チャペルでラストリゾートを 2
脱ぎたてタイツを手に取り、おっかなびっくりつま先をあてがうナンシー。
ナマ脚晒して生き残ってきたこのカウガールには、馴染みのない吸着感と、周囲の妙な期待が、どうにも気恥ずかしかった。
慣れないフィッティングとはいえ、履き終わるのは時間の問題。だがしかして、クイーンの暴力的な十二本の美脚の前に、即席チームのサムライたちが跳ね除けられるのは、更に時間の問題だ。
手勢が足りない。助太刀が足りない。猫の手でも借りたいぐらいの状況だった。
「いいところに出くわしたね!! マムの商品、返してもらうだわよ!!」
クイーンの脚を絡めとったムチは、伸縮性のニットタイツである。
その伸び縮みを利用して接近し、ダイビング・レッグ・プレスを仕掛けたのは、猫の手ならぬ豚の足。死んだはずのビッグ・ハムだ。
網タイツデブサーカス団長の飛び込みは、クイーンのガータートスでまたも寸断。ところがハムの中身が、ごろんと出てくる。ガリガリ細身のモヒカン網タイツサーカス団長だ。
「あんたを追って学校に来てやったよぉ、ダック! クイーンにはいつか、やり返してやりたいとマムも思ってたしねえ? いい機会だ、全員でやっちまおう! 興行も商売も、多少はやりやすくなるかもだ!」
「マッ……マム……?? えっ? マムなの? 本当に?? マムが鶏ガラみたいになっちゃったよぉ!?」
「この体自体が、ボディストッキングの産物だったのさぁ! いいかいダック? このイカれた世界で生き残りたいなら、大事なのはノリだ!! 全員狂ってるなら、勝ち馬に乗るべきだよぉ!! ハムハハハァ!!」
「事情はよくわからないけど、時間稼ぎの要員だけは揃ったね。いい? クイーンの動きを止めるよ。みんな、ボクの真似をして技をかけてみて」
集合した剣脚たちに写真を投げて図示しつつ、自らの幼く短い脚で実践してみせる、ショーター・キッド。
老練な知識が見せるそれは、相手の脚を自分の脚に絡めて身動きを封じる古の関節技、足4の字固めであった。数字の「4」にも見える形で二本の脚を絡め取られ、苦痛に声を上げるクイーン。
これを見て礼賛が手入れ不足のナマ脚で従い、ダックのニーソも、ハムの網タイツも右に習う。
こうして産まれた、4者4様の足4の字。蜘蛛の脚の本数に相当する八本の脚を封じられ、さすがのソックス・シンボルもお手上げだ。
「アーハー……はっ、履けたわ!!!」
声を上げたナンシーの方へと向けられた、皆の視線。もちろん脚光を浴びて後光のごとく「パアア……」とちょっと光る。
牛柄ビキニの上から黒タイツと言う、存外にマニアックな趣になってしまったが、それはそれ。重要なのは脚である。
均整の取れたモデルのような脚に履かれた『ストテク』の産物たるそれは、礼賛が履いていた時よりもデニール数を落とすように自己調整され、絶妙のナイロン密度を発揮している。
引けた腰から太ももへの女性らしい魅惑のライン、段階的な着圧のひとつである腿の付け根の切り返し部を経過して、脚の動きに合わせて地肌を若干透けさせる膝、脛。
尻から膝裏を経過しての、背面部の美しさも見過ごせない。圧迫による魅力の結集。薄布一枚まとったからこそ強調される女の武器が、そこにある。
更には足首、つま先までも、脚兵器として世界を滅ぼす元凶にして人々に活力を与える存在でもあった、伝家の宝刀がとうとうここに、終わりの世界に希望を伴い復活したのだ。
「やっぱりその黒ストッキング、最高ですね……! あなたがキング! このワタクシがクイーン!! 結婚しましょう!!」
「アーハー? まさかあんた、このタイツと結婚しようと思ってたの?」
答えはある意味明白であった。クイーンは白と黒のガースト脚に嵌められたガーターリングをしつこく飛ばし、ガータートスにてナンシーの上半身のみを執拗に狙って、殺しにかかる。デニール低めの薄黒ストに、傷を付けたくないのだ。
だが今やこのナンシー、歯牙礼賛の研究成果を身にまとっての、まさしく脚救世主!
ギラン、ドスン、ザクリと飛び交うガータートスなんぞ、縦横無尽に韋駄天足で駆け抜けてかわし。
吹き飛ばされたもう一丁のヒールガンをついでに拾って撃ち鳴らし、床に壁に天井にと、三次元的踏破でクイーンの周囲をぐるりと回って戦い続ける。
合間に飛び出すジャンプキックで、右から左から上から下から、足4の字に捕まったクイーンの脚を蹴り割っていく。
そして遂にラスト、本命の白と黒のガーターストッキングの脚に狙い定め、至上のナマ脚を絶後の黒タイツで包んだ麗しのドロップキックにて、決着!!
――ところがであった。女王の脚と救世主の脚が打ち付け合う寸前、マッドンナはブロンドヘアーをなびかせて、自らのガースト美脚を両腕で覆ったのである。
「そんな守りでどうにかなるか!! これであんたは終わりなんだよクイーン!!」
「そう……そうなの。終わりにしてください。次はあなた達が、救って……」
クイーンは自分の脚を守ったわけではなかった。両手でつかんで、差し出したのだ。
ニコリと笑った最期の顔は、求婚の笑顔とはまた違った、奥底からの感情の発露であった。
だけれどナンシー、もう全てを踏んで歩いて過ぎると決めた。悔いは抱いても加減はしない。クイーンの笑顔もろとも蹴り飛ばして、右と左の二刀両断!
自らの美脚を胸にいだいたまま、ソックスシンボル・クイーン・マッドンナ。ここに――堕つ。
「……やったわ……! アー……ハー……!!」
「はっ、ははははは……! すごいわナンシー、やっぱりあなたが救世主ね!」
「どう……かしらね。あなたの方なんじゃない、礼賛? 生暖かい脱ぎたてタイツはゴメンだけど、効果は実際すごかったわ……」
安堵の表情を浮かべるナンシー。しかし彼女には、まだやるべきことが残っている。
見渡せばそこには、クイーンとの激戦で体力を使い果たし、傷を負い、倒れた剣脚総勢四名。そんな中にもう一人、今にも死にそうな男がいる。
彼のそばに急いで駆け寄って、ナンシーは言った。
「アーハー、ハー……! まだ生きてるでしょ、24点? いい? ビッグニュースよ! あたしのヒールガンなら、死にかけのあんたの傷も治せるんだって。さっきはカッコ悪いところ見せちゃったけど、これで借りはチャラ! 飛ばされた方の銃は拾ってきたし、これを両手で構えて……こうかしら」
マッドンナは、役目を果たして絶命していた。
ところが彼女の多脚義足はまだ、わずかに力を、残していた。
砕けた脚を暴走気味にうごめかし、気を抜いていたカウガールに一撃。
もう操る者もいないただの脚が、ナンシーの背後から胸元を突き破る。歯牙礼賛が先ほど受けた致命傷と同じような、命を失うに至る傷。
義足はそこで力を出しきり、動きを止めた――。
「オー……。オーマイガ……! オーマイガ、オーマイガ……シット、ファック、ガッデム、ジーザス……!」
みるみる血の気の引いていく顔で、ナンシーは両手でヒールガンを構えた。礼賛を救った時と同じように、これで傷を癒やし、死を免れられると信じて。
狙う相手は、足元に倒れているトゥエンティーフォーである。へたり込んで男の眉間に照準を合わせ、自分が絶命する前に銃弾を放とうと、決してこの一発を外してはならないと、震える手で引き金に力を入れる。
「……ダメだ。ダメだぞナンシー。泣いちゃあ……ダメだ。ダメだ……俺じゃあない。お前が生き残らなきゃダメだ……」
「やだ……! 嫌よ……! もうまっぴらだって言ったでしょう、オーマイガ……! 愛する男が死ぬのはあたし、もう……見たくないの……!! 24点のくせにかっこつけないで……! 黙って撃たれて!」
「はっはっは……! 愛する男、か……。そりゃあ光栄な話だナンシー。なあ、俺からひとつ、お願いがある……。お前に今まで、そしてこれから……何人の愛する男が生まれても……だ。24番は永久欠番にしておいてくれないか……?」
「あなたが一番よ!! トゥエンティーフォー……!!」
そばかすの顔を子供のように泣き濡らし、バンシー・ナンシーは嗚咽し続けた。
ヒールガンを握る指先に、トゥエンティーフォーの節くれだった指が乗る。
男の右手と女の左手、二つの掌に挟まれた銃は、泣きじゃくるカウガールのこめかみにあてがわれた。
残された最後の癒やしの銃弾。その一発が放たれる音がチャペルに鳴り響き、女は倒れ、男の上に寄り添う。
愛しく抱き合う男女は、こんな時代でも、充分すぎるほど美しい。
――戦後、女性とストッキングは強くなったと言われている。
ソックスシンボル・クイーン・マッドンナとの戦いを終えて、果たしてこれらは更なる強さを、得たのか否か。
『ロスアンレッグス』からはクイーンが消えた。男たちの落胆は強く、もうこの町に希望は見当たらないのかもしれない。隠蔽していた結婚相手の美脚の女どもの扱いや、町を牽引する新たな規律の作成。問題は山積みのまま、町の治安維持はショーター・キッドと新たなクイーン候補に委ねられた。
『ストテク』の更なる研究の傍ら、先代のクイーンとは違った形の統治を目指す、歯牙礼賛。彼女が町の救世主になれるかどうかは、まだわからない。
「行くよ新入り! 哀愁くれてんじゃ、ねーだわよ!」
「ほら、マムに怒られたでしょぉ? 急がないと、ガァ、ガァ!」
「……そうね」
『マザー・コンプレックス・サーカス』と大書されたトレーラーに、ガリガリ網タイツ団長が乗り込み、アヒルピエロが後を追う。
二人に呼びかけられたのは、テンガロンハットに牛柄ビキニ、赤毛のおさげのカウガール。二丁ハイヒールをちらつかせながら、墓標の前を去る。
泣き叫ぶことは充分に済ませた。クイーンも倒した。だが、それで男が戻ってくるわけでも、世界がまともになるわけでもない。
だからいつか、このイカれた世界をぶった斬るに足る、まだ見ぬ美脚を求めて。
「あんたの分まで……歩き続けてみせるわ」
バンシー・ナンシー、晒した脚で再び荒野に、歩み出す。




