まだまだ続くムズィーク王国編 その13 お見舞い
肩と腰が重たい・・・倦怠感と言うのだろうか、とりあえずベットから起きて何かしたいのだが、これを体が許してくれない。意志次第で体がどうにかなると思っていた歳はもう過ぎてしまったようだ。これから大人の体になって行く過程で体が次第に重たくなっていく事を想像すると、時間を大切にしたいと心底思った。
「アスク様、何やら悟られたようなお顔をされている所失礼します」
「・・・・・・何時からいた」
「アスク様がお眠りになっていた時からずっと」
「・・・・・」
「アスク様のご友人が来訪なされておられますが、どうなされますか?」
「今はそんな気分じゃない、帰って貰ってくれ」
とても今友人の前で猫を被り続ける集中力は無い、それどころか先ほどやっと意識がハッキリとしたばかりなので、人とも話をしたくない。
「いえ、今の貴方には無理やりにでも元気になって頂かなければ行けませんので会って頂きます。お食事はその後で」
「俺の言った事が聞こえなかったのか?俺は帰らせろと言ったんだ、誰も会うとは言ってない」
「そうですか・・・・・・命の恩人とも言えるご友人にお会いにならないほど薄情な人格者となってしまった事は謝罪致します、ですが私は一日でも早く元気になって頂きたく思っており、その為なら例え主の御子息と言えども首を覚悟で使命を全うするまででございます」
「シンリー・・・・・・・・本音はなんだ」
「嘘偽りのない真実でございます」
「・・・・・・・そうか、分かった。癪に障る部分はあったとはいえ少しお前を見くびっていた・・・・悪かったな。・・・・少し待ってくれ、顔を洗いたい」
「ご友人の方は公爵邸の客間にてお待ちさせて宜しいでしょうか」
「ああ、そうしてくれ」
シンリーと話していると、幾分か気分が晴れたような気がする。これなら少しの時間ならその誰かも知らない友人とでも大丈夫だろう。
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~呪院の部屋から公爵邸客間へ~
廊下を歩き、扉を開いた。ティアを初めとしたZ組の仲間達とメロエとその友人だろうか、ざっと数えて三百人前後。とりあえず俺の知らない奴らが三百人ほど客間にいる事になる。さてどうしたものか・・・・・ちょっとしたパーティーだぞ。
「アスク、もう立っても大丈夫なのか。相変わらず頑丈な奴だな」
「はい、皆さんがここに運んで来て頂いたお陰でこの通り」
「とても魔法の副作用でフラフラとは考えられぬ。アスク殿、どこか無理をなされておらぬか」
(ははは、面白い事を言う。お前達が来た瞬間から俺は無理をする事を義務付けられたんだぜ)
「その点に関してはお気遣いなく、皆さんと時間を共有していると元気が出てきますので」
そういったことを言うと、やはり二通りに表情が分かれた。一つは友人達のまた無理してるなコイツと悟らせてしまった時の哀れみの表情。もう一つはメロエの友人達からでる、溢れんばかりの憧れと興奮のようなものを抱いた顔。
ここで何かを察したのか、一番大きなソファーに俺を誘導するメイリオ。クラスで一番空気の読める熱血系である、コイツのおかげで何度教室の空気が救われた事だろう。
「さささっっとアスクさん!!!!、家から持って来た上手いハーブティーがある!今さっきアスクさんの所の召使さんに頼んどいたからもうすぐ出来上がる頃だぜ!!!」
声も普段よりかなりボリュームを下げてくれている、周りと人間と大差ないぐらいだ。
「あ、あぁ、ありがとうございます」
「なーに気にするなって、気にするようなら俺が寝込んだ時はお見舞いの品を豪華にして下さいよぉ!!」
「健康な君が寝込むというのは考え難い事ですが・・・・・考えておきます」
「某もメイリオと相談をして小型の焼き菓子を持って参った、生地には薬草が練りこまれており味見をしたが、中々の味だったのでアスク殿にもどうかとな」
「クッキーですね・・・・いい匂いです」
「私は喉の通りを考えて、最近生産され始めました豆腐という物をお持ち致しましたわ。晩餐時にでもお食べになって」
「ジーナ・・・・ありがとうございます」
(豆腐とはまた懐かしいものを持って来たな、へへ・・・・後で茹でて食べよ)
「アスク」
「何でしょうティア」
「今のお前が一番取らなければいけないものはやはり栄養だろう」
「そうですね・・・・・・魔法で誤魔化していたとはいえ体重もニ十キロ増えていましたし筋肉もかなり落ちてしまったようです」
「ならば一番効率よく栄養を補給出来るものと言えば・・・・そう、野菜ジュースだな」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「という事で用意して来たぞお前の為に特別に、丹精込めて丁寧に一滴一滴を絞ってな。名付けて、ティア特製魔界野菜凝縮の一杯だ」
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■吸血鬼王特製魔界の野菜凝縮の一杯 精霊級
効果:疲労回復 精神的疲労回復 自己治癒力増加 魔力回復 苦み軽減+大
素材:魔界キャロット カボチャ ブルートマト ホットピーマン 赤パセリ ボーンケール ニンニクetc…
説明:臣下(被害者)百人が飲んで九割が上手いと言った野菜ジュース、見た目は血のようだが後味スッキリで飲みやすくなっているらしい。使用素材は全てブラム王国産の王室野菜であり、国の最先端の魔法と技術によって作成された最高級品。ニンニクは特殊加工によって吸血鬼に害の無いものとなっている。
定価:一本金貨一枚にて検討中
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「コレの中にニンニクが入っているみたいですけど・・・・・その、吸血鬼としてコレ大丈夫なんですか?」
「ニンニク?あぁ・・・・・扱い方を間違わなかればどうという事はない」
「取り扱い注意みたいな物ですか」
「そうだ、まあとりあえず飲んでみろ。そして感想をくれ、一気のみだぞ。じゃないとほぼ吐くからな」
後味スッキリで九割が上手いと言ったというのはもしや美味しさの証明にはならないでは。そしてこの邪悪そのものと言ったティアの顔、今ならコイツが魔王と聞いても信じられる気がする。とりあえず、こういった場合行動はただ一つ、さっさと飲んで楽になろう。
「アスク、いきます!」
「うわぁ・・・・飲んじゃいましたよ・・・・・アスクさん」
「某も流石にアレは・・・・・飲めぬ。流石アスク殿だ」
「あんな濁った血みたいなの良く飲めますわ・・・」
『きゃぁ~!!アスク様男前~!!!』
「んぐ・・・ごく・・・・ごく・・・・・・・・・・・・ぶはっ」
水と火魔法で、俺の周りを霧にして隠す。残念ながら、現在憧れや希望を持って見つめていたおよそ三百人のメロエの友達にはこの醜態は晒す事は出来ない。
まず不味い、不味すぎて変な汗が額や目から溢れて来る。千里譲って吐瀉物に阿保みたいに練乳ぶっかけたみたいな味がする。残ったこの液体、見ているだけで吐き気がしてくるコレをどうやって処理するかが問題になって来る。
「・・・・アスク、どうなされたんですの~?」
ふと考えていると、霧の向こうから人影がよって来る。この空気の読めなさと声は・・・・ジーナだ。・・・・ん・・・・・・ジーナ?・・・・・・あぁあ・・・・・ジーナ。
「どうなされたんですの・・・って、ちょ、おやめ、やめなさ・・・・ごく・・・ごく・・・・ぶっ」
鼻から野菜ジュースを噴出させるんじゃない。とりあえず持っていたハンカチで顔を拭うが、ハンカチから現れるのは頬を赤く染めあげ怒っているジーナ、何やら小声で文句を言っている。
「ちょっと・・・・わたしに押し付けるのは止めてよね!・・・うっ・・・・」
霧の中でも近くにいれば表情ぐらいは読み取れる、ジーナの今している顔はそう、何かを体外に排出しようとする時の顔だ。
ふと考え直ぐに気付く・・・・・・不味い事になった。しかしハンカチで口を抑えるぐらいしか俺には、ソレを防ぐ方法を見つける事が出来なかった。
「吐くなよぉ・・・・・絶対に吐くなよぉ・・・・・!」
「大丈夫よ・・・・・・大丈夫・・・・グポゥ・・・・・・・オ・・・・・・オ・・・・・・」
「馬鹿止めろ・・・・・・・耐えろ・・・・!それと俺に近寄るな・・・・・!」
「だって・・・・しょうが・・・オロロロロr・・・・」
俺の鎧に温かいものが注がれている事が分かる・・・・・・・・心の中で何かがポキッと音を立てて折れたのを俺は汗を瞼に貯めながら感じていたのだった。
この後数分の死闘のうち、見事野菜ジュースに打ち勝ち霧の中から生還した俺達。アレを上手いと言った九割の臣下達に敬礼、自分の王様が作ったものだとしてもアレを上手いと言える根性を俺は尊敬する。
霧から出るや否や倒れるジーナ、ソレをスクイが自慢のステップを駆使して抱きかかえるように助ける。
「ジーナちゃん大丈夫!?」
「スクイ・・・・ですの・・・・私は・・・・・もう・・・・・飲めません・・・・わ・・・・」
「ジーナちゃああああああん!!!」
「こうして私達のクラスからまた一人仲間が消えたのね」
「ちょっとリーズちゃんも悪乗りは止めて!ジーナちゃん白目剥いてるのよ!?」
「まあ霧の中に無策で飛び込んでったのが悪かったわね、霧の中なら誰が何をしたってバレないなんて甘い考えだったジーナが悪いわ」
「で、あるな」
「かわいそうですが!!!それもまた彼女の選んだ道だぁ!!!!今はソファーの上で安らかに眠らせてあげましょう!!!!」
スクイもリーズにジーナを心配するように言ってはいるモノの、俺に追及するような事はしない。何故なら彼女には色々と前から俺に仕掛けては来る。自分と領民の安全が確保されたや否や、その時間を使って俺と竜王を・・・・とまあ結構な茶目っ気のあるアホなお嬢様なのだ。
「で、味はどうだった」
ティアが記録用紙に羽ペンを使い俺の返答を待っている。このまま伝えると更に改良を加えただのなんだので、また飲まされる事になるだろう。そんな事になればまたジーナが犠牲になる事となる、となればとるべき最善の行動はティアにもう野菜で飲み物を作ろうなんて考えを捨てさせる事だ。
「依然と変わらず、前衛的で革命的な味でしたよ」
メイリオやアルバートは口を抑え、笑いを堪えている。ほんの数日前にティア特製のアレを飲んで気絶していた俺でも思い出したのだろうか。
「前みたいに気絶するほど美味かったわけでは無さそうだな、その顔を見ると分かる」
「え、いえ本当に独創的な味でしたよ?」
「いや、お前のその期待の眼差し。俺は確かに受け取った、更に手間と時間と金を費やして更に凄いものを作ってやろう」
ティア、気付いて欲しい。その君のいう期待の眼差しというのは、もう止めてくれという懇願の意味を込めた眼差しという事を。改めて自分の都合の良いように解釈するそのジャイアニズムを変えて欲しい、何せその圧倒的な不条理の前に俺は友としてなら対抗する手段を持ち合わせていないのだから。
話の方向も初めに想定していた最悪の方向に移動している、もうどうにも止まらないのだ。となるとジーナだけではもしかすると足りないかも知れない。アルバートとメイリオに顔を向けると、今だに笑っている二人を見る。
「ご一緒にどうです?」
「某は家の掟により、野菜を取る事を今は禁じられている。非常に・・・・・それはもう非常に残念だが・・・・・・しかし掟なので某は仕方なく辞退させていただく」
「お、おおおお、俺は!!!実は野菜は決まったモノ以外を食べてしまうと体からブツブツが大量に出てしまう体質なんです!!!ジーナと二人でこれからもお楽しみなさって下さい!!!!!!」
裏切り者達には今後何かあった時に助けの手は伸ばさない、絶対にだ。
「あんた達毎日こんな事やっているの?」
メロエがぐったりとしている俺の隣に座って聞いてくる。確かに近くで見ていれば不安になるだろう、軽く頷くと大きなため息をついて俺に寄りかかるように頭を置いた。
「こんな事いつもやってて良く体が持つわね」
「ギリギリのグレーゾーンを僕達は熟知していますから。娯楽にも本気で取り組まないと詰まらないでしょう?」
「はぁ・・・・・見ているコッチが冷や冷やするわ」
「じゃあ見ないように僕達とは会わないようにしますか?」
「・・・・・・」
この今腕をぎゅっと胸に寄せて抱きついているのは俺の問いを行動で返している意味になるのだろうか。後ろから、シンリーの凍てつくような眼光が俺を締め付けるので早々にメロエ詫びを入れる事にする。
「メロエ、冗談にもならない事を言いました。すいません」
「いいのよ・・・・べつに・・・・でももう少し・・・・・こうしていい?」
「暑苦しいのですが」
「良いじゃない、もし断るなら後ろからナイフで刺すわ」
「あはは、メロエともう少しこうしていたいなぁ・・・・」
「正直が一番よね」
「なら離れ・・・・」
「アスクの頭って丁度私の持ってるナイフと同じ長さなのね・・・・」
「・・・・・・・・」
何故だろう、急に背筋が冷たくなったような感触がする。まさかな・・・・本気でナイフを突き立ててるなんて事、するような子では・・・・・あるが、それでも今この大人数の中やるような・・・・・子だったな。間違いなくグレーゾーンを越えたブラックゾーンに突入しているメロエの戯れに俺は心臓の高鳴りを抑えられそうにない。