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意外な一面

 薄ぼんやりとした意識が次第にはっきりしてくる。

 日差しが眩しい。 目に不快感を覚える。


「うぅ、あと35分……」

「長いですわね」


 ん、誰の声だ……? 眠いんだから静かにして―――――――ん、「ですわね」?


「え? ……九条さん?」

「ええ、九条ですわ」

「あ、そう……」


 暫しの沈黙。

 他に言葉が思いつかない。 何もないならこのまま寝かせてもらいたい。

 だんだんと意識が闇の中へ落ちていく。


 そこで痺れを切らした九条さんがちょっと怒りながら話を切り出した。


「で、起きましたの? それとも本当に後35分寝ますの?」

「いやぁ流石にこの状況では―――――――25分で」

「寝・な・い・で・下さいっましッ!」


 冗談だよ。 半分くらい。 でももう半分は本気で寝たかったですよ。


 体を起こす。 筋肉痛でそこかしこやたらと痛い。 寝起きの頭も痛む。

 見渡した辺りはとりあえず白かった。 つまりここは病室なのだろう。

 顔を横に向ける。 僕が寝ていたベッドの隣に丸椅子を置き、九条さんが綺麗な姿勢で礼儀正しく座っていた。


「で、何か疑問に思うことはありませんの? 答えられる範囲で答えて差し上げますわ。折角『私がいる』ことですし」


 さも『「なぜ私がいるのか」を訊け』と言わんばかりに胸を張る。 なぜ自信ありげなのか。


 そうか、今どんな状況なのかさっぱり分かってないな、僕。 確かアルミラージが現れて―――――――


「九条さんはケガとかしてない? 大丈夫?」

「っさ、最初に訊くことですかっ! もうっ……してません!」


「早乙女さんは?」

「詩織さんも大したことありませんわ。 魔法治療を施してからもう以前と大差ない所まで回復したようですし」

「そっか、それなら良かった」


 二人とも危惧したような事態には至らなかったようだ。 早乙女さんがほぼ完治したとなると、どの程度時間が経っているのだろうか。


「そんな時間経ってるの?」

「まる四日ですわ。 全く、最初すぐに起きたかと思えばその後こんなにも寝続けるなんて思いもしませんでしたわよ」


 そ、そんなに経っているのか。


 授業の進行具合が心配である。 魔法の授業に関しては啓に訊けばいいとしても他は何とかしないとしけない。 クラスの他の人にも訊いてみたほうがいいだろう。


「ほら、ほかに何か聞くことはありませんの? ほら、あるでしょう、ほら! 『私がいる』のですよ?」


 な、なんでそんなに言いたがってるんですかねぇ……?


 面倒なこと(強)にならない内に面倒なこと(弱)をする事にした。


「えー……なんで九条さんはここにいるんですかね」

「ふっ、答えられる範囲で答える約束でしたものね! いいですわ、答えて差し上げましょう!」


 彼女はすごく嬉しそうな表情を作る。

 そんなに言いたかったのなら普通に言えばよかっただろうに。 訊かれるまでが理想ということか。


「私がここにいる理由、そうそれは!」


 それは?


「私がわざわざあなたを、見舞いに来たからで!」


 ほうほう、それで?


「……まぁなんというか見舞いにというか心配だったというか……ごにょごにょ」

「え? なんて? 見舞い?」


 後半がしぼんで見舞いまでしか聞き取れなかった。


「っ見舞いはついでですわ! 本命は、その、えーっと……そう!」


 びしっと僕を指差して。


「決闘テイク2ですわっ!」


 ええぇぇ……。


 この前結局出来てませんでしたから、と彼女は意気込んでいる。

 言いたかったことを言えたみたいな顔で僕の返事を待つ。


「いや、あの、僕これでも重傷患者なんですが……さっき目覚めたばっかなんだけど」

「重傷でも出来ることはあるでしょう? 例えば腕相撲とか」


 それが出来ないから重傷だって言ってるんですけどね!

 この人の頭には腕相撲しか選択肢無いのか!


「あなたがぐーすか寝ている間、魔法士に回復魔法をかけてもらってましたから、多分左腕以外は問題なく動かせるんじゃないかしら」


 確かに、筋肉痛は酷いが何とか動かす事ができる。 左腕はかなり酷い状態だったはずだから、分離してないだけ良かったと思うべきだろう。


 だからと言って腕相撲が出来る訳じゃないんですけどね。


 それと今の発言でひとつ疑問が生まれた。


「ここそんな大きい病院なの?」

「九条が運営してる病院ですわ」

「ああ、なるほどそういう事」


 確かにそこなら優秀な医師も集まるのにも納得できる。 九条直下運営ということはほぼ最高レベルの治療が出来る施設であるはずだ。 感謝せねばなるまい。

 おかげで怪我人にとんでもない要求突きつけてくるお嬢さまもいるわけだが。


「決闘は次にしてもらえるかな、今は割と厳しいんだけど」

「ふむ、しょうがないですわね、今回は見逃して差し上げますわ! ……まぁ確かに身体に障っては事ですし」


 心配してるのかしてないのかよくわからない人である。


 その後暫く、先ほどと同じく質問と応答を繰り返すのだった。




  ――――数分後―――――




「ひとついいかしら」


 今まで聞く側だった九条さんは静かに尋ねる。 まだ僕に何か言いたい事があるらしかった。

 居住まいを正したと思えば、またビッと僕を指さす。


「こ、今回見たことは忘れなさい。 絶対に誰にも言わないと約束して」


 動揺して泣いちゃったりしてたもんな……九条としてはそんな自分は許せないか。

 誰も責めたりはしないと思うけどね。


「いいよ。 二人だけの秘密って事で。 絶対に誰にも言わない」

「意味深に言わないでくださいましっ」


「でも、そんな恥ずかしがることでもないよ?」

「……どうしてそう思いますの?」


「別に怖いものは怖いし、死にそうな時は誰だってあんなものだよ。 むしろ僕としては九条さんが思った以上に人間らしくて好感が持てたけどね」

「……人間らしくて良い、ですか」


 嬉しそうな、でもどこか残念そうな表情をしている。 様々な感情がない交ぜになったかのような表情からは、何を思うのかは推し量ることは出来ない。


 ただ、微かに笑う彼女はどこか、



 寂しそうな……?



 いつものハイテンションはどこかに行ってしまったかのよう。

 しおらしい彼女はまるで別人みたいだ。


「まぁ他に訊きたいことが無いのなら私はこれで戻りますわ」

「忙しいのにわざわざ見舞いに来てくれたんだね。 ありがとう」


 あの日が月曜日だったから、四日経ったとすると今日は金曜日。

 本来なら学校で授業を受けているはずだ。


「ふんっ……まあ、これでも助けてもらった身ですから、これ位はして差し上げますわ。 それに学校終わりに少し寄っただけですし」


 まだ外は明るいが、既に夕方前だったようだ。 もうそんなに日延べしてきているのか。

 彼女は扉の前まで移動すると、一度こちらを振り向いた。


「ねぇ、茂上祐。 あなたは人間は好き?」

「え? んー……人が嫌いな人は中々に卑屈じゃないでしょうか……?」

「ふふっ、そうですわね」


 よくわからない質問である。


「帰りますっ!!」


 ピシャンッ!!と強く扉が閉められる。


 はぁ、と溜息をつく。 近くにあった置時計をみると――――――――


「十二時って……」


 素直じゃないんだなぁ……。


 そんな彼女の優しさに自然と笑みが浮かぶのだった。




   ―――――数時間後―――――――




 ん、寝てたのか……今何時だろ……


 外は夕日で茜色に染まり、カラスの鳴き声が定期的に聞こえてくる。

 置時計は五時半を指していた。


 コンコン、とノック音が響く。

 時間帯は丁度放課後だ。 誰か友人が見舞いに来てくれたのかもしれない。

 起きてるの見たら驚くだろうか。

 カラカラ……と一人がそーっと入ってきた。


「お邪魔しま――――――――」


 目が合って。


「生きてる!?」

「当然ですよね!?」


 驚きすぎじゃないですかね……ていうか、


「一之瀬さ―――――」

「うぅぅ………」

「泣くまでのプロセスが短い!?」


「だってぇ……本当に生きてます?」

「生きてますよ! 見たまんま、ほら!」


 手を広げて生きてることをアピールする。


「でも実は死体とか」

「ゾンビじゃないよ!」


「ネクロマンサーが操ってるとか」

「ゾンビじゃないよ!?」


「じゃあ昔墓地で穴掘ってた人は」

「変質者だよ! 犯罪だよ!」


「よかった、それじゃあその後穴から這い上がって来た人も違うんですね」

「ゾンビじゃ………いやそれはゾンビだよ! えぇ!?」


「え、やっぱりゾンビ!?」

「僕は生きてるからね!?」


「『へんじがある ただの」

「ゾンビ』じゃないよ!!」


 やたらゾンビ押しの一之瀬。 人の事をホラー映画のモブ扱いするのはどうかと思う。


 こんな元気なゾンビが居てたまるか。


「でも、本当に良かったです。 生き、てて、うぅ……くれて……ぅぅうぁぁあぁぁ……」

「ああ泣かないで、僕は大丈夫だから――――」


 また泣き出しはじめてしまった彼女をなんとか宥めようと試みる。



 ――――――しかし、状況はそれを許さなかった。



『美穂、九条の言ってた病室ってどの辺だ? この階だよな』

『えーっと、確か後三つ向こうだったはず』


 なあっ!? なぜこのタイミングで!? 図ってんのか!!

 っまずい、またいつぞやの事みたいになりかねない……!


 祐はベッドから飛び起き急ぎ一之瀬の口を塞ぐ。

 しかし、この狭い病室、逃げ場が無い。 入口からは内部がよく見渡せるようになっている。


 どうする……! 考えろ、考えなければむざむざ美穂の餌食になってしまう!


「んむぐ! んーー!?」

「だぁージタバタしない! ばれちゃうでしょ!」


 カーテンをすれば一時的に目を隠せるかもしれない。 しかしそれでは開けられて終了だ。

 他に何か策がないか探すが。


『ここじゃない? 多分』


 遂に悪魔(みほ)がここまでやって来た。 あと少しもしないで扉は開けられ、僕の社会的生命は刈り取られてしまうだろう。 万事休すである。


『あれ、名札無いね』

『ん、確かにねぇな』


 っこれなら帰ってくれるかも……!!


 しかし。


「入ってみれば分かんだろ。 うぃーっす三上ぃ起きたって聞いたぞー」


 勢いよく扉が開け放たれる。


「お?」

「え?」


 病室の中に入って来た二人の反応は――――――



「……誰もいねぇな。 やっぱ間違いか」

「そーねー……ま、いっか。 祐のことだからどうせぴんぴんしてるだろうし。 それより面白そうな情報聞き込みに行ってくるね! あ、一緒に来る?」

「いや、俺ぁ帰るよ。 アイツいねぇんじゃ面白くねぇ」

「ほーい」


 その後お互い祐のことを散々に言いながら病室を後にした。

 暫くの間気を抜かずに様子を窺う。 今度こそ安全だと確信し、大きな溜息をつく。


「はぁぁぁぁぁ、疲れた……ホントどこのホラー映画だよ……」


 美穂たちが入ってくる直前、一之瀬を抱えたままベッドの丁度入口から見えない側に隠れていたのである。 あのまま奥まで入ってこられたらヤバかった。 ゾンビよりよっぽど美穂(あくま)の方が恐ろしい。


「あ、あのっ!」

「ん?」

「そ、そろそろ、離してほしい、ですぅ……」


 一之瀬が顔を真っ赤にして訴える。

 さっき隠れた際に彼女を抱きしめたままだったのである。


「ああッ! ごめん!」


 ばっと手を引く。

 不可抗力とはいえ、女の子の口を塞ぎ、そのまま抱きしめてしまった。 これではただの犯罪者だ。

 というかこの状況、いつぞやの『女子を連れ込んで泣かしてる』のまんまなのでは。

 体中から冷汗が吹き出てくる。


 こ、これ本当にヤバいんじゃね? 弁明のしよう無いよね?


 彼女がしようと思えば即お縄まである。

 美穂にばれなかった代わりに捏造ではない本当の事案が発生してしまった。 本末転倒もいいところだ。


 祐の命運は彼女の手の中にあるといっても過言ではない。


「いえ……私なんか抱きしめさせてしまって申訳ないです……」

「自己評価低っ」


 怒るでもなく、蔑むでもなく、謝られてしまった。


 ―――

 ――――――――


 思考が落ち着いて改めて体中が痛い。

 さっきいきなり飛び起きたりした所為か、全身で筋肉痛が猛威を振るっている。


 一之瀬の手を借りて再びベッドに横になる。


「いや、ほんと申訳ない」

「いえ、私の方こそ不快な思いをさせてしまって」


 すごく抱きごごち良かった、とは言えない。


「あ、あのっ! 実は私、今日は……」

「はい?」

「今日はあなたのお見舞いに来たんです!」

「うん、そうみたいだね」


「でもお見舞いっていうのは実はついででっ」

「おぉぅ」


 あんたもか……。


「ああいや心配してないとかそういうのじゃなくて、あ、でも私なんかが心配するのもおこがましいですよね……」

「自己評価低ッ」


 そのまま土下座しそうな勢いである。


「お見舞いに来られる事自体が迷惑である可能性を無意識的に排除していました。 自らの驕りが死にたいほど恥ずかしいです……」

「いやいや見舞いは普通に嬉しいよ?」

「っそうですか、世辞でも嬉しいです」


 こ、この人こんな根暗だっけ!?


 今の一之瀬の周りにはどんよりとした負のオーラが見える気がする。

 膝を着きかけていた彼女は椅子に座り直し、改めて話し始めた。


「今日ここに来たのはあなたにお話があったからなんです」


 一之瀬は真っ直ぐに祐を見据える。 顔は真剣味を帯びている。


「本当に、済みませんでした」

「っ?」


 深く頭を下げる。


 一之瀬の謝罪。

 それはさっきまでの負のオーラを纏った根暗なモノではなく、真摯に、真っ直ぐなモノだった。


「今回の脱走事件、アルミラージの小屋を担当していたのは私なんです」


 彼女の懺悔は続く。


「私の管理がもっとしっかりしていれば騒ぎになる事も、逃げ出すことも無かった。 アルミラージたちは死なずに済んだ。 誰もけがをせずに済んだ」


 言葉から悔しさとやるせなさを感じる。


「アルミラージが逃げ出したのも、入学式の時あなたがけがをしたのも私の所為なんです」


 彼女の言葉に違和感を感じたのはその時だった。


 ……待て、入学式の時が一之瀬さんの所為? どういうことだ、僕はトラックにはねられたんだぞ?

 そもそも何故彼女は入学式の事を知ってる?


「私はあなたに二度も害を与えてしまった。 それなのに、今の今まで謝ることもせず日々を過ごしていた」

「一体―――――」


 祐の言葉を遮って、強い意志を持って彼女は宣言した。


「だからごめんなさい。もう二度と、あなたに関わる事は致しません」

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