夏休み 反省
あの声が聞こえてから意識を失い、気がつくと見知った天井をぼんやりを見ていた。
「知っている天井だな・・・」
ここは俺の自室・・・・さっきまで確か銀山に向かう途中の道にいたはず。それが何故ベットの上に?あぁ・・・嫌な思い出が徐々に浮かび上がってきたぞ。
蜂かカマキリか分からん魔物に、上半身と下半身を切り離されたんだったな。
「以外と早く目が覚めましたね。アスク様が下半身を無くして帰ってきた時には少々驚きましたが、アレだけボロボロになっておいて・・・まだ生きておられるそのゴキブリ並みの生命力には感服致します」
「ハハッ。聴覚はまだ完全じゃあないみたいだ、ウチのメイドが主人の悪口を言うなんて信じ難い」
「勿論でございます。メイドは真実のみを口にしますから」
「・・・・それで。下半身をなくして帰ってきたと言うのは本当か?」
「ご自分でご確認なされてはどうでしょうか?」
「それもそうだ・・・」
バッと布団をめくると、ちゃんと俺の下半身はあった。ただし脱毛仕立てのようにつるっつるになっていたが。
「あるじゃないか」
それにしても俺じゃあ此処まで完璧に無くしたモノを再生させられる気がしない。・・・若干大きくなっていないか・・・?その・・・アレが。色も違うし。
「カトレア様の職業をお忘れですか?」
「・・・・あぁ、母さんが治してくれたのか。それと・・・俺の息子の件だが」
「・・・たぶんお聞きになると思っていました。その件に関してですね・・・私は知っていたのですが、カトレア様は子供の頃のアスク様のモノしか見た事がなかったので、というか彼方が見せようとしなかったので」
「想像で再生させたのか・・・?」
「はい」
「純粋無垢な少年が、突然特攻隊長になったみたいな変わり様だな」
俺はまだ童貞だぞ・・・こんなのあり得ないだろ・・・。
「サンプルを一つしか知らない方ですから」
「あ・・・・あぁ・・・ふむ。お母様なりに頑張ったということか」
「もう少し他のモノも試して良いと思うんですがね・・・」
「な、なに言ってんだオマエ!?」
「あら、お顔が真っ赤になっていますよ。体のバランスを崩したばかりなんですから。早くお休みになって下さい」
強引に倒され、布団をかけられる。・・・・少し冷静に考えたい気持ちもあるが、少しも考えたくない気持ちもある。
―――というか、大人達のそういう話をそもそも聞きたくなかった・・・。
冷静になって、まず言っておかなければならないことがあることを思い出した。
「・・・心配かけたな」
「そう思うのでしたら、次からはお気をつけて下さい。公爵様が連れて帰らなければ、今頃私が地獄までお迎えに行かなければいけないところでした」
口では冗談を言っているが、かなり心配をかけたらしい。普段ならテキパキやるべきことを進める癖に、今日は妙にぎこちなく見える。
それと・・・あの声の主はやっぱりクレウスだったらしい。お礼、言わなきゃな。
「父さんは今いるか?少しお礼が言いたいんだ」
「クレウス様なら仕事にお戻られになりましたが」
「そうか、じゃあ少し体を動かしにトレーニングルームに行ってくる、帰ったら教えてくれ」
そういや・・・何で父さん帰り道に一人でいたんだ?現地集合現地解散だったのか。
「カトレア様にもお礼を言ったほうがよろしいかと思いますが」
「トレーニングルームの途中に母さんの部屋があるから・・・そこで言うつもりだ。魔力の使い過ぎでかなり疲れただろうから、多分そこだろ?」
「はい」
(今回の件、私達大人が思っていた以上にアスク様は反省しているようね・・・以外だわ)
トレーニングルームを少し遠回りしていくと母の部屋がある。部屋をノックして入ると、いつも通りの笑顔だったが、少し目元が赤くはれている。きっと俺が部屋に入るまで泣いていたのだろう・・・。
俺の体はもう前みたいに、俺だけのモノじゃない・・・心配させないようにしないとな。
「母様・・・・その・・・・ありがとう」
「アースークー、言いたいことを賢い貴方なら、ちゃんと分かってくれていますよねぇー?」
元気なフリをしているつもりかも知れないが無理がある。お母様はそんなに上手に感情を隠す事が出来るような人じゃない。・・・だからこそ、辛い。
「はい、重く受け止めております」
「なら、ちゃんと罰を受けるのですよー」
拳骨をコツンされた。
「コレで良いのですよー。もうしないって信じていますからねー」
彼女は俺を抱きしめて頭を撫でながら微笑む。そんなお母様に、否とは言えない。そして彼女はこれ以上俺を叱ってはくれないだろう。俺ならきっと半殺しにしてでも己の罪深さを体に叩きこむところだが、そのようなことを決してしない人だ。あくまでも口で理解させ、説き伏せるような人だ。
そして、もっとも辛い罰の科し方を理解している人でもある。
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~トレーニングルーム ~
何故あの時至高の鎧が背後からの攻撃に適応せず毒を撃ち込まれたのか、なぜ背後を取られて気づかなかったのか、そして見たことのないあの魔物は一体どういった魔物なのか、俺はそれを知るために久しぶりにトレーニングルームの管理をする魔物大好き変人、通称博士に会いに来た。
「はかせー、いらっしゃいますかー」
「いらっしゃいませーーん」
返事が返ってきたので扉を開けると人形の強化中だったようだ。ひょろりとした長身の男がめんどくさそうに振り返る。
「いないって言ったじゃないかぁ、どうして開けるんだよぉ~」
「硬いこと言いっこなしと行きましょう。そんなことより博士、少し聞きたい事があってきたんですが」
彼の魔物に、今までに発見された魔物の情報は全て彼の脳に蓄積されていると言っても過言じゃないと言えるほどだ。きっと博士なら俺の知らないあのカマキリスズメバチの事も知っているだろう。
「知ってるよ、君が一度でも用もなく僕の所に来た事があった?」
「いえ?ありませんね」
「んね・・・」
「どうかしましたか?」
「僕ってさ・・・都合のいい時に利用されるだけなんだよね」
「都合の良い時には利用されるだけ良いじゃあありませんか。これから実りある成果があれば、博士の名も明かされる日が来るかも知れませんよ」
「メタいなぁ・・・あ、もしかして僕の考えたワープ首チョンパ以外の必殺技が欲しくなってここに?必殺技のことなら任せておくれよ。君の目的通り、良い技を一緒に考えて上げるよ」
「勝ってにアピールしないで下さい。必殺技は今のところ必要ありませんから。どちらかと言うと、情報の方を目当てにやって来ました」
「なんだ魔物の情報か。コレの事だろう?」
博士が木の机から取り出したのは大きな鎌の部位だった。
「はい・・・狩猟されて解体されてしまいましたか」
「いや、コッチにあるよ」
トレーニングルームの隣の部屋、から更に隣に繋がる部屋に招かれる。扉の前にはベッドが置かれ、ベットを踏んで扉に向かう必要があった。
「・・・・」
「君、少しは躊躇ってものがないのかい」
「え?あぁ、・・・別に自分が殺されかけた相手だろうと、僕は今回のことを反省しているので―――」
「いやそうじゃないんだけど・・・ま、いっか」
木造になっている珍しい小部屋に入ると複数の棒によって形を保ったままの、右腕だけが消えた昆虫標本になっているソレがあった。
外傷が殆どなく、寿命で死んだかのように冷たくなっている。縦に見れば二メートル以上はあるだろう。胸部から腹部まで見れば三メートルにはなるこの恐ろしい魔物が、音もなく背後にいたのだと思うと少しゾクりとする。
「こんなのが、僕の体を真っ二つにしたんですねぇ・・・はぁあ―――とても興味深い」
「そうだよ、『こうしたらアスクも忘れないだろう』ってクレウス君が我が儘を言ってねえ。態々この形で残しているワケなの」
どうやら今回の件、かなりクレウスは怒っているようだ、真正面から怒ったりはしないが色々な方向から今回の件を反省させようとしてくるだろう。理由は単純明快、怒りたくても俺に嫌われたくないからだろう。
俺が悪さをすれば、大体クレウスは回りくどいやり方を毎度好むからな・・・。シンリー見たく正面から張り倒せばいいだけだろうに。――――いや、アイツは正直やりすぎなところはあるが・・・。
「この魔物はねぇ・・・実のところ名前が分からないんだよ。アンノウン君なんだよ」
「ほう・・・博士が知らないと言うことなら、登録されていない魔物という可能性もあると言うことですね」
「恐らくは登録されていないだろうねー。しかしねぇ、ユニーク個体にしては些か技能・・・というか、能力が常軌を逸しているし、大体この周辺では出るはずのないレベルなんだよ」
「鑑定出来ないんですが」
そういう割に博士はレベルを知っている様子。教えてくれないのは性根の腐った人間だからだろう。
「この魔物の特徴の一つさ。鑑定や看破されることを前提にして、それを弾く能力が備わって生まれてきている。可笑しいだろう?どうやら触覚がその機能を果たしているようなんだけど、ココの設備を使っても解析不能だから・・・今のところ触覚については意味不明ってとこさ」
大陸有数の名家であるウチで、ただ一人で事足りるとされるこの博士が意味不明と匙を投げているこの状況。
「博士、このままでは次回以降博士の出番はないかも知れませんね」
「いやいや、話はまだ終わっていないんだよ・・・というか結果発表はまだここからなんだから、まあ落ち着いて、まあそこの木の椅子にでも座っておくれ」
ボロボロの椅子がある。予算がないのか、四つの足の一つは変な魔物の骨で代替わりされているし、椅子に掛けてある毛皮もふわふわではない、触らなくても分かる安い毛皮だった。今度博士のところに来るときには、新しい椅子を手見上げに持ってくるとしよう。
「では、成果を聞きましょう」
「偉そうだな・・・まあ良いけど。この魔物だが、どうやら足音を消す時に特殊な魔法を常にかけているみたいなんだ。調べてみると消音と空中浮遊の複合魔術みたいでね、今はもう発動していないみたいだけど、その痕跡がこの足の、人で言うところの土踏まずのところにあるのが見えるかい?これを人間の魔法で使用するとなると魔力の運用が大変そうだから、人間がこの魔法を使用するのは難しそうだけど、この魔物はその体の構造と魔法を上手く合わせて、重量をそのままに足音を消していたようだね」
「体の構造ですか」
「そうそう。足の裏にあるこの土踏まずって僕が呼んでいる足の中央に触ってごらん」
毛・・・じゃないな。コレは、足の裏がスポンジみたいに柔らかいクセに弾力性があって、耐久性も高そうに思える。
「ケミカル繊維と言われても・・・・全く驚かないでしょうね」
(猫のように足音を消して歩けたのはこういう事か・・・しかし、あの巨体を気付かれずに背後から襲い掛かるなんて普通は考えられない・・・だから魔物なのかも知れないが)
「それにこのスラっと長い脚も、フ節も・・・何もかも、生かされて完成する。この魔物独自の狩猟スタイルと言って良いだろう。鎧なんかの防具にすれば、隠密効果もあって、足音も消せるような装備になるだろうね」
「そんな勿体ないこと!?」
「しないけどね」
「当たり前だ!!」
「・・・レポートに後の事はまとめて奥から見たかったら、見たらいいさ」
博士のレポートは読んでいてとても参考になる。書いてある内容はどうでも良い様に思えることばかりだが、深く読み進めて行くと彼のレポートの良さがじわじわと伝わり、二周すると別の物を読んだような気持ちにさせられるのだ。
要は彼は、言葉ではなく筆で語るタイプらしい。彼の出番はなくなるかも知れないが、彼のレポートの出番はまた出る機会があるかも知れない。
「最後に君を切り倒した鎌・・ではなくて、針の話をしようと思う。鎌はただ鋭利なだけだからね」
針?・・・腹部の後ろにあったとされる、蜂のような針のことだろうか。
「さっきの足もそうなんだけど、このおっきな魔物。狩猟用に様々なモノを用いるんだ。人間みたいにね。針もその一つ、と言ってもこれは魔法ではなくてスキルなんだけど」
「スキル?・・・隠密系の、暗殺術とかか?」
「アスク君の鎧を突き破って毒を刺されたのは、多分この魔物の針が【スキルブレイカー】というスキルを使用しての事だったからだろう」
「スキルブレイカーですか・・・」
「そうそう、あのサタン様もよく使うって噂の全部の効果を打ち消すスキル。あれは使われたら厄介極まりない能力だからねぇ。普通は魔物が持っているはずがないんだけど・・・・なんかこの魔物はエクストラスキルにあるみたいなんだよね・・・・困った事に」
エクストラスキルにあるという事は、このスキルブレイカーというのがこの個体だけではなく同じ魔物なら全員持っているという事だろうか・・・・冗談がキツイな、全く。
「でもスキルブレイカーのついた針も手に入れることができたのは不幸中の幸いだね」
そう言い、指が指し示す先には不格好な剣を握られせている別の人形があった。あ・・・・いや、あれは剣ではなく・・・
「何で使用しているですか!!?」
「ここにあるものは全部僕のものだからね!誰にも文句は言わせないよ!!それが例え雇主の息子さんであってもね!!!」
なんて男だ。貴重な資料をもぎ取って、自作人形のパーツにしやがった・・・。
「俺が研究しようと思ってたのに!」
どうやら針を諦める気は博士にはないらしく、俺はその人形を使った新しいトレーニングメニューを考えることに思考を切り替えた。




