大会準備編 7 薄気味の悪い世界
二話重い話が続いたので、二話軽い話を入れようかと考えています。
「・・・スク・・・ま」
誰だ、俺を呼ぶのは。
「・・・・アスク・・・・ま」
止めてくれ、やっと解放されたところなんだ・・・。
「アスク様」
「ゆっくり寝させてくれ!!!」
「既にお昼の時間ですが、なにか?」
「・・・・」
日光の当たるこの部屋は公爵邸の俺の部屋だ、そして俺はベットの上で眠っている。なぜだ、ホワイ・・・まさか夢オチではあるまいな。亜空間を開いてまさぐると目当ての契約書と自身に対する山のような反省文が触れた。
一枚の紙が銅貨一枚ぐらいだろうになんて数を書いているんだ、見る気もない癖に・・。しかし、アレは夢じゃなかったか。
その証拠に段々と記憶がハッキリして来た。確かあの後82にもう一度薬物投与を行い調整を施したのだ。
研究者として再度迎え入れるのは危険と踏み、丁度ジャマッパが捕獲や採集に行かせる部隊を欲していたので、82を隊長とし、他のメンバーは裏のルートである程度有名な持つ殺し屋や犯罪者を集めて編制した。そしてその管理をするのは勿論オットー。俺の研究から外したかったので丁度良かった。
追々全員の自己紹介などを踏まえた歓迎会などしたいが、皆変わり者なので集会にこなかったり牢屋暮らしをしていたりなどで中々全員揃わなかったので、歓迎会はまた今度ということで俺も一度帰宅したのだ。
そして・・・・現在に到ると。
「段々と眠気が飛んできましたか?」
「もう二、三分待ってくれると嬉しい」
「無理です、はい、気つけ薬代わりの紅茶です」
「おぅ・・ありがと」
紅茶カップを受け取る。いつもスキールニルの入れる紅茶はとても美味しく温度も適切なため疑いなく喉を通り抜け・・・抜け・・・・
「――――ッツ!!?スッパ!!―――――おい、素人が入れたんじゃないだろ!?」
気つけ薬と言えどこんなものを渡すようなメイドではなかった。ックソ、誰かに洗脳されているのか、それともまた裏切りか?
「アスク様、私は実は少し怒っているんです」
怒って・・・いる?
俺はスキールニルになにもした覚えがない。いや、それ以前に彼女にこうして朝起こして貰うことが最近なかったはずだ。スキールニルに会う機会は減っていた気がするが・・・その中で何か癇に障るようなことをしただろうか。
「なんのこと・・・と言いたげな顔ですね。はぁ・・・私にアスク様のワープを止める力があればこのようなお話にはならなかったのですが、残念で仕方がありません」
「俺のワープを止めたいのか。フッ、あのバグスキル持ちの爺さんでも連れてくるといい」
俺の言葉を無視して、ローヒールの音は部屋の端に行き、そしてかえって来る。何を持ってきたのかと思えば果物を入れるような木箱、ベットに座る俺をこれ見よがしにと木箱に乗って見下すスキールニル。
日頃から見下されることがそんなに気になっていたなら言ってくれればいいものを・・・膝を曲げて顔の位置まで腰を落として話すのに。丁度中学生が園児に目線を合わせる感じで。
「なんですその哀れみの眼は・・・まさか私が普段アスク様に見下されていることに不満があるとでもお思いになっているのでは?そんな私情は一切ございません。余計な勘違いですよ、全く、残念でしたね」
分かりやすいモノに対して、裏があるのではないかと思ってしまうのは日本人の性というものだろう。それにこういうのをなんと言うか、竜海ならば、あざといと言うだろう。
何もかも浅はかな考えのもとに行われる無駄なあがき、朝から見て疲れるモノではない。むしろ少し可愛げがある。
・・・・・・バカなことを考えるもんじゃないな。何が可愛いだ。
相手は二十歳過ぎのブロンドの似合う筋肉質なドイツ人だぞ?上から87.5、66.5、94.5の黄金比で太ももが52.5で超美脚をスカートの下に隠し持っていたとしても、ソレが俺の可愛いや美人の定義に類するものだとしても、そう直感的に考えてしまうのは如何なものか。
何よりこの事について俺がここまで否定的であるのは一重に、ウチのメイドが可愛いとか直球過ぎて砂糖の入ったオキシダンを吐きそうだからである。だいたいそんなものはメイドには必要ない、メイドに必要なのものとは。
「最近随分と頑張っているようですね」
主人を見る観察眼と。
「なにボーっとしてるんです?・・・・お熱は・・・ない見たいですね」
献身的な態度と。
「頑張り過ぎは良くないですよ、全く」
少しの愛嬌・・・・・・
「パーフェクトだスキールニル」
「感謝の極み・・・・と答えれば宜しいのでしょうか、すいません余り詳しくなく・・・竜海様が言われていたのを以前耳にしたのでもしやと思ったのですが」
雑学や思慮深さもある、隙がない。コイツを拾って来たクレウスの眼力はやはり計り知れない。しかしそんな完全無欠で国士無双な彼女には決定的に足りないモノがある。そう、それは完璧過ぎて隙がないことにあ・・・・「ワッタっとっっとっと、ウギャアァ!」・・・る。
木箱からベットにダイブするスキールニルを抱えるようにして受け止める。だが、俺は騙されることはない。絶対に今のはわざとだ、わざとなのだ。誰だ、こんなシナリオを書いた大馬鹿者は。父か、母か、シンリーか、誰にしても酷いシナリオだ。
メイドがメイドをし過ぎていてメイド成分過剰摂取の状態だ、誰か水でも毒でも良いから持って来てくれ、ソレで俺の顔面にかけてくれ。そして早くこの阿保な夢から解放してほしい。このままでは可愛いメイドと邸で暮らす研究大好きボンボンなどという最悪の称号を神から与えられかねん。
俺の感覚ではついさっきまで怒りと屈辱にまみれていたはずなんだ。それがどうだ、こんな一人のメイドに陽気な気分にさせられている。俺という人間はここまで単純なのか・・・チョロ過ぎるだろ。
「スキールニル、普段はあんまりこういうことしないよな・・・・どうした?」
「これは日頃のお返しです」
お返し・・・だと?・・・そうか、そういうのか、ふふふそういうのを待ってた。それが普通なんだよ。なんだここは異世界でも現実だったのか、ふぅーーいきなりコミカル空間になった時は正直ビックリしたが、お返しとか復讐とかそういう類の話しならまだ俺も耐性があるんだ。
「・・・・復讐か」
逆に言えば、俺はこんな竜海が妄想してそうな非日常だけは勘弁してもらいたい。こういった時の耐性を俺は持ち合わせていない。基本的に俺はシャーデンフロイデ以外に喜びを感じないのだ。
「いえ、そこまで大それたものでは・・・言うなれば私を置いて知らないところに言った復讐・・です」
あのスキールニルさん・・・アナタが別人格過ぎて俺は過呼吸気味なんだ。心の声が届きそうな第四の壁を越えた先にいるかも知れない誰か、もしくはこの世界に絶対にいる大した信仰も集められておられない神様方、オーマイガーと叫びたいほど今切羽詰まっているんだ。
早く助けて。
「誰の入れ知恵だよ、ハハ・・・ハ・・・ハハ・・・」
「メイド長と竜海様から一つずつ頂き、今は竜海様の案を採用させて頂いています」
「よし、アイツの首を刎ねて来る!」
龍神の装備ともなれば高値で売れるぞ!
「まだ私の話しが終わっていませんよ。それと早く下ろして頂けませんでしょうか」
余りの話しのテンポに頭がぶっ飛びそうになるのを抑えつつ、とりあえずお姫様抱っこからスキールニルを開放する。
「そういや、具体的に俺はこれから何をされればコレから解放されるんだ」
「耳の垢取り・・・・耳掃除など如何でしょう」
おい誰か俺に爆裂魔法をかけろ。誰でも良いから早く、迅速に頼む。覚悟はした。
「しょ、植物に耳垢はないのは知っているかね」
「語尾が可笑しなことになっておりますが、動揺なされているのですか?アスク様には耳垢、あるでしょう?・・・さあ早く、お膝に頭をお乗せ下さいませ」
このスキールニルは実は誰かの作った幻覚魔法だと知っていたか?・・・俺はそう信じていたが裏切られた派の人間なんだが、別の世界にこれと似たような現象を知っている人がいるなら是非鳩を飛ばして教えて欲しい。
「俺の頭は幼児の体重並みにあるぞ。正気か?」
俺の口は今日に限って妙に軽口を叩く。そんなに俺の意思とは無関係に動くような口だったか?覚えはないが、いささか抑え気味には出来ないだろうか。俺の心臓がソニックブームを出す前に。
「それで今までに誰にも自分の世話をさせてこなかったのは知ってます。ですが私も鍛えていますので」
あくまで引く気はないのかこの女。コレはアレか、俺の知識の片隅にある『ラブコメ』すなる未知の超常現象が起こっているとでも言うのか。何時からそんな大きな複線が張られていたというのだ。
「フッ、太ももの筋肉が断裂しても俺はどかないぞ」
フッじゃねえよ、頼むから退けてくれないだろうか。あと俺の口、いい加減その場の空気に流されるような発言は、控えてはくれないだろうか。別々のことを一辺に出来る能力がこうも仇となったのはコレが初めてだぞ。いい加減にしろ、あとスキールニルも流石に引いてるだろ。
「かしこまりました、精一杯のご奉仕をさせて頂きます」
もうなんか今日のスキールニルさんは前衛的過ぎる。それにやる気があるし、何よりコケティッシュである。ガキ一人遊んで楽しむような悪女であっただろうかこのメイドは。いかんいかん、落ち着く方法を模索しろ。俺が振り回されてどうする、俺が振り回すのだ。
「あら・・・・アスク様意外と耳は小さいですね・・・随分と可愛らしいですよ」
「見るな」
考えろ。そして見つけろ。
「ソレは私の腕では難しい問題かと」
「耳の垢取りの経験はあるのか」
そんなどうでも良い事を聞くんじゃない。周辺でなにかあったか、危険はなかったかを聞くんだ。
「先輩方には定評がございます」
「経験豊富かよ」
俺は一体何にツッコミを入れているんだ。口は自重する気もないらしい、もはや抗う事は不可能か。ならばもういい、諦めよう。俺の負けだ、この一連の流れは好きにするがいい。
「ふふふっ」
温かい息がかかり、思わず耳を擦ってしまう。もう反射的な速度だった為に思考する時間さえなかった。なんだろう今のは、全身をくすぐられたような未知の気持ちは。
「くすぐったかったですか?」
「笑うの禁止だから。次やったらもうやめる」
「じゃあ息はいいですか?フゥゥゥ・・・・」
全身に鳥肌のようなざわつきを覚えるとともに、全身を縮小したい気持ちにかられる。コレは・・・なんだ?気持ちいいと気持ち悪いと未知の感情が混在している。
気付けば俺は薬に手を出し、体を自らの手で小さくしていた。ここまでくればもう取返しの付かない事は知っていた、だが、もう流れに流され続けてしまえば楽なのだから仕方がないだろ。
「こんな変身を残してたんですか・・・抜け目のない子ですね」
「息かけるのも禁止!!やったらスキールニルクビだから!即刻路頭に迷わせるからな!!」
口調ももはや威厳の欠片もない・・・ただのガキ。駄目だ、もうこれは騰蛇陽葉ではなく純粋なアスクレオス・ワイズバッシュになっている。ティアやメロエと遊ぶ用に切り替わっている。
「かしこまりました・・・・、今頭動かしたら鼓膜破れるのでジッとしておいて下さいね」
今度は別の鳥肌が全身を襲う。コレは恐怖の鳥肌だ。人間はなにか恐ろしいことを想像した時鳥肌を立てる。まさかここまで簡単に人為的に恐怖を植え付ける手段があったとは。次記憶を消す作業をするときは耳かきを採用してみるか。・・・いや、あるわけないだろ馬鹿野郎。自問自答で自分を馬鹿者扱いするとはいよいよ俺も終わりだな。
「なにを考えているのか存じ上げませんが、動かなさい事をお勧めします。ほらぁ、今おっきいのが取れそうです・・・クルクル、クルクル」
「ここは天国か、それとも冥界か」
「天国かは存じ上げませんが冥府に小鳥はおりません、怪鳥なら見かけましたが」
「ハハッ・・・・面白い冗談だ」
「シンリー様に連れられ、研修時代はそこで幾つかの作法を学びましたので」
「・・・・道理で俺の安心する香りがするわけだ・・・眠たくなって来たよ」
良いのだろうか、良いのかもしれない。もう疲れた・・・どうにもならない日はどうにもならないのだ。
「安心する香り・・・ですか。フフッ、そんなことを言われたのは初めてです。またお眠りになるのは余りよろしくはないのですが、まあ少しだけ。それと気になるのですがどういった香りなのでしょう?」
「焼けた硝煙と・・・・焼いた人の灰の苦くて辛い臭い・・・・グゥ・・・グゥ・・・」
俺は瞼を閉じた。
「・・・メイド長は香水を持っていらしたかしら」
次も多分明るい話。書く事が出来れば・・・ですが。




