馬車に揺られて
あれから一週間、学校で授業を受けてはそのまま寮には帰らず家の書斎に入って竜について調べた。
そこには竜族というのは基本的に毒が効かないという情報が記述されており、伝説では聖剣と言われるもので邪竜を倒したという伝承があったが、一般的な方法は書斎の中には残されていなかった。それに何より実物の竜と呼ばれるものを俺が今だに見た事がないことが問題だった。
せめて竜王の前に、竜元帥ぐらいは見ておきたかったところではあるが、残念ながら竜元帥は愚か、竜二等兵すらその存在は明らかにされてはいなかった。竜族については未だに謎が多く、神秘的な存在として今日まで神聖視されてきたと言うぐらいしか、分かったことはなかった。
「アスク、そんなにウチに籠って何をしているんだ?」
クレウスが不思議そうな顔をして読んでいる本を横から眺めてくる。それと無精ひげを当てて来るのは気持ちが悪い。どれだけ息子ラブなんだお前は。薄々息子が何か違うものになっていることぐらい気付いているだろうに、盲目なのかコイツは?
「いえ、ちょっと領地に住む竜を手懐けに行く準備をしに来ただけです。父さんは竜族について何か知っていますか?」
「竜族ねぇ・・・・あんまいい思い出はねえなぁ。鱗はかてえし肉もそこまで上手いわけじゃない、しかも役職がある奴だと結構面倒ではあるな」
「竜王とかってどうです?」
「竜王・・・・か。懐かしい名前だ、山に住んでる奴だな。アイツを手懐けるってのは相当厳しいぞ?というか無理だ。俺でもできん、力比べならアトラスやらで太刀打できるか・・・ってぐらいだ」
誰だそのアトラスとかいう奴・・・力自慢とかか?
「・・・・・・・・分かりました。そういえばお嫁さんのことですけど」
「もう見つかったのか?」
「まだ役職名しか知りませんが、一応」
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~一週間後 学校休日 寮 アスクの部屋 ~
毒薬のレポートに関する最終的な見直しをしていると、扉を弱く叩く音が聞こえてくる。以前のように木の扉に割れ目が出来ても困るから今度は早々に扉を開けた。
「予定通りお向かえに上がらせて貰いました。準備の方はよろしいでしょうか?」
一週間しか準備期間が与えられなかったのは何度も挑戦できるようにだろうか。それとも彼女と彼女の父親が何かしらの企てあってのことだろうか。
「下の馬車がジーナの馬車ですか?」
「えぇ、その通りですわ。私達の領地はここから少し遠くにあるので」
「位置はここからで言うとどこら辺でしょうか?地図を渡すので印をつけてください」
ジーナが印をつけた地図を見ると、ここから綺麗に北西に直線を引くとジーナの領地に着くようだ。そして例の山はその領地の中の更に北西にあり、帝国とミトレスとのいわば境界の代わりとなっている山地にあるらしい。
「ここからは少し遠いな・・・、ここまではワープを使いましょうか」
「ワープ?・・・それはいったい・・・?」
「別に分からないならいいでしょう。気になるなら後で聞いて下さい」
「もう、別に今教えて下さっても良いでしょうに」
「抑揚の付け方がイライラするので普通に喋って貰って良いでしょうか。優等生として振る舞うのは勝手ですが、折角いい声なのに最後の訛りで台無しです」
「分かり・・・分かったわ。もう私もつかれたもの、やめるわ。だけど私の態度が無礼とかで契約を取り消すのはなしよ?貴方は竜王の夫になる。そして報酬は私、ったく、煮るなり焼くなり好きにすればいいわ」
いきなりアクティブな感じになったな・・・しかし真面目で活発でそして冷静でもある、彼女の印象にあった言葉遣いだ。普段の彼女でも別段問題ないが、こちらの方が俺としては親しみ深い。
「煮たり焼いたりされたいのか?」
「例えに決まっているでしょう。ふざけないで」
「怒るなよ・・・ちょっと素で話せばコレだ・・・。俺はいつも通りの喋り方に戻らせて貰うぞ、勝手にしろと思うかも知れないが、俺にとってコレは重要な事だからな」
「はあ・・・。そういえばアスクは何で私と今喋ってたみたいに、アルバートとかメイリオとかと話さないのよ。普通で良いじゃない別に、私は気にならないわよ?」
馬鹿なクセに正直者で嘘が苦手で相手を良いようにしかとらえない、だから今この瞬間に人の地雷を踏み抜いた事にすら、自覚を持たない。
「ハァ・・・・・」
「なに?ハッキリしなさいな」
「いえ、つくづく良い子だと思っただけです」
「そうは思っていないようだけど、はっきり言ってヘラヘラ笑って気に喰わない顔」
冗談でも言うような顔で以外にストレートな事を言う子だ。こういうのを天然というのか?
「実は少しムカついています」
そうポロっと、口から思ってもない一言が飛び出す・・・。無意識かも知れないし意識的に相手への嫌がらせのためにワザと言ったのかも知れない。
「え?アスクあなた・・・怒っているの?」
「分かりませんか?」
「分かりませんかって・・・あなたニコニコしているから・・・怖いものね」
「そうですね。人間なんて生き物は言葉と行動に関連性があるように見えて以外になかったりします。あることの方が大半ですが」
「つかれないのかしら。・・・まあ、それこそあなたの勝手だけど」
「疲れます。ですが、そうでもしないと社会という枠組みで上位者になるまでにとても苦労しますから」
「そうやってニコニコしているのが正しいってこと?」
「人によって正しいかどうかの基準は違いますから。ジーナの思ったように思ってください」
「なら、間違っているわね」
「そうですか・・・少し悲しいです」
「ソレが嘘なのは私でも見抜けるけど」
得意気な表情であっているであろう答えを確認するように、俺に待ち望んだ回答を期待している。彼女の的外れな憶測で俺は今彼女から何でも言うこととすることが真逆の、天邪鬼のような人間だと思われているのかもしれない。
「今のは本心です」
「・・・ほんと、彼方って面倒ね」
ワープの魔法陣を描き、馬車を魔法陣の上に載せ転移させる。二人は驚いていたが、俺も最初はそうだった。人間の体をバラバラにすることなく、目的の場所に送り出すことのできた時は口が半開きになったものだ。
俺が知っているのは、聴覚を飛ばすことの出来る電話と、視覚を飛ばすことの出来るネットワークという存在はだけだったので、次は味覚か触覚かと思ったが・・・魔法は凄いな。全てを飛ばしてしまった。
どう考えてもこのワープの原理が理解出来なかった。意味不明だった、未来に行くことは容易いことだが、同じ時間に別の場所に一時的に出現するというのはもう同じ人間が同じ世界に二人存在している事になり、結局わけがからなかった。
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領の大体の位置が曖昧だったので、少々誤差があったものの大体の場所に着いた。ここからは真っすぐジーナの領まで揺られて走って行くのだ。
とても豪華な馬車だったが、乗るだけで体力が奪われているようだ。きっとこの馬車を開発した人間は元々中に人間を入れて拷問にかけるつもりで作ったに違いない、車輪付き木棺墓と言っても過言じゃない。
「ジーナ、この揺れはどうにか・・・ウッ」
「あら、もしかして弱いの?ごめんなさいね。あ、だからワープをしたの?」
鈍感というのはある程度はその人間のキャラとして認めるが、度が過ぎると怒りを覚えるので、注意が必要だと教えてやらねばならないか。
「ジーナは平気なんですね・・・・・ウップ」
「毎日のっているから」
「少し・・・・ジーナのことを見くびっていたようですね・・・・ウゥ」
「ほら、もう少しだからしっかりしなさいよ。ほら・・・・よしよし」
クソッ、こんな奴に背中を撫でられ心配されるとは。屈辱の極みだ・・・。
「契約の内容は変わらんぞ・・・・ウゥ」
「ソレはソレ、コレはコレよ。良いから少しゆっくりしてなさい、ホラ、酔い止めの魔法かけて上げるから」
恥辱を味わいながらもようやく町が見えてきた頃には、俺の酔いも程よく酔っている程度になっていた。
「感謝はするが、それ以外は何もないぞ」
「はいはい分かってます。・・・・・・・・・・あそこに見えるのが私達の町グラードよ」
俺が見たのは、葬式のような静まり返った町の姿だった。
次回竜に会う予定




