大会準備編 5 欲望の形
地図を描いてくれた友人から一言、「読者は閲覧を注意した方が良い」らしいです。自分では自分の変化に気づきにくいので、なるべく読者の皆さんが混乱しないよう頑張りたいです。
研究所内部の生体実験を行う場所に偶然あの子供はいた。助手のエルフの女とイチャイチャと子供の癖に気持ちの悪いとずっと思っているけど口には出せない、ミトレス王国から追放された彼の失敗を許してくれる研究所は此処の他にはなかったからだ。
あんな子供の元で働くことは屈辱だけれど、私にも彼との生活がある。来年には結婚の資金も貯まることだろうと、二人で一か月働いて得た賃金を見てそう話合ったのだ。それをふいにするようなことは出来ない、たとえ私は有能と言われ彼はゴミと罵られようとも、私は彼が心の温かな人だということを知っている。
あんなに酷いことを言われたのに彼は「良いんだ、僕はいつもこうだから・・ハハハ」と私に気を遣う。あんな顔だけの少年が仕切るような研究所が碌なはずがないのは、働き始めてからすぐに分かっていたことだったけど、彼の辛そうな顔を見ていると、いてもたってもいられなくなる。
だけど、もしかしたら彼の辛い顔を見るのもコレが最後になるかも知れない。だって、あの上司は言っていた。助手に自慢するように、「コレは人間の欲望で進化する薬だ」と。実際にコレを投与された少女は、初め口を聞く事すら出来ず笑顔でニコニコとしていただけだったのに、今では流暢に言葉を話すようになった。
試験番号一番、名前は確かガーベラ。試験番号一番の親はジャクリンと言う私の上司で、彼女もまたこの研究所へと招かれた者で初期の創立メンバーという事になるでしょう。彼女は試験番号一番を見るや、咽び泣きソレを喜ぶと今は試験番号一番に付きっ切り、もう誰にも離すことは出来ないようにおもえた。
いずれ私達もあの親子のように笑顔で生活できる日が来ると良いと思いつつ、ふと目に入った試験番号一番の研究レポートに手を伸ばし中身を見た。
(試験開始後、実験体に複数のスキル発芽を確認。薬が切れるまでの間約八十五個のレベル一スキルを入手。その後複数のエクストラスキルに纏まり、その後全て消滅・・・・)
通常、練習によって得られるものが通常スキルと呼ばれるもの。そんなものをあの薬を飲むだけで一度に増えてしまうという事も驚き、と言うよりも国賓待遇で国に迎えられてもおかしくはない偉業。
しかもそれに加えてエクストラスキルに纏まりその後消滅って・・・エクストラスキルが重複してユニークスキル化を果たすことは有名な科学者によって証明されているけど、この実験の結果ってまさか、人工的にユニークスキルを創り出したということではないかしら。
そうなったのならコレはもはや人類史に乗るレベルの革命、人間がユニークスキルを自由に作り出すことが出来るようになれば異世界から勇者を召喚することや、英雄を産むということが全て必要なくなる。だって、国が抱える兵隊はその薬で全員がユニークスキル持ちということになるのだから。
・・・なんて素晴らしいものを作ったのかしら。この発明だけで後の世までその名が残る事は間違いないわ。でも、そんな大事なもの、あんなまだ私の半分も生きてないような子が発明したなんて皆思うかしら、いいえ、思うはずないわ。
じゃあ逆に誰が発明したとなれば納得するかしら・・・彼なら納得するのではないかしら。いつも下請けばかりする優しくて心の強い私の彼なら、みんなも納得するはず。彼には追放されたとはいえ、大国で働いていたという実績がある。そしてそこをやめて直ぐにこの薬を世に公表すれば・・・彼は一躍時の人、そして私はその人の隣で・・・フフッ、妄想はこのぐらいにしないと。
でも、やることは決まったわ。ジャマッパ副所長には申し訳ないけれど、こんな薬を子供が作れるなんておかしいと皆思うわ。それなら誰も私達を止めはしないはず、いえ、援護すらしてくれるかも知れない。
誰もあの子の事を認めてなんていないはずだから。
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「いきなり飲み物を噴いた時は本当に驚きましたよ。あの時どうなされたんですか?」
「恐らく気管支に飲み物が入ったのでしょう、すいません。白衣を汚してしまって・・・」
「あ、いえ!そういうつもりで言ったんじゃないんです。子供が咽て服が汚れるなんて良くあることで・・・・あ、あの所長・・すいません」
「分かっています。しかし子供だからと言って許されるとは思ってはいません、もうあの白衣は着れないでしょう。代わりの物を持ってきます」
「え!?いえいえ、その場で綺麗にしていただきましたし、まだまだアレは着れますから。あ、あの気を落とさないで下さい。所長は笑顔が一番お似合いですよ」
「そんなことを言われたのは初めてです。笑顔が良いなんて、ハハッ」
・・・やってしまった。マイさんがまさかのジーナの母親という爆笑のネタに思わずチョコレートダルメシアンを噴いてしまった。そのせいで高かったであろうこの世界では珍しい白衣は少しの間とはいえ汚れてしまい、俺はその汚れたままの白衣をきたマイさんに背中を撫でられる始末。
羞恥ここに極まる。所長というポジションを利用して彼女に許しを乞いているという卑劣なパワハラをした挙句、その相手に気まで遣わせるという、言うなれば弱者に与えられるであろう同情と言う名の施しを受けた。
これ以上なにかされるということが俺にあって良いだろうか、良いわけがないだろう。毒霧をかました挙句にその相手に同情されるなど人生に一度あるかないかだ、しかもよりにもよって同級生の母親に。
・・・これからどういうことをすればこのことは帳消しに値すると思われるだろうか、同級生の母親に毒霧、これに見合う謝罪とは一体なんだ。金か、金なら幾ら出せばいい、万か、億か・・・・・・億?・・・あ、そうだ記憶を消そう。
「ちょとマイさん頭を貸して下さい」
「え、・・・こうですか?」
「そうそう、そういえば昨日の夜ご飯はナンでした?」
「粉チーズのかかった野菜サラダでナンでは・・・・・・あ、アレ?・・・私はどうしてここに?」
「アハハ、しっかりして下さいよ。ここはカフェで、さっきマイさんは粉チーズのかかった野菜サラダを頼んで食べていたじゃあないですか。粉チーズのかかった野菜サラダは昨日の夜ごはんではなく、今、口にしたんですよ。覚えていませんか?」
「え?・・・あ、そうでした・・・け・・・?あ、あー?」
「はい、そうですよ。さあ、お腹はまだ空いているでしょうから食堂にでも行きましょう。いまとてもステーキ丼が食べたい気分なんです」
「あ、奇遇ですね。私もなんですよ!」
「そうですか、では行きましょう。あ、ほっぺに粉チーズが・・・とってあげます」
もう一度確認のため後頭部に的確な注射を打つ。暫くはフワフワしているかも知れないが、明日になればちゃんと今日食べたのは粉チーズ入りの野菜サラダと思うようになる。
「あ、あの所長。ジゴロってよく言われません?」
「そういう風に見えますか」
「はい、おそらくは」
「中々面白い見方ですね、食事をしながらその事について議論してみましょうか」
「わたし、これついては自信があるのです」
「・・・・謎の自信が湧いて来るところはソックリだな・・・」
「あら、所長今何かおっしゃいました?」
「少し咳き込んだだけです、ご心配おかけしました」
≪緊急警報、緊急警報、緊急レベルS、緊急レベルS、隔壁の閉鎖を始めます。緊急警報、緊急警報・・・・》
店内が警報と共に、赤く染まる。研究所内部で何かあったらしい。情報流出のために研究所内部に通じるカフェの扉は既に三重に閉まり音も聞こえない。
「緊急レベルSは上から四番目です、・・・どうしましょう所長、皆が危険です!」
「僕が行くので心配しなくて大丈夫です。とりあえず落ち着いて水を飲んでいて下さい、水を」
「行くって、でもどうやって?」
「二秒目をつむっていて下さい。良いですか」
「あ、はい!一・・・二・・・所長コレでいいですか?、え、目を開けて良いですか!所長?所長ー?」
取りあえず、研究所の中に帰って来たは良いものの警報の原因は未だ不明。毒ガスなどだったら厄介だが、そういう対策はちゃんととっているからそこまでの警報レベルにはならない、となると面倒なのは研究途中に起こった何か・・・か。
今は殆どの職員が休憩中なはずだが、中には働き者がいたようだ。さてさて一体どんな馬鹿をやったらSなんてことになるのやら。Sになるのは、【SSランク級の魔物が乱入して大パニック、所長または副所長助けて下さいお願いしまーす】と言うぐらいのレベルだ。
滅多に起きない大惨事が起きているであろう研究所内を見てまわると、確かにどこもかしこも傷だらけ、意図的に破壊されて移動しているとしか考えられないものばかり。本当、誰がこんなことをしたのだろうか、サッパリ検討がつかない。
犯人が見つかり次第刑を執行しよう、平等に全裸にして泣こうが喚こうが、資源として研究所で生活してもらおう。尊厳など失う厳しい罰だが、きっとこんな阿保なことをする犯人だ。それぐらいの覚悟はできているはず、いや、していて当然だ。出なければ俺に時間を使わせるようなことをするはずがない。
(さて、まずどこから探すかな)
ワープを使わず慎重に、一部屋ずつ探索する。必ずノックは忘れずに三回、それ以上はイライラするだろうしコチラとしても三回以上は気が引ける。反応がなければ失礼、と必ず言いながら開き、誰もいないこと、異常がない事を確認し、次の部屋へと向かう。
そして何人かの研究員を見つけ出すと、ソレを亜空間にとりあえず投げ込む。彼らが穴から出るころには異常事態も収まっていることだろう。五、六人見つけた辺りで恐らく原因であろうと思われるソレに出くわした。
「ア・・・アァ・・・所長・・・・タスケテ・・・クダ・・・サイ・・・」
「ふむ、背丈は百五十ほどで異常に顔が整い、とても美人なのにその発達しすぎた巨乳と下品にも程がある尻と壁を切り裂いたであろう極太の爪で全てが台無し・・・。それで持ってバランスよくしようと今度は願ったのか、バランスを保つために足は極太りし動けなくなり、肩は何枚パットが入っているのか分からない。・・・・君の名前は憶えていませんがどんな人だったかは覚えています、なんせあのニキビアザラシに恋焦がれ、僕に一度病んでいるのかと錯覚させた人でしたから。・・・・いやはやとても残念だ。賢い君なら僕が偶然置いてあった薬を飲んで進化するなんて愚かなことはしないと思ったのに。まさか飲んで化け物になってしまうとは。・・・・そういえばそれを飲んでニキビアザラシに会いましたか?おそらくドン引きしますよ、間違っても君をもう以前の君とは思わない。ただの怪物と認識しますよ。・・・・いやはやとても悲しい事です、男女間の愛なんて所詮はそんなものということですか」
彼女はずっと助けてと言い続けているが、もはや手遅れであり、手の施しようがない。あ、嫌、嘘を吐いた。手遅れと言うのは嘘だ、手の施しようなど幾らでもある。ただ助ける必要性を感じない、そして助けた所でそこに意味があるのかさえ不明である。
ただ人命救助の一環として、哀れな部下に同情するならまた話は別だ。しかしそうなると、その同情をかけるためにも情報が不可欠。精々頑張って彼女には演じて貰おう、俺の涙を誘うような名女優に。
「タス・・・ケ・・・・テ・・・」
「胸のせいで呼吸が出来ないのでしょう。すこし削いであげましょう。ほら、どうです。かなり楽でしょう、進化の過程で痛覚などもなくすよう願ってしまっていそうですから痛みもないはずです」
「なんで・・・わかるの・・?」
「ぽっちゃりの方々は立っているだけで足が痛くなるというのを耳にしたことがあります。またずれなども酷いと。痛覚など遮断してしまえばそんなものは感じませんからね、痛覚を知らずとも痛いのは嫌だと思えばそれだけで薬の力で痛みはなくなり、開放的な気分になります。脳が騙されているだけとも知らずにね」
「もとに・・・戻して欲しいの・・・おねがい」
「ハハハハッ、何を言ってらっしゃるのかサッパリ分かりませんね。・・・・・・・・・・お前が望んでその姿になったんじゃないのか、知った事か、この屑が。何故お前は踏み止まらなかった?このまま俺から金を受け取り続けていれば幸せな家庭が築けたはずだ!!!・・・・薬は真っ先に思い立った欲望を順に効果が続く限り叶え続ける。お前のその不純な欲望が事の次第を生んだんじゃあないのかっ!?・・・屑が・・・身の丈をわきまえろ・・」
余りの酷さに耐えられず涙が溢れる。別の意味で涙を溢れさせる天才だ彼女だ。もう救いがたい、こういう人間を『度し難い人間の屑』と形容するのだ。薬を飲んでからももっと他にあったはずだ、彼の近くに居たいとか、彼と外に出たいとか、愛を証明することはもっと出来たはずなのだ。
だが何故なんだ、もっとなぜ自分の愛した男を信じてやれなかったんだ・・・。彼女にとってニキビアザラシとは、自身の体を目当てに付き合っていると思っていたロリコン面食い巨乳大好き男であり、とどのつまり体目当てのゴミと思っていたのだ。全て口から出なくてもよくわかる・・・その体で証明しているようなものじゃあないか・・・なんて・・・なんて夢がないのだろうか。
そして悲しみの涙も次は笑いの涙へと変わっていく、怒って悲しんだ次はもはや笑えて来る。なんせ彼女はこともあろうに貰い泣きでもしたつもりか純金の涙を流すのだ。性欲の次は金というわけだ。
傑作過ぎて――――笑い過ぎて過呼吸になる。さっき気管支をチョコレートダルメシアンで詰まらせたばかりなのに、こんどはこの女の謎の涙で過呼吸になって苦しい。もういい、漫才劇は十分だ。こんなことなら床下が開くように設計しておくのだった、こんな喜劇は笑っている間に終わってくれた方が良い、シュールな気持ちになってしまうから。
「お願い・・・したのに・・・お願い・・・シタノニ!!!ウガアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオ!!!」
呼吸が落ち着きふと冷静に見ると、肉塊が純金の川を作りながらその整った顔で歯ぎしりしている。唇から血が溢れ、廊下が汚れる。さて、そんなことももう終わりだ。十分だろう、人間としての誇りを捨てて、化け物のフリをし続けるなんて散々だろ。
彼女は試験番号82だ、もう以前の名前は使わないから必要ない。彼女を研究する職員はまだ決まっていないが、候補はある。ムチムチ過ぎて歩けなくなったロリで巨乳な女性を好きな変態が研究所内にいるのだろう、この研究所内には。
薬の効果も切れて欲望を叶える力も、残ってはいないこんな資源を誰が使いたがるかは未知数だが、彼女が生きる事を望む限り善処はしよう。
それはそうと、俺の後ろから足音が聞こえてくる。恐らく緊急事態でビクビクと部屋の片隅で震えていたのを、先ほどの奇声を聞いて急いでやって来たのだろう。不細工なアザラシの擬人化とも疑われるソイツが今彼女のもとへとやってきた。
「よくもまあ今になってぬけぬけと・・・。ねえアザラシくん」
「所長さん・・・僕の名前はオットーです。それよりやはり彼女・・・なんでしょうか」
「オットセイ?・・・・道理で彼女がそっち方面に堕ちたワケです。天然モノはさぞ凄いのでしょうねぇ」
「所長!・・・彼女は・・・彼女はやはり・・・アレ・・・なんですか・・・」
「はあ?・・・・知りませんよ彼方のいう彼女なんて。幻想(二次元)なのでは?」
「いやでも!・・・あのリボンは・・・僕が彼女にあげたリボンなん・・です」
「だけど俄かには信じがたいと、そう言いたいんですね。・・・・ふむ。どうしてそんなに信じてやれない?」
「え?」
「どうして信じてやれないのかと聞いているんですよ。自分のあげた思い出のリボンをその物体がつけていてどこなく彼女の面影をみて、そしてそこまで来て、なぜ自分を信じられない?彼女があんな風になるとは夢にも思わなかったからですか、それとも彼方の言う彼女とはそこにある資源とは別でまだ研究所内で震えているかも知れないから?」
「そ、そうだ!まだ騒ぎのせいで隠れているのかも知れない!」
「オッ・・・・トー・・・・」
資源が声を上げて何かを発音した。コレはレポートに記録するべきだが、まだ紙の束も完成していないため記録は出来ない。これから起こるであろう如何なる会話も記録には残ることはない。
「少し静かにしてくれないか、その声は僕のとても好きな人の声と一緒なんだよ」
「どうして見ないふりをするんです!現実を見てくださいオットーさん、ファンタジーだからといって調子に乗るのも大概にしていただきたい!ここは奇跡なんぞ起きやしないと考える者達が集う場所です。彼方の発言はその者達への侮蔑に他ならない、お一人だけ希望とやらにすがるつもりですか?神などというふざけた高位存在に願うつもりですか、そうであるなら僕は彼方を許しはしないぞ。・・・いい加減に夢から覚めてください、彼方が所属するこの場所は、夢や希望を語る場所じゃあない。夢を叶え、希望を現実にする場所だ。今彼方がするべきことは現実を直視し、受け入れ、やり直す事だけだ・・・分かったのならばその資源を指定の位置へと運び入れて保管しろ。自らの手で」
≪警報は解除されました。警報は解除されました。緊急レベルSは解除されました。緊急レベルSは解除されました、職員は付近の安全を確認次第中央ホールへと足をお運びください、職員は・・・・》
その後、全ての騒動が収まるまでに約五日かかった。その間に俺はというと、左手で国の憲法改正案を作りつつ、右手で学校を休んでいる分の宿題をし、口で研究所内の今後の安全についての議論をするというハードなスケジュールを五日間ずっとやっていた。
睡眠時間もいつもは七時間寝ているのにこの五日間だけは三時間ほど。二度とこのようなことが起こらぬよう人選と教育はしっかりとするべきだと身に染みて実感させられた。




