魔族地域 獣人国編(死) 4 ショータイムの三十分前
「吸血鬼は反射神経どころか足も遅いようだな。おかげでこの通り、十分な水を確保する事が出来たよ」
俺達の座っていた泉の反対側から一瞬のうちに、ソレはもう刹那的速度で泉の液体を球体にした男が、自らがきた道を追いかけてきている何かに向かってそう吠えている。
もし竜王が寝ていたりすれば俺も獣人のはく製を検討したんだが・・・・竜王は起きているから、俺も追っ払うぐらいの事しかしない。それにこの猫を相手しているのは向こうから来ているティアだろう、俺が関わるととりあえず面倒ごとになるのは目に見えてわかる。
だからこの猫にはすみやかに帰投してもらおう。
「折角夕日が泉に映ると言うから竜王を誘って見に来たのに。泉の水を取ってしまっては見えないでしょう?あと、彼方の声煩いので少し首を落として貰っていいですか?彼方の起こした奇跡よりも僕の今おかれている状況の方がかなり奇跡なんです。分かっていますか?早くティアと一緒に森に帰って下さい」
溢れ出る思いは他人相手だとこうも容易く口に出せてしまうものだなぁっとしみじみ思う。
剣で猫を叩きながらそう痛感する、一億の言葉があったとしてもその中でこの感動に直結する言葉と言うのは一万も無いのだろう。多くの言語を手に入れ、多くの言葉を知っていたとしてもこの時間を現す事はそう簡単じゃあない。
チラリと竜王の方を見ると、あくびをして眠たそうに瞼をパチパチとしている。・・・・・・コレはいけない、邪魔な奴が乱入したせいで竜王を暇にさせてしまった。これはコイツに然るべき罰を与えて、今すぐに戻らなければ。
「なんだオマ・・・・ブッィ」
猫の頭部を持ち、力を加える。あと少し力を加えると中身が出てしまうので、来た道へティアを避けるようにして遠投、そしてティアに手を振ってからワープで竜王の元へと戻る。
この間を言葉で言うなら刹那だろう。瞬きより早く掴んで投げた。猫が死んでないと良いが、恐らくアレは頑丈な部類に入るだろうからそこは心配しないで良いだろう。
ティアもワケが分からないといった顔で戻って行ったが、ティアはティアで良い。ティアがいると俺もどちらで話せば良いか分からなくなるし。何も聞いてくれない方がいい。
隣に戻ると竜王は、足を水の中でゆっくりと動かし泉に波紋を作っていた。
「知り合いか?」
「ああ、小さい方が俺の親友だ」
「お前さん・・・・」
「なんだ?」
「友達おったんじゃな」
「・・・ああ、俺もいる事に驚きだ。・・・社会的に仲良くなっている可能性の考えられるメイリオやアルバートと違って、アイツは本当に何で俺に話かけたのかも不明で、仲良くなったのも不明だ。本当にいつの間にかってやつだ」
「ほーん・・・・・そのメイリオやアルバートも普通に友達と思って良いじゃろうに。アスクは疑り深いな」
「良く知らん、竜王の方がそういった経験値は多いだろ?」
「妾か?妾は別にテキトーに話してたらテキトーに増えるからのぉー、考えた事すらなかったわ」
そうかそうか、考えたことすらないかー。
「まあ、生物誰しも得意不得意があるって事だな」
「人間はテキトーに話していたら増えるであろう?」
「・・・・・・」
話題を変えよう。鬱になるまえに。
「それより――――あれ、あれだ」
「アレ?」
困った、何も思いつかない。記憶を遡っている最中だが何か見つかれば――――
「あ、竜王の父親、イデアのパッパがどこに封印されているとかは聞いたことあるのか?」
「知っておったら焦土にしておる。どこかに封印されているらしいが・・・」
「パッパの名前は?」
「ファフナー・ニール・ウォームリィという。竜族最強の矛と盾を持つ守護神竜と言われておる雄よ」
「守護神竜ねぇ・・・」
前世の知識に確かファフニールという化け物についての伝承があったな・・・。何でこんな事を知っているのかは分からんが確かそのファフニールは人に害悪を振りまく邪な蛇だった。それが此方の世界では竜族の守護神竜――――と、随分と平和的な生物になっているようだ。
「封印される前は妾よりも強かったお方じゃ、封印が解かれたとしてもかなりの弱体化がされておるだろうから妾の方が今は強いであろう・・・・封印と言うのは残酷なつくづく残酷じゃ」
適当な事を聞いた割には色々と出てくるな、それにこの世界の知性を持つ生命体は全員戸籍とかあるのだろうか?竜の中でも親と同じ名前と言うのはやはりそういう事なのだろう。数が少数だろうと法律とか作ってしっかりとやっているのだろうか?
「封印って体が鈍ったりするものなのか?」
「ああ、単純に考えればいつ出られるかもわからぬ箱に閉じ込められるのと同じ事なんじゃと。罪を犯した竜などには同じ竜族からの粛清として封印が行われる事がある。その封印を解かれた者からの話しではそうらしいぞ」
罪人とお喋りねぇ・・・普通中々話す機会すらないと思うんだが。
「ちなみにそいつはどんな事をやらかしたんだ?」
「馬鹿なことに他種族の姫をさらったのじゃよ、それもコボルトからゴブリンまで多種多様な姫と位置付けられる多くの雌をさらい、あまつさえその種族に自国を攻めて来るよう言い放ちよってな。それで妾達の粛清にあい封印と言うわけじゃ」
「どんな奴なんだ?俺もソイツの事が気になる」
是非俺のコネクションに入れたい。
「あまり話した事のないやつじゃからなぁ・・・確かテオドーロス・クラウン・ヴルガリスとかいう覚えにくい名前じゃったよ。覚えにくい名前で逆に覚えやすくもあるが」
「そうかテオか。この一件が終わったら会いに行ってみよう」
竜の国が一体どこにあってどうやって行くのかは不明だが、そこは何とか探すとしよう。そうだ竜王に自白剤でも打つか。
くるくると頭で今後のスケジュールを組んでいると、竜王が何か思い出したように泉から足を出して立ち上がった。
「そういえばアスクよ、その一件でふと思ったのじゃが。さっきお前さんの投げ飛ばしたアレ、恐らくアレが首謀者じゃろう」
「どうしてそう思うんだ?」
竜王を少し見上げるようにして聞き返す。空には既に月が現れており、月明りで泉が赤黒い液体に見える。
「こんな所に吸血鬼がいる事がまずおかしい、それにお前さんのお友達だという。そして妾がもういないように扱われていた城での会話を思い出すと答えは見えてくる。アスクの友人、ティア・ゼパルは王様であり、何故か先ほどの猫を追いかけていた」
「ティアはそんな一匹の猫を追い回すような奴じゃあないはずだ」
アイツにそんな趣味があるようなら、クラスにいるリスの獣人のスクイに狙いを定めているはずだからな。
「王自身が何故行動しているのかには理解に苦しむが、追いかけられている方の猫もあの魔力の動かし方と言い、詠唱破棄に近い事もやっておる。そんな事が出来る猫がこの国で普通の兵士をやっておるとは考え難い、となると何か特殊な立ち位置と思うのが妥当であり、夜に吸血鬼の王に追いかけられておるような奴がまともな立ち位置にいるとは思えん。となるとじゃ・・・この一件の騒動を起こした奴かなぁ・・・っとならぬか?」
「情報不足だからな。賛同してやりたい気持ちは山々なんだが、憶測で考えすぎている」
「そうか・・・」
「ま、まあ女の勘というやつを信じてみても良いと、少しばかり考えていた所だ。二人を呼んであの獣人を捕獲してみよう。それからの事はそれから考えれればいい、二人を早く呼んでやるとするか」
音の無い笛を吹く。実際音は聞こえるのだろうが、笛の持ち主とその周辺の生物にしかこの音は聞こえないような仕組みになっている、ちょっと大きな糸電話だ。もしかしたらコレはティアにも聞こえているかも知れないが、笛の音色で違うと分かってくれるはずだ。
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五分ほどして、龍が城の方から飛び出てくる姿が見えた。細い腕には少女を乗せて闇夜の空を蛇行する竜海は、ミトレスの童話によく出てくる神や神の使いによく似ている。
「アイツ人乗せて空飛んでんじゃねえか・・・」
「アスク、奴には何か罰が必要だとは思わぬか?」
「あぁ、精神的に何かくるようなモノが良いな」
竜海は相当な速度でやって来ているというのに、メロエは苦しそうな顔一つしていない。龍の周囲に高密度の壁が張られてあるからソレが風のあたりを弱くしているのだろう。表現するなら超分厚いスポンジで風を吸収しているような感じだ。
「気味の悪い結界じゃな。あんなものどうやって作ったのやら・・・」
「魔法は適正が高いとああやって自分の想像を魔法に表す事も出来たりもする。消費する魔力量は出来上がった呪文を唱えるよりもかなり増えるからそんなに使えたものじゃないけどなぁ」
「魔力適正が高い・・・アスク、お前さんのやっているソレはもはや魔法では無いぞ」
「じゃあなんだ」
「ソレは魔導と妾達の間では呼ばれておる、魔法の範疇から外れた魔法。要は未だ魔法の領域内では無い魔法じゃ。完成されていない、解明されていない魔法じゃからこれらを分類分けするときに不便じゃから全て一括りに魔導という」
「魔導・・・」
「例えて言うなら魔導書が良かろう・・・アレはまだ全ての種族が原理やそれによって起こる事象を理解出来てはおらぬ、だから魔法との区別をするために魔導書になっておる。もしもそれらを理解してどうなるかを理解出来たモノが一人でもいるならそれはもう魔導書ではなく魔法書になるわけじゃ」
「学校では教えて貰って無いことだ」
「当然じゃ、魔法と違って魔導は危険過ぎる。教育する者がそのような事をお前達に吹き込むワケなかろ?」
「面倒は御免と言うわけか。分からんでもないが、いざ助けになるのはそういった知識だろうになぁ」
竜海達が来るまでの暇な時間、竜王に魔導と魔法についての面白い話が聞けた。竜王は他にも俺が知らないこの世界の事を多く知っているのだろう。彼女が良ければこういった短い時間に面白い話を聞いてみたいものだ。
「ただいまここに竜海とメロエちゃん、超神秘的登場です!」
風の魔法で飛んでいるのか物凄い風が木や草を薙ぎ倒して着陸した竜海。腕から生えている三つの指の一つにはメロエが座り、手を振っている。
「ただいま、二人とも」
「あぁ、お帰り。王女は見つかったかの?」
「ソレがいなかったのよ。お姫さまだけじゃないの、兵士達もいなかったの。厨房の人とか図書館には人がちゃんといたのだけれど、門番の兵士とか謁見する場所を守っている兵士達も見つからなかったわ」
「門番までいないのはちょっと想定外でしたね~。流石にリアルで門番いないとかマジで頭おかしいと思いましたし、お城に入った後も凄かったですよ。ねえメロエちゃん」
「何処かに運ばれたのは確かでしょうけど、少し前まであそこ、多分死体だらけだったわよ」
「死体だらけ・・・・か。アレを使ったか」
俺が王女に渡した薬を使ったならそうなるだろう。門を入った直後と言うなら薬は門の付近で使われたようだな。誰が使ったかは知らんが、そんな生き物の多い所で使うなど正気の沙汰とは思えない。
密閉された空間で使うならすぐにアレは消えるというのにわざわざ屋外で使うとは・・・。薬の注意書きに増やしておくべきだったな。
≪屋外での使用を余りお勧めしません≫とか書いてあればよかっただろうか?何はともあれメロエも不快に思ったことだろう。帰ったらお詫びのモノをメイドに送らせておこう。
「まーたアスクさんのブツのせいですか?いい加減にして下さいよぉー」
「ああ、すまなかった」
「・・・・・なんか謝られると逆に怖いんですが」
「あ゛?なんだって?」
「いえいえ、何でもありません。ところでアスクさん達は見つけたんですか?」
「アスクが投げ飛ばしたがな、一応見つけたぞ」
「投げ飛ばしたって・・・・・・・・どこにも見当たら無い事を考えると、本当に比喩的表現もなくボール感覚でぶっ飛ばしたって感じですね、ひぇ~こえーなー」
「もしかしてあの不自然に枝が折れているあっちの方?」
泉の反対側を指さして、メロエが聞く。確かに合ってはいるが、よく見えるな。軽く百メートルはあるだろ。
「ああ、そうじゃ。向かうなら集まった後が良いと思ってな、敵がどれほどの戦力を持っておるかも分かっておらんこの状況じゃ、用心に越した事は無い」
「だから竜海も呼んだわけだ。お前の力なら俺達全員守れるだろ」
「アスクさんは無理ですが、二人だけなら・・・・ま、上級神ぐらいなら余裕です」
「ならそれでいい、もしもの事があれば頼んだ」
このふざけた奴はふざけていても龍神だということだ。一つ歳をとるたびにステータスが跳ね上がり、レベルは上がりにくいが上がればステータスの上昇値が他の種族とは比較にならないほど高い。
とくに魔物であり、神の類のために体力と魔力は桁違いに高い。賢さがコレに重なればもっと強いのだろうが、コイツは魔力の量だけで俺よりも分厚い壁を作る事が出来る。
例えるなら俺は鋼鉄の板一枚で守るのに対して、アイツは土の山で守るようなものだ。範囲的に守る事の出来る竜海の魔導は精錬された魔法のソレを真っ向から捻じ伏せる事が出来る。コイツがいればある程度安心して戦えるのだ。
「ちょっと、私の事を忘れないでくれないかしら。私だってお荷物でここまで来たわけでは無いのだけれど」
メロエは少し不機嫌だが事実彼女はお荷物だ、返す言葉が見つからない。
例え彼女が勇者と言われるレベルで成長していようと、英雄の少年時代のように凄まじい快挙を成し遂げていたとしても俺達は四人で何百、あるいは何千の兵隊を倒さなければいけない。メロエを頭数に入れて計算をしていたのでは足元をすくわれかねない。
「メロエ、誰もそんな事は思っておらぬ。アスクはお前が可愛いのじゃよ」
「そうですよメロエちゃん、変な心配はよしてください」
「そ、そうだ。言葉に出来なくてすまなかった、俺はお前に痛い思いをして欲しくないんだ」
「・・・アスクはうそね。アスクは顔に出やすいもの」
「アスクお前・・・」
「アスクさん・・・」
「嘘で言うならとっくに吐いている!!!・・・・あのな、お前を傷つけて俺が喜ぶような奴に見えているのか?そうなら言っておかないとな、言っておかないとわかりもしない馬鹿のようだからな。いいかメロエ、お前だけがもしかすると死んでしまうかも知れないんだぞ。可能性として豆粒のような可能性かも知れないがお前が死ぬ可能性だってある。そんな時に俺達が周りにいると思ったら大間違いだぞ。一人でこんな所で死にたいのか!?」
つい面倒になって大声を出してしまったが、向こうに見える光の集団に聞こえてはいないだろうか。コレで今までの事が全て水の泡になってしまってはどうにもならん。
「あ・・・・アスク・・・その、ゴメンなさい」
「謝る必要なんてないだろうが。ッチ・・・・俺はお前に返す言葉が見つからなかっただけだ。嘘のように聞こえたのなら謝る、すまなかった。だが、傷ついて欲しくないのは本心だ。分かってくれ」
「う・・・うん」
(あ・・・アスクに初めて怒られちゃった・・・凄く・・・怖いのね。なにも言い返せなかった)
「もぉ~いきなり大きな声を出さないで下さいよアスクさん、ちょっとばかし防音の結界張るのが遅れたので外に漏れたかも知れませんよ?」
「悪い」
「悪いって・・・・もう気がくるぅなぁあ!んだよこんちくしょうめぇい!」
「おい、そろそろ気付いた方がええぞ三人共。町の方をみてみよ。そうゆっくりもしていられんことになって来たぞ」
何やら町から光の粒が大量に森に入っていくのが見える。遠回りだが、向かっているのはティア達の方だ。
「おやおやおや、何やら兵士達もアレの中にいるみたいですねぇー。松明のおかげでよく見えます」
村人に兵士の群れ、一体何が起こっているのやら。・・・あぁ、それにしても怒ったせいで頭が怠い。自業自得とは言え、・・・・・はぁ、どうにかならないものかね。




