10:逃亡先には
逃げる、逃げる、逃げる。 ひたすらに逃げまくる。 既に自分がどこを走っているのか分からなくなってしまった。 でも確認している暇はない。
だってすぐ後ろには―――――
「待てやゴラァ!!」
「断るぅぅ!!」
鬼気迫る勢いで皆が猛進してくる。
ちょっとしたホラーだぞこれは!!
ふと、後方で何か動きがあるのを背に感じた。
ん、なんだって? ……せーの? ……なんか分からんが危ない!!
「回避ぃーーーーーー!!」
ヒュゴッ――――――
ばっと右に反動式側方回避運動の要領で跳ぶ。 直後、さっきまで走っていた位置を高速で何かが駆け抜けて行った。
ズガァン!!
「!?」
爆音に目を向ける。 遠く、廊下の突き当りに突き刺さったのは。
【シャープペンシル】……主にものを書くときに使われる。 鉛筆の進化系。
「う、嘘ぉ!?」
紛れもなく、普段使っているアレであった。 中ほどまでその凶器は壁に埋まっている。
壁にシャーペンぶっ刺すとか一体どんな腕力してるんだよ! ……実はあの壁が脆いだけなのか?
そう信じたい。 信じたいが……しかし投げて、である。 仮に壁が柔らか素材だとしても、遠ければ速度は落ちるし、そもそも壁まで届かなければ刺さらない。
弾道もそう落ちているようには見えなかったし……やはり腕力がおかしいのか。 ……というか刺さるシャーペンもおかし「次弾発射ぁ!!」 危ないぃ!?
「壁が柔らか素材説」を考えている間にも凶器はバリスタ砲のように次々と射出される。
ズガンッズガガッ!!
全部しっかり刺さっていた。 金属部に。
「やっぱ壁の所為じゃなかったあーーーーー!!」
そういえばたしか誰かがこの校舎の壁ってどんな魔導災害でも耐えるって言ってたような気がする!シャーペンごときに空けられてていいのか!?
「ちぃっ!! また外した……!!」
遠くからはそんな声が聞こえる。
あれは野球部の中曽根……! ヤツが砲塔か!!
中曽根は野球部で在りながらかなりコントロールが悪い。 しかしそのかわりになのか、もの凄い剛速球を投げるという。
世間的には『魔法野球』である。 おそらく何等かの補正をかけて投げているのだろう。
やはりそれなりの魔法が使える科学科生もいるということか。
とりあえず当たってないけど……コレ下手に避けるとむしろ危ないんじゃないか?
ヒュゴッ!! ヂッ
頬をかすめていった。
……おかしい、コントロールは?
一筋の赤い線から血が垂れる。
まさかヤツは今進化したというのか……!!
「……人類って凄いな!」
立ち止まった時点で待つのは死のみ……!
次が発射される前に急いで階段を降りる。 上からは怒号が飛ぶ。
「待たんとぶっ殺すぞゴルァ!!」
「どうせ待っても殺すとか言うんだろ!?」
「はっ!! 待ったら硫酸スプレーの刑で赦してやんよぉ!!」
「それも嫌だぁぁぁぁ!!」
叫びながら走る速度を上げる。
待て待て、皆なんでそんなに過激思想に染まってるんだよ!? あれか、なんかやばいウィルスにでも集団感染してるのか!?
正直後ろの奴らを走るゾンビだと言われれば納得できる自信がある。 真昼間から廊下を爆走するゾンビ、考えたくない。
それに加えて待てば硫酸、待たねば凶弾。 うーん、なんとも難しい選択だ。 仮にも高校生が選ぶものではない。
何としても生きる道を選ばなければ……これ、生き残っても行く先無いんじゃないのか?
しかしなんだろう、気のせいか人数が増えているような……?
先ほどよりも廊下を走る足音が増えている感じがする。
角を曲がる瞬間、ちらりと後ろを振り返る。 その時見えた追手の姿は、四組の男子――――――と。
「他クラス……!」
二組、三組のメンバーが何人か加わっている。
おそらくさっき通った一組からも増援が来るのだろう。
なんて行動力だ。 しかしこんなにも感染、もとい情報伝達が早いだなんて……!
早急に手を打たねばならない。
とりあえず、砲塔は潰しておく必要があるだろう。 今こいつらに最も有効な手立ては。
「中曽根くん!! そんなことしてると『また』『彼女さんに』『嫉妬されちゃうよ』!!」
「なぁっ!?」
『死ね中曽根ェ!!』
『キッサマァァァ!!』
「まて誤解だ! 事実無根―――――」
『キシャァァァァ!!』
「ごはぁ!!」
ひっさつのスリーワード!!
こうかはばつぐんだ! ナカソネはたおれた!
ついでにいい感じに足止めになった。 その隙に先へと逃げる。
経路を悟られないよう滅茶苦茶な道を選ぶ。
おかげで本当にここがどこなのかさっぱり分からない。
そうこうしている内に食堂っぽい(まだ覚えてない)所に辿り着いた。
ここなら人ごみに紛れて上手くやり過ごせるかもしれない。 顔見知りが居ないとも限らないが、ただがむしゃらに逃げ回るよりかずっといいだろう。
中に入ると同時、一人の生徒が僕の脇を抜けて、奥に集団で陣取る生徒たちのもとへ駆け足で近づいていった。
彼らの会話が耳に入ってくる。
『おい! お前ら、聞いたか? 科学科の三上ってヤツが聖女に手ぇ出したらしいぞ……!!』
『まさか! そんな愚者がいるっていうのか……!?』
『ああ、我らが愛する聖女を泣かせるという許し難き蛮行にも及んだらしい……しかしこれは確かなスジからの情報だ。 間違いない。 こうなれば我ら「一之瀬教徒」が成すべきことはただひとつ……!』
『『逆徒滅殺!!』』
ああ、ここはもうダメだ。 既に感染爆発している……!
気づかれないようにそっと出口へ向かう。 これ以上ここにいては間違いなく危険だ。
『ところでその確かなスジって誰だ?』
ちょっと人が多くて中々進まないな……。
『お前ら知らないか? 4組にいる榊原ってヤツなんだが』
「てめえの仕業かあぁぁぁ!!」
突然叫びだした僕に訝しむ視線が集まる。
チィッ! ヤツが感染源か! 確かに美穂並の情報拡散能力を持つヤツであれば今までの事に説明が付く……! これは帰ったら報復措置が必要か……!
『ああ、あの情報通の。 ならやはり事実なのか』
いやデタラメずくしじゃないか! ……半分くらい合ってる気もするけど! いやでもやっぱ話盛られてないか!?
『あ、画像送られてきた』
げっ! なに勝手に人の写真流してんだアイツ!
『あれ? この顔さっき見たような……』
やばいやばいやばい……! この状況から早く抜けないと……!
「サカキ隊長! 先ほど雑兵から三上めが食堂に入って行くのを目撃したとの情報が!」
「……よし、B班とC班は出入り口を固めろ! 我らA班は中へ突入する!」
なんてこった、退路を断たれた……!
『榊原から連絡だ。 「殺れ」だそうだ。 行くぞ』
『『了解』』
外もダメ、内もダメ、じゃあどうする……!?
打開策を求め、ぐるりと食堂内を見渡した時、とあることに気が付いた。
――――――――――――
「三上ィー!覚悟ォォ!」
足音を轟かせながら追手が迫る。
入口近くに居たほかの生徒たちは奴らの放つ異様な雰囲気に押され、道を開けていく。
ついに奴らが食堂内になだれ込んできた。
考えている暇はない。
向きを変え、出口から遠い方、窓がある所へ走る。
そしてそのまま僕は窓際に追いつめられる形になった。
「啓……!」
「詰みだ、三上!!」
啓は勝利を確信したようにニヤリと笑う。 他のヤツらも―――――だが甘い。
『アイツ、何する気だ!?』
周囲がどよめく。 先ほどまでの余裕は消え、疑問を口にする。
何って、そんなの、ねぇ?
道がないなら道じゃなくてもいいじゃない的な発想。
窓に足をかける。 眼下にはコンクリート。 通行人は……いない。
地面までは10mはあるだろう。 どうやらこの食堂は三階にあったみたいだ。
まぁ、三階なら大丈夫かな。
祐はそのまま宙に身を躍らせた。
――――――――――――――
「はぁ……はぁ……」
後ろを振り返ると誰も追ってきていない。 どうにかやっと逃げきれたみたいだ。
だいたいなんで僕が逃げないといけないんだ。 女子と会話くらい誰だってするだろうに。
皆が追って来た理由は大半が「一之瀬沙月」関連だったけど、「聖女」って感じの子でも無かった気がするんだけどなぁ……。
「とりあえず啓は許さん……」
ふー、と一息。 さっきまで肩で息をしていたのもようやく落ち着いてきた。
かれこれ十分は逃げ回っていたような気がする。
流石に疲れた。 出来ればどこかに腰を下ろしたい気分である。
下ろせる場所が残っているかは別だが。
……しかしなんだろう、それとは別に妙に周りの視線が刺さるような?
『……あの人、科学科生じゃない?』
『こんなとこまで何しに来たんだ……』
『早く帰ってくれないかな……』
周囲では小声で様々な事が飛び交う。 その内容はあまり聞いてて楽しいものじゃない。 そしてその全てが今の祐を指していた。
……ああ、逃げ回っている内にこんなところまで来てしまったのか。
近くの教室の入口上部へ向ける。 そこにぶら下がる板にはこんなことが書いてあった。
『魔法科 1-2』
今僕がいるここは、魔法科棟だ。
やはり科学科に対してあまり良い印象を持っていないらしい。 格下が何しに来たんだ、ってところか。 何か問題が起きる前にさっさと退散した方がいいだろう。
と、来た道を戻ろうとした時。
「え……!?」
「え?」
――――――――それはきっと偶然だったのだろう。
鈴を鳴らしたような声に顔を上げる。 来た道からやってきた三人組、並んで歩く女子の真ん中。 祐の正面に立つ少女のうっすらと茶色がかった髪には、いつか見た赤の髪飾り。
そこには彼女―――――「一之瀬沙月」が立っていた。
「あ――――――」
「す、すみません! 用事があるので失礼しますっ!」
しかし一之瀬は祐を見た瞬間、今来た道を駆け出した。
「え!? ちょっと待っ――――」
あっという間に姿が見えなくなってしまった。
……今、避けられた、よな?
一之瀬の行動に皆が疑問符を浮かべる。
『おい、今の見たか……?』
『あの聖女が……』
『あの人何かしたのかしら……』
普段の彼女はこういった事はしないらしい。 それは先程教室で聞いた話でもそうだったし、実際初めて会った時もとても話しやすい人だな、と祐自身感じていた。
皆して彼女の行動に頭を捻る中、動く影があった。
「ちょっとそこのあなた! 何なのですか? 一之瀬さんがあんな態度取るなんて今まで見たことありませんわ! 一体何をなさるとあんな態度に――――」
残された取り巻きの内一人が怒気をにじませた声で詰め寄る。
金に輝く髪に、手入れを欠かしたことのないであろう白く滑らかな肌。 外国人風の目鼻立ち。
やたらと高級そうな雰囲気を醸す、如何にもお嬢様といった感じの女生徒である。
身長は祐の肩くらい。 目線を少し下に下げれば非常に目を引く豊かなものをお持ちで、香水をつけているのだろうか、その少女からはほのかに甘い匂いがした。
「っ! というかあなたそのネクタイ、科学科のじゃない……!」
彼女は驚き七割、怒り三割の声で祐のネクタイを凝視する。
あぁ、こうなる前に消えようと思ったのに、と祐は心の中で頭を抱える。
ネクタイはある意味この学校の負の遺産といえるだろう。 科学科は青を基調としたデザインになっており、反対に魔法科は赤を基調にしている。
科学科のネクタイが昔は正式であったようだが、魔法科が出来て以降は赤がこの学校の象徴として広く知られるようになった。
元々は教師がどちらの科か見分けるためにこうしたらしいが、結果として「異分子」を見分ける助けとなってしまっているのだった。
「どうしてこんな所に科学科が……いいですわ、いい機会ですのでわたくしから一言、言っておきます!」
内心面倒に思いながらも女生徒の言葉を待つ。
「科学科の方で毎日毎日騒がしいようですけど、アレ、本当に迷惑しているんですの! うるさいし、言葉は汚いですし、全く美しくない! 一之瀬さん目当てでこっちまで来る輩もいるし……そういうの止めてくれます!?」
なるほど、確かにそれは迷惑だ。 さっきの奴らみたいなのが騒いでいればそりゃあ迷惑だろう……。
――――――と、そこまで考えたところでふと思う。
でも、魔法科と科学科は校舎が違うよな? そんなに普段バカでかい声で会話しているだろうか?
先程シャーペンの力に砕け散った対魔法壁は耐久こそ心配ではあるが、それなりの防音機能を備えている。 そうそうここまで聞こえるとは思えない。
それにちゃんと女子だって科学科にはいる。 汚いとか美しくないとか……この人の言うことはあまりに偏見なんじゃないか?
さらに一気に不満が溢れだしたようにその女生徒は続ける。
「大体なんなのですか!? どうして一之瀬さんのような人に邪な気を持って近づこうなどと思えるのか、あなたたちの思考は一切理解できません! というか思考してるのですか!? 能力の有る者に無い者が近づこうなどと……思い上がりも甚だしい! 魔法科生はちゃんと自分の立場をわきまえているというのに!」
「自分たちの立場がわかっていらっしゃらないのですか!? 魔法ができず情けでこの学校に入学していると、分からないのですか!?」
……ああ、そうか。 この人は――――
「ああ、ごめんなさいね。 でも私、程度の低いことされるの嫌いですの」
科学科に喧嘩売ってんのかな――――――
「ちょっといいですか」
「何ですの?」
「――――――あんた誰?」
自然と語調が強くなる。 でもあんなこと言われて黙っているわけにはいかない。
「なっ!? まさかあなたこのわたくし、「九条・ヴァントロイス・麗奈」をご存知無いというの!?」
心底驚いたような大げさともいえるリアクション。 ご丁寧にフルネームで教えてくれた。
それに対し祐はというと。
うわぁ、この人九条か……。
正直、知っている。 九条といえばあの、『九条』だろう。
おそらくここにいる誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。
九条といえばこの国のあらゆる分野に出資しており、多くの大企業を抱える大金持ちである。 国に対して強い発言権を有しており、九条の機嫌が悪いと経済が行き詰まるとまで言われているほどだ。
ある人曰く、大金が必要ならば、銀行ではなく九条に聞け、と。
しかしどうやら彼女は、彼女自身のことも皆知っていると思っているらしい。
初対面でどうやって予測しろというのか。
その自信は彼女が高貴である自覚からだろうか。
名前から察するにどっかのハーフだろう。 道理でこの辺では珍しい金髪なわけである。
――――しかし名前などどうでもいいことである。 こんなものは前置きにすぎない。
「それでは九条さん。 あなたは科学科についてだいぶ偏った知識をお持ちのようで。 さっきのを聞く限り科学科について少しも分かっていないみたいですね?」
軽く牽制の意を込めて強めに言う。
「ええ、その点については認めますわ。 だって分かる必要がありませんもの」
九条の態度に意外性を覚える。
あえて欠点を認めることで、余裕の態度を崩さない。
でも分かってもらわないと困る。
「科学科生だって全員試験を受け、それに見合った能力を持つからこの学校にいるんです。 あなたは先ほど情けで入学したと言いましたが……」
「魔法を学べる学校で専門を取らず昔の名残にすがろうとする、情けをかけられたも同然でしょう? 魔法科を選ばなかった時点であなた方の評価は落ちてますのよ」
「科学科でも魔法については勉強しますが」
「でも結局は魔法科に知識面でも実用面でも劣ることになりますわ」
「ではあなたは知識も実用性もない科学は必要無いと?」
「思いますわ」
「それだと科学科の存在も否定しているように聞こえるのですが」
「否定していますもの」
「今の社会が科学技術で成り立っているのに?」
「近い将来魔法が取って代わりますの」
「いまだに魔法は手工業だとのに?」
「私が実用化させます」
「……大きく出ますね?」
「ええ、そのために私はこの場に居りますのよ。 過去にこだわるあなた方のように、知恵の無い者には理解できない事を、成すために」
絶対的な自身が無ければ今この場でこの発言はできないだろう。
九条さんの言うことは素晴らしいし、正しいのかもそれない。 一部共感すらある。 しかし……
彼女は間違っている。 今まで積み上げてきたものを否定していては……。
「では知恵の無い科学科から一言。 知っていますか? この学校の入試は科学科の方が難易度が高いんですよ?」
そう。 科学科は魔法科を受けられない生徒が行く予備学科と思われがちだが、試験はむしろこちらの方が難しいのだ。
「それは……ッ、定員が少ないのだから当然でしょう! その程度の差で―――――」
「どうして難しいと思いますか? ……確かに、あなたのいう昔の名残もあるでしょう。 でも、それは今でも、これからも科学が必要だからじゃないんですか?」
九条の眉間にしわが寄る。
「皆努力して入学まで漕ぎつけたんです。 それは情けなどでは無いし、ましてや科学科が不必要だなんてことも無い。 ……まあ、コネで入れるような人には分からないかもしれませんが」
最後の一言は必要なかったのだが、気の立っている祐にそれを意識する余裕はなかった。
九条は顔を引き攣らせている。
「……あなた、いい加減にしないと怒りますわよ?」
「どうぞ」
一触即発。 野次馬たちも迂闊に手をだせず、固唾を飲んで見守っている。
均衡が今にも決壊しようというその時――――――
「あー待った待った、ストーップ。 サカキ様の御前だぜぃ~」
「啓?」
「ッあなたも科学科!? どーしてこう何人もッ、折角最近数が減ってきたと思いましたのに!」
啓を見るなり頭を抱えて発狂する少女に啓は「大丈夫か?」といった視線を投げる。
「な、なんだコイツいきなり……? まぁいいや、こんなの相手にしてないで早く帰ろうぜ?」
「こっ、こんなのですって!? あなたも私を侮辱―――――」
「はぁ……相変わらずだね、啓は」
「ふふん、まあな。 あーどいたどいた。 俺らもう帰るから……どいてくんね?」
「調子に乗ってッ――――!!」
九条は右手のひらにソフトボールくらいの火球を出現させる。 この時期にあれだけのことが出来るというのは彼女が魔法科の誰よりも優秀である何よりの証である。
『お、落ち着いてください! 九条さん!』
『駄目ですよッ!』
魔法科の生徒の何人かは何とか止めようと必死になって説得するが――――
「あ、そうそう、心配しなくてももう皆教室に帰ってるからな。 いやぁ悪ノリが過ぎたわ、すまん。 お前も俺に色々言いたいこととかあるだろうし。 それと中曽根が――――」
「くッ―――!! わたくしを無視、しないでくださいましッ!!」
九条が怒りに任せ、啓に火球を飛ばした。
皆が慌てるがもう遅い。 火球は一直線に啓に吸い込まれていき――――
「あーもう、うるせぇな」
ぱしゃっ
「「「は……?」」」
榊原は軽く片手を振った。 まるで虫を払うように。
そこにいた祐と榊原以外の全員が何が起きたのか分からない、といった顔をしている。
「何が……? 何故私の火球が消え……?」
誰もが首をかしげ、驚きに目を開く。 ただ一人、九条は何か思い当たることがあったらしい。
数瞬考えたのち、九条はその考えを口にする。
「―――――まさか、火球を水魔法で相殺したというの……!?」
「そんなんじゃねぇよ。 ほれ、ただの水だ」
榊原はぞんざいに返す。 いつの間にか榊原の片手には水の入ったペットボトルが握られていた。
しかしその説明に九条は納得しなかった。
「まさか、魔法を無効化するために実際の水を用意していたと!? そんな馬鹿な……! それではまるでこうなることを予知していたかのようではないですか! そんなの相殺するよりもよっぽど……!! まだ相殺のほうが信憑性がありますっ! 予知なんて、聞いたこともありませんわ!!」
九条は先程目の前で起きたことが未だに信じられないらしい。 その上考えられる可能性を否定され、躍起になっているのかもしれない。
「おっ予知か。 確かにそんなのが実現したら凄いな。 でも残念、俺はただ予想しただけだよ」
種明かしをするように返事をする。
「そんな嘘、通用すると――――」
「嘘じゃねぇって。 だって俺は―――――」
「啓!」
祐はとっさに止めに入った。 突然の介入により二人とも口論を止め、次の言葉を窺う。
「それ以上は……」
この話は啓にとってあまり続けたいものじゃないだろう。 普段態度に出さないが、相当魔法が使えないことを気にしているはずだ。
「ん、そうだな。 昼休みももうあんま残ってねぇし。 今度こそ帰るか」
「ちょっ、ちょっとまだ話は終わってッ……!」
「まあまあ九条、落ち着いて、ね?」
「あっ何をするのです! 放してください、詩織さん!」
今まで傍観していたもう一人の取り巻き女子が九条を羽交い絞めにする。
これでやっと帰れそうである。
「ああ、言い忘れてました。 ……九条さん」
「なんッ、ですのッ!?」
名前を呼ばれた九条は祐を睨む。
「先ほどはついカッとなってしまいすみませんでした。 反省してます」
祐は謝罪とともに深々と頭を下げた。
九条は目を丸くして驚く。 まさかこの流れで謝られるとは思っていなかったのだろう。
「言葉を選ぶべきだった。 話し方を選ぶべきだった。 感情にまかせて言い返すべきではなかった。 まだ未熟もいいとこでした」
顔をあげ、しっかりと九条の顔を見据える。
「ただこれだけは言っておきたい。 あなたが僕たちをどう思おうと勝手ですが、いつまでも排他的な考えのままだと、いつか足元をすくわれてしまいますよ」
「――――――ッ!! あなた……! 名前は!」
「僕ですか? 祐です」
「祐ッ……! この屈辱、絶対に忘れませんわよーーー!!」
最後に悪役顔負けの捨て台詞を見届けてから、祐と啓は科学科へと帰って行った。




