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独学の毒薬で異世界無双  作者: ほふるんるん
大会準備編 
176/185

地獄編 五ー五 死者蘇生の大罪を犯した男

~アスクレオス・ワイズバッシュがやって来る数日前の地獄~






ここに落ちた時、初めて感じたのは寂しさだった事を今でも覚えている。あの日の悲しみを今も忘れることはない。友達を生き返らせたあの日、神の雷霆により地獄に落されたあの日、ゼウスが天上から事実を隠蔽したあの日、私が星となったあの日。



そしてあの最悪の日から余りにも長い時間が流れた。怒りも消え、癒えることのない苦しみとの接し方にもいい加減に慣れて来た頃。アレは地獄の底にやって来た。呼吸をするように毒を吐く悪意の権化、マゼンダ色の六対十二枚の翼を持つ義眼の醜悪な怪物が。


「ごきげんよう・・・・何百年と経った今でも『クレゾール』のあだ名は健在?」


(クレゾール・・・・・・・消毒液か。そのような臭いが亡者になってからするとは驚きだ)


挨拶次いでに巨人の一撃に匹敵する言葉を言うのは憶えていたから軽い言葉でソレを返すと、誰にでも分かるような不満げな表情で彼女は私を三、四つの言葉で私を蔑ろにした。私も心の中で散々な言い方をしたため、コレで満足して貰えたなら良しとしよう。


「此処がお似合いの人・・・私の助言を聞きなさい」


「サマエル様、私は卑劣な人間です。もし貴女様の気まぐれで、もし私を御救い下さるおつもりならばお止め下さい。私などよりも冤罪でこの地獄に落ちた者達も少なからず存在するのです」


私は彼女の話しを遮りありのままの現状を伝えた。例えここが地獄の底で、殆どの亡者が救いようの無い悪行を繰り返した度し難い屑で跋扈していたとしても、そういった不幸な亡者がいることも事実だ、しかし大罪を犯した私よりも救済されるべき魂は他に存在する。


しかし彼女は―――


「彼方は十分に罰を受けた・・・これから私が与えるのは仮初の自由・・・束縛の中の平穏・・・痛み・・・悲しみを伴う短い幸せ・・・それら全てを彼方に許します」


彼女の言葉とは思えない。今までにも神の気まぐれと言うのは何度も耳にした話だ、しかしそれが今なのだとしても何故彼女なのか分からない。彼女と私に接点はないはずだ、前に一度会ったかどうかという間柄。私の中では悪い噂しかない女だ。


「なぜ、なぜ私なのですか?」


「他では駄目」


私は数百年ぶりに怒りを露わにした。魂が震えるような感覚、コレは確かに怒りだ、義憤が私を奮い立たせた。しかし彼女は答えない、ただ私でなければならないということだけを焼き付けるように私の質問に対しての答えとして言い続けた。


そして怒りの中でも冷静に彼女を見つめ、この状況から察するに、彼女は私を利用しようとしている間違いないと言える。粗方誰かを生き返らせたいのかもしれない、私には出来るのだから。出なければ何故今なのかが理解出来ない。


それにそこはかとなく人間でない彼女にも焦りが見えた。ならば私は手を貸して・・・利用されても良いと答えよう。私の力が誰かの役に立てるのであれば望外の喜びだ。


それ自体に不満はない。地獄で孤独の私だが、もし冥土の土産を持ってやってきた新しい亡者がここに来たなら、彼女がやって来たことが話のタネにもなる。


「しかし私一人を救済するということは、ソレだけ大きな罰になるでしょう。それを覚悟の上でお救いなさるつもりですか?」


「彼方は人を救うだけで良い、というより・・・気持ち。・・・気持ちが大事・・・彼方の優しさが彼には必要・・・・」


どういうわけだ、話が見えて来ない。彼とは誰だ、この怪物は何を隠している・・・そんな事を聞いても軽く罵るだけで答えなど教えてくれやしないと思うが・・・言いようのない苛立ちが全身を粘液のように包み込んでいる気持ちにさせられる。コレが新手の拷問でも納得できそうだ。


「私は何をしたら良いのでしょうか?」


「傍に・・いてくれるだけで良い」


私はその言葉に彼女への畏怖や敬意などを忘れ、


「・・・は?」


と、反射的に口から疑念の声が漏れ出てしまう。まさかプロポーズをされるとは思わなかった・・・それも彼女から。それとも私はその例の男の傍にいてくれと言われたのか?


少し考えれば答えが出て来そうな回答に少しときめいてしまった。年齢不詳の私は今も恋心を忘れてはいないらしい・・・恥ずかしくなる。


「私は・・・その男の傍にいたら良い、ということか?」


「そう・・・・無様に跪けば彼はもっと喜ぶ・・・」


「そいつは・・・その・・・そういう嗜好を持つ男なのですか」


「・・・・」


答える必要のないことには答えない・・・か。分かりやすい怪物だ。


「ならば私は彼に何かしらの助言などをしろと?・・・名前も知らない彼に。お節介なオッサンと思われた挙句に無視するのが普通じゃあないか?」


おっと、ため口になってしまった。・・・しかしそんなことを彼女が気にするはずもなく、


「私も考えた・・・部屋を作り面接をさせるの・・・そしてソレが終わったらアスクレーピオスが与えられる全てを託して。アスクレオスは彼方アスクレーピオスの意志を継ぐ人・・・私の庇護者・・・素晴らしい人間・・・」


などと意味不明な供述をし、頬を赤らめている。やれやれ、どう転ぶにせよ私のやることは決まった。私と名前の似た男、アスクレオスに私の教えられる範囲で、教鞭を執れば良いということだろ?


・・・彼がその後何をするかは定かではないが、私の知識が役に立つのであれば、この使命、喜んで引き受けよう。


「・・・・サマエル様がそこまで言うならば、この使命、喜んで引き受けさせていただきます。しかし、私にも一つお願いがあります」


「・・・なに」


「私が地獄に落ちてすぐに仲の良くなった亡者がおります。名はスガー、今ではこの地獄で最も他の亡者から恐れられる祟り神であり、彼もまた冤罪により死に、多くの人間に裏切られた亡者の一人なのです。どうか、彼もいっしょにお救い下さい」


「興味ないし・・・関係ないし・・・・彼は祟り神の中でも名が知られ過ぎている・・・隠蔽できない」


「彼の力は天変地異を司る神の力、きっとアスクレオスという男の力になると思われます」


「そんな力はなくても良い・・・・彼方だけが必要」


「彼はこの長い地獄の拷問の末に狂気に呑まれてしまった。元は誰からも好かれるような聖人だったのです」


彼女は暫く考え、暗黒の中を滑るように何度も旋回を繰り返すと、やがて落ち着いたのか底に降り立ち、


「分かった・・・・部屋には彼方とスガーを置いておく。でも彼が呪いに掛かりそうになったら私はスガーをまた地獄に送り返す」


「私の方で彼を説得して見せます」


「そう、・・・・今から二人を部屋に送る。数日もすれば必ず来るから、ソレまでに落ち着かせといて・・・ね」


その言葉を最後に、彼女は霞と共に消えていなくなってしまった。初めからそうやってここにやってくれば良かっただろうに、態々翼でここまで来たのはどういう意図があってだろうか、しかし、そこまで考えてハッと気付いた。


「降りてきているというのか・・・・・・この地獄の底へと・・・・・・」


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