手紙の行方 その1 挑戦状
息子が家出をして二か月が経とうとしている。最後に送られてきたのは手紙一つのみ。その内容も殺伐としていて、大まかに言って首を洗って待っていろと言う文面だった。反抗期かとため息を突きつつ、同封されていた絵に目をやると首から上と体が分離した俺が上手く書かれていた。
「これじゃあ・・・洗う首もないわなぁ・・・」
「彼方何かあの子を怒らせるような事をしたの?」
ソファに座る俺の手紙を横から覗くようにして見るカトレアに、手紙を渡す。彼女は小さな笑みを浮かべながらその手紙を一通り読み終えると俺に手紙を返し、随分相手によって性格が変わる子なのねと笑って、メイドの持っていた一通の手紙を手に取るとソレを俺に渡した。
「読んでみて。そんな手紙を書いたとは思えない可愛い子よ」
「ふーん・・・・・・ふうぅん・・・ぅぅん・・・」
書かれている内容としては、拝啓から始まり敬具でしっかりとしめられた文で、書き手の穏やかな印象が浮かびあがるような前文が始まる。まず、挨拶の始まりからして違うなぁとカトレア宛に書かれたアスクの手紙をボーっと見ながら思う。
俺の手紙では拝啓ではなく、まずダイナミックに【くそおやじへ】とエルフ語で、でかでかと書かれたのが文の初めだった。
それから獣人族の・・・猫族の訛りが入った字で自分が負けた理由を長々と書き、悪口の時だけは多様な言い方で相手を罵倒するのに定評のあるエルフ語が大活躍し、最後の方はまだ諦めていないだとか、栄華も一時の出来事だとか、栄誉は朽ちる寸前まで来ているなど、可愛い言い訳が悔しかったのか紙の隅までびっしりと書かれていた。
そしてカトレア宛の手紙には、俺がいなくなった後の事後処理について返って来た後にでも話しましょうと書かれている。どれだけアイツが負けず嫌いかよく分かる、この二つの手紙を見ているだけでアスクがここにいるような気分だ。
「良い子・・・とは言い難いのかしら~?」
「良い子さ、ちょっとむくれて意固地になっているだけのこと。一回くらいわざと負けてやれば落ち着きもするだろう」
「・・・・それも駄目みたいよ」
フワっと、髪をかき上げ欠伸をするカトレア。その眼はここにある景色を移していないような透き通ったガラス玉のような眼で、落ちる涙が外の光を反射して光っている。
「また予知でもしたか?」
カトレアは時々こうした閃きにも似た予言を俺にする。出会って間もない頃はコレに何度助けられたことだろう。彼女は俺に影響を受けたと言っていたが、俺のユニークスキルとは部類は似ていても条件などは違うから、曖昧な言葉でその話題になる度に流している。
「どんなだった?」
「彼方が異界の装備で戦っていたわ、あの子と」
「・・・冗談は止してくれ、異界装備でアスクと戦うわけがないだろ」
「燐銅ウランで作られた・・・・冥土の連弩まで持ち出しているの」
「・・・ゆっくりで良い、全部話してくれ。そんなことには絶対ならないためにも」
それからカトレアが話したことは耳を疑うようなことに、俺も自分の高ぶる心を押さえる事に必死だった。
「まず・・・コレは大事なことだから、もう一回聞かせてくれ。アスクは大会でシード権を持った俺と戦うんだな?」
「えぇ―――そうみたいねぇ。あの子、色々変わって帰って来るの。沢山の相手を倒して―――彼方が昔やった無茶と、同じくらいの無茶をして来るみたい」
「無茶か・・・親馬鹿が入ってないか?」
そんな俺の煽りを無視して、カトレアはふと思い出したように
「サタン君とのガチバトル―――あれの時ぐらいかしらねぇ~」
などと、冗談にしても呆れる事を言う。しかしカトレアの顔が真面目なのが分かると、その場の空気が一度下がったような気がした。
「・・・死にかけるのか?」
「死に近づくのは当然ねぇ~。彼方と違うのは、死ぬ一歩手前まで行った彼方に対してあの子がしているのは、生と死の境界線上で三点倒立だから~」
「その例えじゃあ俺達の息子は一歩間違えるどころか手を放した時点で死ぬような状態なワケだが・・・」
「大丈夫よ、五人・・で、あっているのかしら?・・・彼らに支えて貰っているようだから」
「出来ればその例え自体冗談であって欲しかったんだがなぁー・・・ははっ・・」
願い叶わず、どうやら息子は本気で殺しに来るようだ・・・。息子の成長を感じて嬉しいと感じるよりも先に、このまま人間社会で息子が無事に生きていけるか心配になって来た。自分の父親に負けたぐらいでそんな本気になるとは、誰も思いはしないだろ普通。
「それぐらいの無茶は平気でしちゃう子なのかしらね・・・先行きが不安になるけれど」
「ほかには?」
「他にはその闘いの行方とかその間に起こるあの子の事だけど・・・」
「言ってはいけない事なのか?」
「ええ、ここで言ってしまったら私の予知と別の方向へ行ってしまうから」
「そっか・・・ありがとな。息子がそこまで来るって言うなら父さんも待ってないとなぁ・・・その時まで」
「とりあえず初戦はお兄さんに当たらないように願うだけね」
「兄さんに当たるなら俺はアスクと闘えない。つまり、俺はアスクと戦うまで兄さんと戦う事はないってことだろ?幸運値は当てにはならんが、カトレアの予知は君の言葉の次に信じているから、俺には良い励みになるよ」
「そんな余裕そうな顔をしている彼方なら、他の誰でも倒せそうね」
「辛辣だなぁ・・・・・これは割とマジだぞ。それに俺のユニークスキルなら心配ないだろ?」
「そうね。過信は人にとって猛毒よりも危険な時があるってことを、あの子に教えて貰えると良いわね」
「ああ。俺も期待で胸がはち切れそうだよ―――早くアイツと闘いたい。今度は逆因果の向こう側に・・・アイツを連れて行ってやりたいな」
「一人で冥土に行くときは言ってくれると嬉しいわ、あの世の友達に言伝を頼みたいから」
行くわけないだろ。そう言って、俺はソファから立ち上がり武器の点検をするための武器庫に向かった。




