い物カゴに商品を放っていく。
「……それで、上級については……あぁ、言うのも恐ろしいですわ」
「っな、何が……?」
商品を持つ手が止まる。
「……聞きたい?」
ごくりと唾を飲み込む。一体何があるというのだろうか……。
「上級、それは―――――――」
「それは……!?」
「それは、ファミリーパックのアイス詰め合わせを持ってダンジョンに入ること……!!」
危うくカゴを落としかける。
「アイスって、そんな…………はっ待てよ、主婦でも三十分は掛かる、そんなことをしたら……!」
「気づいたようですわね。 ええ、そんなことをすれば確実に、溶ける」
なんてことだ……! そんな恐ろしいことをしようだなんて、狂ってる!!
「あまりの難易度に発狂し、途中で中身を食べだす者も居るとか」
「まさか、ありえない! だってレジはまだ……?」
「ええ、ですからこれをしてしまった者を俗に『犯罪者』と呼んでおりますわ」
「まんますぎる!!」
「あまりの童心クラッシャーぶりにR―15がついてますの」
「う、うわぁ……」
溶けたアイスを手に泣き崩れる子どもの姿が目に浮かぶ。
そもそもこの店はなぜアイスを売ろうと思ったのだろうか。
そこで九条さんは神妙な面持ちになる。
「……ただここだけの話、実はもう一つ上があるという噂を耳にしましたの」
「上級よりも、上……?」
「何でも最近上級を五分でクリアした猛者がいるそうで……それゆえに超上級が誕生したとか……」
ごくりと唾を呑む。
「上級クリア者の称号、『迷宮王』に加えて、『子どもたちの希望』で呼ばれてますわ。 ただ、あまりの実力差に彼の者を認識するのは極めて困難だと言われてます」
上級を五分……確かにそんな者が現れれば、店としては難易度の再設定を余儀なくされるだろうことは容易に想像がつく。
スーパーがこんなにも奥が深いモノだとは知らなかった。
これからは買い物客に敬意を払い、健闘を祈ろうと思った。
「……それで、茂上祐。ちょっといいかしら」
「ん?」
「あの、そのぅ」
彼女は何か言い辛そうに視線を泳がせる。
なんだろう、あれらよりも言いにくいことでもあるのか?
だがあんな話の後だ、この状況で大抵の事なら寛容できる自身が今の僕にはある!
「……ああもうっ! 察してくださる!?」
「えぇっ!? いや、それじゃ分かんないよ!」
「……ちょっと、お花を摘みに行きたい、です」
そこからは全力でダンジョン攻略に取り掛かった。
―――――次の場所―――――――
「ここは?」
次に僕らが向かったのは食事処。
やっと店を出て時計を見ると一時を過ぎた辺りだった。 それを意識すると途端にお腹が空いて来たので、九条さんがお勧めするここにやって来たのだった。
それとさっき買ったものは結局僕が持っている。 昨日の読みはあながち外れてはいなかったようだ。
ケガ人なのにね。 まあ男だからね、しょうがないね。
しかし、ここもまたなんとも変な店である。
外装は至ってまともなレストランの様相なのだが、その名前が『ビーフカタストロガノフ』。
何かをぶっ壊してそうな店名だった。
「その質問に答える前にひとつ言っておかなければならないことがありますの。 さっき気づいたのですけれど」
「何?」
何だろう、また何かヤバい話だろうか?
「ほら、この状況で何も言うことがないのですか? 休日に女の子と二人でいるのですよ?」
「えー……?」
「初めに服装を褒めるのは定番でしょう。 全く、ダメですわねぇ。 さあ崇めなさい、畏れなさい、跪いて咽び泣いてもよくってよ!」
それ割と今更、というか手遅れな気がするのは気のせいだろうか?
「あー可愛い、可愛いよ服」
「……ちょっと、馬鹿にしてますの? それでは実際のデートじゃ好感度マイナスカンストしてしまいますわよ!」
マイナスカンストってなんだ……?
「もっと真剣に! 女の子の方はもっと褒め讃えないとダメですわ! テイク2!」
真剣にって、僕は何でデートの仕方レクチャーされてるんですかねぇ……?
……まぁしょうがない、ちょっと真面目にやるか。
ひとつ咳払いをして真剣な表情を作る。
「麗奈。 お前の魅力に負けないのはウェディングドレスくらいかもしれないな」
思いつく限りで言ってみた。
「ど、どうですか」
「………」
「………」
「店、入りますわ!」
結局評価は教えてくれなかった。
――――
―――――――
「おいしかったですわ」
「うん、衝撃的だったよ。 いろんな意味で」
まさかアレをあんなやり方で調理するとは……
「カタストロフ恐るべし」
「次、行きますわ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――――――時間はあっという間に過ぎ、夕方、帰り道。
駅まで徒歩で移動中。
「なんか九条さん、初めて会った時と大分印象変わったよね」
「そ、そうかしら……?」
「うん、なんか初めて会った時はこう、科学科を毛嫌いしてたから」
「あの時言ったことは今でもそう思ってますわ。 まぁ多少反省するところはありましたけど……でも、それでも私は科学科は必要無いと思いますの」
きっぱりと言い切る。 そんな風に自分の意見を示すことが出来るのは素直にすごい事だと思う。
彼女なりの信念、考え、自信が寄り集まって生まれた結論だから。
僕にはもう、否定することは出来ない。
「そっか……ま、それもひとつの道、か」
「随分と達観してますのね」
「そうかな? ……そうかもね」
二人ともそれ以降口を開かない。
あ、これ触れちゃいけなかったやつかな?
「ねぇ、今日は楽しめたかしら?」
「え?」
「楽しかった?」
「そうだね、うん、楽しかった」
「そう」
それっきり、また閉口してしまう。
彼女の言葉に少し違和感を感じ、疑問を口にする。
「今日はなんで……?」
「別に、私の我儘に付き合わせただけですわ。 それだけです」
彼女をじっと見つめる。
視線に耐えられなくなったのか、目線は合わせずに言葉を紡ぐ。
「……あなた、一度に色々ありすぎて……落ち込んでると思ったから」
そう言ってまた、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「優しいんだね」
「……過大評価ですわ」
僕らは静かに歩を進める。
――
――――
-----------------------------------------------------------
日が落ち、九条家にて。
「アデリーナ? どうしましたの、随分と楽しそうですのね? なにかいいことでもありました?」
「いえ、私とても嬉しゅうございます。 まさかお嬢様に殿方がいたとは存じておりませなんだ」
メイドの一人、アデリーナは言う。
「え? そのような者はおりませんよ?」
「え、そうなのですか? 今日も二人でデートに行かれたのではないのですか?」
「ふふっ、おかしなことを言いますのね。 そんな訳ないではないですか」
「……失礼致しました。 お嬢様が殿方をご自宅に招くことなど今まで一度もなかったものですから。 私、てっきりあの方とすでにそういう関係でいらっしゃるものとばかり」
「あの方というと、茂上祐のことを言ってるのですよね? 余計にあり得ませんわね。 彼に恩は感じてます、でもそれだけですわ。 それ以上でも以下でもありません」
九条はアデリーナの考えを否定する。
そこでアデリーナはひとつの疑問が生まれた。
「茂上、ですか?」
「ええ、彼の苗字です。 あ、もしかしてお知り合いかしら?」
「はい、というか彼は――――――」
ぴりりりりッ
「私ですわ。 ……ロシュフォール? どうしました? 火事の件が終息しつつある……そうですか、わかりましたわ。 茂上祐にも伝えておいてくださる? ……ええ、分かりましたわ。 それでは」
ピッ
「で、さっきは何を言いかけましたの?」
「ですから、あの殿方は―――――」
バンッ
「麗奈ぁ!! 喜べ! やったぞ!」
「お父様!? ノックくらいして下さいまし!! 全く……それで、やったというのは?」
「おお! お前に任せていた取引先からな、事業の協力を申し入れる電話がさっきかかって来たんだ!!」
「っ!! それは本当ですの!? やりましたわ! では今すぐ今後について少し話ましょう! 営業の方も必要になりますわね、七階の会議室は空いてますかしら」
「いや、七階は今ちょっと国の重鎮が遊びに来てて使えん」
「あら、そちらに行かなくてよろしくて?」
「娘の事の方が大事に決まっているだろう? それにアイツとは仲いいから大丈夫だ」
「まあ! そうですの。 では四階でやりましょうか」
「うむ、そこなら空いてるな。 そうと決まれば行くが早しだ!」
「アデリーナ、後の事は任せましたわ!」
そうして親子でワイワイ言いながらあっという間に行ってしまった。
嵐が過ぎ去った後のように部屋に静けさがやってくる。
「……ま、お嬢様も自分でお気づきになられたほうがよろしいかもしれませんね」
そして部屋の掃除を始めたのだった。




