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プロローグ


 ある晴れた日のこと。

 住宅街の一角に建つマンションの一部屋には、暖かな朝日が差し込む。


 かわいい妹が起こしてくれるようなことも、世話好きな幼馴染が起こしに来てくれることもない、一人暮らしのいつもの平穏な朝。


 しかしその日の朝はいつも以上に静かだった。


 そこだけ世界から切り取られたような不思議な感覚。 ずっとこの時間が続いていくのではないかという気分になる。

 ずっと時間が止まればいいのに、と。


 そしていつもの如く一人で起きた男子高校生こと、「三上 たすく」はそんな思いとは別に、



 ――――――絶望していた。



  いや、いつもの、というのには語弊があるだろう。 毎朝絶望してるようなお先真っ暗野郎なわけではない。 普段の祐といえば明るく、友人と冗談だって飛ばしている。

 昔からよく事故に遭いもしたが、こうして今も元気に生きている。


 病気はひとつもなければ、しばらく怪我だってしていない。 今現在極めて健康体の自信が祐にはある。

 もちろん鬱でもないし、最近特にストレスだと感じることも無い。


 つまり祐自身は原因ではないということになる。 では祐は一体何に絶望するのか。


 それはたったひとつ。 普段とは明らかに違うことが目の前で起きていたのである。


 部屋の中はきれいに整頓され、狭いながらも広く活用出来るよう、細かい所まで手が行き届いている。

 そのスペースをごっそり持っていくベッド、それに並ぶ形で置かれた勉強机。

 そしてその上にはこの部屋を睥睨へいげいするニワトリ―――――目覚まし時計が置かれている。


 ここまではいつも通り見慣れた景色である。 問題はそこではない。

 祐は目を見開き、とある一点、そのニワトリを凝視する。


 ……そう、今日はいつも以上に静かだったのだ。


 ガガッ、ガ、カカカ、カ――――――


 ともに朝を戦い抜いてきた相棒は今や力無くその長針を震わせている。


 カタカタ……


 と終に糸が切れたように悲しき音が部屋に響く。

 時間など合っているはずもない。 もちろん朝を告げたりするはずもなかった。


 驚愕と不安と絶望とともに壁掛け時計を見ると―――――――




「は、8時……!?」



 ---------------------------------------------------------------


 つまり祐は盛大に寝坊をしたらしい。


 もちろん今日は学校のある日である。

 加えて言えば入学式だったりする。

 桜舞い散るこの季節、綺麗な薄ピンクの花びらの中を新たな気持ちで闊歩する、そんな日である。


 生まれ変わったかのような晴れ晴れした気持ち、この先に対する不安や期待。 人は皆それぞれ様々な思いを抱き、この日を今か今かと待ち遠しくしていたに違いない。



 でも寝坊した。



 入学して早々どころか初日に遅刻なんてすれば教師陣はいい顔をしないに違いない。

 いきなりブラックリスト入りとかされたんじゃ洒落にならない。

 祐は3分で支度を済ませると、朝ご飯も食べずに家を飛び出した。


 ここは五階。 学校へ行くためにはこれを降りなければならないのだが……

 エレベーターを待っているのもじれったい。 祐は即座に階段から降りることを決断する。

 階段を怒涛の勢いで駆け下りつつ、腕時計で時間を確認する。


「マズイな、間に合うかな!?」


 準備していた時間を含め五分経っている。 残りは十五分、余裕を持って着くにしてもあと十二分。


 ショートカットのために、当初予定していた大通りを止め、路地を使った最速の道順を脳内で構築していく。 信号機の数、歩行者の数、様々な要素を加味し学校までの最短距離を確認。 走る。


 普通ならば自転車を使うような距離だろう。

 しかしこの地区は自転車を走らせるには適していない。 人通りが多く、道が複雑になっているのだ。

 そもそもこの町の設計思想的に人が行きかうことを前提に作られている。

 一部では自転車走行禁止の所だってある。

 故に祐は自転車を持たず、乗らず、徒歩で登校する。 もっとも今は走ってるけども。


 ふと、こんな状況には似つかわしくない考えが脳裏をよぎる。


 ――――――今の自分はまるで王道ラブコメの主人公のようだ、なんて。


 間に合うか間に合わないかの瀬戸際で考えることではないだろう。

 でも、その考えに至った途端に気持ちが軽くなる。

 足取りが軽くなる。

 つい口元がニヤケてしまう。

 傍からは変な人に見えなくもない。

 高校生にもなってこんなマンガの中にしかないような状況を期待するのは間違ってるのかもしれない。


 でも。


「遅刻ギリギリも悪くないかもなぁ」


 なんて。


 ―――――その時、僕はまだ夢を見ていたのだろうか。


 近道をした、いつもと違う通学路。

 美少女との出会いに期待しながら軽い足取りで角をまがる。



 そして――――――






 祐はトラックにはねられた。






 ―――――

 ――――――――――


 あれ……? どうして僕は寝てるんだっけ?


 目の前にはいっぱいに青空が広がる。

 次第に起きたことを思い出していく。


 ……この硬い感じ、アスファルトかな。


 まだチカチカする目で辺りを確認する。

 ゆっくりと体を起こす。


「痛っててて……」


 体中がきしむように痛い。

 美少女を期待してトラックと衝突するとか、我ながら痛々しい(物理)限りである。 反省せねば。


「ちょ、ちょっと! あんた大丈夫!?」


 目の前で目撃してしまったに違いない、買い物帰りの通りすがりといった感じのおばちゃんが恐る恐る声をかけてくる。


「あ、はい大丈夫です」

「いや頭からすっごい血出てるんだけど!?」

「え? あ、ホントだ」


 かざした手は真っ赤に濡れ、頭からは滝のように血が溢れ出している。


 ……まあ生きてるしいいんじゃないだろうか。


「あんたどう見ても大丈夫じゃないわよ? もしかして変な所ぶつけた? 何があったか覚えてる? 自分の名前は? ここ何処かわかる?1+1は?」


 祐の容体を心配するおばちゃんが一気に捲し立ててくる。

 その質問攻めから逃げるように左を見れば、祐をふっ飛ばしたトラックは30m以上も離れていた。 近くの工事現場にでも行こうとしていたのだろう。 ……それにしても。


 いやぁ、ふっ飛んだなぁ……


 そんな場違いなことを考えていると、一人の中年男性が顔を真っ青にしてこちらへ走ってくるのが見えた。 状況からして、彼がトラックの運転手のようだ。


「おい学生さん!! 大丈夫か!? 生きてるか!?」


 むしろその運転手のほうが死にそうな顔をしているが、それも仕方がないだろう。 なにしろ、はね飛ばした張本人なのである。 もしこれで殺人犯にでもなれば、職を失い、家族を失い、社会的にも非常に厳しい状況になっていたに違いない。


 ここはこれ以上心配かけさせないよう、無事な姿を見せてあげるべきだろうと祐は即座に判断した。


「もちろん! ピンピンしてますよ!」

「いや顔真っ赤じゃねぇか!? むしろなんで生きてんだ……?」



 失礼な。


 まあ顔が赤いのはさっきまで遅刻しないように走ってきたからだろう。

 余計な心配をさせてしまったなぁ。 反省せねば。


 そこでふと、ある大事なことに気づいてしまった。


 遅、刻…………?


「あああっ!! そうだ遅刻!! すみません僕急いでるんで、それじゃ!」


 ばっと立ち上がり荷物をまとめる。


 頑丈すぎて有名な腕時計を見れば、既に8時15分を回り、刻一刻と遅刻へのカウントダウンを続けている。 20分に開始だから、あと5分しかない。 間に合っていることを考えるとせいぜいあと3分といったところだろう。


 ……これ間に合わなくない?


「「いやいやいや!!」」


 二人は進行方向に立ち塞がる。


「何ですか? まだ僕に用があるんですか?」


 急いでるって言ってるのに。 間に合いそうにないのに!


 間に合わないかもしれないけれど、それがゆっくり来ていい理由にはならない。 出来れば今すぐにでも走り出したい気持ちだった。

 若干とげのある反応を二人は意に介することなく続ける。


「どう見ても大丈夫じゃないだろ! はねられたんだぞ!? もしそれで後々何かあったらどうするんだ!!」


 運転手が声を荒げる。


「万が一があってからじゃ遅いんだよ!? ちゃんと病院行きなさいな!」


 それに同調するようにおばちゃんも声を大きくする。


「でも僕よくはねられますし……」

「「そういう問題じゃないだろ(でしょ)!?」」



 じゃあどういう問題だって言うんだ……!



「……え? ってか嘘だろ? え、マジで?」

「い、いつも……?」


 二人は動揺を隠せないでいる。 うーん、やっぱその辺普通じゃないのかぁ……。


「え、えぇと……そう! それにそんな血だらけの顔で行ったらみんなパニックになるわよ!」

「ああ、顔が赤かったのは僕の血が原因ですか!」

「それ今納得する!?」


 なるほど、道理でさっきから視界が悪いわけだ。 それにパニックか……


「うーん、確かにパニックになるのは問題ですねぇ」

「あんたもっと自分の心配しろよ……」


 はぁ、と運転手が疲れ切った溜息をこぼす。


「……まあとにかく、分かったろ? ほら救急車来たみたいだし、ちゃんと病院行けって」


 遠くにサイレンが聞こえる。 素早い行動に感嘆の意を覚える。


 はねられてからまだ数分も経っていないのに。 流石はプロといったところか。

 ここまで言われてしまえば行かないのも失礼だろう。


 同意を示すように首を縦に振る。


「そうですね…………分かりました、それじゃあ――――――」


 ふっ、と。 言葉が途切れる。


 それ以上言葉は続かない。

 続けられない。


 なぜなら、中断せざるを得なかったから。






 祐の体は空を舞っていたから――――――






 視界がぐるぐる回る。



 ―――――あれ?



 べしゃっと、仰向けに落下する。


「「あっ」」


 と二人の声が重なる。

 大丈夫、と言おうとするも声が出ない。



 おか、しいな、力が入ら、ない。何で。 ……ああ、そうか、きっと血を、流しすぎたんだ。 二人とも真っ青に、なってる……



 二人は必死の顔で呼びかけてくる。 見上げればついさっき見た青空がどこまでも広がっている。 段々と声は遠ざかって行く。


 また、心配、かけちゃったな……反、省―――――


 視界一杯の青空に吸い込まれるように、そこで祐は意識を手放した。



 この時、再びはねられたと知るのは少し後になる。

更新は不定期で続けて行きます

素人なので生温かい目で見守ってください

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