実は結構有名人?
「おーい三上、聞いてんのかー?」
ふと自分が呼ばれているということに気づく。
「……え? 聞いてないけど?」
「殴るぞコラ」
啓が拳を握りしめこちらを睨んでいる。
少しボーっとしていたみたいだ。
「ごめんごめん。 で、なんだって?」
諦めるように はぁ、と溜息とともに啓は近くの席に腰を下ろす。
「だぁから、この前の女の子とはまた会えたのかって聞いてんだよ」
この前の女の子? はて、誰のことだろうか。 一体いつの話をしているんだろう。
まあその辺もさっき話していたかもしれないが、聞いてなかったのだから仕方がない。
それにそもそも女子と会話をする機会の少ない僕からしてみればこの質問、そこまで候補は多くない。
最も最近会話した女子って言うと彼女のことだろう。
「美穂のこと?」
祐の中学からの友人に「飯塚 美穂」なる女子がいる。 啓を含め、よく3人で行動を共にすることが多い。 彼女とはクラスが違い、さらに『魔法』を選択しているので最近はあまり会っていないのだが……。
「違う違う。 他にも思い当たる女子いるだろ?」
ふむ、他か。 美穂でないとすると他に思い当たるのは――――――
「…………」
「……いや、お前の交友関係せっま!!」
無理言うな。 そもそもまだ会って数週間の僕らだっていうのに、すでに女子との情報網しいてるお前の方がおかしいんだ。
しかし思い出さないことには話が進まない。
一体誰のことを言っているのだろう、そんな疑問を敏感に感じ取ったのか、啓がヒントを出すように言葉を付け加える。
「ほら、お前学校始まってすぐの時、はねられただろ? で俺ら見舞いに行った時にさ、」
ああ、そういえばそんなことも。 つい二、三週間前のことなのに忘れていた。
啓と美穂が見舞いに来た時で、美穂以外の女子、か。
「ああ、あの看護師さんきれいな人だったよねー」
「違ぇよ」
即座に否定される。
でも他に女子ってテレビに映ったアイドルくらい……あ。
「あ、もしかして啓が言ってるのって病室に来てた『あの子』のこと?」
ピーンと正解が浮かんできた。 いやぁ、なんだか今日は冴えてる気がするなぁ。
「そうそう、あの号泣してた子」
ありゃすごかったよなぁと啓は言う。
正直あの時はどうすればいいのかに必死で、全然そんなことを考える余裕はなかった。
おまけに美穂に『三上が女子を泣かせた』とか拡散されたおかげで初日から大騒ぎ。
もう一度会って話をしたいと思っていたが、入学時のドタバタ以降すっかり時間が経ってしまっていたようだ。 今思い返せばかなりの美人だったように思う。
「まだ会ってないなぁ……ここの学生だと思うんだけど」
退院後に知った事だが、彼女の着ていた服はこの学校の制服だった。
防犯の意味もあり、学年ごとに色分けはされておらず、パッと見では分からないようになっている。
「何年生なんだろう。 聞きそびれちゃったな……」
「名前は? それも聞いてない?」
名前? 名前か。 そういえば言ってたな……ええと、何だったっけ……?
『ああっえと、わたし*****っていいます!』
そうだ。思いだした。 あの子の名前は、確か―――――
「一之瀬、沙月」
ピシッと。
瞬間、啓の表情が凍り付く。
いや、啓だけではない。
そばで談笑をしていた生徒も一様に黙りこちらを見ている。
いったいどうしたのだと言うのだろう、教室内はいつの間にか異様な静けさに包まれていた。
体感的に気温が2℃ほど下がった気がする。
「い、今、一之瀬沙月って言ったか……?」
「え? い、言ったけど……?」
啓の雰囲気に押されこっちまで声に緊張が混じる。
え? 何? なんで皆黙っちゃうんで?
誰も言葉を発さない。 どちらかというと発せない、の方が近いか。 皆ただひたすら驚愕に目を見開いているばかりだ。
「お前それ……」
やっと啓が重そうに口を開き、言葉を捻り出す。
彼女の身に何かあったのかもしれない、そんな嫌な予感が全身を駆け巡る。
「学年男子全てを敵に回したかもしれんぞ…………!!」
…………は? 何言ってるんだコイツ?
「ごめんさっぱり意味が分からない」
「分からない!? 俺は分からんお前が分からん!」
うーん……最近の言語は発達しすぎて理解が追いつかないなぁ。
「一之瀬沙月といったら成績最優秀者として入学したにも拘わらず、それを鼻につけることは一切なく、万人に訊けばその全員が口を揃えて美人だと言わしめるほどのルックスの持ち主ッ!! いや、正直美人と一言に済ますのはあまりに失礼に過ぎる!
明るく誰とでも、それこそ初対面でも分け隔てなく会話ができ、運動神経も抜群、それでいて品行方正、にじみ出る優しさからついた異名は『聖女』!! 毎朝誰かしら彼女の前でコケるのはもはや定例行事!!
加えて入学してまだ数週間だというのにすでにファンクラブが形成されているという……!!」
おお、そんなにすごい子だったのか。 知らなかった。 というか同級生なんだね。
「それをお前は知らんというのか……!?」
「知らなかったな」
「お前らどういう関係なんだ!?」
「そういえば知らないな」
「彼女の好みの男性像は!?」
「それこそ知らないよ!?」
僕をご意見番かなんかだと思ってるのか! まだ一度しか話したこと無いのにそんなこと知ってるわけないだろう!
……でも実際、啓は時々僕のことを便利なヤツみたいに扱ってくるからなぁ……ホントにご意見番だと思ってるかもしれない。
しかしそこで啓がハッと何かに気づいたように黙り込む。
「……待て、じゃあなにか? お前は、あの時『聖女』を泣かせてたっていうのか……?」
ピッシィィ!!
再び、その場が凍り付く。
え、待ってその流れは良くないと思うんだ。
『沙月ちゃんを泣かせた……だと?』
『まず会話している事が許せない』
『家まで警護してあげないと』
『会う会わないとかさも親しそうな雰囲気出しやがって』
なんかストーカー混じってないか。
「まあ一旦落ち着いて、ね?」
だが啓の、皆の耳には届いていなかった。
「えーと……みなさーん?」
「…シ…ユルサ……コロ……ケシ……ミジンモ………」
なにやら皆が集まって謎の呪文を唱え始めている。 みんな魔法出来たのか……でも何故だろう、ものすごい物騒な単語に聞こえる……!
皆が一斉に祐を見る。 どうやら詠唱は終わったらしい。 今日二度目の嫌な予感が全身を襲う。
彼らの先頭に立つ啓は高らかに宣言した。
「―――――三上、貴様を極刑に処する!!」
「なんでだッ!!」
祐は叫びながら反転し、脱兎の如く教室を飛び出すのだった。




