魔族地域 獣人国編(死) 2 イデアと陽葉
ターニングポイント
首謀者探しのために、泉まで歩いてやって来た竜王と俺。何気にふたりきりになったのはこれが初めてなのである。付き添いのメイドもいなければ、町中に監視の目もない。そんな事すら久しぶりだというのに、竜王と二人で泉を歩くというイベントまで向こうからやってきた。
しかしここで問題が一つある。他種族のメスなら全く問題なく会話が出来るのかも知れないという淡い希望を持っていた俺は、ここで全くそんな事は無いという事を知る。
どうしてか、・・・・・全く初めの一言目が出てこないからだ。竜海の塔でやったギャルゲーのような会話をするべきか?初めに色々呼び方をチョイスするものだったが、名字に○○さんや○○ちゃんなどをつけて呼んでいたな・・・・たしか。
そういえば竜王と言うのは名前なのか?竜の王だから竜王と言うのは国の王様だから国王というのと同じな気がする。もしかするとちゃんとした名前があるんじゃないのか?
「なあ竜王、竜王にも人間と同じような苗字があったりするのか?」
「あ?・・・・・・・・まあ、あるにはあるが妾はあまり好きではない」
「自分の名前に不満でもあるのか?」
「そうではない・・・・妾の名前は、言うなれば妾が妾である前の名だ。必要無かろう、妾は竜王という名でよい。お前も妾に殺されるまでその名で呼ぶがいい」
竜王にも名前があるのか・・・・それならば名前で呼びたいところだ。
「お前に殺されれば、俺はお前の事を名前で呼んでも良いのか?」
「はぁ?・・・・・死んで尚も言葉を話す気か貴様」
「竜王に名前を教えて貰えるならな」
「ククク・・・・・・お主ならば本当に言葉を発するのかもしれんな」
冗談だと思ったのだろう、笑っている。いや、笑わざるおえない状況を作ったのは俺なのだが。
「試してみるか」
「ククク・・・・・・・ん?」
竜王は俺の言葉に一度凍り付いたかのように動きを止め、また泉の周囲を共に歩き始める。
「試すというとなんだ、妾がお主を殺し、お主が言葉を話すかどうかという事か?」
「ああ、ここに切れ味の良い大剣がある。コレで俺の体を一刀両断してみるというのはどうだ?」
サマエルを召喚し竜王に渡す。それを竜王は片手で受け取ると、ブォンブォンと分厚い木の板を振り下ろすような音を立てて剣が振り下ろされる。重さは腕力でどうにかなったようだ、人間に化けているからと言って人間の女性のような腕力であるはずもなく、竜の超腕力によって、木の棒のように大剣が振るわれる。
「馬鹿か貴様。妾が魔法を警戒した状態で貴様を本気で斬ってみろ、剣術のスキルが無かろうと貴様は斬れるぞ?確実に」
「大丈夫だ、思いっきりバッサリといってくれ。左脳と右脳が綺麗に分かれるような、そんな大切断をたのむぞ」
コレで俺が一度死ねば竜王は俺を殺すという目的を達成し、俺は竜王の名前を知ることが出来る。
「ほう・・・・まさかこのような場所が貴様の死に場所になるとは思いもよらんかった。何かあるとは思うが、念には念を込めて魔法不可の聖域結界をはるぞ」
「いつでもどうぞぉ、俺は死ぬと言ったら死ぬから心配する必要はないと思うがな。魔法でゾンビにもならないし、呪いで竜王に憑依する事もない。絶対に死ぬ、十割だ、百パーセントだ。問題はどこにもない」
「そこまで言うなら妾も安心して貴様を殺す事が出来る。さあ、眠れ。我が誇りを奪いし人間よ」
「ああ・・・・・お休み。竜王」
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「妾は本当に斬れたのか?・・・・・目の前にこうして奴は倒れておるではないか。なにを言っておるのだ私は」
動かぬ・・・・一ミリも。心臓の音も完全に消え、虫と泉の湧く音のみが妾の耳に届く。こんなにあっさりと、いともたやすくやれてしまったという失望感と共に、奴の言葉が頭の中で蠢く。
確かに奴は絶対に死ぬといった、魔法で助かる術を持っていたとしてもそれをすることは無く、実にあっけなくそこら辺の雑魚のように妾に倒されてしまった。妾はどこかでコイツが不死身の怪物のように錯覚していたのであろう。しかし奴も人間であった・・・・あっさりと言葉通り妾の下でくたばっておる。
「妾に期待を・・・・・期待をさせておきながらどういう事じゃ!答えよアスク!アスク!」
「期待と言われても死んだ俺に何か求めるのはお門違いだとは思わないのかぁ?」
「・・・・・・・」
無言で妾は再び剣を振り下ろした。そして目視で確認する、確かに分厚い筋肉と鎧を切り裂いた。横たわった体に更に一撃加える事は妾が取り戻した誇りを少し汚す事になるが、それよりも今は奴の体が心配じゃ。
アレが幻聴で無いのならば奴は妾の妄想ではなく、真に不死身の化け物となってしまったということ。
「お・・・・・い・・・・・・ギリギリ死なない攻撃をして絶命を待つのは勘弁してほしいなぁ・・・・・・俺も人間だぜ・・・・・?」
「お・・・・・・お前のような化け物がどこにいるというのじゃ!!!」
足で腹を潰し、首を剣で刈り取る。体は完全に鎧を残して炭化させる。コレで死ななければコイツは化け物であり、妾の敵う相手ではなくなる。そんな事は許されぬ、許されざること。アスクはここで死ぬ事を選んだ、そして妾は矛を持った。その時点で死なねばならぬのだ、言葉を発するなど言語道断なのじゃ。
「もういいだろう?・・・・一度死ねばいいと思っていたが、まさか四度も同じ相手に殺されるとは思ってもみなかった、あーーそこまで俺は恨みを買っていたんだな。理解した、反省しよう。そしてまず謝ろう、気が済むまで殺されてやれなくてすまなかった」
「ば・・・・化け物め・・・・」
「これも人間の力だ竜王。さあ、種明かしをして欲しくば竜王の名前を俺に教えてくれ」
「・・・・・・デア・・・・」
「ん?なんだって?」
「イデアじゃ、イデア・ウォームリィ」
「イデア!いい名前じゃあないか、どうしてそんなに隠そうとするんだ?」
「妾の勝手であろうが、早く種明かしをしろ」
イデアは妾の里で美しい者を意味する言葉・・・それを冗談半分で言われる事に苛立ちを覚えたのは妾がまだ王の座に君臨する前の事だが、それでもあの時の事は覚えておる。あれ以来か、里の者全てに妾を竜王と呼ぶよう告げたのは。
「そう焦るな、まず俺の言葉や行動にイデアが真剣に向き合ってくれたからこの実験は成功したという事を覚えておいて欲しい」
「イデアと呼ぶな。それとその説明ではサッパリ意味が分からぬ」
「当たり前だ、まだ始まってすらいない。まず俺の初めにやったのはイデアの思考の誘導だ、身振り手振りで簡単にだが、剣で俺を確実に殺すようにさせる。コレが当たり前かと思うかも知れないが、コレをしなければ俺が本当に天に召されてしまうからな、保険をかけておいた」
まずここで失敗すれば俺はここに帰ってくることすらできず、天界で働き者の女神にこき使われる存在になっていたかも知れない。
「剣であろうと足であろうと、殺す事には変わりはあるまい?」
「いや、その違いが俺を不死身にも思わせた今回の種だ。今その手に握っている剣で自分の腕を切ってみな」
竜王は、少し切るだけで良かったのにバッサリと腕ごと斬り落とした。人間の腕に化けた竜の腕がゴロンと、魔法から解け泉に落ちる。その血で泉は深紅に染まり回復力の効果のあるポーションへと姿を変えた。
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■竜王の泉 精霊級
効果:体力の回復 :低級状態異常回復 :魔力微量回復 :疲労回復
素材:竜王の血
説明:元からあった泉に伝説の竜の王の血を混ぜる事によって出来た泉、一時間ほど泉から掬い取った後でも使用する事が出来る。
補足:以前のようなあの透明な泉はもう帰ってはこない、ここは竜王の領地となったのだから。
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「おいおい・・・・自分勝手な都合で自然を汚すな」
「し!知らなかったのじゃ、血を流すこと自体滅多にないこの妾がこのような事を一体どうやって予想出来るというのじゃ!?」
イデアの手は既に完治し、その手をバタバタとさせて自分の無実を証明しようとする。
「逆切れするな、良い大人が見苦しいぞ?」
「貴様も同じようなものであろうが。妾の竜眼を舐めるでない」
自分の目を指して、これが凄いのだと自慢するイデア。慎重差は人間に化けたイデアが百七十にギリギリ足らないぐらいだろうから、一メートル以上は差がある。
「何を言って・・・」
「今更なんじゃ、妾に嘘を見通す力もないと思っておるのか?のぉ陽葉?」
「!!!!!」
「神の嘘を見破る目を持つ妾の竜眼ぞ?貴様の魂など見破れんでどうする」
「そんな厄介な能力を持っているならもっと早く行ってくれ。今すぐその眼を研究する」
竜王に麻酔を嗅がせ顔表面の痛みを消し、目に手を伸ばす。がしかし竜王の抵抗にあい、調達に失敗する。
「何をする、寄るな触れるな近づくな!」
「ひ・・・・酷いじゃあないか」
「コレは妾のモノだ、陽葉にはやらぬ」
「陽葉は止めろイデア、俺はアスクレオスだ」
「では妾もイデアではなく竜王じゃ」
「お前のソレは名前だろ?」
「お主もソレが本名じゃろうが」
・・・・・・どうやら今回ばかりは俺の負けのようだ。何より俺がこの世界で陽葉という名で呼ばれるのは非常にマズイ。何の関連性もない名前のはずが、竜王という存在によって何か意味のある名前のように感じられる。
ソレを何度も連呼されるようなら俺も記憶の改ざんに時間が取られる事になる。今は諦めて竜王と呼ぶほかにないだろう。
「分かった、竜王。お互い不毛な争いは止めよう」
「お主から始めたのだがな」
「・・・・・ああ、悪かった。所でどうだ腕の調子は、全く不自由ないだろう?」
「これがお主を不死身と思わせた秘密か。剣で斬られた場所が再生しておるわ」
「ああ、死んでいたとしても厳しい条件だが合えば復活も出来る。殺傷能力を高める薬を作っている最中に偶然出来た。使者を蘇らせる薬だ」
亜空間から黄色と灰色の混ざり合わない二色の色をした瓶を取り出しイデアに見せる。
「神の定めたルールを根底から覆していくか・・・・・なんと愚かな事だ」
「後はこの薬を剣に付着させるだけ。そうすると、手軽に疑似殺人が可能になる」
「正気を疑う。そのような薬を妾の前に持ち出すな、見せるならばもっと良いものにしろ」
「良いもの・・・・・ん~・・・・・・・・。なるべく努力しよう」
それから、色々と毒を見せては見るもののどれを見てもイデアを喜ばせるようなものを俺は出せなかった。
「これなんてどうだ、人間のA型の血液のみを栄養とする植物、A型殺し植物試作八号だ。咲く花は薔薇のように綺麗だぞ」
「何故殺す必要がある、植物は水と太陽で育てればよかろう」
「いや・・・・これはあくまで毒薬で」
「お前は人を殺す以外の毒は作れぬのか?」
「毒というのは大体は体の害に・・・・・・」
「作れぬのか?」
「作れるに決まってるだろうが!」
「では作って見せよ」
「は?」
「二度同じ事を言わせるでない、人を生かす毒を作ってみよと妾は言うたのじゃ」
「人を生かす・・・毒薬????」
矛盾のような竜王の言葉に俺はオウム返しが精一杯だった。




