手紙の行方 その2 お前なら出来る
-何処かへ行ってしまったお母さんへ-
七月夏のこのとっても暑い時期。今日も私は山の形を保ち続ける案件と資料の山に追われつつ、どこかに消えてしまったアナタの手がかりを探す毎日です。でも今日は何か違うことがありそうで仕方がありません―――そんな気がします。
「お嬢様、お嬢様宛のお手紙でございます」
竜の腹の皮で作った上質な椅子の感触を腰で確かめながら、私はその手紙の主を訪ねた。
「誰からですの」
(中の良いお友達ならば少々返事が遅れても・・・最悪学校で話せば良いし、もし請求書とかであれば無視だし・・・)
「えぇっとですね・・・アスクレオスと書かれておりますが」
呑んでいたモーニングティーの味がしなくなったぁ・・・。爽やかな甘みのある味だったような気もするし、最近出回り始めたグリーンティーかも知れない。震えるコップを置いてとりあえず落ち着け私。
「お嬢様、珈琲が零れていますよ。凄い方なのですか?アスクレオス様というのは・・・?」
珈琲だったかぁーむむぅ・・・。でもその名前を聞いたらとりあえず味覚は奪われても仕方ないわね、仕方ない仕方ない。
「えぇ・・まあ、ですわ」
家族や使用人には私はしっかり者を演じないと・・みんなを不安にさせては駄目なんだから。特にこんな手紙なんかで私の立ち位置が危ぶまれるなんて事はないでしょうけど、一応。それにしてもいきなり過ぎじゃない・・・まさかあの人が私に手紙を送って来るなんて思いもしなかった。
「気をつけて開封しなさい」
「私が・・・お読みすればいいのですか?」
悪魔から送られて来たような黒い封筒の裏に、白い文字でアスクレオスという名前が書いているのを見て、軽い吐気を覚えたのは送り主と配色の悪さが原因ね。それ以外に心当りもないし。
「ええ、文字は時に言葉以上に重く心に残る物ですから。どうせ書かれている事は私を馬鹿にする言葉でしょうし、とりあえず言葉にして貰えたらと思って・・・ね」
「嫌です、なんか生贄みたいで恐いし」
「生贄ってそんな、・・・子供みたいな表現の仕方はお止めになったら?」
「話を逸らそうとするのが、大人ということではありませんよ。それに人が送って下さった手紙を第三者が見ると言うのは、何か違う気がします」
(それに子供っぽい表現って・・・貴女のお母さまはそんな人だったのよ)
「私の言うことに従えないというの?それは職務放棄ではなくて?」
「職務に含まれていませんので」
私も言い過ぎたかな・・・空気が若干冷めたような気がするし、明るい冗談でもいって場を温めるイイ感じの言葉を言っておこう。そしてここは否が応でも手紙を読んで貰う為に話しを進めないと。
「そういえば丁度メイド一人分の減給で賄える案件がどこかにあったような・・・」
あ、しまった。そうじゃない、解雇宣言じゃないの。話の流れ?みたいな悪魔に誘惑されただけなの。聞かなかった事にしてくんないかな?
視線をメイドさんの方に向ける。昔からこの家に仕えてくれているいつも愛想よく接してくれる我が家一の使用人で、普段からおっとりした優しいお母さんみたいな人。
そのメイドさん、今は顔の半分しか笑ってないの。作り笑いって分かりやすいほど怖さが増す事ご存じかしら。恐くて椅子から腰が上がらないわ。
「そんなにですか?・・・もう、しょうがないですねぇ。読んであげます」
昔から聞いている優しい声・・・でもどこか闇が深い声に聞こえるのは状況のせい?それとも私のせい?どっちも?
黒い封筒が鋭いナイフで上の部分数ミリだけが切り落とされ、その中から白い便箋を抜き取ると、そのナイフを目の位置にあげて微笑した。
「このナイフの切れ味は貴族に仕えるメイドの中でも有名なんですよ?」
「そ、そう。それは凄いことですわね」
(そのナイフをギラつかせて微笑まないで)
便箋を広げて先にスッと目を通し、何か感心している様子のメイドさんに伺うように下から表情を覗くと、それに気付いたのかこちらを見て、
「達筆ですね」
と感心してほぉ~っと声を漏らして綺麗だとか凄いなど褒めちぎっている。こんな所で公爵に媚びを売っても仕方ないでしょうに。
「どうでも良いですわ。早く呼んで下さらない?」
余りに酷い内容に言葉が詰まったのかと思って、身構えてしまったじゃない・・・はぁ。早く呼んでくれないと神経が磨り減る一方なのよこっちは。
「はい。えぇ・・・コホ・・ゴホッゴホッゴホッ・・・ふぅ・・・、拝啓、亡者の声一つ聞こえない静かな夜が続く今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。大方自分に出来ることをと思い、ジーナは真剣に自分の領地の問題に向き合っている事と思います。勉強もクラスで一番成績が良いでしょう、友達も多く、後輩や領民にも優しい良いお姉さんだと聞いています」
罵倒かと思いきや、アスクはどうやら代筆を誰かに頼んで書かせたみたいね。私を罵ることしか知らないあの人が手紙に限って優しくなるなんて、可笑しな話でしょ。・・・もしかしたらそういう人だったりするの?
・・・いやない、そんな器用な人には見えない。と言うか、本性丸出しの時なんて優しさ以前に甘えすら感じられないし。
「プッ・・」
「なに笑っていますの?早く続きを」
「あっ、『プッ』って書いてあるんです」
「あ、書いていますの?ごめんなさい」
(ええ!?掴めない人ですわ・・)
「お嬢様」
「あ、いえ、何でもないですの。続けて」
あぁビックリした。代筆からいつの間に変わっていたの?やっぱり任せられないと、筆を奪い取ったのかしら。
「そんなジーナですが―――」
あ、先ほどのプッはスルーなのね。
「歳はまだ九歳・・・かどうかは分からないが、それぐらいの歳でしょう。そして、マイさん―――明るいお母さんの温もりにまだ甘えていたい年頃でしょう。そんなジーナにはとても悪いと思っていますが一つ僕からお願いがあります」
「ちょいちょい・・・おまちになって」
「ちょいちょい?」
「少し時間を頂戴」
「畏まりました。飲み物は如何します?」
「いりませんわ、手紙は置いて、少し一人にさせて頂けます?」
「畏まりました。何かあれば、及び下さい」
メイドを下げて、状況について考える。
まず何故にアスクが私のお母さんの名前をご存じなのー?というか要約するにお前の母の身元を知りたいのなら、命令を聞けって事なんだろうけど。
私がお母さんを探していている事を知っていて、こういう物の頼み方をしたら断わらないだろうと思ってアイツは言ったのだろうけど・・・お母さんの為なら足で使われるのを私は我慢出来るのかな。
・・・身売りしようとした子の言葉とは思えないと自分で思ったけど、あれから少し私も色々勉強して私も恥を知ったつもりだし。もうそんなことはしない。そして、一泡吹かせてわージーナは凄いなーって・・・褒められたくないけど、まあ対等に見て欲しい・・てきな。それなら別に悪くはないかなぁ、みたいな。
(・・・なーに馬鹿な事考えてんだろ私)
「内容によるわね。もしかしたらパーティーのお誘いかも知れないし・・・酷いことじゃなければ、私もまあ・・・考えないでもないかな」
手紙を手に取って、ちらぁっと見る。
『あ、今一泡吹かせる方法が頭に過っても忘れる事をお勧めします。マセガキ一人の浅知恵でどうにかなるほどの問題ではないので』
「あ、やっぱコイツきらーい。メイドさーん!この手紙読んでくださいましー!」
この野郎、言っていることが全部ブーメランじゃないの!?とか、思ったりしながら珈琲を飲んだり、近くにあったビスケットを齧りながら五分くらい、待っていると扉を開けてメイドさんが入ってきた。
「やはり読めませんか?」
「えぇ、少し気が重たくって・・・」
「先ほどワイズバッシュ公の御子息、アスクレオス・ワイズバッシュ様について調べた所、現在彼は行方不明となっているらしいです。ご家族は事態を理解しているとの事でしたが、拉致された可能性があるのではないかと、貴族の間では噂になっているとの事です」
「あの五分で・・・アスクの名前を知らなかったのに・・・」
「いえ、ワイズバッシュと言われれば誰でも分かります。この国の覇権争いをする派閥の一つと言われていますから。・・・しかし、あの家の御子息が・・・。国家の陰謀でしょうか」
「あり得ない事を考える必要はありません。今のバランスを崩さず保っているのは何も仲良しだからと言う理由だけではないでしょう、最近帝国による動きも多いと聞きますし。今はそんな内輪揉めの時期ではないでしょう?」
「・・・出過ぎた真似をしました」
(その線はなし・・・か。お嬢様が言うならそうなのね)
「良いの、私はただ彼が拉致されたって話に信憑性が薄いという話をしたまでのこと・・・手紙の続きを読んで頂戴」(その話が本当なら拉致した相手が心配なくらいよね)
「続きを読ませていただきます」
「ええ、よろしく」
「では。・・・あ、今一泡吹かせる方法が頭に過っても忘れる事をお勧めします。マセガキ・・・フフッ・・・一人の浅知恵でどうにかなるほどの問題ではないので。それと、余りこの仕事に関して仕事以上の事をするとは考えないで下さい。それが出来ないと思ったら、この手紙は捨てて貰っても結構・・・と、次の手紙に移るようになっておりますが」
「そうね」
軽い溜息をついて、今一度この手紙の理由について考える。まずよく考えなくちゃいけないのは、この手紙、重要そうな内容が書かれているような雰囲気があるのに、宛先は私。
アスクにとって私がどういう風な人に映っているのか知らないけど、こんな大事そうな手紙を脅迫込みとしても私に送って来た・・・メロエさんじゃなくて。もしかして同じ手紙を彼女にも送っているのかも知れないけど、ここまで見た感じそんな風には見受けられなかった。
てことは、私で無いと出来ないこと・・・自惚れすぎか。私だったら出来ることを任された、と言う風に見てもいいのかなー。それに何度も書き直したというような感じでもないから、緊急的に、何か事に巻き込まれる寸前に私にこの手紙を送った―――と言う風に見てもとれる。
それを踏まえて読んでみると、緊急的な用事だから私にこの雑務やっとけ―――と察することも出来る。推測の域から出ないけど・・・そして私だけにこの手紙を送って来たなら、その場所にお母さんの手がかりがあることも・・・あ、ここはお母さんの事は考えない方がいいか。
そして何より手がかりになるのは獣人族のこの文字、キットシーア王国という猫のような顔をした獣人達が沢山いる国のものに似ている。
彼が好き好んでこの文字を使って手紙を送ったとは考えにくいし、この手紙で私がマイナーな獣人族語を理解しているかを知りたかった・・・或いはそれを前提で頼み事をしたいと言うこと?・・どっちにしろ、やっぱり読み進める必要がありそうね。
「良いでしょう、続きを呼んで頂戴」
「畏まりました。・・・・ありがとうジーナ。それと生憎ですが、ここから先はメイドさんではなく、一人で読んで下さい。あんまり都合の悪い人間が増えるとこちらが消す時に手間がかかるので」
読んでいたメイドさんの手は震え、私に手紙を手渡すと直ぐにその手紙から離れた。私もその手紙を一度手から離して机に置いた。どこまで知られているのか分からない怖さが背筋をスッと撫でるように怖かった。
それと、それだけ分かっていて私に頼んだアスクには私がする行動も目に見えているような気がして、周囲を見渡してもメイドさんがただ心配そうに此方を見ているだけで他に代わり映えするような事は何もなかった。
「良いでしょう。精々知ったかぶりをしていなさい。狙い通りには動いてあげませんわ」
続きを読むに、アスクはキットシーアではアレックスという偽名で労働者を使ってとある研究をしていて、私はそこに行って働いている人・・・多分獣人でしょうけど、その彼らに幾つかの命令をして欲しい、と言うのが役割の大まかなあらすじね。
(その場所にいる上の立場の獣人に任せれば良いでしょうに。・・・あぁ、物の頼み方があの人分からないんだ。可哀想な人)
そして大陸越えには用意された大型船で沖まで、魔族の住む大陸と人間の住む大陸の間にある絶海越えにはワイバーンを使うと。
竜の髭を撫で虎の尾を踏む行為ね、アスクは絶対ワイバーンを馬か何かと勘違いしているって断言できる。騎乗できることが当たり前のように言うけど、アレに乗ることがミトレス王国の騎士試験の一つになるぐらいなのに、私にはソレが出来ると?
ええ、出来ますとも。これでも一応竜の恩恵を受けて生きている領地の元締めですから。マグマグと入れ替わりに劣化竜の手綱を握っていたという噂もあるぐらいよ。
「それにしてもつい最近まで紛争地帯だった場所に知人を送ろうなんて、思考回路がどうかしているとしか思えませんわ。大体私は忙しいってことをアスクもご存じのはずでしょ?色々と不可解なことばかりですわ」
「お迎えに上がりましたー」
突然扉を開けて入って来た青年に、挨拶よりも先に弓に手が伸びた。メイドさんはフォークを握りしめ、突然の来訪者を睨み付ける。
「この人誰ですの?」
今日に限ってこんな来訪者が来るなんて、聞いてないのだけれど。
「何者ですか?」
「やぁ~、イイ感じに熟したメイドさんとジーナちゃんこんにちは。アスクさんの使いの者だよ」
そう言って不審者は一通の黒い封筒を取り出して私に見せる、私に送られて来た封筒と同じアスクからの手紙。
「僕が付くころにはジーナちゃんは大体の事情を理解しているって聞いているけど、どんな感じだい?」
「彼方のせいで今理解に苦しんでいる途中ですの、妙な喋り方は止めてまず名前でも名乗ったらどうかしら?」
「死・・・そのものとでも名乗っておこう」
「いや、そうではなくて。アナタにもあるでしょ?戸籍上の名前が」
「私・・・すなわち死なんですよ」
「ちょっと何言っているのか理解に苦しみますわ。何でわざわざ私って言い直したかも理解に苦しみます」
「簡単なことです。死は私、私は死・・・なんです」
「通報しますわよ」
「死を捕まえる事は出来ないよジーナちゃん、運命から逃れられない事と同じようにね」
「ではここでその死とやらを殺してみましょう。赤い血が拝めると私も安心できます」
コップの中に注がれていた、今となってはぬるくなった珈琲を飲み干し、弓を弾き彼の腹に矢を射た。
「竜海です」
お腹を狙ったはずなのにその矢は、頭に何かの力によって吸い込まれるようにして刺さっていた。十分に注意を払って致命傷にはならないよう狙った矢は今までに見た事がない程綺麗に竜海と言った人の眉間に直撃したにも関わらず、彼は笑ってその矢を引き抜いた。
「あら、案外素直で安心しましたわ。では竜海さん、ご用件を聞きましょう」
彼は人ではないってことよね、アスク。理由としては一応どれだけレベルが上がったとしても、人は人間としての限界を超える事が出来ない以上、頭に矢を受ければ死んでしまう。
人間でないことをわざと自分からばらしても平気な顔する生物なんて・・・人間よりも平均的に身体のパロメーターの高い種族か、もしくは刺殺耐性スキル、スライムとかによく見かけられる、斬ったり刺突されたりすることに対して耐性を持つスキルを珍しく持っている人ではない人間より劣る種族か。人では無いことは間違いないわね。最大の理由は礼儀がなっていないこと。
「あ、はい、ありがとうございます」
(この子やっぱりお嬢様だなぁ~、無礼者にも礼儀を持って出迎えてくれるなんて良い子だよ)
「ソレが素の彼方ですの?」
「え?・・・ああ、もうばれちゃった。はははっ。まあ、真面目な奴ほど不真面目を演じたがるって気持ち、君には分かるかい?」
「自分の事を真面目なんて言う人に真面目な人がいた覚えがありませんわ」
「はっはっはっ、まあそうだね」
竜海と名乗る私よりもかなり年上の男の人は、ウチのメイドが入れた紅茶に口を付けたは良いものの、飲もうとはせず、飲む仕草だけをして美味しいよと口にした。真面目かどうかは疑わしいけど、警戒だけは凄くしているみたい。私もしているからお互いさまね。
「竜海さんは私を例の場所まで案内する係にでも任されたのかしら」
「まあそうなるねぇ・・・と言うか僕もその大陸に仕事しにいかないとダメだからそのついでかな」
「見た感じこの国の人ではないように見受けられますが」
「人じゃないかも知れないぜぇ~?」
「冗談を言わないでください」
ホント、それで人のフリをしているつもり?
「こればっかりは冗談じゃあない、僕は人じゃない」
「え!?」
知っとるわ。だからなに?
「あああ、でもそんなに怖がらないでね。悪い者じゃないよ、むしろアスクさんのような人を悪い者と言うんだ」
「それは知っています」
それは同意見、激しく同意よ。
「あ、ほんとに?」
「はい」
竜海さんという人はなんとなく親近感の湧く人・・・ね。無理して軽い雰囲気を出している所はちょっとどうかとは思うけど。優しい人なのは何となく分かった。
「なら話は早い、ジーナちゃん。この人の依頼なんて断って良いんだよ」
「どういうことですか?」
そう言うと竜海さんは魔族地域の大きな地図を取り出し、机の上に広げるとキットシーアにバツ印をした。
改めて見る獣人族の勢力図は、南に一番大きな面積を持つ猫の国キットシーア、そしてその次に大きい犬の国ニッツライプ、そしてその犬の国に勝った同じく犬の国ブリュージュ国、この三つが大きく名前が地図に乗っていてその間を縫うように様々な種族がポツポツと点在している新しい改訂版だ。
(最新版の地図は高いって噂なのに・・・よく見つけられたわね)
「僕はちょっとだけ知っているけど、キットシーアはつい最近まで戦争があった国の隣国で、つい最近も紛争のあった地域だ。内政もほぼ独裁者によって統治されていて小さな反乱の絶えない独裁国家さ。それにあそこには巨大な兵器製造所がある。何時その被害に遭うかも分からないよ?」
「ええ、存じていますわ。しかし私にも行かなくてはならない理由がありますの」
「命に代えられる物なんてないよ」
「お母さまとお金は別ですわ」
「人質に取られているのかい?」
竜海さんの顔が少し強張る。とても優しい人、うわべだけの心配じゃない、いざとなったら本当に力になってくれそうな、そんな真剣な顔をして聞いて来る。・・・そんな真面目に聞かれても私がちょっと嬉しいだけよ?
「いいえ、そうではないの。ふふっ、私のお母さまったら家を飛び出してしまって今行方が分からなくて、・・・その手がかりを彼・・・アスクは知っているみたいだから」
「それなら僕が代わりに探すさ、それでいいだろう?」
「それに仕事の報酬が良いの」
「もっと命を大切にした方が良いと思うけどねぇ僕は」
「前払いで五百万ジェル、後でその百倍払うって。それがこの小切手よ」
手紙に同封されていた五百万ジェルの価値がある小切手を竜海さんに見せる。これを冒険者ギルドに隣接されてある役所に持って行けば受け取ることが出来る・・・五百万ジェルという多くの領民を助ける事が出来る大金を。
そして仕事を達成できれば手渡しで五億ジェル、アスクなら懐から躊躇いなく渡す・・・そういう金銭感覚に狂った人なのはよく知っている。そうしたらそのお金で土地の整備が出来る・・・労働者を多く雇用して食べ物の買えない人を一人でも減らす。そしたら私の目標とする貧困世帯を少しでも減らすという夢にまた一歩近づく事が出来るはず。
(小さい頃から皆には助けて貰っているし、それぐらいのお礼はさせてもらわないとね)
「・・・・・・一体何に使うんだい、そんな大金」
「私の自己満足の為に・・・ですわ」
人助けなんて自己満足以外の何物でもない事は良く知っている。だけど、偽善であれども、しないよりは良いだろうし、それで偶然領民が幸せになればそれはそれで良いし。何より自己満足と思っていた方が、後々気も楽でいいわ。
「服とかなら今の状態でも買えるんじゃないかい?」
衣類・・・次の冬が来る前に安く市場に出回らせることが出来れば良いけど、今は貧困世帯の食糧不足をどうにかしないとね・・・お腹が空いていたら服以前の問題でしょうし。
「服・・・と言うより今は食料の方が大切ですわ。後々衣類にも手を伸ばそうと思っていますが、今はお腹が先でしょう」
「以外に結構食べるんだね?」
なにか竜海さんに凄く誤解をされているような気がするけど、気のせいよね?
「それはもう、竜に似て・・・ですわ」
「竜って竜王さんのことかい?」
「ご存じで?」
「うんそりゃあ勿論、彼女はアスクさんのいないタイミングを見計らってよく遊びに来るからね。アスクさんがいる時は基本的には絶対に姿を現さない竜だよ」
この人一体何者なのかしら。よく遊びに来るって・・・赤い竜の親戚かなにか?
「余り聞く事でもないと思うのだけど、二人は仲が悪いのかしら」
「そうだなー・・・殺意を愛情表現と言ったアスクさんから見れば相思相愛に映るだろうけど、竜王さんから見れば殺したいほど面倒な男が、事あるごとにアプローチして来る面倒な状況だから視点によって言い方は色々だなぁー。個人的な意見としては仲良いと思うけど」
「そうですか、それなら安心ですわ」
「アレ?ジーナちゃんはアスクさんが好きで狙っている―――とかじゃあないのかい?」
「は?・・・いえ、それはないですわ。なんかファンクラブに勝手に入らされていますけど。大体もしあの人が私の夫になったら、国の勢力図に大きな影響を与える事になるでしょう。そうしたら国のバランスを崩します。お互いそういう面倒ごとは避けたいでしょうし・・・何より私はまともな神経の殿方と交際したいので」
「プクククッ・・・まともな神経ねぇ・・・」
(九歳でここまで言えるかね普通、なるほどアスクさんがこの子に仕事を任せる理由がよく分かったよ。成長する前にアスクさんは自分のテリトリーにこの子を入れておきたいんだ。この子が成長して敵にまわったら厄介だから)
「冗談ではなくてよ?」
「ハハハハハッ、分かっているって。というか大分話がそれた。本筋に戻そう。どうしてもその仕事に行きたいんだね?」
「ええ」
そう言うと、面倒そうな顔で竜海さんは私の顔を見た。本当に良いのかと念押しされているようなそんな目をして、分かったと言った。
「となると、僕の道も決まった。君を連れてこれから獣人王国だ」
「そんな、別に私一人で・・・」
「手紙で書いてあるのさ。一人じゃあ心配だから付いていろ、てね」
「海外ぐらい一人で行けますわ!」




