手紙の行方その3の3 黒い野望
長い期間が空きすぎて何を書いていたか忘れました。
なんか色々やっていたような気もしますが、何もやっていなかったようにも思います。
前回までのあらすじ。
アスクレオスによってもたらされた手紙が、次々と届く中、その内の一人であるジーナは奇妙な仕事を頼まれる。
研究所内を大まかに観てまわる中で、奇妙な研究者達との会合を果たしつつ、彼女は母の手がかりをアスクレオスから聞き出すために、更に下へと降りていく。
まだ、見えぬ母の影を追って…
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時刻は丁度お昼を迎えていた。地下にある研究所であっても生活リズムは大切に管理されているため、研究者は一人、また一人と研究室から出ては階段を上っていく。
その内の一人はカツ丼を、また別の研究者はシーザーサラダを、またある者は食べるための賃金を持たないために、無料で頂く事の出来る毎日定食を、もぐもぐと食べる。
そんな中で一人、サキュバスと獣人に挟まれて一人、エルフの女性が何も喉に通らない状態が続いていた。
「どったのーマイルド?」
カツ丼から一度手を止め、不思議そうにマイルドを見つめるサキュバスのシャリゴ。
「研究対象ステったのか?」
三人の内最も早く食事を終えて紅茶を飲む猫の獣人の女性は、気分の悪そうなマイルドの顔色を見る。いつも彼女は元気なため、病気ではないかと心配しているのだ。
「ううん・・・そうじゃないんです。ただちょっと、不安が・・・」
「不安?」
シャリゴのカツは、お椀の中に戻される。
「言ってみると楽になるもの。言ってみるさ」
もう一人の獣人の女性、ルゥラァーチャリオは、あだ名としてルゥーチャと呼ばれていた。そのルゥーチャも普段とは違うマイルドの様子に労わりの言葉をかける。マイルドは目に見えて疲労していた。肉体的ではなく、精神的に。
「実はね・・・私の娘がこの研究所に来ているの・・・」
『・・・・』
ここの研究所に入る前提の理由として、過去の経歴を詮索しないというモノがある。そのため自ら話さない限り、そのような身の上話をするという機会はめったに訪れない。
そのため、彼女に子供がいるということを聞いて、少なからず二人は顔に出さなかったが驚いていた。
(マ、マイルド・・・ちょっとビックリよ。男性と一言も話した事がなさそうな見た目して子供がいるなんて・・・)
(言われてみればいそうな気はする、でもビックリさ・・・)
「へ、へぇ~・・・それで、その子はいまどこにいんの?」
「今さっきは四階のところで扉越しに確認しました」
「間違いとかはないのかい?」
「間違いないです・・・だから困っているんですよぉ・・」
「四階ってアンタ、それ下じゃない・・・このまま放置していたら危ないんじゃないの?」
三階で仕事をする研究者達は、四階は三階よりも精神的に厳しい環境だということをアイゼン・スワルベから伝えられていた。そのため大きな実験器具を必要とする研究でも、三階にとどまる研究者がいるという現状が今も続いていた。
「それは一応スキールニルちゃんがいるしぃ・・・良いかなぁって」
「よかないでしょ」
「うぐ・・・」
シャリゴの指摘に、深い自己嫌悪に陥るマイルド。お腹も空いて、落ち込み度は普段の倍に近い。
「その子がいくつになるかは知らないのだけどさ、一人でここまで来たってことは相当凄いと思うのさ、だから会ってあげても良いんじゃないかなって」
「・・・でも随分と会ってないのよ?今さらどんな顔して・・・」
「うーん・・・そうねぇー、一回私も会ってみたいしなぁー」
「シャリゴもそう思うん?」
「―――ルゥーチャも会いたい?」
「うん。絶対可愛いだろうしさ」
「確かに。コレは会わないといけない運命よ!」
「えぇ・・・勝手に話進めないでよぉ・・・」
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静かに流れる時の中で、ジーナはアスクの研究室を目前にその歩みを止めていた。自分の母に付いての情報と仕事の詳細が置かれているのはこの部屋で間違いはない。震える足を強い意志を持って落ち着かせた。
「どんな小さな手がかりでも構わない・・・お母様の持ち物だったりしたら、時間を遡って場所の特定も出来る・・・お願い・・・アスク・・・」
未だ母の手がかりを得られていないジーナには、目の前にある一枚の扉がとても分厚い壁のように感じた。出来るならば永遠に可能性を感じられるこの場所で止まっていたいとさえ思えた。
しかし、その扉は彼女の後ろから伸びた腕によって簡単に開かれた。
「ジーナ様、こちらです」
「スキールニルさん・・・ありがとうございます」
「・・・?はい」
中に入るとセンスのない茶色の部屋が広がっていた。木をベースにした家具に、柔らかそうで座り心地の良さそうな木となめした皮で出来た椅子に、簡素な作りの机。大きな体のアスクからは想像もできない程小さな机をジーナは不思議に思うも、紛れもなくこの部屋がアスクの部屋だということがわかった。
「ジーナ様、ここにあるのが例の手紙ではないでしょうか」
手紙というには硬すぎる、石盤の上に文字は彫られていた。そしてそれに触れると石盤は光を放ち、やがてそれは小さな人型へと姿を変える。
《よぉ・・・よく来たな。とりあえず聞きたいが、コレを見ているお前は誰だ?ジャマッパならこの石盤の内容は別に聞かなくていい。お前にはやるべきことがあるだろ。それともマイルドさんかな?あなたも別にコレは見なくて良いものです。勝手に起動したならその触れている石盤から手を放してくれたらいいですから》
「マイルド・・・!お母様の名前・・・!」
《それとも俺が不在という予期せぬ事態が起こっているのか?・・・なあジーナ?》
「ゴクリ・・・」
《あぁ、多分だが、お前なんだろ?竜海に頼むかも知れないが、多分未来の俺ならお前を選ぶはずだ。だからコレを聞いているのがお前だと仮定して話をするぞ。お前がどんな餌を俺にちらつかされて此処まで来たかは検討がつくが、あえて深くはココで話さない。この石盤を辿ればいい話だろうからな。早速だが、仕事の内容を話す》
光る人型は石盤の上で悠長に喋り続ける。目の前で驚く二人を差し置いて。
《仕事内容は大きく分けて三つある。一つは行き詰っている研究者に新しい研究課題を出してやって欲しい。研究課題は机の引き出しに幾つかある。それを配ってくれたらいい。配り方はジャマッパに聞いてくれ》
《二つ目はとある薬の調合を任せたい。なに簡単なことだ。失敗するとお前が化け物になるかも知れないが、失敗はまずしない。鍵付きの引き出しの中に薬の調合に関する資料が入ってあるから頼むぞ。鍵はマイルドさんが持っているから、開けて貰え》
《三つ目・・・コレは可能であれば頼みたい。キットシーアに最近少しずつ増えて来た反社会的勢力が俺の存在を公にしようと企てているらしい。そのレジスタンスを滅ぼしてきて欲しい。使う薬は同じく、カギ付きの引き出しの中にある。協力が必要ならばキットシーアで仕事をしている竜海の元を頼ってくれ。きっと快く助けてくれるはずだ。とりあえず、一つ目さえしてくれれば基本報酬は支払う。だが三つ目をしてくれると言うなら、お前が成人するまでの間、領内で餓死者の出ない援助ぐらいの事はしてやろう。それではそれでは、幸運を祈っていますよ》
そう言い残し、石盤の光は消えた。後に残ったのは、今までにない彼女の中で湧き上がる感情だった。施行した事業の数々を思い返しながら、今回の件と報酬を天秤にかける彼女の顔は、喜びに満ちていた。
「なんて順風満帆な旅なのかしら・・・」
10歳の少女がするとは思えない邪悪な笑みを浮かべる彼女の頭の中では、既に三つとも仕事をするための時間配分がされていた。
「賊狩りには後ろから刺されないように注意しなければなりませんわね・・・ふふふっ」
「さてと・・・スキールニルさん」
「なんでしょう」
「まずはお母様を探しに行きますわ。もうしばらく、お付き合いくださる?」
「畏まりました」
(やはりアスク様は現在どこかへ行っていらっしゃるということね・・・。そして、この世界に散らばる偵察メイドからもいい返事が聞けていない。・・・・まさか、ね。アスク様に限って死ぬようなことはないでしょうが・・・)
闇からの招待に気付かず手を伸ばすジーナ。身の丈に合わない欲望が、どのような形になって彼女の目に映るのか。それは未来を知る彼女さえも知り得ぬことだった。




