絶対領域黙示録 1
サーカス団からもクイーンの求婚からも逃げ出し、バンシー・ナンシーと歯牙礼賛は、バット男の隠れ家に逃げ込んでいた。
隠れ家といえば聞こえはいいが、要はスラムの一角の廃屋だ。食べるものも生きる気力も失いつつある欠食男子たちが、クイーンの美脚だけを希望として胸に抱き、死にゆくスラム。
そんな悲しき土地にある、足の踏み場もないオンボロハウスで、女二人は語らっていた。
「……なるほどね。ナンシーは旅の途中でネイティブの族長から聞いた、『反撃の狼煙、昇りゆく太陽。これより六日目の昼に、偉大なる母の胎内にそのカタナは宿る』っていう予言を信じて、サーカスに捕まったのね」
「今日がその六日目だったってワケ。捕まったあとは、どうにか逃げればいいと思ってた。実際マムからは逃げられたけど、クイーンに求婚されるのは想定外だったわ。女と見れば手当たり次第に求婚しやがって、あのビッチ!」
彼女たちはどうしたわけか床に寝転がり、密着している。
カウガールの爆乳とナマ脚が、覆いかぶさる研究者の手指や脱ぎかけタイツに絡み合い、早々のセクシー・アバズレ・ショウダウンである。
「そんな危険を冒してまで、どうして救世主を求めるの、ナンシー?」
「言ったでしょ。この狂った世界をぶった斬るサムライを求めているのよ。クイーンの一極政権、どう考えてもおかしいじゃない? 脚の力で成り上がってこんな街を作って、クソ男どもを使役して。使役すらさせてもらえないゴミもいくらでもいる。この家の外にもいっぱいよ」
「……そうね。わたしも初めて、力なきオスの本物を見たわ……」
「初めて見た? この世界に生きてて、精子袋の連中を見たことがない? あんたどれだけ箱入り娘なのさ、礼賛」
「そう。わたしは箱入り娘だったの」
礼賛は自らの境遇を語って聞かせた。
脚戦争を脚シェルターでやり過ごし、地下で知識を繋いで生きてきた研究者の、末裔なのだということを。
「あそこでの暮らしも、平穏じゃなかったわ。凄惨なものだった……。でも、地上の状況もこんなに大変だったのね。わたしは座学でしか世間を知らないから……」
「そんなコがどうして、外に出てきたのさ? 水も食料も満足にない、地上に?」
「シェルターが見つかって、わたしはクイーンに献上される貴重な人材として連れ去られたの。でも別に、わたしが特別すごいことなんて無いわ。わたしは『ストテク』の知識を継承しているだけ。それでも知らないことはまだまだいっぱい……真の知識の継承者、カタナ・マスターはどこかにいると噂されているわ」
「……“美脚は刀になる”、か……。身を持って体験したし、クイーンの力も説明できるし、確かにとんでもない『ストテク』ね。本当にあなたが救世主なのかしら、礼賛?」
「いいえ、わたしはあなたこそが救世主だと思うわ、ナンシー。さっき痛めた脚も、もう元通りのすべすべ美脚肌。この脚の力……あなたって突然変異体ね? しかも男を引き寄せる魔性の魅力を持っている。クイーンと同等だわ!」
「ああ、そうさ。あたしの脚は『脚の灰』による遺伝子異常なんだよ……。おかげで男どもが寄ってきて、邪魔で仕方ないね」
「『脚の灰』には動植物の生殖活動を弱める副次効果があったと聞いているわ。男たちが力を弱めクイーンに付き従うだけになったのも、この『草食の時代』を迎えたのもそのせいよ。そんな中で産まれた突然変異体美脚! その脚にこれを履けば!」
興奮した礼賛が、脱ぎかけの黒タイツを本格的に脱ごうとする。
そこに入ってきたバット男、女の絡みに目を丸くして、驚愕の視線であった。
「お、おいおい……抜け駆けのクロスプレーはよしてくれよ、礼賛」
「あっ、いいところに来てくれました! うっかり転んでナンシーに覆いかぶさったら、タイツが絡んで立てなくなっちゃって……」
「この眼鏡痴女をどけな、オジサン。ったく、真面目な話が台無しよ」
「名前も教えたってのに、いい加減にオジサンはやめてくれって。それにナンシー、ヒゲを剃ったぜ。若返っただろ? 永遠の二十四歳だ!」
こいつの名前は、『トゥエンティーフォー』ってんだ! BANG!
「……アーハー。その顔、24点ってとこね」
「厳しいなあ! お前の脚は百点満点でも足りないぞ、ナンシー?」
「いやらしい目で見るな、24点! で? 街はどうなってる?」
「……結婚手配書だらけだ。逃げ場はないぞ。早々に『ロスアンレッグス』を出たほうがいい」
「ねえ礼賛、わたしが履いている黒タイツはまだ完成形ではないのよ。あなたのような人が履いてこそなの! デニール調整のためにもフィッティングは必要だし、男の視線を高めるためのフェロモンアンプルもわたしは持って」
「囀るな!!」
警告は言葉だけで済まず、ナンシーはハイヒール二丁拳銃を横たわったままでGUNGUN発射。
すると小屋の入り口にあった小さな影が、ドサリと倒れた。
「こいつは参った……! ショーター・キッドの配下の、美少年パパラッチじゃねえか」
「アーハー。どこかで尾けられたんだね、24点。ここも安全じゃあない。行くよ、礼賛」
「えっ待って、どこに行くのよナンシー!」
「あたしが言うには、あんたがサムライ救世主。あんたが言うには、あたしがサムライ救世主。どっちにしたって救世主がいるんだったら、向かう場所は決まってんでしょ」
時は流れ、深夜。
バット男・トゥエンティーフォーの案内に従って、バンシー・ナンシーと歯牙礼賛は潜入を終えていた。
ここはソックスシンボル・クイーン・マッドンナの住まう居城、最高のショーステージ。
脚の意匠をかたどったメリー・ゴー・ラウンドや観覧車やジェットコースターやお化け屋敷が、所狭しと並んでいるではないか。
これぞ美脚にぴったりとしたものを履かせたテーマパーク、『スキニー・ランド』の園内である!
「逃げるために払う犠牲はもうまっぴらよ。こっちから攻め込んでクイーンを殺りましょ。ヘイ礼賛、あたしのハイヒール銃の解析は済んだ?」
「どうもこれはレールガンの類みたいね。ヒールガンと言ったほうが正しいかしら。じゃあ、なんで硝煙が出るの……? 銃弾はどこから補充を……?? 特殊な機構がまだありそうね。秘められた『ストテク』の産物よ、これも……」
「なあ、クイーンを殺るなんて、さすがに不可能だ! やっぱり戻ろう、ナンシー」
「うるさいね、赤点オジサン。あんたは付いてこなくていいの。足手まといなんだから」
「俺がどんだけ苦労して、ここまで連れて来てやったと思ってるんだ! クイーンの反抗勢力への、貴重な貸しを切ったんだからな!」
「手札は全部切るべき時よ。これで許してくれない? トゥエンティーフォー」
ヒゲを剃ったバット男を押し倒し、顔面騎乗で脚を魅せつけるナンシー。
セクシー・アバズレ・ショウダウン! イン・夜の遊園地!
「続きはクイーンを暗殺してからよ。行きましょ」
「ま、待ってくれ。俺こんなの初めてだ……まだうまく歩けない」
前かがみで歩くトゥエンティーフォーに呆れつつ、ナンシーは礼賛とともに歩を進めた。
「それにしても、どこを見ても贅を尽くしたアトラクションだわ……。ねえナンシー、クイーンはこの美脚テーマパークでショーを行って、ロスの街全体に中継放送をしているのよね?」
「アーハー。田舎育ちのあたしも、実際には見たこと無いけどね。あそこのお城で結婚式を上げては、男のテンションを上げてるらしいわ」
「えっ、隣はあれ、まさかプール……? 水が張ってる! わたし、写真でしか見たことないわ!」
「あたしもだよ!! イエッス! 水浴びしちゃいましょ礼賛? きったない足を洗わないと!」
「そうね!! ナンシーの綺麗なナマ脚を洗わないとだわ!!」
「ウヒョー!! 女の水着姿が拝めるー!??」
夜のプールでキャッキャとはしゃぐ三人組。当初の目的はどこへやらである。
この時代にあまりにも珍しい水たまりの魅力にやられたのか、ナンシーは牛柄ビキニのまま水中へザブン。
礼賛は服を脱ごうかどうか迷って黒タイツ脱ぎかけのまま、ビニールボートに浮かれ気分で乗り込んで、水上へ。
トゥエンティーフォーは女二人の刺激にやられ、プールサイドで自前のバットの始末に困っている有様だ。
――おかしい。狂っている。
自分たちの軽率な行動、精神の異変に彼女たちが気づいたのは、プールに赤いモヤが浮かんだその時だった。
水中に視点を移そう。そこには、勢い良くプールに飛び込んだ後に攻撃を受け、腹から血を流すナンシーの姿があった。
そしてもう一人。空気ボンベを背負い、アヒルマスクからあぶくを吐く、ニーソのチャイナ服ピエロ。
これは『ストテク』攻撃だ。被害者を自分のテリトリーに招きこんで蟻地獄のように捕らえる、恐るべきニーソの技。
『絶対領域』の発動である。