夏休み 特訓終了!
読み飛ばし可。
次の朝、思ったよりも深く眠ってしまった後の頭痛に悩まされながら腰を起こすと、既にシンリーは目覚めていたらしく、扉の前に立っていた。
「おはようございます」
「体調はもう良いのか」
「お気遣い感謝します。ですが、メイドの心配よりも自身の身を大切になさって下さい。くれぐれも、過度な運動は控えるように」
今日は体調がいいからか、今日は対応も随分柔らかいな。
「分かっている。しかし、一度死にかけたことを思うとな。色々と無理をしてしまうのかも知れない」
「彼方は次期公爵を襲名する身なのです。無理をするよりも、ご自分の身の振り方を再確認なさるよう、お願いいたします」
軽快に俺を罵倒するのかと思いきや、真面目に返すとは・・・いよいよコイツにも休暇が必要になって来たか。
「ソレが出来るようなら苦労しないだろう?それに、元々俺は不運な出来事に巻き込まれる星の元に生まれたのかも知れないと思うとな・・・自己防衛にも気合いが入るというものだ」
「私達は・・・信用に足りませんか?」
「どういうことだ」
「私達メイドは、あらゆる困難にも対応できるよう、日々鍛錬を惜しみません。勿論、私もです。ですが、アスク様は気まぐれに消えてしまわれます。私は・・・・・必要ないということなのでしょうか」
・・・・そうか。俺が眠っている間にどうやら色々考えていたようだ。普段あれほど鼻っ柱の高い女が、酷く落ち込んでいる様や話の内容を考慮するに、色々自分の中で迷いが生まれてしまったようだ。
「シンリー、こっちに来てくれ」
「・・・・」
扉の前に立っていたシンリーをベットの端に座らせる。身長の伸びたこの身でもまだまだ少しシンリーには届かない。しかし、ベットの隣に座って貰えば、そんなに大きさは変わらない程になる。
「お前の仕事はいつも完璧だ、それに俺にはお前が必要だ」
「本当・・・ですか?」
「悲しい顔をしないでくれ、己を律するための――――今暫くの時間をくれないだろうか?子供ってのは・・・特に少年なんてものは、気持ちの整理に時間が結構かかるものなんだ」
「・・・彼方のような子供がいてたまるものですか」
「少しマセてるぐらい、健康な成長だと思ってくれ。それに――どれだけ大切にされているかも再確認した。もう心配は―――――善処はするつもりだ」
「心配はかけないと、そう言って欲しかったのですが」
スクッと立ち上がると、先ほどまでの悲しげな表情は何所へ行ったのか普段のシンリーに戻っていた。余りの立ち直りように、キツネにつままれたような気がしてならない。
「さて、ご朝食が冷めてしまっているかも知れませんね・・・、さ、早くお着換えになって下さい」
「あ、ああ・・・」
(もうしばらくはしゅんとしていても良いと思うんだがなぁ・・・)
「私にお着換えのお手伝いをさせて頂けるのでしょうか?」
「い、いや!自分で着替える」
さっきまでのは演技だったのか・・・?・・・分からん奴だ。
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朝食を取り、適度に体を動かすと、トレーニングルームに足を運んだ。シンリーは後ろからゆっくりと気配を消してついてきている。それも普段よりも近い、数歩後ろをついて来ている。やはり口よりも、行動で示さなければならないか。
「博士!いらっしゃいますね!」
「・・・・」
返事がない。
ということは、
「博士!ここの人形を幾つか破壊しますので!お許し下さい!!」
「わぁ!!!ちょっと待ってよ!!」
博士の部屋を自動で開かせる魔法の言葉、オープンセサミとはこの事を言う。
ラーメン丼ぶりを持って出てきた博士は、箸を器用に使って食べながら文句を垂れる。「時間を考えろ」だとか、「また倒れても知らないからね!良いね!」などだ。
「美味しそうなモノを食べながら言われても困りますよ。なんです?それは?」
「コレはラァーメンと言って、最近急速な普及がされている食べ物だよ。と言っても、栄養はあまりないし、お腹を満たすことの出来る程度の庶民の食べ物だから、君には無関係の食べ物とも言える」
ラァーメンではなく、恐らくはラーメンだろう。そうか、そんなモノが最近流行り出したか。
「ラーメンのことは知っている。味噌、醤油、豚骨、アゴの四種類のスープが主に勢力争いをし、そこに食感を求めた何者かが小麦粉を面状に伸ばし、それを食べやすいように細くカットした物をぶち込んで食するようになったのが始まりの、あの食べ物でしょう?」
「よく知ってるじゃないか。ならコレは知ってるかい?女性はその四種とは別に、『塩』で食べるのが好きらしい。だから、王都の方では【味噌】【醤油】【豚骨】【塩】の四派閥が今も拮抗状態にあるらしい」
「塩で!?貧しいからといって何も塩で食べなくても良いだろうになぁ・・・・エンゲル係数低めの、最低限度の文化的生活を営んでいる―――ということでしょうか?」
「そう・・・なんじゃないかな?まあ、世の中種族が違えば味覚も違う、つまり男女も違えば味覚も違うってことさ」
「なるほどなぁ・・・知識を身につければ身に着けるほど、自分が無知なことに気付かされますね」
「全くだ」
アゴだしは手間もかかって、更にアゴ(=トビウオ)も捕れる地域が限られるだろうから、広まらないのは分かるが、まさか塩に混ぜて食べるとはな。
「コホン」
シンリーが気配を現した。どうしたのだろうか。
「私は塩派です。あと、アスク様は山盛りの塩の中にダイレクトに麺を投下して食す人々の想像を、早く取り払って下さい」
驚いた、まさかラーメンの話にシンリーも乗って来るとは。というか、シンリーはラーメンを食べた事があるのか。
「食べた事があるのか?シンリー」
「はい、何度か。鶏肉や貝などでダシをとって塩コショウで調整をするようです。美味しいですよ、とても」
「シンリーは料理にも詳しいんだなぁ」
「一応・・・夫が料理のプロなだけで、私も料理はそこらの料亭の厨房よりかはいい腕を持っていますので。・・・勝手に料理出来ないような風に言わないで貰えますか?」
「てっきり俺は料理だけは出来ない、味音痴のメイド長だとおもっていたんだが・・・」
「一通りのことはメイドよりも出来ます。でなければメイド長などと名乗れません」
先ほどまで、『必要ないのでしょうか・・・』なんて言っていたメイドとはとても思えない。
「アスク君、君のお世話をしている人はとっても凄い人なんだよー。そこんとこ、分かってるかい?」
「そう・・・なのか?よく分かりませんが、大事にします」
「ハハッ、こりゃ分かってないな」
やれやれと言いたげに、顔を半笑いにする博士。別にどれだけ凄かろうとシンリーはシンリーだ。毎回一言か二言多い、身だしなみやら時間の管理に煩いうちのメイドだ。
「そういえばアスク様、ここに来たのには理由があるのでは?」
「あ・・・・忘れていた。ラーメンの話で盛り上がり過ぎた。何体かの人形と戦闘がしたいんだ」
「ッチ・・折角忘れたかと思っていたところを・・・分かったよ。今から準備する」
「あぁ、頼む」
博士は全ての人形を起動させるとまた管理室に戻っていった。
「プログラム発動、すみやかに人形は持ち場につきなさい」
どうやら始まったようだ、初めはゆっくりだが段々と速さが増していき、個人にあった速さになる、しかもこの人形たちの攻撃は鞭や剣、日本刀やトンファーなど異世界の武器も多数所持しているため、多様に攻撃の種類を変化させて攻めてくる。
しかもこの人形たちは基本どんなに破壊されても、魔道具にある設計図をもとに何度も構築される。例え首を吹き飛ばしたとしても首が体の位置を特定して巻き戻るかのように元通りだ。
この空間ではこの人形に限り叩き切って良し、殴って破壊するも良しの最強の人形達となっている。
初め人形たちはさまざまな攻撃を試し、一通り弱点になる武器が無いと判断した人形たちは連携に移り初め、最終的によく原理の分からない銃器のようなものから光線をだす人形と常に死角から攻撃するような人形の二つにわかれた。
その後も淡々と神経を研ぎ澄ませながら疲れで重くなりつつある体を動かす。
そうして三時間程立つ頃には自らの汗で辺りには水たまりを作り、人形たちに止めの一撃一歩手前で止められている俺が寝そべっていた。
(さっきから妙な音がするな・・)
俺は自力で立ちあがると妙な音の正体を知り、昼飯を作ってもらうために丁度夏休みで帰っているメロエのところに向かった。
「腹が減った・・・な」




