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殴る

  九条を守るように前に立つ。


「ぁ……に、逃げなさい、茂上祐!!」


 祐が逃げずに立ち向かおうとしていることに気づいた九条は、さっきまでと正反対のことを言いだした。

 もちろん聞こえているのだが、祐は動こうとはしなかった。


 たった今、戦う決意したばっかだし……

 それに、さ。 そんな顔で言われてもね。


 今にも泣きだしてしまいそうな、辛そうな顔。


 ……うん、そんな顔で言われたんじゃあ、余計逃げる訳にはいかんよなぁ……!!


 ぱんっと拳をつく。

 視界の奥でウサギが発射されるのが見えた。


「っ……!!」


 凄まじい速度で迫る。

 後ろに九条がいる以上避ける訳にはいかない。

 ぶつかる一瞬にウサギを横殴りにして射線を逸らす。

 遠かっただけ、なんとか反応出来たが。


「いってぇっ……!」


 手の甲に切り傷が広がる。

 正面から受けずともこの威力。 もし直撃すれば一撃で命は消し飛ぶだろう。

 入口のひとつが塞がれてしまった今、皆は下手に動くことが出来ないでいる。

 ただ闇雲に捌くだけじゃ長くは持たなそうだ。


 ……いや、たとえ長く持ってもアイツらなんとかしないとダメだ。


 じゃなきゃこの場から逃げるのは難しいまま何も解決せずジリ貧になる。

 何かしら打開策を考えつかないと……


「九条さん、その机の素材は?」

「は!? い、今聞くことですの!? 金属の骨にベニヤ板です!」


 そりゃあ木なら電気は通さないよなぁ……


 いくら触っても電流が流れないわけである。

 机の金属部に軽く触ってみる。 痛かった。


 電流は流れた。 でも枷は外れない……こりゃあ枷の方は啓がぶっ壊した説が濃厚かなぁ。


「前!!」

「っ!!」


 首を傾け、ギリギリのところを通過していく。

 左頬から一気に血が吹き出す。


 横をかすめただけなのに……!


 衝撃波でも発生しているのだろうか。 反応出来る以上、超音速には至っていないと思うのだが。

 なんにせよダメージを負ったのは事実だ。 直接触れなくてもズタズタになりかねない。


「茂上祐……!!」

「大丈夫、致命傷じゃないから」


 冗談じゃなく致命傷であっては困る。


「九条さんは?」

「大丈夫ですわ……いえやっぱり大丈夫じゃないです……」


 見れば頭を低くして小さくなっていた。

 とりあえずケガなどはしていないようだ。



 ――――――観客席でも騒ぎは一向に収まる気配を見せていなかった。


 バァァンッ!!


 ウサギが女生徒の隠れている椅子を粉砕する。


「きゃあああッ!?」


 当たってはいないようだが、その女生徒は腰が引けて逃げ出せていない。

 ずぼっとツノを引き抜いたウサギは、椅子の上からその女生徒を睥睨する。


「ひっ……」


 あわやこれまでと思われたその時。


「だぁっしゃあああッ!!」


 榊原がウサギのツノを引っ掴み、勢いまかせに下へとぶん投げた。


「あ、ありが――――――」

「喋るな!! アルミラージは高い音に反応する!!」


 その声を聞き、皆一斉に口を噤む。

 それは悲鳴をあげればより狙われるということを意味する。


 高い音に反応……獲物の小動物の声を聞き分けるのか。 高い音……


「またきます!」

「ったぁあっぶね……!!」


 いかん。 考え事に集中しすぎている。 ちょっとの余裕が命取りだというのに。


 しかし、後ろに九条さんを庇ったままだと厳しい……!!


 だが、避ける訳にはいかない。 避ければ動けない九条が狙われて――――――


 狙われる?


 なんで?


 動けないから?目立つ場所にいるから?


 違う。その条件なら僕も当てはまる。

 榊原のさっきの言葉を思い出す。


「高い音……!!」


 九条の高い声。 それに魅かれている。


 そうだよな、だから皆黙ったんだから。


 あることを思いつく。

 正直一か八かなところがある。 成功しても厳しい状況は変わらないかもしれない。

 でも、もしこれが上手くいけば、皆を逃がすことが出来る。 九条も助けられる。


「九条さん、僕に強化系の魔法かけられる!?」


 ------------------------------------------------------------------------

【術式】……魔法の発動方法のひとつ。 術式は構成さえできれば紙に書いても体に描いても、頭で正確に思い描いても条件を満たすことが出来る。 術式に魔力を送り込むと、決められた魔法が発動する仕組みである。


 ・形の変形しない壁などに描くのがもっとも効果が高い。


 ・この術式法は決められた式を使うため発動が容易で、魔法が使える者であれば誰でも使用できることが特徴。 また、魔力を流し続ける間、もしくは術式の魔力許容量が限界になるまで発動する。


 ・頭で思い描くことは、正確性に欠け効果もあまり良くはないが、素早く発動まで繋げることができる。

 また、自分が媒質なので、魔力許容量も無い利点もある。


【付加術式】……術式の応用。 誰でも使える特徴を生かして他人に自分の思い描いた術式を付与する。

 これは他人に術式を刻印するようなもので、許容量が存在する。 時間で式は消える。

 ------------------------------------------------------------------------


「九条さん! 僕に【自己強化】系の術式かけて!!」

「で、でも私まだイメージだけではそんなに強力なものは……」

「無いよりマシだ!!」


 さっきまでの腕相撲ではおそらく紙に描いたものを使っていたのだろう。

 もう残っていないに違いない。


 しかし謙遜する必要はない。 詠唱も道具も無しで魔法を使えるだけで十分凄いことなのだ。

 大人でもイメージだけで発動するのは難しいらしい。 一般生徒に至っては尚更無理な話である。

 それは自慢してもいいレベルなのだから。

 そして今はその速度が非常にありがたい。


「わ、分かりました、【簡易強化ブースト】……手を取って!」

「っ!」


 パシッと、九条の伸ばす右手に自分の右手を重ねる。

 一瞬、何かが流れ込むような感覚がある。 彼女の術式が体に一時的に付加されたのだろう。

ふわっと体が軽くなる。


 これなら……!


「後ろ! 来ますわ!」

「ッ!!」


 何回か捌いて分かったことがある。

 アルミラージはその脚力故に構えてから発射までに数秒のタイムラグ、溜めの時間があるようなのだ。


 九条の声に応じて、祐は一羽をいなす。

 一瞬の溜めの時間、慣れてくれば見切ることは難しくなかった。


 いなした直後、次が来る前に彼女から距離を取るように走り出した。

 九条の微かな悲鳴のような声が聞こえる。


 やはり見捨てられると思ったのか。

 だがそれは勘違いだ。


 ある距離まで行ったところで立ち止まる。

 指で輪を作り、大きく息を吸い――――――



 ピィィィィ――――――――――――



 ウサギたちの動きが止まる。 今まさに発射されようとしていた個体も顔を上げこちらを見る。


 ……上手くいった……!!


 繰り返し何度も何度も指笛を鳴らす。

 警戒するように僕を観察するアルミラージたち。


 そう、それでいい。 こっちだけ向いてろ……!



「啓!! 持って三十秒!!」


 短くタイムリミットを伝える。 それを榊原はしっかりと理解したのだろう。

 こちらを一瞥したあと、声には出さず、避難指示を続ける。


「九条さん、危ないからもう喋らないでいて!」


 三羽が同時に発射態勢に入る。

 三羽同時に捌かなければならない。 おそらく負担もダメージも三倍以上だ。

 自己強化をつけてなお、捌くたびダメージの蓄積は避けられないだろう。


 唯一救いなのは、上下からの攻撃が無いことだ。 ウサギにとっても立体よりも面で立ち回るほうが僕を狙いやすいのは確かにそうなのだが、おかげで逆に比較的射線を見切りやすい。


 非常に難しいが、何としてもやり切るしかない。

 出来なければ死ぬだけである。


 …………死ぬのは、困るなぁ……うーん


 ドンっと三羽は発射される。

 さっきまでと違い、随分と動きやすい。 それに避けられるのが大きい。

 目も慣れてきたのか、溜めの時間も相まって三羽でも相手できそうだ。

 一旦様子見として三羽を避ける。


 その時一瞬で祐の心に余裕が生まれた。

 意外と三十秒余裕かもしれない、そんな思いを抱きつつ態勢を立て直そうと―――――――


「―――――っな!?」


 だが甘かった。

 一羽がすぐ目の前まで迫っていた。


 なんでだ!? どうしてこんなに早く追撃が……!?


「……っか……っはぁ……っ!」


 なんとか追撃を躱すも、休む間もなく二羽目が地を蹴る。

 態勢を立て直す間を与えないつもりだ。


 ここで一気に畳みかけられるとまずい……!!


 三羽目が跳んでくる。 なんとか横に避け――――――


 その先に見えたのは。

 壁でピンボールの如くクイックターンを決めた、


「しまっ―――――!!」


 先の二羽目の姿。


 避けられない……!!


 死の覚悟とともに見たものは。


 くの字に曲がる体と、



 そこにめり込むひとつの「拳」。



 吹っ飛ばされるウサギ。 拳を突き出したのは。


「っぅ――――――茂上君、大丈夫?」

「早乙女さん……!!」


超音速⇒音速より速い

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