大会準備編 9 跳躍 突進 回転切り
この場面は書きやすかったですね。
山の頂に立ち、酸素の薄さを実感し、俺は目の前の化け物を見据え、威圧に心臓が怖気づいていることを感じながら、亜空間に手を伸ばし剣を握った。
信頼している俺の作業道具、当たれば毒で倒せるという絶対的利点を兼ね備えた神器、形状は振りやすい細剣型が長所を生かせただろうところを、毒耐性のある生物であろうと圧殺したいと願う俺の傲慢な自尊心が願い、破壊の神から手渡された聖剣。例え気高き高名な男の大剣であろうと見劣りするはずがない。
産まれながらに兼ね備えた長身の肉体にバランスを重視した筋肉、ソレを包む全身の鎧も新しく変えた。俺は大丈夫だ、勝つのは無理と分かっていてもより多くのモノを吸収すれば良い。
負けても悔しくないんだ、それ負けてないんだ、だから負けてもいい・・・・クソッ、矛盾してんの自分で分かってるのによお・・・・ダセェなあオイ。こんな時までプライド優先してんのか俺は?呆れちまうなぁ。
「アスク、剣を握る手が震えているぞ。もう少し気楽にやろう、先に攻撃していいから」
「フッ・・・フフッ、僕を相手に煽る人間なんて父さんぐらいです。ですが、そうですね・・・少し気を楽にしましょうか」
欠伸をするため剣を持った右手を口元に持っていき、大剣で左腕を丸ごと隠す。左の空いた手を後ろにまわし、亜空間から瓶を取り出す。
クレウスほどもなればこの行動さえもバレているのだろう、しかし一縷の願いを込めて瓶を鎧を通して握り潰し、瓶の残骸を亜空間へ消すとその少量の液体が付着した手でさりげなくサマエルに触れる。コレで毒を付与させた。
次は、誰にでも分かるように自分に加速や攻撃力をあげる魔法をかける。クレウスはそういった類の事はしないらしい、というよりも俺には必要ないということだろう。
「詠唱しないのはやっぱり母さんと一緒だなぁ。俺には真似出来ねえ」
「不便ですね」
「ソレが普通なんだよ!」
会話をしているだけならただの間抜けに見えなくもないところが油断できない。こういった奴は英雄気質とでもいうのか、日常から戦闘への切り替えがとても上手い。黙るとまた目が鋭くなり、剣に目がいくと今度は笑みを浮かべ、チラリと一瞬俺を見た。
そして俺はこのとき確信した、俺の動作は今バレていなかったと。サマエルに毒を付与する一連の動作はばれていない。現に今クレウスは分かりやすい鎌をかけた、俺が目線を剣にずらすようなら剣に何かあると踏んだかも知れない。しかし俺は何もせずただ剣を構えた。
もしかすると一太刀浴びせた後にオマケが付いて来るかも知れない。
「行きます」
「馬鹿真面目に言わなくて良いぞー、んなこと言われなくても防御してやるから。アハハハ」
ワープ攻撃を使うか?ワープできることを知っている相手に向かって。・・・ソレは出来ない、ワープ攻撃は元々俺と初めて戦う相手を騙し討ちし、即死ダメージを負わせる技、ワープできるからと言ってむやみに突っ込むのは愚策か。
巨体を生かし、直前まで近づいてからの爆発再現魔法の連射で目くらましをしながらのバックアタック、コレだ!!!
「おうおう、やっぱ知ってないと死ぬぞ?その攻撃」
「ッチ・・・何で簡単に避けれるんですか。気分悪いですね」
バックステップで距離を取りながら、爆発魔法を連射する。煙幕の代わりにでもなれば良いと思っていたが・・・。
「魔法攻撃も使える剣士なんてかなりレアなんだぞ?・・・自覚してるか」
「あの攻撃を無傷で切り抜ける剣士は聞いたことがなかったですがね」
「意外といると思うけどなぁ、ハハッ」
クレウスは歩みを止めず、ゆっくりと距離を詰めるようにジリジリと接近して来る。漫画のような鍔迫り合いが今出来たならどれだけ楽だったことか。
この戦いで剣とは、相手の剣を捌く事は出来ても直撃を守る道具としては使う事が出来ない。もしそんな余裕が生まれているならば、既に勝敗は決しているだろう。
「父さんも攻撃宣言するぞお、後少しで終わらせる」
「・・・出来るモノなら」
クレウスが腰を落とし、剣をダラリと下げる。下からの切り上げ攻撃か?いや、しかしそれではまるで次の行動を教えて・・・・
「アスク、上、だぞ」
「・・・!!!!」
跳んでいた。八メートルは空けていたはずの間合いをジャンプ一つで埋められたのか!
振り下ろされた重厚な大剣は、防御の姿勢をとったしまった体を容易に斜めに引き裂き、その風圧により俺の巨体は吹き飛ばされた。鎧のエリンギ妖精によって傷は致命傷にまでならなかったものの、あの攻撃を受けてから体の震えがまた一回り大きくなっている。
「落下速度を変えるなんて・・・面白い発想だ・・・」
剣を下げて跳躍したその間に、魔法ではないスキルが発動し、通常では再現不可能な速度でクレウスの体は落ちて来た。
(本来ジャンプ斬りなんてものは隙の大きい攻撃だが、数メートルの跳躍移動を可能にする未知のスキルがあるのか!?)
相手の体だけが倍速のように感じ、捌きもままならないほど速く頭上に現れ切り裂かれるあの感触に震える暇もなく、また別の構えを作るクレウス。
そして立ちあがりを狙った突進突きを避け、その突進の勢いを引き継いだ足を狙った回転切りも捌いた。全て父から盗んだ技だ、コレがなければ心臓と足はなかった。
「下だ!」
一瞬、俺はその大きな声に反応して下に目をやってしまう。そんな分けが無いのに、また上からくるから構えていればいいのに、俺はまた上からの攻撃を貰う。が、しかし二度同じ攻撃を喰らって同じ反応をするほど俺は弱くはない。
-------バォゥン-----
小さな音を鳴らしながら、レクレール・メルダースから放たれた異物はクレウスの肩を捉えた。この武器に元々火力がないのは知っていた、弾丸のない世界で弾丸を受けても平気で殴りかかって来そうな化け物のいる世界でこの武器は余りにも弱すぎた。
しかし、対人の・・・この武器と初対面の人間は驚くはずだ。この武器が装填するのは7.62mmではなく、毒針付きのちょっとチクッとする奴なのだから。
「頭が・・・重い・・・・アスクのそれからでたのか・・・いや、まいったな・・・家の子の成長を良く見ておくんだった、こんな危ない物まで作って・・・まったく・・・最悪で・・
最高の気分だ」
状態回復の魔法をかけようとしたら、絶対に阻止をする。この銃も知っていたら当たるような人ではないと言うのは生まれて九年の間に理解している。
「この攻撃で最後にするか・・・・・・・・避けられないだろうが、受け身の一つでもとる準備はしておけよ?」
「またジャンプ攻撃ですか?剣の餌食にしてあげます」
「・・・・やってみな」
先ほどよりも深く構えたクレウスに、目を合わせることすら恐いが剣を構え反撃の準備をする。跳躍した相手は空中で移動することは困難なはずだ、魔法が使えても詠唱があの倍速の動きに間に合いはしない・・・大丈夫だ、心配ごとはない、震えるなら後で震えろ・・・!
「!!!ウ゛ッァア゛ァア゛ァア゛ァア゛ァア゛ァ!!!」
怪物のような咆哮が、耳に入る頃には既に跳躍した体が落下している時だった。三歩後ろに下がればその攻撃は失敗に終わる、その時が父さんの最後だ。そう信じ、ありったけの力で三歩、後ろへ飛んだ。
そしてソレが絶望という言葉に相当する父さんの行動を誘発させたのは間違いなかった。
「アスク・・・お前の負けだ」
落下点を意図的にずらし丁度三歩分距離を詰めたクレウスは、俺を斬った。
「空中・・・・移動とか・・・・卑怯・・・過ぎ・・・・です・・・・」
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アスクを担ぎ、邸に帰るとカトレアが玄関前でお茶を飲んでいたところを立ち上がって出迎えてくれた。あの後、毒の進行が思った以上に早いことを知った俺は、目眩と戦いつつ気絶したアスクを振り落とさないよう担ぐと直ぐに山を降りたのだ。
「あらお帰りなさい。意外と時間がかかったのね~」
「隙のない構えを俺が教えたからな・・・・っつうか、毒耐性があるのに何で俺に毒が効いたんだ?」
「多分それがアスクのユニークスキルなのではないかしらー?確証はないのだけれど」
てっきりアスクのユニークスキルは限界突破系の特殊型だと思っていたんだが・・・この大きさになったのは俺の母さんの隔世遺伝か?俺が人間と巨人のハーフで、カトレアが妖精と人間のハーフだからアスクは半分人間で半分は別の種族だからどうして良いかサッパリ分かんねえ。
「ユニークスキルを二つ保有する・・・なんてこたぁねえか・・・カトレア、先にアスクの傷を見てやってくれ」
「その必要はないわ、私達の息子はちゃんと保身の術を持っているようだからぁ」
「おいおい、傷がもう塞がってんのか。真っ二つにしたはずだぞ!?」
鎧まで修復されてやがる・・・・我が子ながらこの用意周到さには驚く。途中で使ったあの重火器は神器で間違いない、それも中級神の神器だ。あの神器がもしゼウスやクロノスなどの怪力馬鹿達だったなら俺も少しダメージを受けていたかも知れない。
「クレウス君はもっと手加減の仕方を覚えましょうねぇ」
「ウッ・・・すっげえ鈍い音したぞ・・・妖精でも拳骨するのか?」
「コレはあなたのマネよ」
「俺は普段から拳骨なんかしてたか・・?」
「いいえ?・・・でも怒ってる時はこうするのでしょう?」
「まあ、そうだが・・・いやしかしだな」
「そろそろアスクを下ろしてあげたら?・・・その子、起きてるわよ」
肩に米俵のようにして担がれたアスクの眼が早く下ろせと俺に訴えているような気がし、そっとおろすとそのまま自分の部屋まで邸を拳で滅茶苦茶にしながら戻っていった。
(後で自分の手で修復させよう・・・物に当たるのはよくないからな)
「そういえばクレウス、毒の方は大丈夫なの?」
「え?・・・ああ、なんかさっきアスクに首の裏を刺されたんだが、それから別に痛くなくなったな・・」
「あの子、毒薬だけじゃなくて解毒薬まで作れるのね・・・もしかしてユニークスキルはそんなスキルだったりしてね、オホホホホホ」
「そんな、弱っちいユニークスキルなワケあるか、アハハハハハハ」
「そうよね、オホホホホホ」




