帰り道(校内)
科学科への帰り道。
「いつもはお前が俺を止める側なのになー」
歩きながら、啓が話題をふってくる。
「ごめん。 でも助かったよ」
「三上時々何するか分かんねえんだもんな。 さっきもまさか三階から飛び降りるとは思っても見なかったぜ」
「あれはちょっと痛かった」
「あれでちょっとか」
俺も詰が甘いなーと啓はへらへら笑う。
「それと、さ」
啓の手元を見て言う。
「ん?」
啓はそのままペットボトルをあおる。
「さっきの予想したって、嘘でしょ」
「ごっふ!」
むせる啓。
「な、なんで分かった……」
「いや、普通に」
「そうか、それじゃあ俺の隠された能力の内ひとつ【予知】がばれてしまったわけだな……」
「あーうんそだね」
凄まじくテキトーに返事をする。
「……そこはもっと『すげーサカキ様かっけー』とか言うところだろ」
「だって……まぁかっこいいよ、うん。 すごいすごい」
はぁそいつぁやべぇな、と啓。 ペットボトルをあおる。
ああ、こいつの顔見てると色々思い出してきたよ。
そうだ、せっかくだから聞いておこう。
「……ところで、啓」
「ん?」
「遺体は焼く埋める沈めるどれがいい?」
「ごっはぁ!」
盛大に水を吹き出す。
「おおお物騒だないきなり」
袖口で口を拭い、顔をこちらへ向ける。
その顔に祐はビッと指さして――――
「こんなことになったのも元はといえばお前が変な情報ばら撒いたからじゃないかっ! 責任取っておとなしく除菌されろ! このK―ウイルスがっ!!」
祐の非難に、しかし啓は一切臆することなく向き合う。
「ハッ! ヤダね! だいたいあんな超絶美人と知り合いのお前が悪いんだよ!!」
「知らないよ! 知り合いって言っても一回しか話してないし……!」
さっき逃げられたし……。
「あのなぁ、よく考えろ? 誰のおかげで皆がおとなしいと思ってんだ? あ? 三上サンよぉ?」
「お前のおかげで騒がしくなったんだろうが!」
「チッ、人の所為にするたぁ良い度胸じゃねぇか……!」
「それはこっちの台詞だ……!」
ぎゃあぎゃあ言い合い始めた時。
「おーい!そこの二人ー、ちょっと待ってくれないか?」
突然背後から声をかけられた。 振り向けば一人の女生徒が遠くで手を振りながらこちらへ近づいてくる。
一歩足を踏み出し、体をゆするたびに目線は一か所へと吸い込まれる。
な、なんか凄い揺れてる……!
ハッと我に返る。
いかん……! 初対面の相手に対してそんな態度でどうする……!! 反省せねば……。
隣を見ると―――――目が完全に泳いでいた。
あ、コイツ駄目だ……。
九条にも負けないソレを凶悪に振り回しながら、その子は二人の前まで走り寄って立ち止まる。
その少女はつい先ほど九条を羽交い絞めにしていた生徒であった。
はぁはぁと肩で息をしている。 どうやらさっきのところから走ってきたらしい。
見た感じ割と全力で。
「はぁ、はぁ……待ってくれて、あり……がとう。 くはぁ……私、は、っはぁ」
「取り敢えず落ち着いて」
暫く彼女は荒い呼吸を繰り返す。
その間に彼女の見た目の特徴を頭で整理してみる。
黒縁メガネをかけた黒髪ロングの少女。 啓のような服装の乱れはなく、大きく(身長)て大きかった(一部)。
全力疾走するイメージが湧かない……!
どっかの文学少女の間違いなんじゃないかと真剣に考察しはじめたころ、
「もう、大丈夫」
最後にはぁーと深く息をはくと、彼女は落ち着きを取り戻した。
「待たせてごめんね。 私は早乙女。 早乙女詩織っていうんだ。 さっきの九条の友人やらせてもらっているんだけど……」
早乙女は申し訳なさそうに両手を前で合わせる。
「さっきはごめんね、不愉快な気持ちにさせてしまって。 ……九条はちょっとプライドが高い人間なんだ。 曲がったことが嫌いらしくて……かなり強く当たっちゃってたけどどうか許してあげてほしい」
「ああ、さっきのですか……いえ、考え方は人それぞれだと思いますし。 もう気にしてません」
「本当? ありがとう! はぁよかった……九条は敵を作りやすいから心配していたんだ」
実際、九条さんの言うことにはかなり腹を立ててしまったが、何も僕が正義であるなんてことはない。
むしろ僕のほうがアウェーで、あの場において彼女のほうが正義だったのかもしれない。
だからもう気にしないことに決めた。
「まあ君も相当言ってたけどね」
そこでまさかのカウンター。
「……いや、ほんとに申し訳ない。 お騒がせしました」
「ふふ、いいよ別に謝らなくても。 ただ今回の件はお互いに非があったってことで」
なるほど、これで今回の事を清算することで互いに変に気を使わなくてもいいようにしたいのか。
考えてるなぁ……僕の考えすぎかな?
「そっちの君もごめんね? いきなり火球飛ばした時は焦ったよ」
「ん? ああ、別にどうってこたぁねぇけどよ、まさか誰にでもポンポン飛ばしてんのかあの九条ってのは」
「流石にそれはないよ……多分。 それはない、と思いたいかな……」
どこか虚空を見つめる早乙女。 軽く目が死んでいる。
苦労してるんだな……。
普段からあんな感じなのを想像するとつい同情してしまう。
いきなり殺意を撒き散らすような友人を持っているのは学校中探しても彼女くらいだろう。 嗚呼、可哀想に。
「ちょっと君、目が死んでるよ?」
きっと気のせいだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「それにしても君と沙月が知り合いだったとはね」
意外そうに早乙女は話す。
そもそもの事の発端は彼女と話す話さないから始まっているのだ。
「まあ、即効で逃げられましたけど……」
「そう! そこなんだよ。 あの沙月があそこまで露骨な態度をするのは本当に珍しいんだ。 高校入ってからは一度も無かったのに」
早乙女の言い方に違和感を覚える。 今の言い方だと、
「あの、もしかして中学校は……?」
「うん、同じだよ。 小学校の頃からずっと一緒なんだ」
幼馴染みたいな感じだろうか。 長い付き合いにしかわからないものというのがおそらく有るのだろう。
「あの時の沙月の態度、最後に見たのいつだろう。 こう、もっと落ち着きが無いような感じ」
一之瀬は昔は落ち着きが無かったらしい。 初めて話したときもどちらかというと落ち着きが無かったように思える。
「……そう、『君』に対してだけは昔みたいだったんだよね」
『君』の部分を強調してくる。
祐を見て探るように思案する早乙女。
「沙月と何かあった?」
「え……特に無いと思いますけど」
あの時の事を思い返してみる。
実際に一之瀬と会っていた時間はあまり長くはない。
一番印象に残っているのは結局啓を阻止出来ず、おまけに医者に滅茶苦茶怒られたことである。
「まあ、あった事といえば突然病室に来て号泣して帰ったってことくらいしか」
「君はそれを特に無いとするんだね……」
やっぱり何かあったのかぁと一人ブツブツ言いながら考え込む。
祐自身一之瀬のあの行動はよく分からないのでどうしようもない。
その辺は早乙女が勝手に解決するだろう。
嫌われることした覚えないんだけどなぁ……。
「でもやっぱり、嫌われてるって考えるのが自然なのかな」
「ん、それは無いと思うよ? どっちかというと――――――」
「え?」
小声で後ろの方は何を言ってるのか分からなかった。
「……いや、何でもない。 気にしないで」
……? そうか。 ま、いいか。
◇ ◇ ◇ ◇
「そういえば名前なんていうの?」
彼女は無口そうな見た目にしてはずいぶんとコミュ力が高いようで、すっかり打ち解けていた。 かくいう祐もすでに口調が砕けている。
今までで口調が砕けるまでの時間は彼女が最速じゃなかろうか。
「祐だけど」
「ああ違う違う、名前……いや苗字だね、うん。 『何』祐なのかなって」
「……いいよ。 ――――――僕は三上。 三上祐」
「ん、そっか。 三上祐くんね。 ……うん、覚えたよ。 あ、と……そろそろ戻らないとだから、私はこれで行くね」
「あ、わざわざ言いに来てくれてありがとう」
「うん、君ともまた話してみたいから、いつでもこっちくるといいよ。 そこまで露骨に嫌がる人も少ないと思うし」
さっき露骨に嫌がった人に二人程思い当たるんですが。
「それじゃあね!」
そう言って早乙女はもと来た道を戻っていった。
「さて……」
祐は啓に向き直る。
話は戻り。
「除菌の時間だァ!!」
「ハァッ逆に駆除してやんよォ!!」
五限目開始の合図が鳴る。




