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泣きっ面に災害

 僕は一人、一之瀬さんの言葉を思い返していた。



 あの日の事故を彼女は見ていたのだろうか。


 確かに不自然な点はあった。 何故彼女は会ったこともない人を見舞いに来ていたのか、疑問だったのだ。

 しかしケガが彼女の所為というのはどういうことなのだろう。

 あの日、あの時、何があったというのだろうか。


 はねられた以外に何かが起きていた……?


 しかし今はそれを知るすべは無い。

 あの後僕の言葉を聞かぬまま、逃げるようにして彼女は帰ってしまった。

 深く訊くことは出来ないままである。


 二度と関わらない―――――これは決別の意味が込められているように思う。


 なんかフラれた気分なのは何故だろう。 仕様ですかね。


 そうか、僕はフラれたのか。 フラれたのか、フラれ……


「く……っ」


 これ以上考えても詮無いことと思い、僕はそこでこの件についての思考を放棄した。


 時間は大体午後九時を過ぎた頃。 先ほど消灯時間を迎えたところだ。

 暗く静かな部屋に青白い夜光が差し込む。


「……」


 自分さえ動かなければ一切の音が無くなる。 息すら殺した無音空間において、そこに何も無いかのような錯覚に陥る。

 不思議な浮遊感にも似たものを感じながら、今回の出来事を思い返した。


 ……何故アルミラージは逃げ出したのだろう。


 一之瀬さん曰く、小屋の扉は『既に開いていた』らしい。

 もちろん学校側がアルミラージの危険性を把握していないはずはない。 だからこそ分からない。

 何故、どうやって逃げ出したのか。 誰がどうやって逃がしたのか(、、、、、、)



 ウサギが自らピッキングしたというのは考えにくい。

 偶発的に開くのはもっと考えにくい。

 そうすると外部からの干渉以外に無くなる訳だが、その方法がまた難しい。


 1.厳重な管理と人の目の中、カギを盗る。

 2.ピッキングする。


 詳しくは訊けてないので、カギが使われたのかは分からないが、ガチガチのセキュリティを抜けるのも、ガチガチのロックを解除するのも、どちらも相当な知識と時間が必要なはず。


「魔法対策が緩かった……?」


 3.何等かの魔法を使って開ける。


 今考えられる事で妥当なのはこれである。 普通のカギであれば割と何とかなると思う。

 ただコレの場合、現場に証拠が残りやすい。 エネルギーに戻り切らなかった魔法が魔力として残留してしまうことがあるからだ。


 やはり誰かが意図的に開けたのだろうか……?

 だが何故、どのような意図で……?


 まあ正直僕は高校生名探偵でもなんでもないので、この件について考える事に余り意味は無いのだけれど。

 ……後は大人たちが解決するだろう。


「もしかしてただの閉め忘れだったりしてね」


 それからは眠気に耐えられず、ベッドの中に潜り込んだ。

 --------


 病院も町も、皆が一様に寝静まった深夜。 一人、彼の病室を訪れる者がいた。


 彼に会いに来たのか、その手には一輪の花が握られている。

 しかし面会時間はとっくに終わっている。

 加えて、室外に彼の名前を示す札は掛かっておらず、彼がこの部屋に居ることを知る術は無いはずである。


「……」


 その者は何も話さない。 一切声を発さない。


「……」


 静かにベッドで眠る彼を見つめる。


「……。 ……」


 小さく何かを告げると、近くの花瓶に手の花を活ける。

 そうして、音も無く、その姿を消した。


 ---------

 ――――――二日後――――――

 ―――――――――――――――――――――


 あれから二日、何事もなく時は過ぎた。

 結局あれ以降、土、日と誰かが面会に来ることは無かった。唯一九条さんは一日一回顔を出してくれたけど。

 極力部屋で安静にと言われていた所為もあって、院内で誰かと会うこともほとんど無かった。


 そして今、僕は一人窓際に突っ立っていた。

 真剣に窓の外を見つめるその姿は、まるでこの世の未来を憂いているかのよう。


「……」


 特にやることが思いつかなかったから。 しょうがないね、ケガ人だもの。


 空はまだ明るいが、夕日は既に半分ほど隠れている。 日が落ちるのも時間の問題かな?


 ……ちなみに僕が今突っ立って居るのは病院の窓ではない。


 九条さんの家の窓。

 そう、僕は何故か九条さんの家に来ていた。



 九条さんの家は隣町に建つ超高層ビルの上階にある。

 来て最初に思ったのはでかい、ということ。

 次に思ったのは『火災あったらヤバそうだなー』だった。


 ビルの中層以下は九条財閥含む様々な企業が入っている。

 すれ違う人は誰しもが一握りのエリートの様相をしており、中にはテレビで見たことのあるような人も混じっていた。

 そんな中を僕は通ってここにいるのである。


 何故このようなことになったのか。

 あの日目覚めてから二日経ち、日曜日。 事の始まりは、医者に腕さえ大事にしていれば帰ってもいいと言われた事である。

 頭なり何なりに包帯を巻いているが、一応軽傷だかららしい。 必要な検査諸々は定期的にしにくるようにとのことだった。

 帰ってもいいと言われた以上、病院に残る理由も無かったので僕は帰った。

 その際、九条さんが車を手配してくれたのだが……


 ――――― 一時間前――――――

 ―――――――――

 ―――――


「はぁ、やっと帰れる……なんかすごい久しぶりな気がする……」


 時間で言えば親子が手を繋ぎ帰り始めるといった頃。 夕日で空は真っ赤に燃える。

 病院から帰宅OKの知らせを聞いてから帰ろうとしていたところ、九条さんが再登場して車を手配してくれた。 今はその車の中である。


「無理もないですわね。 あんなことがあった後ですし」

「今すぐ寝たい気分だ……」

「家で寝て下さる?」

「分かってるよ」


 九条さんが家に帰るところを途中まで御一緒させて貰う形となっている。


 彼女は来たと思えばすぐに帰ると言い出し、表に車を回した。

 どう考えても僕のためにわざわざ予定を変更している感じだったので、僕は来たばかりで申訳ないよーと言ったのだが、彼女曰く目的は既に果たしたからいいらしい。 それとなぜか裏口から出て行った。


「九条さんはどこに住んでるの?」

「隣町に大きなビルがあるの分かります? あれの上階ですわ」

「おお、流石」


「そういうあなたはどこにお住まいなのです」

「え、知ってるんじゃないの? だってこの前」

「あ、あれは榊原啓に届けさせたんですっ! だって管理人に訊いても茂上なんていな……あ」


 一回は来てくれたのか……。 きっと部屋が分からず帰らざるを得なかったのだろう。

 なんか非常に申し訳ない気分になって来た。


「コホン、何でもありませんわ。 私何も届けてませんし、行ってもいません。 ……今のはすべて忘れなさい!」


 はは、と苦笑いを浮かべる。


 きっと場所は合ってるんじゃなかろうか。 あれ、でもなんで住所知ってるんだろう?


 少し考えて、思い当たるのは(ヤツ)しかいなかった。


「あ、そこ右で」


 個人情報漏らすなよなぁ。 しかも何の断りも事後報告すらもなかったよね。


 その後は他愛もない事を話しつつ移動する。 聞けばこの運転手がロシュフォールさんらしい。

 初老のいかにも執事といった恰好の人だった。


 次第に見慣れた道に出てきた。 ここから家までは車なら数分とかからないだろう。

 三度角を曲がる。 次の角を曲がれば僕の住むマンションが見えるはずだ。

 そろそろお別れということで挨拶を。


「今日はありがとうね、色々と助かった」


 九条さんとロシュフォールさんにお礼を述べる。

 車が止まったのを見計らって外へ。


「……ん、それじゃ僕はこれで戻るよ、戻る、もど―――――――――――――」


 しばらく言葉が思いつかない。

 後ろを向いたそこには。


「……なんか燃えてんだけど?」

「は? 知りませんわよ」

「いや、うちのマンションが……」


 燃えていた。 しかも僕の借りている部屋の辺りである。

 轟々と立ち昇る火の手はどす黒い煙を吐き出しながらますます勢いを増していく。

 時折小さな爆発音が聞こえてくる。 外では消防車が上空に向けて放水しており、周囲は騒然としていた。


 外に出て、近くで見上げていた野次馬Aに話を聞くと、火は上がってから既に10分以上が経っているようだ。 中はかなり絶望的かもしれない。


「どうすんだこれ……」


 幸いと言っていいのか、まだ引っ越して日が浅かっただけ荷物は少ない。

 教科書などは買いなおせるからまだ良い方だろう。

 それでも少なからず貴重品の類はあるのだからやはり、全く気にしないというのは到底無理な話だった。


「どうすんだまじで……家が」


 呆然と立ち尽くす。


 所持品皆無で路上生活(ホームレス)スタートとかハードモード過ぎる……!!


 実際にはあの日の荷物は啓が預かっているらしいから、端末含め皆無ってことにはならないのだけれど。


 そういう問題じゃない。


「まさかここまで……」


 九条さんは何か一人でブツブツ言っているが、そんなことは一切気にする余裕はなかった。


「はぁ、全く次から次へと……いいでしょう、私の家に招待して差し上げますわ」

「えっ」


 九条さんは仕方が無い、とでも言わんばかりに救済案を提示する。

 思っても見なかった提案である。 気持ちは純粋に「マジで?」だった。


「仕方がないでしょう。 それとも路頭に迷います?」

「いえ、ぜひお邪魔したいです。 はい」


「ただひとつ条件がありますの」

「……条件?」


 何かまた面倒事の予感しかしないのはいけないだろうか。


「簡単な事ですわ。 明日は祝日(やすみ)でしょう?」


 ――――――――――

 ―――――――――――――――――


 という経緯があって今に至る。


 九条さんの厚意には感謝している。 しているが、何かありそう過ぎて怖い。

 一体月曜日に何をしようというのだろうか。 訊いてはみたものの、はぐらかされて教えてくれなかった。

 ただ、それを考えたら何か変わるのか、というとそうでもないのでここは諦めて腹を括るべきなのかもしれないな。


 用意された個室で椅子に腰掛ける。 家が見つかるまで食事も賄ってくれるとか。

 やはり文句を言える立場では無い。 むしろ感謝してもし切れないくらいだ。


 一人で居るには余りに広すぎる部屋で、やはり手持ち無沙汰になる。 外はもう日が落ち、夜が訪れている。

 しかし夜であるにも関わらず町は強烈な光を発し続けていて、星の光は掻き消されてしまう。 開けた窓には煌々とそれらの明かりが映し出される。


「……」


 シャッ


 普通に眩しかった。 カーテンを閉める。


 とりあえず心配かけたことをお詫びしないといけない。

 そういえば入院中早乙女さんには会えてないな。

 啓と美穂はどうでもいいとして、早乙女さんにはちゃんとお礼も兼ねて言わないと。


「あとは親に退院したこと言っとくか」


 端末の父親の番号を押す。


 ピー……ガチャ


「もしもし、父さん?」

『なんだ祐。 また事故った?』


 言う前から予想されていた。 いつも通りではある。

 昔からケガや事故が多かったから、そう思うことに余り不自然さは感じない。


「うん、さっき退院したところ」

『え、お前入院してたの?』


 それでも息子に対して無頓着過ぎやしませんかね……。 なんで把握してないんだ。


『お前入院するほどの事って何?』

「ん、いやぁアルミラージとタイマンしただけなんだけど」


『……たまに自分の息子やべぇと思うよ。 ケガは治った?』

「ううん、左腕が折れたまま」


『え、なにお前折ったの? 貧弱ー』

「これでも死にかけてたんですがねぇ」


 腕折れてるのにその物言いはあんまりだろう。 この父親はもし腕が分離しても「お前が悪い」とか言い出しそうだからなぁ……。


『ま、相変わらずそうで何よりだ』

「……仕事の方はどう? 良い感じ?」

『おお、良い感じ良い感じ。 どう良いのか分からんけど。 気分的には超良い』


 それダメじゃん!


『あ、そうそう。 学校生活も楽しいだろうが、近い休みには一回くらい帰ってこいよ? そろそろアイツ(、、、)我慢出来なくなりそうだから。 というか若干出来てない』

「あぁー……」


 アイツか……。 危険度で言えば美穂と同レベルだろうな。 ……ええ忘れてませんよ、もちろん。


『まだ起きてるけど。 呼ぼうか?』

「いや、話すと長いからいいや。 今度こっちから連絡入れるよ」


『分かった。 用件はそれだけか? 他に無いなら切るぞ』

「あ、もうひとつ。 さっき家が燃えちゃってさ」


 電話の向こうで頭を抱えているのが思い浮かぶ。


『……それ、マジか?』

「マジ」


 少しの間間が空く。 考えを整理しているのかもしれない。

 何かを書き留めるような音がした後、父親は電話に戻って来た。


『……あー分かった、新しいのはこっちで探しとく。 お前は日用品でも買ってろ。 見つかるまでは榊原君のところにでも泊めてもらえ』


「ん、分かった。 ……なんかごめん」

『全く……そういうイベントは分けてやってくるものだろう。 何で同時に起きてるんだ』

「そこじゃないよね!?」


『ったく、本当に何で同時に……見つかったらまた連絡する。 それじゃあな』

「あ、うんそれじゃ」


 ブツッと千切れるような音と共に通話が終了した。


 正直いきなり家燃えましたとか言われても困惑するだけだよなぁ。 僕がそうであるように。

 受け止められない現実の直視から逃避するために他の事を考えることにしよう。


 早乙女さんの連絡先は知らないから、次学校行った時にちゃんと言おう。

 そうだ、花袋ちゃんに今回の事自慢してみるかな!

 次学校行く時、荷物とかどうしようかなー。

 どうして家燃えたんだろうなぁ……。


「はぁ……」


 はっきり言って無理だった。 意図的に逃避するのがこんなにも難しいとは。


 決闘だなんだのくだりから流れるようにして死にかけ、目覚めたと思えば一之瀬さんの突然の決別宣言、そして家はなぜか大炎上。


 嗚呼、九条さんの優しさが荒んだ心に染み渡る。



 うん、やっぱり明日はちゃんと一日彼女に付き合ってあげよう。 それが礼儀であり、感謝を体現する良い機会だ。

 大体、あのような訝しむ考えは九条さんに対して失礼すぎたと反省せねばならないな。 彼女だって悪意で動いている訳じゃないのだから。



 と、いうことで今日は早めに就寝するべし。



 そう思うと多少気分は軽くなるのだった。


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