手紙の行方その3の1 アイゼン・シュワルベ
外の世界とは異なる壁の質感、聞こえて来る音、そして出会う職員達―――全てのもの達が『ここは外とは違う』ということをグリエルモとジーナに見せつけるように動き続けていた。どこに目をやっても飽きることのない未知の発見の連続が二人を包み込むかのように。
「広くて・・・キラキラしていて・・・言葉にし難い光景ですわね」
研究所地下一階、資格保持者でない者が立ち入ることの出来る唯一の階層であり、外の世界と内部を隔てる重要な役割を持つ。研究者が運営する様々な道具屋や、階下に繋がる階段が奥に幾つかぽっかりと開き、遠目に見れば未完だろうと良くわかる大広間が広がっている。
炎のランプに照らされて程よいオレンジ色の空間が広がりを見せるその場所は、研究所の中でも最も広く、最も多くの研究者が行き交い華やかな場所であると同時に、外から入ってきた者に衝撃を与える別世界の入り口でもある。
「あのランプは魔法が使われていないものなのか?」
グリエルモの指摘に二人の案内をしているスキールニルが歩調を変えず淡々と答えた。
「ええ、油から火を出しています。アス・・・アレックス所長が残した幾つかの指令書に書かれていたモノを再現したものの一つです」
「その所長様は気でも狂った没落貴族様かと思っていたんだが・・検討違いみてえだなぁ。でないとこんな国から栄誉賞を貰ってもいい発明をパッと他人に渡すことなんか出来やしねえだろうしな。帝国貴族なら嘘でも自分の功績にしたがるぜ」
貴族嫌いがココにもいるんだなと、ジーナは横で聞きながら思った。そして帝国貴族と貴族のくくりをひとまとめにしない所も、ジーナはグリエルモに好感が持てた。
「この研究所内にはそういったことに関するレポートもアレックス所長が書き残されています。ランクを与えられれば、それに見合った資料を閲覧することも可能になってくるでしょう」
ある程度のランクが与えられることは何となく予想がつきますが、とスキールニルは目を光らせてグリエルモを見つめる。わざと目を光らせることによってグリエルモにその判断基準の一つがステータスであることをほのめかす。
グリエルモも、それに『だろうな』と、頷くと『どうぞ見てください』と気楽にその鑑定に不満を言わずに歩き続けた。
「スキールニルさん、私あの研究者が飲んでいるものが気になりますわ」
ジーナが道具屋の前で飲み物を買って飲んでいる研究者に目を輝かす。
「立ち食いにご興味がおありで?」
「立ち食い?・・というのですか?何よりあの女性の方が手に持っている緑の飲み物を飲んでみたいですわ」
シュワシュワと容器の中で泡立つそれは、金属製の筒状の棒によって吸い上げられ、そのまま研究者の口内へと流れ込んだかと思いきや、それを流れのまま研究者は飲み干した。研究員の顔は幸せそのものといった表情で、このために頑張っているんだよなぁと言いたげな笑みを咲かせる。
そんな研究者の姿を見ていたジーナは、無性にその飲み物を飲んでみたい衝動に駆られたのだった。
「・・・メローナサイダーですか。緑の飲み物を初めから選ぶとはチャレンジャーですね」
「変わった味だったりするのかしら?」
「いえ、甘い飲み物ですよ。ただ、少し高いですが」
「あぁ・・・やっぱりそうなのね。・・・・試しに聞きたいのだけれども、どれくらいなのかしら?」
(銀貨が数枚必要なんて言われたら絶対に手なんて出せないし・・・あぁ、でも それぐらい持っているし、出しても良いかも・・・ええぃ!駄目よ、無駄遣いは出来ないんだから!)
「銅貨六枚です、旅費の重なる旅でしょうから少しお高いか――――」
「一つ!・・・・下さいまし」
真剣な目で、銅貨を六枚取り出しスキールニルに託すジーナ。そこから読み解けるのは破格値の商品を今に我が物にせんとする少女の思惑と、何をそんなに真剣な顔をしているのだろうというスキールニルの疑惑、どちらも正しくどちらも理にかなった言動なのは違いない。
ただ、その場で女性研究者の飲んでいたメローナサイダーが余りにも美味しそう見えたのは、一人ではなかった。
「メローナサイダーと言ったな」
「はい?」
「俺もソレを飲んでみたい」
「・・・えぇ、はい、どうぞ」
「買って来てはくれないのか?」
「ジーナちゃんは子供でしたので」
「・・・あぁ、やっぱり見た目通りの歳なんだな。そうか。おかしなことを言って済まなかったな。買って来る」
帝国貴族は奴隷に世話の殆どを任せるため、グリエルモはココでも似たような事が起こっているのかと勘違いし、自らの言葉を恥じながらメローナサイダーを口に含んだ。羞恥と旨みが彼の心を掴んで放さなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~地下二階~
一階から続く階段の途中で何度も研究者であるかという確認を受けると降りてくることが出来る地下二階。大きな講堂に多目的ルームが多数あり、集会や一般会議などがこの二階で行われる。
「皆さん一生懸命頑張っていますわね」
「ペンや紙なんかも大量にあるみたいだな・・・確かに資源は豊富にありそうだ」
「こちらでは現在ハンマーの有用性ということについてのセミナーをやっているようですね。覗いて行かれますか?どうやら始まったばかりのようですし」
「そうですわね。楽しそうですし、グリエルモさんはどうでしょう?」
「そうだな、楽しそうだし入ってみるか」
中では、百人ほどの傍聴者が席に座ってペンを片手に話しが始まるのを待っている。暫くすると、一人の研究者が口を開き説明をし始めた。
「えぇ、ご存じの通り、会場内での喫煙、飲食などは禁止となっています。魔道具の使用や魔法の使用などはマナーを守ってお使いされるようお願い申し上げます」
「それでは定刻となりましたのでぇ、第三回ハンマーの有用性についてのセミナーを行いたいと思います。今回司会進行をさせて頂きます、アルタミラ・ラスコーと申します。どうぞよろしくお願いします。それでは、今回のセミナーの進行につきましての・・・・・」
長々と、進行についての大まかな概要が述べられた後、今回のセミナーを開いた男が登場し、今日は御集り頂きありがとうございますなどの一連の流れが終わった後に、これまでの簡単な説明が話された。
「えぇアイゼン・シュワルベと申します、前回のセミナーにも出席された方はご存じの事と、思いますが。今回が初めてーという方にね、大まかなこれまでの説明を致したいと思います。まず、第一回目はハンマーの歴史というモノをやりました。ハンマーと私達には深い繋がりがあったということを私達は知ったわけです。そして、第二回目はハンマーを暴力的に使うことについての説明をしました。殺傷力の高い武器にもハンマーはなるということを皆さんは知ったと思います。そうです、柄の持ち方にも色々あるんでしたよね。そして、そんなこんなで第三回目となりましたが、えぇ、今回ハンマーはやっぱり殺傷武器よりも有効な使い方があるということで、そちらの方を説明して行きたいと思います。今回の話を聞けばハンマーが単にカーペンターやウォリアーに使われるものではないということを知って頂けるかと思います。では、えぇ、宜しくお願いします」
アイゼン・シュワルベは名もなき研究所の初期の初期から在籍している現在の幹部の一人、歳は四十代で、ミトレス王国出身の研究者の中では最古参の人間となる。
義人のように見える顔からは想像もできない犯罪の数々をしでかしたアイゼンは、終身刑を言い渡され十年ほど牢獄に繋がれた後に、何者かが裏で国王と取引をし、約八十億ジェルという大金で彼は出所される事となる。
なぜ自分のような人間が出所を許されたのか、疑問に思っていたアイゼンの元に一通の黒い書状が届くこととなるが、このときまだアイゼンは自分の置かれた状況を上手く理解出来ていなかった。
彼はその手紙に導かれるようにして小型のボートで絶海という超危険地帯を抜け、こうして名もなき研究所へとやって来たのだった。初めは自分の役割を上手く認識していなかったアイゼンも、次第にジャマッパやその他の獣人族達の仕事を見て学び、何より言葉の面に関してはジャッキーという女性を介してやっと理解を深めたのだった。
ジャッキーは何者にも分け隔てなく接するジャマッパと共に最高決定権を有する幹部の一人だった。
アイゼンは彼女に自分が犯罪者なのだと告白すると、それでもやり直したくてこの場所に来たのでしょうと、アイゼンを諭して、同じ幹部となるまでに色々なことを深く教えてくれたのだった。
そのことの一つとして、目に留まったことがハンマーだったのだ。ハンマーは物を作る上では多く登場し、色々な人の役に立つ。
それに心惹かれたということと、彼の元からある持病ともいえる人間の悲痛な顔を見ることが好きだという悪癖を満たす道具としても、ハンマーは使う事が出来た。その善悪の二面性に彼は、ハンマーに対して異常なまでの愛と運命的な何かを感じたのだった。
「ハンマーはいいでしょう?叩いて直すもよし、叩いて壊すも良しなのです。なんせソレがハンマーに課せられた役目なのですから。これからも私と私の研究をサポートしてくれる仲間達と共にハンマーの可能性について研究していきたいと思います。作られた試作のハンマーは一階の道具屋の左奥に小さく置いてあるので、興味を持った方は今日にでも一階に行って買ってみると良いでしょう。本日はご清聴ありがとうございました」
「ありがとうございました。えぇ、皆さまアイゼン・シュワルベ室長に拍手をお願い致します」
パチパチパチパチパチ
二時間ほどのセミナーで爆睡したジーナは、グリエルモに起こされると、『起きていましたわよ』と寝惚け眼を擦りながら腰を上げる。隣に座っていたスキールニルも眠たそうに欠伸を噛み締め、三人は外へ出て一斉に伸びをして次の階へ降りた。




