吸血鬼王子
「あ、そうそうそういえば言い忘れていましたが」
木に似た校舎の中を進んでいくと、淡い光を放つ正四角形のボードが地面に埋め込んであるのが目に映る。
「そこに乗ると、飛びますから」
な・・・・なんだこの体の重たくなるような感覚は!?・・・いや、俺が跳んでいるのか!?
「早く言ってくれませんか・・・そういうことは」
(どうやって幹の下から枝に向かうのか気になっていたが・・・なるほどなぁ)
魔法で作られたトランポリンで体を下から弾き飛ばされたような気分を味わった。上までくると、それもまた別の魔法なのかハエトリグサのような植物が体を捕らえて、そっと教室に続く廊下に俺を置いて金属の木の内部に消えていった。
「初めての事は人に聞くより、経験することが一番だと、アスク君は思いませんか?」
「前もって情報を手に入れておくことは大切なことと思いますが」
バクバクと音を鳴らす臆病な俺の心臓は、やっと少しずつ正常な波に戻り始めた。
「それでは人生に起きる波なんて些細なものばかりです。知らない事を経験することが人生を面白くする、経験値も沢山入って良いことだらけだとは思いませんか?」
「それと魔道具の存在を僕に教えなかった事となんの関係があるんですか。あんなので得られる経験値なんてたかが知れているだろうに」
「フム、君は聞いての通りの早熟な子だ。・・・そんな面倒な君にはこういえば納得してもらえるだろうか。・・・大人はねえ、いつも大切な事を後に言って子供を困らせる生き物だ。君は今日、私からその具体的な例も踏まえて僕から短い授業でソレを教えて貰ったんです。わかりますか?」
「時間割にはホームルームの前に社会勉強とは書いていませんでしたが、追加の授業料が必要ですか?」
「大人じゃないんだからお金は良いんです。それにまとめて必要以上に君の親からは受け取っていますから」
「僕も信用がありませんねぇ・・・」
「だからと言って君に優しくするような私ではないので、変な期待はしないように」
「そちらの方がこちらとしてもあり難い。変に持ち上げられるのはもううんざりですから、これからよろしくお願いします。先生」
「ええ、コチラこそ」
大きな大樹のような校舎の、長い枝の一番端っこに到着し、その扉の前に立った。
「アスクレオス君、ここが今日から君が過ごす一年Z組の教室です。僕はまだ来ていない生徒が迷っていないか探してくるので適当に座っていて下さい」
「分かりました、それと僕の事はアスクでいいですよ、先生」
「ではアスク君、また皆が集まった教室で。とぅ」
帰りはどうやら飛び降りるらしい。災害の少ない地域だからこそできる遊び心のある校舎・・・などと、笑うにはあまりに酷い建築ミスに一抹の不安を感じずにはいられなかった。
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教室の扉を開けようとすると、素材のよく知らないドアは勝手に開いた。教室に入ると、数人の目が俺に向く。どうやら鑑定をされているらしく、キラキラと目が光っている。礼儀のなっていない子供達だ。親の顔が見てみたい。
それとその舐めた態度が気にくわないから、この二年間で習得しておいたステータスの偽装を使って偽物を見せる。人の個人情報が無料で公開されているのがこの世界だ、きっと自分より上なのか、それとも下なのか、はっきりした物差しで測りたかったのだろう。神の作った駄作とやらで。
鑑定した四人の子供達は俺の平凡さに笑い、俺の偽装をどうやら看破して見破ってしまった獣人の少女はこちらから視線をはずそうとしない。そして最後に例のティアという少年、唯一鑑定をしなかったのは彼だけだった。
俺は適当に窓側の席に座る。
「お前・・・名は?」
ティアが俺に声をかけて来る、予想外の展開に内心かなり驚きはしたが貴重な相手からのコンタクトだったので慎重に対応していく。
「アスクレオス・ワイズバッシュと言います。これから十年間よろしくお願いします」
右手を差し出す。もしかしたら血を吸われたり無視されるかも知れないが、それで仲良くなれるなら僥倖だろう。
「俺はティア・ゼパルという、これからよろしくな、公爵家の長男」
「はい、ティア。不死なんて難儀なスキルで大変ですねぇ」
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ステータス
名前:ティア・ゼパル
性別:男
職業:破壊王子
称号:鬼城を治める者 野菜ソムリエ
種族:魔族(吸血鬼)
年齢:6
レベル50
HP:8000
MP:20000
攻撃力:5000
防御力:1000
素早さ:5000
賢さ:10000
器用:5000
幸運:100
通常スキル
鑑定7 看破5 暗殺術4 双剣術5
エクストラスキル
破壊衝動5:気分が乗ると攻撃力が上がる
吸血4:相手の能力の1000分の1を吸収
不死10:再生力を高める
ユニークスキル
状態異常無効
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「・・・!・・・ククッ、俺も気をつけるとしよう」
俺の手は、無視されることも吸血される事もなく、しっかりと握られた。魔族の少年の手は硬い皮膚で包まれているようで、普段から武器を振るっているのが良く分かった。それと一瞬しか見ていないが・・・野菜ソムリエ・・・・とは一体なんなんだ?
鑑定は瞬き間隔で少しづつ情報を集めていく事が基本となってくるが、光が突然現れるようなスキルだから目に悪い・・・それに何度もスキルを使わなくてはいけないから、早いところ神がこの事に気付いてくれるのを待つばかりだな。
「吸血されると僕も吸血鬼になったりするんですか?」
「むぅ・・・それを聞いて来たのはこの国にきてお前が五人目だ。さっきもマサトラ先生から聞かれたしな。お前らは皆俺のような気高い吸血鬼になりたいのか?」
「僕の場合は興味本位ですよ。それで種を増やせるなら人間も真似したいじゃないですか」
短期間で多くの物をみて鑑定を手に入れるための経験値をためなければ、鑑定というスキルは身につかない。行商人でもなければこんなスキルが自然に手に入るような事はまずないだろう。ということは人為的にスキルの継承が国の上層部ではどこでも行われているというわけだが・・・
「吸血では特殊なケースを除いで増えるというのは聞いたことがない。それに中々に面白い話だな、なら俺達の持つこの素晴らしい蝙蝠の羽も真似するのか?」
ティアの言うように確かに綺麗な羽が背中から見えている。しかしたとえ優れた羽だとしても自身を飛ばすには相当な力が必要なはずだ。人間のパーツには不要なものだな。
「いえ、人間に吸血鬼の羽は似合いません。肌色の羽などおぞましいにもほどがあります」
「確かに考えて見たら中々に気持ちが悪いな」
その中性的な美しい顔は苦い笑みを浮かべる。シアンの髪を伸ばせば女の子にしか見えないだろう。
実際は髪が耳に掛からないようツーブロックにしてあり、このような髪型は人族の中には殆どいないため、今は魔族独特の髪型という感じだろう。
「血を吸うってどんな感じですか?」
「そうだな・・・、まあ食事とも言えるし楽しみともいえるな、血を吸うと気分が良くて心が満たされる・・・んだが、俺はあまり吸血行為は好きじゃない」
「する相手が病気を持っていたりしたら直に感染しますからね、それに同じ血液型しか吸ってはいけないだろうに、血液型を測る機械もこの世界にはない」
「んん?なんだその病気というのは?血液型?急に人族語が分からなくなったぞ」
「ンッフッフッフッ・・・暇があればその話をすることもあるでしょうが・・・それはまた次の機会にしましょう。授業が始まります」
「もうこんな時間か・・・隣いいか?」
「もちろん。・・・ところでティアは学校が終わった後、時間はありますか?寮を見た後に国を散歩しようかと思っていたんですが」
「俺はいいぞ、他に連れはいるのか?」
「一人いますが心配しないでください、とても良い子なんで直ぐに仲良くなれると思います」
「そうか、なら大丈夫だな・・・」
色々と文化も違うだろうしティアとしては気を遣うところなのだろう。
二人で話していると先生が新しい子を連れて教室に戻ってきた。最後の子はいかにもモテそうな顔をした銀髪の女の子であり、学園のマドンナとなりえる逸材になりそうな子だ。顔での勝負ならばティアといい勝負をするだろう。
「はい、では皆さん席に着きましたね。全員そろったので始業式を始めたいと思います」
その女の子は残りの俺の隣の席に座り「よろしく」と、これまた顔にあった声であいさつをしたので、すぐに挨拶を返せず会釈のみとなった。




