地獄編 四 黒いオッサン
黒いオッサンが出て来ます。
―――地獄の断層付近――――
この町の片隅に、瓦礫の積まれた小さな山が見える。ヴリトラ御義母様が言うにはそこが最下層に繋がる穴なのだという。
瓦礫の山は遠くにいればそんなに大きくは感じなかったが、ついて見れば二階建ての宿屋の倍ぐらいは高さがあるだろうか。瓦礫の下に僅かに見える穴は、近くに来なければ分からないようになっている。
「そう、言い忘れておったが、童のような生者のまま最深部に突入するのは止めておいた方が良いぞ。生者の体であれば五秒で肉体がのまれる、亡者の体を使え」
「亡者の体って消耗品みたいですね~」
「龍神殿、地獄を統括するハーデスという男のスキルは新たなる肉体を作る事が出来る。奴はアレがあるからこそこの地獄で万物に対して刑を執行し、また救済することが可能となるのじゃが、奴のスキルは他の神のスキルに比べ逆手に取りやすい」
「僕らがハーデス神のスキルを利用するって事ですかー、罰が当たらないと良いなぁー」
「大丈夫だ、殺される時は一瞬で終わる。そんな心配よりこの先どうするかだ・・・」
御義母様が言うには、必要最低限の物は肉体と魂・・・らしい。俺の中では魂という存在は浪漫があるから信じているが、この世界ではもう絶対にあるモノらしい。まあ、かく言う俺も元々は魂の存在でこの世界に来たわけだが。
「魂って聞くと、色々思い出しますねぇ~。全部漫画ですけど」
その魂と体を合体して、生きたまま亡者になるらしい。幼稚な考えだと思うが、神様はそういった事が出来るらしい―――神様達は規格外だな。
「その亡者の肉体はどこで手に入れたら良いんだ?」
「そこら中にあるであろう?・・・・ホレ、あそこにも、あそこにも」
彼女は歩いている亡者を目で追いながら指を指す。アレに入るのは嫌だ・・・・五秒でどうやって探索するか考えよう。
「そういえばアスクさん、その服・・・鎧がさっきから変ですよ?」
「妖精が震えておるな・・・神の力も微小ながらも感じる。その鎧、何所で手に入れた?」
「神界から現世の巨人の国に行く道の途中にある冥界スレスレの渓谷にある虹色の泉の真下にある洞窟の最下層にいる爺さんの連れに金を渡して作って貰った」
「・・・・よく分からん場所で作られた装備なのは分かった。困った時はよく妖精の力を欲するであろう、今がその時ではないか?」
人間が困った時は妖精の力を借りるというのは竜族の中でのイメージだろうか?俺達にとっての竜は基本的に賢いみたいな。文化の違いはどうあれ鎧に住むウチの妖精は基本働く事はない。と言うか、可愛いことが仕事じゃあないのだろうか。
メダカのような目をしたエリンギが、コチラを見つめてなにか呻き声を上げ、体を動かし何か伝えようとして来る。
「ギュピギュピギュピギュピ!」
「滅茶苦茶気持ち悪いですね」
「こんなに健気に何かを伝えようとしているのにお前って奴は・・・!」
「童、妖精が頬に触れたがっているぞ」
「顔に・・?」
死者の町の中では普段着でいたので、鎧に邪魔されることなくそのまま顔に近づけた。
「ぎゃぴい!」
「・・・!?」
「アスクさんがあの映画の・・・・名前出して良いかどうか分からないから〇で隠すとバタ〇アンみたいになったぁあああああ」
「亡者に・・・なったようじゃな・・・」
「コォオォォォ・・・シュコォォオォォォ・・・・」
人間の言葉が話せない。頭では理解しているはずなのに口に出そうとすると文字通り、言葉を失ってしまう。コレが亡者か。全身が常にピリピリするような状態で、鎧が体に接触するだけで激痛の余り意識を持っていかれそうになる。
鎧も今の状態に適応した形をとり始めているため、痛みも徐々に減って言ってはいるものの、地獄でこの痛みに耐えながら罰を受けると言うのは慈悲のない地獄といえる。
『早いところ済ませるぞ、長くは持たない』
「魔法で文字を・・・実際にそういう器用な事って出来るんですね」
『面倒だ。早く終わらせよう』
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―――地獄の最下層――――
光の届かない暗黒の世界に僕達三人は落ちた。どれくらいの速度でどれくらい落ちたのかは分からないけど、とにかく三人共はぐれることなく下に着地することが出来た。
重力があって下という向きが分かる事と、周りには自分を含めた何もかもが見えないという面白さが胸を躍らせた。
「ヴィジィブルライト!僕の周りを等しく照らせ!」
ちょっとの詠唱で真っ暗だった周辺が綺麗に映し出される。魔力が続く限りこの光は僕が灯す!
「フゥゴ!」
「イッタ!何するんですかアスクさん!」
『魔力を無駄遣いするな。敵をおびき寄せるな。静かにしろ』
「ハイハイ・・・ランタン使えば良いんでしょ?ランタンを。魔法の方が見栄えも良いし、周りも良く見えるのに」
「龍神殿、光と言うのは自分も良く見えるじゃろうが、相手はそれ以上によく見えているのじゃ。光は闇によく映える」
「分かりましたー、僕の余計なお節介でしたよ。以後気をつけます」
二人から説教を受け、しょうがないのでそそくさと三つランタンに火をつけた。この小さな光で回りの確認をしなくちゃいけないって言うのはホラーゲームっぽくて何かちょっと楽しい気もする。
『正面。距離百メートル。二メートル前後の亡者。二体』
この人はどうやってこの暗闇の中で敵の場所が分かるのだろう。鎧の力だろうか?暗い所に入れば絶妙なタイピングで暗視ゴーグルが付くとか、またそういうチートだろうか。その能力があるならこのランタンも要らないんじゃなかろうか。
なら僕もとびっきりのチートを出してしまいますよ?ギリギリアウトを狙う最高難易度の魔法をねえ!!
「僕と出くわしたのが運の尽きだ。喜べ、貴様が地獄での、龍神水殺拳の犠牲者第一号だ!ハァアアアアアア・・・!!!喰らエェ!!龍神水殺溺水波!!!!」
長い呪文詠唱も無事成功、暗闇だから全然分からないけど断末魔らしきものが聞こえるから多分成功だ。目がこの暗やみじゃあ退化していそうだからさぞかし怖かっただろう、後はキメ台詞を言って終わりだ。
「フッ、龍神の力を舐めるなよ」
「幼いとは言え龍の神が放つ不可避の渦潮か・・・物凄いの・・・」
だけど何だろう、やり切った感があるのになにか忘れているような気がする。言った言葉の中に何か忘れているような何か・・・あ、分かった。目が退化しているなら、音とか臭いに敏感になるかも知れないじゃーん・・・・・・・馬鹿なのかな僕は。
「や、ヤバい・・・?」
『気にするな。全方向約三百メートル。数は役二十五』
こ、コレ不味いな。全方向だって・・・やっちゃったよ、色々取返しの付かない事しでかしたよ。
三人で二十五体相手にするのは正直止めた方が良い気がするけど、逃げてバラバラになっても困るし、魔法を使っても消費は抑えられないだろうなぁ・・・。
いくら魔力があると言ったって此処まで一度も回復せずに最下層まで降りて来たんだ。残りも数万程度でギリギリ、帰りの事を考えるとアスクさんの残り魔力にもよるけど一万は残しておきたいところ・・・。
「近接攻撃メインで行きます」
「最下層の敵はその殆どが祟り神や邪神が亡者化した者達じゃ、下手に戦うと呪いを受けるぞ?」
「う・・・ウゲェ・・・ソレは困る」
『竜海。これを使え』
アスクさんから小銃が手渡され、使い方を簡単に教えられる。使ったことがないと言うとそれでも何とか使えるらしい。
とにかくこの武器に何かを詰めれば良いらしい。
(ポケットの中には・・ゲームカセットと充電器か・・・よし、呪いぐらいなんぼのもんじゃい)
しかし出来れば呪いも受けたくない・・・、何かないモノかぁ・・・あ、龍の爪なんてどうだろうか。龍化した腕から爪を切って、銃に押し当てると、銃は思った通り爪を吸い込んだ。やった、成功だ!後は敵に照準を定めて撃てば・・・、
「パギャ!!」
魔物の声かと一瞬疑ったが、持ち上げられた胸倉を見て暗闇の中誰の腹をブチ抜いたのか理解し、謝罪する。
『次は気をつけろ。狙いを定めて撃つんだ』
さっきは狙いを定て撃ったつもりだったんだけど、一発目の反動が大きすぎて二発目偶然当たったんだよね。きっと偶然だ、そうそう起こり得るもんじゃない。
―――ヴォシュ―――
今度はしっかりと一発目から命中させた。地面に転がる鎧はきっと亡者のモノだろう、でも何でだろうか、冷や汗が止まらない。反省はした、次は絶対に外さないと思って態々二人に絶対に当たらないような場所に銃を向けたんだ。
だけどトリガーを引く寸前に照準に鎧の男が現れて、その心臓に爪が吸い込まれて言ったんだ。僕は悪くないはずだ。
「・・・龍神殿は童の事を嫌っておるのか?」
「そ、そそそんな馬鹿なこと言っちゃあいけませんよ。僕は凄く尊敬してるんですよ!?」
『竜海。近接攻撃で戦え。距離二メートル。残存敵数五』
なるほど・・・呪いを受けろと・・・。
だけどそんな事はまっぴらごめんだ。どうにかしてこの状況を打破しないと。そう考えたその時、
「光が見える、アレが恐らく童の求める亡者とやらじゃ!」
『亡者はもう良い、あの場所に行くぞ!』
ヴリトラさんのお陰で助かった。亡者のレベルも今までよりも段違いに高いし、戦っていたらタダでは済まなかった。
光が指す方へ行くと木製のドアが見えた。飾り映えのない一般的な扉で、この木製のドアを開けると別の世界に行けるんだろうなぁーと、経験からそう思えた。
その考えが当たったのか、蹴破るようにしてアスクさんが扉を開けると教会の聖堂のような場所にワープさせられ、後ろを振り返るとドアはなく、変わりに巨大な両開きの扉がどっしりと構えられている。セーブと薬草で体力を満タンにしていないけど大丈夫だろうか?
そして目の前には・・・・やはりと言うか、何となく知っていたけど部屋の主がいた。黒髪が目にかかるほど長く、その眼は髪と同じ黒色をしている。そして黒い鎧に黒い剣を持つ、黒い髑髏を被った真っ黒亡者だ。
背中からは黒いマントが垂れ下がり、そのマントは全体がずっと燃えている。熱くないのかと聞くのは無粋だと判断した、カッコいいなら全てを犠牲にしても良いという考えの亡者だろう。
「まさか本当にやって来るとはな。・・・・私の意志を継ぐ者よ」
『お前が素材か』
「素材か・・そうだな。貴公にとっての私はそう映るのか・・・ああ、そうだとも。
私が貴公の探していた素材だ」
『よこせ』
「まあまて、これから先の道のりは長い。急ぐだけでは本願を叶えることは難しいぞ、まずは我が宿敵の監視を打ち払わなければ」
凄く渋い声の真っ黒亡者さんは聖堂の床に剣を突き刺すと、その剣と地面の間から閃光が迸り、聖堂内を明るく照らすと同時にアスクさんは膝を付き、崩れ落ちた。
「今のは一体・・?」
「宿敵とは別に親・・・恐らく母親からかなり強めの魔法で監視をされていたようだな。打ち払う際に無理矢理引き千切ったせいで気絶してしまったか」
「体に害はないんだろうな・・・」
(メロエちゃんが見ていたらアンタ打ち首じゃあ済まなかったぞ・・・!恐ろしい奴)
「害を及ぼす理由がない。それに貴殿は神格を手に入れて間もない龍神の魂と人の魂を持つ子か・・・さては龍神としての責務を投げて来たな?」
「身バレが早い・・・同類か神か・・・どちらにしても強敵ですねぇー」
「強敵か、フフッ・・・今の私はそう呼ばれる程の力はない。覚醒をした君ならば私は塵芥に等しい存在となるだろう。残念ながら未だ覚醒は果たされていないようだが」
おいおい、心をくすぐる攻撃とか卑怯じゃあないか?その攻撃僕特攻付与されてるだろ。
「ニーズヘグよ。アンタが何故ここにいるのじゃ」
「ヴリトラ・・・死者の町に封印されていた君こそ、なぜ彼と共にいる?」
「妾は偶然にもソコで寝ておる者に封印を解いて貰っての、変わりに道案内を頼まれた」
「災を撒く蛇と言われた君を道案内にか、面白い男だな。・・・私は破壊を司る天使に囁かれここに導かれた。フレスヴェルグを封印した聖剣、ヴェズルフェルニルを破壊することが出来る男が来るかも知れないと・・・な」
「それで律儀にずっと待っていたと、アンタの執念には感服するわ。そろそろ目覚めるはずじゃ、確かめることを確かめたら直ぐに渡すのじゃぞ?」
「分かっている。彼は長話が余り好きなタイプではないらしいからな」
「アンタは好きなのか?」
「まあ、そこそこな」
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「ん・・フゴッ・・・ゴゴゴフフフゴフゴゴ・・・」
(ん・・クソッ・・・さいあくの寝覚めだぜ・・・)
意味不明な夢を見た。ウチの母さんと鷹の頭を模した被り物を被った男が、タコ焼きの入った経木舟皿を持ってバイクに乗っている俺を超高速で走って追いかけて来るのだ・・・物凄い迫力だった。
途中で出て来た黒いおっさんが通行止めをしてくれなかったら今頃どうなっていた事やら。
(・・・・所でここはどこだろうか、見た感じ聖堂の様だが?)
辺りを見渡してハッと気付く。
「フゴフゴゴ・・・フゴゴゴッフフ・・・」
(たこやきの・・・くろいおっさん・・・)
「私には君の言っている事が理解出来ない。だが、伝わっては来るぞ。今、私を呼んだのだろう」
『・・・一応な。俺が眠っている時にどうして攻撃してこなかったんだ?』
「そうしていたら君の思う壺だったのだろうな。その鎧に敵意を向けられた状態で触れるのは何となく不味いと分かるのだよ」
『勘が良い奴は困る、計算が良く狂う』
「時には勘を頼りに進んでみるのも良いと思うがね、私は」
『それもそうだな。竜海、御義母様、コイツは俺だけでやる』
「まあ、元々アスクさんの修行の一環ですしねぇ。オッケー」
「戦う意味はないと思うのじゃが・・・」
背後にワープすると、フルパワーで上から下に向かってサマエルを振り下ろす。しかしそこは予想していたのか、単に勘が良いだけなのか振り返り片手剣で見事大剣を捌いて見せた。
しかし剣を捌く事ばかりに気をとられて俺の接近を許してしまったことは失敗だったな。
「グハッ・・・ウゥガハァ・・・」
『見誤ったな、俺は剣士ではない。元は魔法使いだったようだが、今はそうでもない。どうだ、中途半端な奴の攻撃は。中途半端に効くだろう?』
「酸・・・・か、亡者の乾いた皮膚には良く沁み渡るな。どこで売ってるんだ?」
「フゴフゴ」
(キ〇スク)
「地獄では聞いた事がないな!!」
(前ステップからの飛び刺突!?)
鎧の上からでも分かる重い一撃に、頭を揺さぶられる。何度もされれば不味いかも知れない。早いところ相手の動きを止めなければ。
「今ので首を飛ばすつもりだったが・・・頑丈だな。見た目通り」
『聞いて起きたい。お前を殺しても魂は手に入るんだろうな?』
「魂?・・・ああ、手に入るとも。だが心配は無用だ」
『なら良かった。・・・・・・・まず一つ目だ』
「・・・・なに?・・グッ・・・」
お喋りの好きな奴で助かった。無言で動き回られたら捕まえるのに苦労させられるところだった、もしかしたら負けていたかも知れない。攻撃をしてもさっきからかすり傷は全て焼いて消毒しやがるし、入る隙間がないじゃあないか。
「ぐあああああああ!」
「シュー・・・・・コォー・・・・」
鎧による腐敗の力と、最近のトレンドのお薬を液体にして指先に付けておいた。
元々欲望を叶える薬に対する治療薬なのだが、まあ、ヘルペスに聞くアシクロビルみたいに完全に治療することが出来るため、お値段もソレだけお高い。
今遊びで数滴使ったが、これで俺は賽銭箱に数百万ジェル突っ込んだのと同じくらいの無駄遣いした。
そして無駄遣いした理由は単に神様に何か祈願したいわけではなく、面白い反応が見たいからだ。毒のない所に薬は必要ない、もしも必要のない場所にその治療薬を投与した場合ソレは毒になる。どんな気分だろうか、無理矢理欲望を減退させる薬の味は。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ア゛ア、アエ゛エ゛、アエ゛エ゛エ゛エ゛・・・!」
(あ゛あ、あはは、あはははは・・・煩悩まみれだなあ!)
『魂を手放し楽になれ。剣士の魂よ』
亡者の中から出て来たのは剣士ではなくもっと巨大な魂のような気がしたが、それは無事サマエルに吸い込まれて言った。奴の着ていた装備と亡者の肉体は両方とも使い道がもう俺の中で決まったので亜空間にそのまま放り投げる。
「まずは一人目、ですか。おめでとうございます」
「ふご、ふごごふごご」
(おう、つぎにいくぞ)
「その鎧、もう少し何とかならぬのか?」
不満を言ってはいけない。見た目の良さと強さの両方が欲しいなら他を我慢するのは当たり前なのだ。
妖精族とは
妖精族はその断片的な意志を継ぎ、過ちを繰り返そうとする者に
忘却の魔法をかけ続ける者達を指す。




