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独学の毒薬で異世界無双  作者: ほふるんるん
少年期編
30/185

どうされたんですか、ジーナさん。

朝方、昨日作った毒薬の研究レポートに筆ペンを走らせていると、扉が軽くノックされた。レポートがまだ途中だったので、引き続きレポートを書き進めていると、そのノックの音は大きくなり初め、扉が壊れるかと思うほどに煩く音をたてた。


(こんな早朝に一体誰だ?ティアもメロエもこの時間帯は眠っている。宗教の連中が、もうここを知ってやって来たのか?・・・それは流石に早すぎるだろう。シスターはまだ俺の名前すら先生とやらに告げてはいないだろうし)


「ちょっと待って下さい、いま出ます」


扉を少しだけ開くと、外に映ったのは隣の席に座るジーナという少女だった。早朝だというのに身だしなみは整っている。侯爵家の彼女がこのような時間帯にこのような形で会いに来た―――何か特別な用事なのだろう。


「ジーナさんおはようございます。どうされたんですかこんな朝早く」


扉をあけ、練習中の笑顔で対応する。


「おはようございます、アスクレオスくん、少しお時間宜しくて?」


時間が惜しいと言いたげな表情で視線を右に左に移しては、そわそわと落ち着きのない様子が見てとれる。誰でも普通は宜しくはない時間帯なはずだが、彼女にはそういった思慮深さは持ち合わせていないらしかった。


「・・・・・・・はい、少し紙などで散らかってはいますがどうぞ。それと僕の事はアスクと呼んで下さい、それに敬語で無くても大丈夫ですよ。普段の喋り方の方が楽でいいでしょう?」


椅子を二つ用意し、小さな彼女がギリギリ座ることの出来る脚の長い大人用の椅子だ。


ジーナは勿論、アルバートやメイリオも俺には基本的に敬語で話をする。貴族の中では上の者には絶対に敬語らしく、授業中に普通に話そうと言っても、アルバートは「そのお言葉だけで」で、メイリオも「俺様は、あんたは尊敬してんだ」とかで、徹底的に敬語で話をされる。


大人の貴族の階級が子供にまで影響する国なのだ。だから敬語で話をする必要のないメロエや、ティアという存在に出会えた事は俺にとってとても幸運なことだったのだろう。



「そんな無礼なこと、わたくしにはできませんわ」


「気苦労が絶えませんねぇ・・・良いんですよ?部屋には音を外に漏らさないように、外に聞こえないよう魔法をかけましたから」


もしかしたら俺が先に緊張を解すために敬語で話ことを止めないといけないだろうか。相手と一枚壁を隔てて会話することには慣れ始めたんだが・・・内側に入って来られるのはちょっと困るんだが。恥ずかしいとか怖れ・・・なのかも知れない。知識はあっても精神はまだ甘ったれということだろう。


「お気遣いは無用です。それに普段の喋り方ならアスクレオス様もしておられないでしょう?学校でも、私と話している今でさえも」



素で話すのはメイドのシンリーとその娘であるメロエの二人だけだ、シンリーには素で悩み事など吐き出す、相談の時だけ素で話をすることはある。メロエは恐らくシンリーから耳にしたんだろう。


「え?・・・何を言っているんですか?」


「ですから彼方も・・・」


しかし今回の件はそれとはまるで違う。メロエともシンリーとも関係のないジーナが、何故俺の素について知っているのか・・・。偶然聞いたなんてことは有りえない、探りを入れない限り聞かれないような場所でしか俺は素を出さないからだ。俺の素を知られてしまうのは俺の今後に悪影響を及ぼすかも知れない。ここで消えて貰うか?




「なにをいっているんですか?」


左手で大剣を持ち、ジーナの首に当てる。


「ど、ど、ど、どうか無礼をお許しください、ででででですが私どもがどれほど情報収集に長けているかお分かりしていただきたかったのです。お願いします、どうか話を聞いてください」


この娘は密偵を仕向けたのだと暴露したのだ。頭の偉い子が集められたクラスがZクラスだったはずだが・・・まあ、全てを成績で見ているような旧い教育システムならそういう子供が集まってくるのは当然といえば当然か。


「で、話はなんだ」


どこまで探りを入れたのかは知らないが、もう取り繕って話すこともできなくなった。彼女がどれだけ不愉快に思っても俺は素で話すことにする。


「私達の領の近くには大きな山がある事は御存知だと思います、その山には竜の王が住んでいるのです。そして今回の問題はその竜との関係の問題でありまして」


「端的に話せ」


(討伐依頼か?なら冒険者ギルドに頼めばいいだろうに・・・)


「は、はい。私をあなたに差し上げますので、竜王の夫になってください」


「・・・・」


訂正しよう、コレは度が過ぎている。彼女は何かの手違いでZ組に来たんだろう。自分のやっている事が途端に馬鹿らしくなり、剣を収めた。


「一部始終を頼む」


「ええっと、最近私達の領の近くには竜王の住む山があるのですが、その竜王が私の領に自分の夫となる“人”を探しに来るのです」


「あ?どういう事だ、竜王は自分の夫を種族の違う人間種にしているのはどうしてだ?」


「分かりません、ですが竜というのは強い者を好むと言われています。ですので多分彼女は強い男性を求めて、人の多くいる麓の町までやって来たのではないかと」


分かりませんって・・・それ以前に竜族は人と子供が作れるのか?爬虫類なのかどうかは知らないが、発情期が来てもつがいの竜がいないから混乱中とかだったら・・・・傑作だな。


「ふむ・・・・じゃあ殺そうとはしたのか?」


冒険者ギルドにでも依頼すればSSSランクの冒険者が挙ってやってくるだろうに。竜やら魔王の討伐依頼は参加するだけでも報酬が貰えると聞いたぞ。


「いえ、竜王の力は計り知れません、魔物としてはZランクとSSSランクの狭間と言っても良いでしょう。伝説では勇者に力を貸し与えた事もあったらしく、並大抵の力では彼女を殺すことは愚か、傷をつける事さえ難しいとされています」


実質世界中のトップレベルの奴らが束になって勝てない竜の王か。しかしだからと言って何で俺の処にやってくる必要が彼女にある?生贄の候補なら自分の領地から出せばいい・・・何故だ?


「ふーん・・・・続けてくれ」


「はい、そしてもし殺せたとしても私達は道ずれで死ぬ事になるでしょう。竜王がいる事によって、私達の領は北西にある帝国領から守護され、竜王が脱皮した時に出る鱗や皮がSSSランク冒険者もあてにする防具や薬に変わり、私達の収入源ともなっているのです。それがいなくなるという事はつまり・・・領の主要な経済基盤の一つを失うということになり・・・」



その山に住むという竜王の恩恵によって侯爵という地位は継続出来ているわけか・・・なら素直に従う事が一番波風立てずにすむ話になってくるな。


「そうか。可哀想だな」 


そんな無機質過ぎる自分の声に自分が一番に驚いた。しかし懺悔でもするように、自分に言い聞かせるように彼女は話続ける。


「そして私の父は考えました。強く、そして金のかからず、妻のいない男はいないものかと。私もその時一緒に何かいい案がないか考えました」


親子揃って未だに金のかかるかからないの話をしていたのかコイツら・・・。とても大切な事だとは思うが、領地の危機は目の前のことだけじゃないってことなのか?


「そこで父は名案を思い付きました。その準備と実行のため父は竜王にお願いに行き見事叶えて貰いました。一年待ってもらう代わりに頑張って探すから少し巣で待っていてくれと。すると竜王は一年で見つけられなければ巣を去ると言い、それ以来領には竜王は現れてはいません」


ジーナの父親が交渉上手なのか、竜王の時間の感覚が人と違うのか。一年の猶予が得られたと・・。


「それで考えというのは?」


「アスクレオスくん、あなたなら強くて、顔も良くて背も高い、地位もあってそれに妻帯者ですらない。嫌がる女性はまずいないと思いますの。もしあなたが竜王と結ばれれば私は貴方の召使のように、いえ、“物”のような扱いでも良いですわ、勿論領地もお付けします。決して悪くはないと思うのですが」


俺は、『狂った爬虫類と結婚してよ、そしたらオマケに私と領地もあげるから!』っと、言われた気がした。彼女の発言に俺は怒って良いのやら、泣いて良いのやら屈辱に顔を赤くすればいいのか分からなくなり、立ち上がって彼女の頬を引っ叩いた。



「報酬はお前と領地か・・・・ソイツをを決めたのは本当にお前の父親なのか?」


「はい、どうか私達をお助け下さい、アスクレオス様」


もう一発頬を引っ叩いてやった。元々顔が白く綺麗な顔立ちをしていたので、右頬に大きな赤く腫れた痕が出来ているのを見るととても心が痛い。コイツの親は半殺しで勘弁してやろう。


「面白い親子だなぁ・・・そもそもお前は自分が報酬として考えられている事に何の問題視もしなかったのか?」


「・・・・仕方がないと思っています、それが一番良いと父は言っていたのですわ。私も領地のために役に立つことが出来るのならば本望です・・・・お願いします、どうか私の全てを報酬に竜王の夫になってくださいませんか?」


(本望・・・ふーん・・・もう一発やっておくか?・・・いや、しかしこれはただの俺個人の怒りになるか)


ビンタをもう一度入れて考えを改めさせてやろうかと思ったが、既にジーナの口は震え、次に用意されている手に目が怯えていた。


「・・・・」


手をさげ、顔を彼女の顔と体を見る。健康な顔に先ほど付けた痣がよく目立つ。体は豪華な村娘の服のようなものを着ていて詳しくは分からなかったが、鍛えてはいる。


子供の頃からあまり過度な筋トレは良くないが、その範囲内でしっかりと弓を弾くための力は付けてある。几帳面かどうかはわからないが、影ながら努力は怠っているような感じではない。肉の付き方や目の動かし方を見ていると、貴族の娘というより何か大きな獣を相手にする狩人のように感じさせる。


「お願いします、お願いします、お願いします、お願いします・・・」


手を祈るようにしてくみ、必死に膝をついて懇願する少女。その語彙力のない懇願を聞きながら俺も少し考える、依頼内容は竜王とつがいになる事。竜王の考えるつがいというのは繁殖のためのものだろう、勿論相手は俺、初めてにしては少しハードコアだろう。



そして報酬は美人でサラサラの銀髪の美女に・・・なるかも知れない少女、性格はとてもいい。皆の為なら自分はどうなってもいいなんて、素晴らしいことを平気で言える度胸もある。俺がしようともしなかったとこを平然とやってのけようとする少女のその心粋に胸をうたれた?・・・・あ?


俺は自分の心にまで嘘をついてどうするつもりだったんだ?自己犠牲に酔う女の性格のいったいどこが良いと思ったんだ?また周りの状況と、自分の過去に起きたことを重ねて楽な思考に迷い込んでいないか?


「・・・・危ないですねえ・・・実に・・・・」


「・・??」


「機械的な思考に転換しきれていない・・・。今は己の意志より、己の人生の最適解を見つける時。今の考え方は少々感情的過ぎる」


「どうしたんですか・・・ブツブツとなにか言って・・・?」


「悪いな。変な癖なんだ・・・で、名前はなんだった?」


「ジーナ――――」


「ああいや・・・名字は結構、覚える気はないから。覚えられたいならそれ相応の事をしてくれ」


「は・・・はあ、わかりましたわ」

(なんで上から目線なのこの人・・・ウザいし。ほんとにこの人があの公爵の息子であっているのかしら)


「分からないならそれでいい。ジーナ、それで君は()ではなくて()()のままでいてくれていい。領地の権利も必要ない、君のお父さんが持ち続けていろ」


「ということは・・・了承できないと?」


「いや、そうとは言っていない。竜は何とかするし、報酬も受け取ったことにしておく。ただし、幾つか条件がある。紙に書いておくから口頭では幾つかの事しか言わないからよく聞け」


「はい」


「まず一つ、お前はクラスのみんなと仲良くして置けばいい」


「へ?」


「何をマヌケな声を出している。当たり前だ。お前は歳の割にはしっかりとしている。母親か召使がしっかりとしているんだろう。お前はZ組以外の他クラスの生徒とも仲よくしていろ、そしていざとなったら学年全員の秘密を引き出せるようにしておけ」


「皆と仲良く?」


「そうだ。この十年ある中でお前は全員の名前や情報を手に入れておくんだ。勿論常に新しい情報も記録しつつ旧い情報も全て日記に書き溜めておけ。彼らが大人になった時に引き抜く材料にする」


「ど・・・どういう事ですの?」


「お前に俺の言っている事が理解できるとは思ってないから安心しろ。学力、身体能力、性格の善し悪し、団結力、お前の見極める事の出来る全てを情報として保存しておけ」


「得意というか・・・ええ」


「それとここでのことはお互いは秘密だ。俺と君は隣で挨拶も碌に交わした事のないクラスメートだ。わかったか?」


「それは悲しくなくて?」

(一応この人にも学校生活があるのだろうし、この人って絶対ティア君以外に友達できなさそうだし・・・可哀想な子よね、絶対にぜーーーったいに可哀想な子だ)


「この社会で生きていくには優し過ぎる気がするぞ、お前は。だけどまあ、こういう出会い方じゃなければ俺達はもっと仲良くなれたかも知れないな」


「・・・んん?・・・・ええ?」

(学校始まってまだ今日で二日目なのに何を言っているのかしら)


ジーナは俺とは違った境遇で、早熟でなければならなかった子どもの一人だ。もしかしたら、こういった苦労話で盛り上がりを見せたかも知れない。それは遠い幻想のような話に俺がしてしまったが。


「まあ、起こってしまったことは仕方がない。俺も依頼のための準備を始めるから。竜王に関して集められるだけの資料を集めておいてくれ。こちらでも集めるが、資料は多いことに越したことはない」


「え、ええ。わかりましたわ」

(とりあえず集めておけばいいのね。コレでお父様も不安にならずに済むわ!)


ジーナに残りの事を書いて手渡して追い出し、無くさないように複製をもう一枚作り、それを部屋の引き出しに納めた。


(さて・・・竜に毒がどこまで通用するかだな。直ぐに死ぬこともあり得るから遺書から始めるか・・・ハァ・・・)


少女の懇願には不思議な魔力があるものだと、後々になって気がつく俺だった。



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