地獄編 五 素材回収
黒いオッサンの魂を手に入れた俺達一行は、そうそうにこの場を出るべく、帰り支度をしていた。
後ろの扉を開けるとこの教会は山頂に立っていたらしく、扉の向こうは急斜面で闇に続いているようで、落ちたら死ぬなぁーと以前までは思ったであろう素晴らしい絶景が目の前に広がっている。
そして山頂の風は亡者の萎びた林檎のような体に良く沁みる、早いところドアを閉めたい―――というよりも、もう考えるまでもなく体が動いて扉を閉じていた。亡者は寒さに弱いようだ。
「そういえばアスクさん、教会って言えばタンスとか壺とかに何か入ってるものじゃないですか?探索してみましょうぜ!」
「フゴムふふごふごっごふごっごご?・・・ふぅ、ふごごごごふふごふごふふごごごふごご」
『部屋はここだけじゃあなかったか?・・・あぁ、よく見たら奥に二つ扉があるな』
「どうせまた闇に戻るのじゃ、妾は此処におるから二人で二つの部屋を探索しておくと良いじゃろう」
ここはダンジョンではなく地獄である。この場合亡者の家とは言え、盗みを働いたと言われるだろうか?まあ、亡者を今までに多く救済して来たんだ。今更なにをしたところで神が俺達に罰を与えるような事はないか。
「ふごふご・・・ふごごごふごふ」
(さてさて・・・なにがあるかな)
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手に入れた盗品
■七色のブローチ
(オッサンと女性の写真が入っている。魔道具で撮ったのだろうか?女性の方は面白い顔をしている)
■何かの角笛
(吹いてはダメぜったいと書かれている・・・じゃあ何で作ったんだ)
■オッサンの日記
(あとで見よう)
■研磨セット
(オッサンの武器を手入れしていた研磨セットだ)
■オッサンの衣類
(あのオッサン、本当に死んでいたのだろうか?衣類を見ると亡者ではなく、ここに住んでいたようにも感じられる)
■何かの肉
(多分、・・・・食べていたのだろう。カビが生えている、随分な悪食らしい)
■固まらない血のインク
(書いたら固まるっぽいな・・・コレは後々使えそうだ)
■何かの根っこ
(以前エルフの国で見た世界樹の根っこにそっくりだが・・・地獄にある分けがないな、多分気のせいだ)
■光る何かの入った瓶
(多分、亡者のアレ。・・・悪食だな)
■あの例のおっさんが来ていたカッコイイ黒い鎧が三つ
(コレで亜空間の分も合わせて四つだ)
■消えることのない火種
(マントについていた火の正体だな。効果?・・・特に意味はない)
■治まることのない雷光
(マントに雷を纏わせることが出来るらしい。効果?・・・野暮な事は聞くな)
■鎮まることのない深淵
(マントに深淵を纏わせることが出来るらしい。効果?・・・ハァ・・・)
■謎の竜の脱皮素材
(全てが伝説級で鑑定不可、多分レベルが足りていない。光沢のある黒色をしている)
■謎の竜とは別の脱皮素材の一部
(雌のワイバーンの上位個体の素材だろう、捨てても良いが売れば色がピンク色のため、オークション何かで売れば数百万はするだろう。換金素材だな)
■タンス
■壺
■オシャレな机
■ファンシーな椅子
■クローゼット
・・・etc
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名前を聞いていなかったがあのオッサン、かなり沢山持っていた。とりあえず全て掻っ攫ってヴリトラ御義母様のいる場所に帰って来た。
「もう帰ってきたのか?思ったよりも早かったの」
「ふごふごふんふごごごふ、ふんごんごふふんふごごごふふご!」
『みてくださいお義母様、こんなに沢山とれました!』
「あ奴の好みそうなものばかりじゃなぁ・・・、竜海の方はまだじゃから行ってやれ」
「ふご!」
『ああ!』
竜海の方に向かうと、色々と吟味しながらアイテムを漁る一体の竜がいた。背中に乗せてアイテムを運ぼうとしたのか、背中には沢山の宝石やらが乗っかっている。
そして足元には皿やら壺やらが固まってゴミのように置かれていた。コイツが皿や壺に興味を持つのは半世紀ほどかかりそうである。
「壺を割ったらアイテムが出るとか言うギミックはないよなぁ・・・となると、中に入ってた宝石をとったらこの壺は用済み?・・・いやしかし壺の中に宝石を入れて持ち帰れたら価値が上がるてきな・・・宝箱と一緒に宝石があるから値打ちがある・・・てきな・・・」
「うご」
「イッタ!?・・・なにするんですか」
『人の聞こえる大きさで独り言呟くな。吟味してないでとりあえず全部持って行くぞ』
「あぁインベントリ系のチート!アスクさんなら、ソレだけで大会優勝出来るんじゃないですか!?」
『人間が鉄の壁をすり抜けるぐらいの確率で出来るだろうな』
「無理って言いたいんですね」
『・・・』
「大変ですねー」
そうだな。と、言ってやりたかったが、いい加減指先から魔力を出すのも疲れて来たし、そろそろ次の亡者の待つ場所に向かうとしよう。
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ヴリトラ御義母様と合流すると、扉を上げてまた暗闇の中にダイビングした。かなりの時間落下し、あの見晴らしの良かった頂上は初めの五分と経たず見えなくなった。
寒さも感じず、ぬるい墨汁の中に浸かっているような気持ちの悪い感覚になる。さっきの扉に入るために落ちた暗闇は歩いていてもこんな気分になることはなかった、恐らく扉と扉の間にある空間は別々の場所と言う事だろう。
言い換えるならば、最初のマップは歩くマップ、今回は海マップと言った所だろうか。
「皆さんはぐれないようにしてください!」
「龍神殿は優しいのう、妾のことは心配せずともよい。童を守ってやれ」
『まとまって動けば問題ない』
「ちょ!今の毒ナイフでしょう!?刺さったら危ないでしょうが!」
(毒が効かない癖に何を言っているのやら)
暗い液体の闇に落ちていくこと数分。
いきなり底に着いたため、膝をついてカッコよく降りることに失敗したが・・・まあ、ともあれまた暗闇の中に降り立った。とりあえずランタンに火を灯し周りを見渡し状況確認、御義母様は隣に、竜海は・・・どこに行っただろうか。
「ちょっと!二人ともおいて行かないで下さいよ!」
『生きていたのか』
「死亡フラグがない限り死ぬ気はないんで」
『まだ余裕はあるみたいだな』
「いえ、あーでも無理はしたくない感じですかね」
『そうか、なら残りは早めに処理するとしよう。御義母様の足も心配だ』
「あと一時間は持つぞー」
『四十分で終わらせます』
扉をソレだけの時間探していたら本当に質の悪い邪神や祟神に見つかりかねない。そうならないためにも、鎧から出る音で周囲に何があるのかを粗方調べつつ、早歩きで次の光る扉を探す。
次の扉への道の手がかりなどあるはずもなく、ただ歩いて探すしか方法はなかった。ただ、扉は良く目立つので近くまで行けば絶対に見落とすことはないということと、後戻り出来ないという気持ちがモチベーションを維持させたのだろう。
根気よく探した結果、新しい扉を見つけることに成功する。
「あ、ありました!扉です!」
『煩い。亡者が寄ってくるだろうが』
「最下層だから強い代わりに数はそんなにいないんじゃないですか?」
「過信は禁物じゃ、深淵の者達ならば見つかるだけで呪いを受けるかも知れぬ。ここまで殆ど敵にあわずやって来られたのはただ運が良かっただけのこと、自我のある奴に見つかれば、それは全滅のキッカケにもなりうる・・・」
『余り聞きたくはない言葉だな。・・・竜海、分かったな?』
「はーい」
(真面目にするのは性に合わないんだけどな・・・)
『扉を開けるぞ』
扉を開けると、また別の場所に飛ばされた。そして今度は墓地だ、十字架やら長方形の墓がそこら中にある。そして何より雰囲気も良い、満月もあって程よく霞がかかる夜に火の玉まで浮いてやがる。後は笑うカボチャと喚く切り株があれば完璧だったのになぁ。
「ようこそ、後継者さん」
女子高生――(年齢が十六歳から十九歳ぐらいの彼女をこれからそう総称することにする)がそこにはいた。残念ながら俺の好きな感じではなかったが、竜海とかはこういう子が好きそうである。
細い眉毛に二重瞼の眼、小さい口に下にスッと伸ばしている灰色の毛は乱れの一つもない・・・動物で例えるなら狸のようだ。将来は美人かもーと噂されそうで、そんな風にはならない感じの中途半端な可愛さがある。
「あなたが次の亡者ですか?」
竜海が先行して声をかけた。やはり少し気になるらしい。
「今夜はお兄さんには興味ないの、ごめんなさいね。でも、そうね、もう・・・じ・・・や・・・」
『どうした、もっと話さないか?・・・心臓を掴んでいるだけだぞ』
他から見れば女子高生が浮いているように見えるだろう。見えないトラップを張られないように上に持ち上げ、心臓をがっちりと掴んでいるんだが、コレでも話さなければいけない大切な話があるなら聞いておこう。
「ア・・・アァ・・まだお話して・・・ないでしょう?」
『時間が押してるんだ、巻きで頼む』
「そんな・・・」
魔女らしき恰好をした女子高生は必死になって目に魔力を集中させて、魅了の魔法を使っているようだ・・・・そして俺もその魅了の魔法に掛かっている。今の時点で俺は彼女の事が好きで好きでたまらないのだがぁ・・・・ソレがなんだと言うのだろう。
『おい、魅了には掛かっているんだ。早く喋らないか』
「まず・・・この手を放しなさい!」
『何故?』
「何故?あなたの愛しい人が苦しんでいるのよ?」
『だから離さないんじゃあないか。どうだ、苦しいだろう?愛があるなら分かってくれるよなぁ!』
三メートルの化け物に女子高生が苦しめられる図、果たしてどちらが悪く映るだろう。
「キシャシャシャシャ・・・・ッフハッハッハッハ」
「く・・・狂ってるわ・・・あなた」
『愛って何だろうなぁ。形がなくて、ルールがない。テキストはアテにならないし、終りは殆どバットエンド。名前呼びすら許してくれない奴もいるし、近づいたら爪を立てる奴もいる、それが愛か?』
「彼方だけじゃあないわ。皆そうなのよ・・・同じように苦しんでいるのよ」
皆そうなら男の惨殺死体が道に転がっているはずだが。
『あ、そう。そう言う嘘を吐く奴は食ってしまおうか』
「・・・どっちの意味?」
「キシャシャシャシャシャシャ」
(言ってる意味がわからない)
「・・・・」
『さっきから普段食べた事ないモノを食べたくてウズウズしているんだ。例えば魂とか、栄養豊富な根っことか』
「考え・・・なおして」
『コレがな、服装は色気零で、愛想がなくて挨拶の代わりに炎のブレスを吐くような女で、人のことゴミ屑ナメクジ顔とか言って自分を自然に持ち上げて、口が鉄臭くて、人型になっても唇パッサパサで、男にはいつも壁があって、夜中に襲おうものなら爪で容赦なく切り裂くような女だったなら。俺も安心して山頂になら置いておくと思うんだ』
「いるワケないじゃない。馬鹿じゃ・・ウッ」
ソレがいるんだよ、難攻不落の天空城が。俺が今まで影でどれだけ竜王にアプローチした事か・・・普通ヒロインとかだったらピンチになったりするはずだろうに、大体アイツ自分で解決するし。竜の国がどこにあるか分からないから侵略にもいく事が出来ないし。
『それに付け加えて言うと、理想の男が目の前にいるにもかかわらず生理的に無理とか嘘を吐き、そういうツンデレなところを認めさせようとすると、炭化を覚悟しないといけない。なあ、聞いるか?俺の一生あるかないかの惚気話だぞ?』
「あぁあああもう面倒!!!魅了解除!!」
ウッ・・俺は何を。今のコイツを見てもただの狸女にしか見えない。それに若干顔色が悪いと思ったが・・・まあコイツは亡者なのだから少し顔色が悪いぐらいが丁度良いのだろう。
『あれ、そういえばなんでお前まだいるんだ?巻きと言っただろ?』
「ギャアアアアアアアアア」
さて、魂も手に入れたことだし。行くか。後ろの二人が異様なほどにドン引きしている気がするが、気のせいだろう。墓の中を全て荒したら次の亡者に会いに行こう。
「竜王さんのこと・・・そんな風に見ていたとは・・・確かにそうですけど・・」
「え?もしかして、娘のことを言っているのか?いやでも妾の娘は社交的で普通に良い竜だった気がするし、でも竜王って・・・妾が譲った以外にないはずじゃからー・・んんー?」
「ふごふごふごんごふっごごふご」
(何だか知らんがスッキリした)
墓を荒した結果死体すらなかった。唯一、彼女の持っていた古代級の杖だけが今回の戦利品だ。
後はそうだなぁ・・・心臓を食べてみたくてヘルムを脱いで食べてみたんだが、お菓子みたいだ。味覚が人間じゃなくて一瞬困惑したが、考えたら俺は亡者状態だから食えても不思議じゃあないじゃないか。
コレが生身だったらそれも驚いたかも知れなかったが。
『この杖やる。売ったら結構すると思うし。あとコレ、この女子高生の着ていた女子高生の服だ。天使の誰かにプレゼントしてやれ』
「いや女子高生の服って・・・えぇえ・・・黙っていたらバレないかなぁ・・?」
「龍神殿、バレるバレないではない。送り物に死者の着ていたモノなど聞いた事がないぞ」
「で、ですよねぇ~?僕もソレはないって思ってました。アスクさん、ちょっとコレは・・貰えるのは嬉しいんですけど・・・」
『好きにしろ』
それと女子高生・・・魔女の魂を剣に取り込んだ時に魔力の最大値が増えていた。ここから察するに、オッサンの悪食と魔女のMPが俺のモノになった・・・と仮説を立ててみる。あとどうせ何人かいるだろうから、その時に確認するとしよう。
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「さてと、どうします?ここから」
「扉のようなものはどこにも見当たらぬぞ」
『俺の魔力にまだ余裕があるからちょっとここら一帯を吹き飛ばしてみよう。最後に残っていたのが扉だ』
「いや待て早まるな・・・じゃなくて、早まらないで下さい。僕が探しますから、ちょっとだけ時間下さい」
そういって、竜海は人型でそこら辺をキョロキョロしながら数十分探し続けた。俺と御義母様もやることがなかったため、辺りを見回してみたりするもやはり見つからない。切り株の中を斬っても扉はなし、土を掘っても何もなかった。
『じゃあぶっとばすぞ』
「ちょっと待って下さいよ、地形破壊なんて考えるのは最後の最後にして下さい。空とかに扉が有ったりする・・・・かも・・・・」
上を見て、口を開ける竜海に釣られ上を見ると俺の眼に入ったのは大きな両開きの鉄の色をした扉だった。誰にも気づかれず、もとからそこにあったように空中に静止している。
『魔法で・・・浮いているのか?』
「みたいですね・・・何ともマーベラスな扉で驚いた・・・」
「では行くか。童は妾の背に乗ると良い」
『乗っても良いんですか?竜王は嫌がりましたけど』
「竜にものぉ、背汗をよく掻き臭う者もおる事を忘れてはならぬ・・・」
『・・・知りませんでした、もしよければ竜についてもう少し詳しく聞きたいです。こんな場所では何ですから帰った後にでも聞かせて下さい』
「よかろう。妾は童のことをもっと知っておきたい、婿に相応しいかどうかもその時考えよう」
俺にとって人生を左右するセリフが今サラッと出た気がする。しかし言った本人はその言葉の重みに気付いていないのか、気にするそぶりもなく、何もない場所を踏みしめるようにぴょんぴょん跳ねて準備運動に取り掛かっている。
「ヴリトラさん、アスクさん、じゃあ僕からお先に!」
「うむ」
『扉に入ったらランタンに火を灯しておいてくれ』
「了解!」
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瑠璃色の黒いドレスを着たオシャレな蛇の背に乗って、亡者を迎えに行く途中で幾つかの祟り神と出会った―――厳密には遠くから見て音で輪郭を知っただけなのだが。・・・驚くなかれ、最下層の最も危ない祟り神は八足の足で、スキップしながらずっと嘆いている。
あの異常さを物で例えるなら毛の生えたザトウクジラに熊の足を八本生やして、人相の良い若者の顔を引っ付けた見た目だと思って貰えたらいい。ようはただの気持ちの悪い化け物だということだ。
実際に見たら卒倒するかも知れない見た目だが、実際に見る機会は今後もないだろう。祟り神が遠く離れ、安心してか、俺達はその場を全速力で離れた。悪い夢を見た場所に誰が長居したいと思うだろうか。
それから数十分後、俺達はまた扉を見つけ、その中にいた亡者と交戦した。結果は一言も喋らせることなく心臓とボワッとした魂を抜き取って終わらせた。巻きで行かなければならない理由は話の長さやヴリトラ御義母様の靴の都合だけではない。
此処の時間の感覚が俺の中でズレ始めたのだ。三十分歩いたような気もするし、一時間歩いているかも知れない。もしかしたら既に数日は彷徨っているかも知れない。
なんせ亡者になってから時間が流れている気がしないのだ。このまま気付けば大会が終わっていましたなんて話があり得るのだ。竜海は神だから元からそこら辺鈍感になっている。御義母様に関しては此処に長居しすぎたせいで、好きな時に座り込んだりする。
要はこのパーティー、数時間共にいただけの仲間かも知れないが、数週間、数か月一緒にいたかも知れないのだ。景色の変わらない暗闇で、時々数キロ離れた亡者とすれ違う程度、そして扉を開けて亡者を狩って次の亡者へ。頭が本当におかしくなりそうである。
だから早いところ必要最低限の剣の材料を集めたら帰りたいのだ―――出来れば夏休みに入るまでに帰りたい、まだ今年仕事と修行で一日も遊べていないのだ、長期休暇が欲しい。
そうこう考えている間にまた次の亡者に繋がる扉を見つけた。さてさて、今度はどんな亡者だろうなあ。
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『次の亡者はお前か』
「ああ・・・既に何人か連れているっぽいな。多くの意志を継ぐ者よ」
一言も話させるつもりはなかったのにいきなりペラペラと・・・。しかもコイツお喋りな男かと思ったら女だったのか。
『男みたいな喋り方をする奴だな、声も自ら低くしている』
「父さんが僕は強い子に育って欲しいと望んだからな、僕の名前はヒュロス。君の名前は?」
『アスクレオス』
歩きながら喋る奴は狙いが定めにくい。肋骨を折ってもさほどダメージにもならないだろうし・・・止まってくれないだろうか。
「アスクレーピオス・・・変わった名前だな」
『アスクレオスだ、目が悪いのか?』
「そんな事はない!僕の眼は千里を見渡すのだ。君の見えないモノだって見えているさ」
眼を指さして、自慢をするように顔を前かがみに見せて来る。中途半端な中性顔、ティアみたいな奴だな。男か女か服を見るまで分からないし、そういう奴は決まって今回の彼女の鎧みたいにどちらか分からないモノを着て来る―――こういう相手は見分けるのに苦労する。
だが・・・そんなアイデンティティを主張してくれたおかげで―――お前は今、俺の眼の前で止まった。戦闘中にキッチリと構えをとる相手からも心臓は抜き取りやすいが、自慢話を始める奴の心臓も決まって抜き取りやすい。
『近視で近くのモノが見えていないだろう。今も心臓を掴まれているのに気づいていないのがその証拠だ』
「心臓を?」
『痛みを感じない所からすると、神か悪魔か、その類だな』
此処にきて痛覚を遮断するような奴が現れた。竜以上の存在ということか・・・ならその心臓はさぞかし美味いことだろう。
「僕は英雄の子供だ。神の力も少しは宿っていると思うけど、ちゃんとした人間だ」
『そうか。なら』
別の神の力を持った人間の魂か・・・コイツは良い武器の素材になりそうだな。
『心臓を抜き取った後も期待して良さそうだな』
臓物をぶちまけ心臓を取り出し、腕を戻す。主を失っても尚活動を続ける心臓を生きの良い内に食す。とても硬い牡蠣のようだが、何とも言えない美味さがある。
相手の方を見てみると、案の定何ともないようだ。というよりも、傷がなかったかのように元通り再生している。アイツを倒すにはどうすればいいか・・・ということはまず置いておくとして。とりあえずあと十回ぐらい心臓を食べさせて貰えないだろうか。出来れば柑橘類の加重を用いた和食の調味料・・・あれなんて言うんだっけ、ポン・・・ポン・・思いだせない。とにかくポン何とかを付けて食べたい。
「ビックリした・・・警戒していたけどまさかこんな所から手が出てくるとは思いもしなかった」
『もう少し食わせて貰えないか』
「僕の意志を継いでくれると言うなら」
『話を聞こう』
それから長々とお喋りが始まった。祖父がゼウスで父はヘラクレスという超有名人で、自分は兄弟喧嘩で弟の策謀により遠征先で死んでしまったのだとか。そしてソレを助けてくれなかった父と神である祖父も憎んでいるらしい。
言っていることが脱線したり紆余曲折したりしたが、要は復讐がしたいのだ。ゼウスとヘラクレスが俺の出る大会に出場するらしく、自分はソレを地獄の底で見つめることしか出来ない事が悔しかったらしい。
そしてこのまま地獄で彼らの活躍を見るぐらいなら魂を天使に売り、俺の素材になることを了承した・・・と言うのが彼女の今までの経緯らしい。
・・・なるほどね、神を殺せと。まあ、俺も一度神に殺されているわけだし気持ちは分かる。復讐と言うのは余り良くないが、俺も父さんを倒したいしその道の途中でゼウスも倒してやるとしよう。
『ゼウスが前の大会で何位だったか分かるか?』
「いつも五十位ぐらいだ」
『二桁か・・・運が良ければ当たるかも知れない。それでよければ交渉成立だ』
「大会が終わっても、機会があるなら父と祖父と弟と妹を殺して欲しい」
『ソレはお前の働き次第だ』
ヒュロスと言った彼女の恨みは研究対象にしたいほど深く、俺はつい軽い口でソレを了承してしまった。
さて、全能神と言われる男をそんな簡単に倒せるはずもなく、今すぐにでもこの話はなかったことにしたかったが、
「心臓も好きなだけやる、忠誠も誓う。どうか頼む、奴らに復讐の鉄槌を!」
そう言われ、まあ女性一人のために神でも殺せば俺はとてもカッコイイだろう。・・・そうでもないか。そうでもなかったとしても、忠誠心や復讐心なんぞ時間をかければ薄れるようなソレは置いておくとして。
彼女の心臓食べ放題という言葉はとても魅力的だ。神の心臓を好きな時、好きな時間に呼べばやってくるというデリバリーサービス付きでお代は全能神とその血族数人ときた。命を賭けるにしては少し安すぎる気がするが、まあ前金として魂を貰えるなら考えはおこう。
『お前の願いは確かに受け取った』
結局、数個の心臓と魂を手に入れ、ヒュロスの着ていた鎧は肉体と一緒に亜空間の中へ抛り投げた。そして聖剣サマエルが・・・カタカタと震えている、もしかしたら別の神の力を取り込んだのは不味かったかも知れない。
いや、しかし・・・サマエル様が寄越した者だから大丈夫だとは思うが、念には念を入れて見ておくとしよう。大剣を片手で横に持ち、剣身に目をやるとへばりついた肉や血の隙間に何かが彫られている事に気づく。
巨大な根を噛む黒いオッサン、太陽を隠す墓地の女子高生、瞬殺した女、そして復讐女、それぞれの下に悪食竜ニーズヘグ、旧地獄の女帝ヘル、黄金の魔女グルヴェイグ、騎士ヒュロスとある。
そして剣の柄に絵はないが最後の名前が記されている・・・コレが最後の亡者なのだろう。名前は・・・




