夏休み 勘違いと傲慢と
ゴールデンウィークの予定が空白・・・
結局暇を作ってしまい、とある少し大きめの村に足を運んだ。名前はロックシー、現在クレウスの部下の探索班が、発見したという隠し銀山の話題で賑わっている村だ。
冒険者の多くはクレウスの出した美味い話に乗って次々と銀山に乗り込んでいるだろうから、俺はそれによって浮いてしまった依頼を片付けながら毒草の採集をする事によって、最近していなかった周辺の村や町への媚売りをする。公爵邸の代わり者の気まぐれだ、ぐらいに思って貰えれば幸いだ。らしくないが、らしくないところもまた自分が好きなのだから仕方がなかった。
突然俺がこの鎧のままで村に訪れると村長が飛び出てくるので、亜空間に畳んで入れておいた学服を着て村の近くにある平原にワープした。
この平原には興味がない。出てくる魔物のレベルは1の埃のような黒い兎やレベル3の小さな狐、ここら一帯で一番強いと言われる平原の主のレベルは10のゴーレム紛いだ。素材の価値もさほどなく、Fランクの冒険者などには人気だと聞く。
草原を歩いて行くと、確かに俺のことを物珍しそうに見る青年冒険者などがいる。武器は・・・光る手の平らしい、汚く狩猟された光る手形の付いた小さなキツネが彼の足元に転がっている。
こちらがペコリと頭を下げると、あちらも驚いたようにペコリと頭を下げ、そのままそそくさと獲物を持って歩いて行ってしまった。装備は恐らく自作の皮鎧に動きやすさを重視した革の靴、それにコレは防具なのか定かではないが、赤色の柄入りバンダナを付けていた。
余り見ない柄のバンダナだったから、目を引いたのかそれとも赤色だったからか。それとも、もしかしたら、あの青年とはまたいずれ別の形で出会うからかも知れない。俺の直感は良く外れるが、この直感だけは異質な説得力を俺に抱かせた。なぜだろう?
(いずれまたどこかで・・・かな)
草原の波を風が泳ぎ、空へと駆けて行く。有限の大地に無限に吹く風を背や腹に当てながら、一歩ずつ適度に乾いた土を踏みしめて、誰かの通った道を探す。太陽の光は強く、雲も少ない。普段ならば歩きたくもない快晴だが、今日は不思議と風が良い仕事をして汗の一つもかくことはなかった。
夢のような情景に心を浸しながら、空に手を伸ばして伸びを一つした。
向かう先は、先に見える小さな山の前にある村。依頼は受領できるだけして纏めて終わらせてしまおう。
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「お姉さん、今日は大変でしょう?」
「どうしたのぼく?・・・そうだけど、僕に出来るクエストは・・・」
困り顔をするギルド嬢。確かに俺は、Aランクの証を提示しているはずなんだがそれもどっかから拾って来たと思われているようだ。
「A級以下なら全部やっときますよ。風呂掃除から、便所掃除。薬草採集から犬探しまで。もちろん、魔物の退治も出来ますよ」
「うーん、今の君のレベルは?」
「100ちょっとです」
「あ~。勇者の方ですか?」
村のギルド嬢でも知っている勇者の強さには驚きだが、勇者の方ではない。どちらかと言うと現地住民の方だ。
「いえいえ、ここの土地の管理者の息子です」
「え、えーと、村長さんの息子さんはもう二十歳を越えていますから・・・貴族の方でした?」
「はい」
「あぁ、はいはい、納得です。バティス家の御子息様でしたかははは、このような隅までご足労頂き、ありがとうございます。でしたら実力は折り紙付きですね。畏まりました、こちらで飛び切り苦労するものをご用意させて頂きます」
・・・そう言えば、うちの領地の中の幾つかに分かれた中の一つを管轄するのがメイリオのとこのバティス家だったな。ここがその管轄内だったか。あたふたとしている事から、少し彼女には気を遣わせてしまったかも知れない。まあ、身分を偽ることは犯罪だからどうしようもできないが。
「いえ、僕はメイリオではありませんよ」
「ん?・・んん?・・・管轄が変わったのでしょうか。何分隅の村でして、情報が遅れて来るのです」
「僕はアスクレオスと言います。アスクレオス・ワイズバッシュ。長い名前でしょう。鬱陶しくて覚えづらくて大変ですよ、良い名前なんですけどね」
「あ、あぁ・・・殿下様でしたか――――ワハハハハ」
「はい、一応殿下の息子ですね。野蛮な家系ですからそういう呼ばれ方は余り慣れてはいませんが。一応そう言うことになります」
「殿下がなぜこのような何もない場所に?」
なぜか彼女はスッと冷静になった。彼女の中でなにかの糸が切れたように無心で業務を行っているように見える。
「ですから依頼を受けに来たんです。A級以下の依頼なら何でも・・」
「ああ、でしたら適当にあちらから見繕ってきてください。はい、はい」
ボーっと先ほど草原にいた時の俺のように呆けている彼女を不信に思ったが、適当に持って行ったら受領してくれるようだから、適当に持ってくるとしよう。・・・それにしてもまさか、此処まで疑われるとは思わなかったな・・。学生だったら大丈夫かと思ったんだが。
「ほう・・・・森の中に入って行くと、特に銀山に近づくにつれてレベルが上がっていくのか」
見るに、30レベルや50レベルなんて村の付近に居たら危険なレベルの魔物が張り出されている。一日二日で増える量じゃあないだろうから、銀山にクレウスが連れて行ったせいでここ数日の内に増えてしまったのだろう。
薬草採集などの依頼なども多くある。村では商人がたまに来るだけと話では聞いたから、薬草も村で集められるだけ集めておきたいのだろう。よし、纏めて一括で片付けるか。
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~隠し銀山への道 森の中の未整備の道 ~
銀山に向かう道を進んで行くと、銀山に近づくにつれて確かに魔物の量と質が徐々に上がって行っているような気がする。
銀山の近場まで来ると既に魔物のレベルは70付近へとなり、コレを討伐するにはAランク冒険者か、Cランク冒険者のパーティーが必要となってくるだろうというような魔物が極端に増えた。Bランク冒険者では一対一の戦いとなると少し不安が残るだろう。
これまでに出てきた魔物はオークの上位個体や毒を持たない、ただ硬い鱗のトカゲや三メートルほどの鳥の化け物などで、気を付けて立ち回れば負けることはまずない相手ばかりだった。
「・・・そう言えばさっきから魔物の数が減って来たな・・・」
辺りに魔物の姿が見えないのはここに来る途中に他の冒険者によって討伐されたか、あるいは食物連鎖の関係上、ここからは上位個体は会うこと自体が珍しくなってくるのか。・・・それにしても何か、臭うな・・・。鉄の臭いか?
それと少し寒気もしてきた。周囲の気温が下がっているような感じではないが、どういうことだ?
「背中の当たりがなんか・・・・」
ネットリ・・・
奇妙な感覚に自分の手を確認すると、制服の上からベットリと赤い血が付いている事に気付いた。『どこかの魔物が死に際に背中に障ったのか』そう思ったりもした、しかしその赤い背中を触っていると服が知らない領域にまで入り込み、酷い痛みが俺の認識の甘さを理解させた。
かすかに聞こえる虫の羽音が聞こえたのは俺が膝をついた後だった。朦朧とする意識の中、振り返ると巨大な蜂とカマキリを合体させたような魔物が口元を擦り合わせながら笑っていた。
(油断・・・ですかねぇ・・・・)
近づいてくる足音を敏感に感じられるほど、目は直ぐに使いものにならなくなっていた。どこに立っているのかさえあやふやだ・・・冗談だろ。
だが、残念ながら気配で分かる。近づいてきている、いつか殺される。
(悔しいな・・・・・・悔しい・・・・・悔しい・・・俺は・・まだ・・・)
同じ事を何度も何度も思い、動かない体に必死で脳で信号を送る。伝わって帰ってくるのは腕や下半身を切り離された苦痛の信号のみ。痛みがある、なら俺はまだ生きている。
(こんな所で死んでたまるかクソボケェ・・・)
しかし動くことのない体に、魔物の鎌が触れたと思った瞬間。幼い頃から聞いてきたあの声が、俺の耳元で聞こえた。
「アスク、後はパパに任せろ」
なんつー・・・心強い声だよ。




