~その後の領地~
前書きとか、あとがきとかいまいち何を書いていいのか分からない。
山を下り町前までワープすると、町は朝にみた静けさとは打って変わって活気溢れるものへと変わっていた。町中では商人達が、うまいぞ、やすいぞ、と、声を張って客を呼んでいる。
それに所々に【竜王様何とかなったサービス!】という幟も見える、飲み物や宿屋が無料になったりと町の住人は大賑わいのどんちゃん騒ぎで見るに堪えない。
時々酔ったオヤジやお姉さんが「ゴメンよ」と、言ってはまた歩いて他の人にぶつかるという、大変迷惑なのが出没までしているほどにこの町の治安は今朝よりも悪化していた。
「コレがこの町の本来の姿だとでも言うのか?・・・こんな事なら知らせるんじゃなかったな・・・」
「これがいつも通りなのよ、あ、でも今日はいつもよりも少しだけ賑やかかも。あなたのおかげよ」
背後から声をかけて来る幼い声の正体は振り返らずとも分かる、ジーナの声だ。
「僕をよくこんな大勢人がいる中から見つけられましたね」
今歩いているのは、馬車が横に五列走っても余裕な大きな道だ。この人込みの中で俺を見つけるのは至難の業だろう。
「上から見たらアスクが歩いていたのが見えたのよ、行先はこの領の冒険者ギルドだったみたいだけど、何か用があったのかしら?」
「いえ、今何とかなりました。ジーナには改めて言っておきますね、竜王の件については一応クエスト完了です。報酬は契約書に書いたことを守って頂くこと、分かりましたね?」
「ソレが約束ですもの、守るわよ」
「宜しい、後ジーナの父に合わせてくれないか?」
「お父様に?」
「はい、そうです。一発殴りに行く」
俺の言葉に氷ついたように、ジーナは俺を見上げたまま硬直した。歩きながら話していたというのに、いきなり止まっては他の人に迷惑だろうに。
「・・・なら私を殴りなさい」
「はぁ?」
「私の父は最善の策で領の危機を結果的に救ったの。それを咎めるのはおかしいし、彼方に私の父を殴る権利はないでしょ?それでももし気がすまないというなら私を殴りなさい」
ジーナの目には殴られてもいいという決意のようなものが込められていた。そのため往来の激しい大きな道で一度目のビンタをした。
「そんなに俺を見つめても俺はお前をビンタするぞ?侯爵にするつもりだったのも全部な」
彼女の頬が赤い内に二度目のビンタをする。小柄な体が倒れない力で、彼女が踏ん張れる程度の力で頬を叩く。
「・・・・構わないわ」
彼女の頬は深紅に染まり、悲鳴を上げているようだ。しかし構わずビンタした。
「本当にこのままで良いのか?」
ジーナは叩かれているにも関わらず、この歳にして一滴の涙も流さない。その悲しい姿を俺は絶対に忘れまいと心に留めつつ、ビンタした。
「・・・・これで良いの」
最後の一発は予め聞いてビンタするかどうか決めよう。
「次のビンタは今までのビンタとは威力も痛みも違う。きっとお前は立っていられないだろう。一つ聞きたいんだが・・・抵抗はしないのか?」
その言葉を彼女は深く受け止めたように目を瞑り・・・そして目を開いた。
「ええ、抵抗はしないわ。出来ないもの・・・私には」
高い音ではなく木材で人を殴るような低音がその場に響き、ジーナは吹っ飛んだが、倒れる前に周りの者がソレを受け止めた。
「おい坊主!お前は彼女がどういうものか分かっているのか!?」
「馬鹿野郎!なんてことしやがる!!あぁ、可哀想にジーナ様!」
「女の子を打つなんて最低な子供ね!!親の顔が見てみたいわ」
等々、まあありとあらゆる罵詈雑言が俺に向けて放たれ、俺は冒険者らしき体格の良い男どもに拘束され地面に叩きつけられると、何所からか身なりの良い男がやって来て両頬を腫らした倒れそうなジーナを抱きかかえた。
「ああ、可愛い我がジーナ・・・どうしてこのような目にあっているんだい?」
「何で・・・何で来たの?・・・馬鹿じゃないの・・・?」
程よく太った男が、ジーナの父、現侯爵ということらしい。
「侯爵様!この男がジーナ様を何度も平手打ちしているのをここにいる全ての者が目撃しました!」
「何と・・・身分知らずの者がいた者だ・・・私の可愛いジーナに何という・・」
可愛いジーナ・・・・ねぇ・・・・嘲笑して良いのやら、冷笑して良いのやら。
「皆の者・・・・彼の拘束を解きなさい!!!」
ジーナは口の中が切れて、血が口に小さな血だまりを作りながら、それを吐き出すように咆えた。私のしてきたことを無駄にするなとでも言いたげな、その心からの叫びに周囲は驚くも、
「何故ですか!ジーナ様!!」
「そうだぞジーナ、優しいお前にはまだ分からぬのだ。こういうわけの分からぬ輩も存在するのだよ、この世界には」
などと聞く耳を持たないその次いでなのか、さっきから踏みつけられたり殴られたりと、俺はリンチにあっている。
勿論、蹴られる者は顔面を蹴られれば口を切ったり歯が欠けたり鼻の形が歪になったりして体を蹴られれば呼吸が苦しくなる。ジーナにしたビンタに比べればどうということはないが、鎧など着ていない俺は服の上から蹴ったり殴られたりしているわけだから、もうこの服は着れなくなってしまった。
一人の女冒険者が長い間何かをゴニョゴニョと唱えたあとに回復魔法をかけられて、徐々に顔の腫れと痛みが引いたジーナの目には涙が溜まっている。
「お父様・・・彼は・・・この領地を救った英雄です・・・・」
「な・・・!?では何だ、今組み伏せられているあの男が、彼があのワイズバッシュ家の長男・・・アスクレオス・ワイズバッシュだとでも言うのか?」
「・・・背丈はかなり私達よりも大きくて、とても同い年には見えないとお思いになるでしょう。しかし此度の件を解決した本人であり、竜王と番いになる者ですわ」
そう聞いて跳ねのけるように退いた冒険者五名と、周りで周りの空気に煽られてリンチに加わっていた紳士淑女の皆様方は顔を青ざめて逃げ出した。他の者達も顔を見られまいと必死になってその場から離れて、消えていった。まるで顔さえ分かればどこにいても殺せてしまう化物を怖れるようにして、蟲や綿埃のように、俺を中心にして人は離れて行った。
俺は自分自身に回復魔法をかけると、服を脱いで亜空間に投げ入れた。ズボンは人がいないからと言って脱ぐのは自分の中のなにかが許せなかったので、そのまま履いて帰ることにした。目の前にいるジーナの父と名乗る男は既に俺の世界に必要のない生き物になり、興味も失せた。そしてソレを未だに庇おうとするジーナに小さな怒りを抱えたまま俺は帰りの支度をし始めた。
「申し訳なかった、うちの民が大変なご無礼を・・・」
などと、ジーナの後ろでなにか言っていたが俺は無視して自身の寮へと帰った。もはやアレに社会的、精神的、または肉体的死を与えたとしても俺の中では何の解決にもならない。ああいった類の人間に俺は興味がない。
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~学生寮 自室~
俺は学校から提出する必要のある宿題を机にあった三本のペンを魔法で動かし済ませると、ベッドに横になってしばらくあの領地に潜む闇と、それに現在進行形で精神を侵され続けているジーナについて考えた。
あのビンタで目を覚まして泣いて俺に仕返しをすればまだ助けてやったものを・・・アイツは無駄にした。それだけの間を開けて様子まで見ていたのに、なぜ彼女はあのような決断をしたのだろう?彼女の居場所の問題か?それとも未来に一抹の不安を覚えているとかだろうか?
どれだけあの男が彼女に酷いことをさせたのか、本当に彼女は理解しているのだろうか?理解した上で、彼女もそれに乗ったのだとすれば彼女も相当な悪女に育つと断言するが・・・あの純真無垢で、ポジティブ思考の彼女がそれを理解した上でそんなことをしたとは思えない。
だから・・というわけでもないが、ジーナとの契約書に少し遠回しの言い方で百年ほど借用させて貰うということを書いておいた。大人であってもある程度の知識がなければ引っ掛かる詐欺の一つだ。契約書のサインには悪魔以上に人間を警戒するべきだとジーナには友人として一つ教えてやれたことだろう。
悪魔は嘘で人を惑わせるかも知れないが、人間は真実で嘘を吐く事なく人を騙す生き物だ。例え今回の件が俺のバックにいるクレウスを引っ張ってくるというジーナ父の思惑が発端だったとしても、ソレを子どもに任せるべきじゃあなかった。子供は騙されやすいし、異常な行動をとりやすい生き物だからだ。
元々ジーナ父のシナリオには俺が竜王を倒すことなど書かれてはいなかったのだろう。俺が竜王に拉致または殺されることによって、クレウスを竜王討伐に向かわせること。それがジーナ父の思いついたシナリオだった。それによってお金もかけずに厄介者を排除出来るという算段だ。この時点でかなり浅はかだが・・・この後も酷い。
ジーナのスキルがあれば、俺が親父に告げ口しようとしても止めることが出来ることを知っていて態々こういう回りくどいやり方をしたんだろう。彼は確かに侯爵として最善策とは言い難いが、娘に顔も知れない公爵家の長男に頭をさげさせるだけで領地を救おうとしたんだ、凄いことを考え付くものだ全く。奴の中で俺の死は大前提だったことは腹立たしいが、領民の負担を最小限に抑えようとしての事なのだろう。
それに娘と俺に繋がりがあったと言えば、今後俺の死でジーナ父はクレウスという公爵家の人間と接点を持つことが出来るようになる。もしかすると三手先の未来に無駄な憶測と下らない冗談を思い描いていたかも知れない。本当に、親に使われるジーナが不憫で仕方がない。
しかもジーナは『自分の父は無能だから私が頑張らないといけない』と無理をして頑張っている。ジーナがジーナ父のことを、本当は自分の子供も政治利用する馬鹿のフリをした狡猾な男だということを知っていれば、彼女もこの一連の事件にもここまで深く関わることもなかっただろう。
最後のビンタをする際に彼女に聞いた、抵抗はしないのかと。しかし彼女は抵抗しないと言った。どこまで知っていたかは定かではないが、何かがおかしいことは知っているのかも知れない。ただ、そのもどかしさに気が付かないフリをしているだけなのかも知れない。




