地獄編 六 面接開始
『医神 アスクレーピオス』
聖剣サマエルに記された最後の名は、そう彫り刻まれていた。
杖を持った男が人間を生き返らせている絵が添えて彫られ、聖剣は聖剣と言うに相応しい均衡的美しさを手に入れた。コレが本来の形とは思えないが、俺にはこのぐらいの中途半端さが丁度良く、手にも馴染んだ。
剣を振った感触としては、希少価値があるモノだとよく分かる感触だ。抽象的で年齢相応で酷い表現だが・・・剣を振った感想なんてそんなものだ。普通の剣だろうが、聖剣だろうが、全部俺からしてみれば剣だ。見た目以上に分かることなど特にない。
しかしそれほどまでに素晴らしい大剣もまだ完成には至っていないようだ。質量があるのか不明である魂の最後の一つを入れたら完成だと、サマエル様からは言われているが、正直そんなもの一つでそこまで変わるとは思えなかった。
長い付き合いのこの剣だが、まだまだ知らない事が多いらしい。まあ、知ろうとしなかったというのはあると思うが。
ヒュロスの魂を纏わせたその後、剣の微妙な重さの変わり様を確認しつつ、今度は呼吸を必要としない深海のような場所をひたすらに泳いで数日間。ずっと泳いでいると、最後の扉は見つかった。
『最後の扉だ。開けても大丈夫か?』
「問題なーし、何時でもどうぞ」
「妾は龍神殿の内に隠れていよう、童よ、最後の試練、油断するでないぞ」
御義母様が呪文を唱えると、竜海の中に霞となって吸い込まれ・・・・跡形もなく気配も全てが消えてしまった。
竜海に竜と龍にはそんなことが出来るのかと聞いたが、「妾が特別なんだぜ」と、竜海が生意気な顔で言ったので殴り飛ばしてしまおうかと真剣に拳を握ったが、第一人称が、妾と言った所から見ると、混ざるというより彼女が竜海を支配してしまった様に感じられる。
相手の意識がある状態で操る事が出来るのか?中々に面白い技を持っている、今度教えて貰えはしないだろうか?
「ヴリトラさん、僕の体で遊ばないで下さいなのじゃ・・・おい、追い出しますよ?」
『何一人で馬鹿やってんだ?』
「若い器は生気にみなぎっておるから、たまらずつい・・・じゃないですよ!!」
『コントは帰ってからやれ』
「ちょっと何言ってるかわかんないっすね」
『・・・・・今のどっちだ?』
「どっちでしょうか?妾には分かりません」
『・・・こっちの頭がおかしくなりそうだ』
一呼吸おいて、残り魔力を確認しつつ、こう書いた。
『・・・早く素材調達に行こう』
それ以外の言葉が見当たらなかった。
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最後の扉は水晶のようなもので出来ていた。しかもその水晶の中はアクアリウムのようになっており、その中を気味の悪い魚が泳いでいる。深海魚も中々にキツイ見た目をしているが、ここで泳ぐ魚はソイツらといい勝負が出来そうだ。
・・・と言うより、もしかしたらコイツらはこの世界の深海に住む本当の深海魚なのかも知れない。
そう考えた時ふと、海の調査も来年からしてみようかと妄想が膨らんだが、今はその楽しみは頭の片隅に置いて、目前の目標を達成することに神経を集中させることに専念しなければならないだろう。下手をすれば本当に亡者になる。
今までのレベルから言って、偉業をなし得た英雄たちも亡者化の弊害によりここではかなりのレベルダウンをしているし、技術面でも連綿と続く時の中で、神の力によって器を移し替えられ続けた結果多くのスキルなどを失っているようだ。
もしも魂に賞味期限や摩耗があるならば、ソレで弱体化し続け、最終的には地獄の底で自動消滅を考えていても不思議じゃない。
だとすると、この先待ち受けている神はそこまで強くはないと仮定する。しかし、何かしらの技術を未だに覚えているとしたらそれは危険だ。今までの亡者は、何かしらの行動を示した。
打ち消す力、感情操作魔法、知らない、そしてヒュロスの予測不可能な動き。この四つ、彼らの冥土の土産はどれも簡単には習得出来ないものばかりだ。それらを見ると、最後の一人は蘇生絡みと見ても良いと思うが・・・さて、心臓を抜き取って負けを認めてくれるような相手だろうか?
アスクレーピオスの存在はかなり有名なので前世から知っているが―――というか、俺の名前は彼の名前から来ていると思っているがどうなのだろう?親に聞かなければ分からない。
しかし、何かしらの因果のようなものを感じる。心臓を抜き取る前に余裕があれば会話に応じても良いかも知れない。油断しすぎなのは承知の上で、医の神と呼ばれる男と話をしてみたい。
死者蘇生なんて初めに考えて実行に移した尊敬すべき馬鹿だ。多分面白い話が出来るだろう。
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扉を潜ると草原に出た。パンジーやらマーガレットなどの園芸用に好まれそうな見た目の良い花が地平線の彼方まで広がっている。とってもいい香りもする、見晴らしも良い、劇を作るなら最高のロケーションになるだろう。
ただ脛毛の濃い魚顔の若者と、どこかで見た事のあるオッサンがいなければの話しだが。
「こんにちは。長旅ご苦労さん」
面接をするように、長机と椅子が場違いな雰囲気を醸しつつ、それに二人が腰を掛けている。
『最後の素材は二つ・・・か』
「ハハッ・・・無視か。喋る口はあるだろ?」
『分けあって今は塞がっている』
「そいつは亡者になって間もない頃の状態だなぁ、別の肉体になって声の形も変わって発声し難くなる。丁度良い、今ここで治してやろう」
最低なオッサンの恰好をしたアスクレーピオスが立ち上がり、魔法をかけると亡者化が解け、視力が回復し、声も出るようになった。今まで起こっていたことが夢だったかのように。
「魔界の最下層は体が持たないと聞いたんだが、ここは違うのか?」
「自家製の空気だから大丈夫だ、私は人間で君も・・・・一応人間だろ?なら大丈夫だ。外部の領域に出ればまた体を蝕まれるかもしれないが、ここだけは安全だよ」
人間かどうかの確認を入れるようにまじまじと鎧を見るアスクレーピオス。止めろ、そんな顔で俺を見るな。本当に気持ちが悪い。
「そうか。ところで質問なんだが、なぜ医神ともあろうアンタが―――俺の前世の姿で?」
「なに、単なる嫌がらせだ。君の庇護者が悪い」
サマエル様がどういった方法でこの場所に連れて来たのか分からないが、相当怒りを買っている様子だ。一体何をしたんだ?
「神になれなかったのは器の大きさが問題だったか」
「神の殆どは妖精サイズのおちょこの裏以下だ。そして変態とメンヘラの集まりだ。そしてソイツらが可愛がる人間も勿論変態とメンヘラだ。心当たりはあるかい?」
「あり過ぎて困る。あんたが底辺で爺婆とゲートボールをしている間に、コチラの世界は変態とメンヘラばかりになっている」
「君も含めて?」
「俺はどちらかと言うとそういう奴らで遊ぶ側だ」
「やっぱり変態じゃないか」
「そう思いたければそう思えばいい。それと自己紹介させてくれないか?いい加減確認したい。俺の名前はアスクレオス・ワイズバッシュだ」
ヘルムを取り、礼をする。一応礼儀だし、目上の人間だと思っているため、サマエル様と同じように扱う。と言うか、前世の俺の憧れの人だったのか妙にこの人に関しては情報が多いため、前世の俺の為にもここは敬意を持って接する。
「私の名はアスクレーピオス。初めに聞いた時は驚いた、君は私の名前によく似ている」
そして椅子に座ったまま少し頭を下げた。やはり彼がアスクレーピオスだったか。隣の熊足魚顔男だったらどうしようかと思った・・・。
「俺も出生についてはよく聞かされていないが、パクリだと自我が出来た頃に思ったよ」
「パクリなんて人間らしくてとても良いじゃないか。ヘラクレスと言う有名な英雄の名があるだろ、アイツの意味は『ヘラからの贈り物』と言う意味だからな。物扱いだ」
「そう聞いたら酷い名前だな、ヘラクレス」
「まだ人の名前で良かったとお互い感謝しよう」
「そうだな」
ユーモアのある人のようだ。
「ところでそちらの青年は?」
アスクレーピオスが竜海に興味を示し、竜海も挨拶をすると彼は龍神だという竜海にとても驚いたようで、ここに来た理由などを色々と聞いていた。
そして状況を把握したような顔で、「じゃあ」とアスクレーピオスはため息を吐くように椅子から立ち上がり、机を蹴り飛ばした。
「実技試験を始めようか。竜海龍神はこのスガーと、アスクレオスはこの私と。死なない程度に力を見てあげよう」
急に無くなった椅子から落ちるように、スガーと呼ばれたぬめぬめもっさり男は尻もちをつき、何事もなかったかのように立ち上がる。あの精神力は確かに神の領域だ、コチラも笑いを堪えるのに力を使わされた。
「物を大切にしない奴に負けるつもりはない」
「魚野郎に負けたくはないですねぇ!」




