決闘?はぁ、そうですか
――――――授業も終わり、今は放課後。
私は今、飼育小屋に来ていた。
飼育小屋と一息に言っても、飼育している生き物の種類は多岐に渡り、小屋の数は何十個にも及ぶ。
ずらりと陳列する飼育小屋。 中には牢屋のように頑強なつくりのものもあった。
その中から自分たちの小屋を探す。
飼育係としてここにいるわけだが、なにも全部の小屋をまわる訳ではない。
科学科を含めそれぞれのクラスには持ち場となる飼育小屋が存在しており、全ての小屋に配置されるように上手く調整されている。
飼育当番は一週毎に代わっていく事になっていて、苗字が「い」から始まる私は比較的早くその順番が回って来たのだった。
「はぁ……」
たどり着いたウサギ小屋の前で小さく溜息をつく。 今日何度目かも分からないその行為を飽きもせず、何度も繰り返している。
「はぁぁぁ…………どうしてああなっちゃうかなぁ……」
溜息をつくのは決して飼育委員の仕事が嫌だからではない。 むしろ動物はかなり好きだし、ウサギのように可愛らしいものは特に好きだ。 世話をすることに苦は感じない。
「また、言えなかった……」
あの日以降、ずっと彼のことが頭から離れない。
彼の事を考えていると胸が苦しくなる。 とても、つらい。
……察しのいい人は今ので何か思う所があるのかもしれない。
でもきっとそれは恋慕じゃない。
それはきっと――――――
「後悔、反省……」
あの日以降ずっと心残りなのは。
あの時謝ることが出来なかったこと。
あの場で何も出来なかったこと。
もっとお話をすればよかった。 ちゃんと伝えるべきだった。
ずっと、後悔している。
その後何回か話しかけて見ようかと思うこともあった。 でもいざ話しかけようとすると、言葉が出てこない。 勇気が出ない。 気持ちが表せない。
いや、それ以前に彼の前に姿を見せることすら出来なかった。
あの日言えなかった事を言おうとして。
今更謝ろうとしている自分が恥ずかしくて。
そんな自分があまりにも不甲斐無くて。
そしてまた、言えずじまい。
「はぁ……」
また、溜息。
「とりあえずエサあげよ……」
ガサゴソと腕に抱えた袋から、適量のエサを掴みとる。
なんとなしにあのちょっと変わったウサギたちの姿を思い返す。
この小屋にいるウサギは普通のウサギとは異なった特徴を持っている。
一番に目を引くのは、そのおでこに生えた一本の長いツノ。
平均60cmの体に、その半分、約30cmのツノを生やしている。
普段は小さく抱え込むような姿勢でいるため、余計にツノが目立つ。
併せて全長約90cmのウサギの亜種である。
性格は通常のウサギとは反対に獰猛。 敵と判断すればそのツノで果敢に立ち向かってくる。
ただ、ツノの長さが故に、狭い場所ではおとなしくしており、比較的安全に飼育が出来るとされる。
プロのブリーダーなどであれば掃除の時は直接中に入っていいことにもなっている。
もちろん一介の学生に過ぎない私には関係のない話なのだが。
そしてかれらの好物は――――――
キィ…………
その音に思考が一瞬停止する。
気のせいかとも思ったが。
……でも今、明らかに不自然な音が聞こえた。
聞き間違いでなければその音は、本来この状況で聞こえるはずのない音である。
だって、小屋には誰も入っていないはずなのだから。
だから、
聞こえるのはおかしい音。
……聞こえたらマズい音。
キィキィ――――ガシャン、キィ……
私の中では全力全開音量MAXで警報が鳴り響いている。
違っていて欲しい、そんな思いと共に視線を向けた先には―――――――
「た、大変……!!」
風に揺られる小屋の戸があった。
そう、ウサギは脱走していたのである。
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先ほどの九条さんの「決闘ですわ―――――――!!」から三十分ちょっと。 今はまさに謎のシルバータイムである。
場所は変わり、魔法実験用施設の内、魔法の試射などが出来るホールに僕らは来ていた。
施設内部には高めの壁が円形に連なっている。 壁を上がった所にはぐるりとホールを囲むようにして観客席がいくつも並ぶ。
そして中央にはそこだけがくり抜かれたような場所があり、黄色い土が敷かれている。
そこは実験施設といいつつ、いかにも闘技場といった感じを思い起こさせるような場所なのであった。
ホール、ではなくスタジアムの方が合っているだろう。
観客席にはちらほらとクラスメイトなどが座っている。 大方面白そうだから、と見に来たに違いない。
「どうしてこうなった……」
彼女の申し出は間髪入れずに断ろうとしたのだが――――――
『面白そうだからやっとけ』
『たぶんコレ断るともっと面倒だと思うよ?』
二人の意見もあって何故か決闘をすることになってしまったのである。
……というか早乙女さん、お互いのわだかまり取ってくれたんじゃなかったの?
むしろふっかけて来ちゃったよこの人。 獲物に飢えた狐みたいになっちゃってるよこの人。
観客席の下、同じ目線の高さにあるスペース、いわゆるベンチのようなところでは早乙女さんが僕に向かって目を閉じ手を合わせている。
一瞬ごめんというのを表しているのかと思ったが……あれはどう見ても黙祷にしか見えない。
いや、まだ死んでないから。
それと――――――――
「なんで美穂がいるの」
「俺が呼んだ」
「やっほー! 祐ひっさしぶりぃー!! 元気してたー!? なんか面白そうなことに巻き込まれてんじゃんさっすがー!」
観客席の最前列で大仰に手を振っている。
うう、気が重い……。
何がって、美穂がいるということは今回のこの件が尾ビレと背ビレと胸ビレに加えて四足歩行する噂となって広まるだろうということだ。
だろう、というか間違いない。
そこでふと疑問に思う。
あれ? そういえばこの決闘ってもしかして……公式じゃない?
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【決闘】……魔法が発達した現代において、互いのいざこざを手っ取り早く片づける際に用いられる事がある方法。
立会人の元、決められたルールの中で「戦い」、勝ったほうの要求が全面的に通る。 要求やルールに関しては開始前に互いに確認しあい、不服である場合は決闘の破棄も可能。 この場合は裁判など他の手段へ移行することが多い。
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ちなみにある程度までならケガをする内容でもいい事になっている。 まぁ決闘と言うくらいだから当然と言えばそうだ。
だからこそ立会人の必要性が生まれるし、ルールも明確でなければならないのだが……。
いまだに要求は提示されておらず、また、していない。
立会人は観客や啓たちなのだろうか。
つまりこれは、なにか裏がありそうな予感がする。
九条さんは僕の方を向き、人指し指を立てる。
「ルールは簡単ですわ! 先に倒れた方が負けです! 魔法はアリで!」
説明と呼べないような説明のあと、不敵な笑みを浮かべながら声を発する。
「それじゃ早速――――――」
「じゃ、辞退します」
「なっ? いきなり何言い出しますの!?」
九条さんは突然の僕の宣言に動揺を隠せないでいる。 九条さんだけじゃなくこの場にいる全員が同じように疑問に抱いているように感じる。
公式じゃない以上、何があるか分かったもんじゃない。
下手な地雷は避けるか、もしくは……あっ、でも早乙女さんが『断るともっと面倒』とか言ってたな。
じゃあ、他人に踏ませるか。
「じゃあ選手交代で」
一言そう言って、外縁部にいるギャラリーのもとへ近づいて行く。
こういう時には適役に任せるのが一番だ。
向かった先は―――――
「……え? 茂上くん?」
「早乙女さん――――――」
早乙女さんの前まで行き、
「――――じゃなくて啓、よろしく」
すっと啓の後ろに回り込んだ。
「は? いや何言ってん―――――」
「いいからとっとと行けっ」
啓を力いっぱい蹴っ飛ばす。
「待て! お前の決闘だろ!?」
「お前が煽った決闘な」
前のめりに押し出された啓は振り返りつつ抗議の意を伝えてくる。
「それでも俺がやっても意味が―――――」
「まあ茂上祐をぶっ飛ばせないのは残念ですけどあなたでもスッキリしそうなのでいいですわ!!」
「おかしいだろ!?」
九条さんの即断即決に啓が叫び声をあげる。
「というか魔法アリの決闘なんかやったらケガどころか最悪死人がでるだろうが!!」
続いて身振り手振りを交えて必死に九条さんに抗議する。
そんな光景を僕は半眼で野郎を睨む。
お前はその死人が出る事を僕にやらせようとしていたわけか。
まぁ、今回はその悪行が自らに跳ね返ってきたわけだ。
そして加えて言えば、すでに啓に退路はない。
対戦相手の九条さんが啓でもいいと交代を承諾した。
つまりこの場合、啓にも交代する権利があって然るべきだが、残念ながら今この場にはその対象がいない。
僕は交代を宣言したばかりだし、早乙女さんと代わる訳にもいかない。 観客と交代が出来るはずもない。
啓がやる以外に、選択肢は無いのである。
日頃の恨みを込めて、死なない程度に死んでこい。
そんなブラックな思いの中、啓の発した言葉に対し九条さんはキョトンとした顔で、
「は……? 何おっしゃってますの?」
「「え?」」
今からやろうとしている事の具体的な説明を始めた。




