魔族地域 獣人国編(鬼) 4 ジャイペナー
「門番ちゃんがあそこで泡吹いて倒れてるから誰か運んどいてやってね。それと今回は森に入るので皆鎧にいつも通り葉っぱをつけて潜りこみましょー」
現在このキットシーアには俺を殺せる獣人が数多く潜伏している、この八年という人生でこれほどハラハラとする経験があっただろうか。いつも死の淵に立っては生還するこの不死スキル、今回はソレを頼りに戦う事が出来ないという事だ。攻撃が当たれば致命傷と言うこのスリルが何とも果実のように甘美に思える。
アスクはいつもこんなにも楽しい戦いをしていたのかと思うと羨ましく思うほどに今は気分が良い。回復魔法や不死スキルに頼らないというのはある意味魔王の美学とも言える。何度も何度も回復魔法をかけて時間をかけていたぶる魔王は俺の中では三流だ。
プロの魔王ならどっしり構えてHPが無くなれば勇者を勝算して潔く消えるという、全魔王が褒めたたえる消えざまを平然とやってのける。
俺の父はあの時プロの魔王になった、そして俺はその息子だ。スキル一つに負ける魔王と思われるのはこの上ない屈辱だ。ならば、そのような思考を一つ考えないよう今生きているという災禍の芽を摘み取るのは俺の役目、いや、使命と言える。
俺の前をおぶられながら走る彼女はそれさえも計算の中に入っているのだろうか。・・・・・俺とそんなに変わらないのにどうしてそこまで大きく見えるのか、潜ってきた修羅場の数が違うのか。それとも根本的に俺とは違うのか、アスクとは別の意味で俺は彼女に興味を持ってしまったのかも知れない。
そう思い、ふと見つめていると彼女が此方を振り返りニヤニヤとしている。「私に惚れたか?」とでも言われている気分にさせられたがあながちその気持ち、恐らく嘘ではないだろう。
俺も自分が平民ならば、今ここで彼女にありのままを伝えたかも知れないが俺は王だ。そんな一時の思考や判断で何かを決める立場ではない。・・・・・・だがしかし、二十年、いや、十五年、いや十年後、もし彼女が独り身であるのであれば俺は彼女に会いに行こう。口実は・・・・そうだ戦線布告で良い。
戦線布告すれば、当然彼女の国は戦争をせずに降服するはずだ。俺の国は親父に作られた盤石な地盤の上に立っている要塞になる。例えミトレスが今以上に強くなっていたとしても俺がソレを上回る防御力を持つ国を造りあげれば何も怖くはない。
そうした安息の地で彼女と・・・・・・
「王、前見ろ前!騎士団総長殿にぶつかるぞ!」
「っは?・・・・は!?・・・・急に止まるなど!でき・・・・ブッ」
モクリトスとかいう化け物が何故か止まっており、俺はソイツの腰に綺麗に頭から突っ込む。鎧に直接顔面をめり込ませたので、鼻から血が出てとても恥ずかしいし、何よりおぶられている彼女が心配そうに此方を見ているのが何より辛い。俺の不死とかいう役立たずスキル、早く仕事をこなしてくれ。
「だ、大丈夫ですかい!?」
「余計な事をするな!!!」
「あの男か女か分かんねえティア様が遂に・・・・・遂に女の前でカッコつけたがるようになるとは。ウゥ・・・・どっちに男か女、転ぶか分かず不安になってた臣下の身としてこれ程嬉しいこたぁねぇや」
「黙れ阿保、俺は生まれた時から男だ」
「冗談でさぁ、風呂当番はあっしと姉さん達だったじゃあないですかい。それより王よ、アレが例の首謀者とかいうやつです。今向こうにある木と木の間に姿が見えやした」
「そんなの見えるか?」
「そこの臣下が言った通りだ、ブラム国の新王。今奴らは俺達に気付いていない、ルートも確認出来た所だ、今からは少し静かに出来るか?」
「俺を誰だと思っている」
「生意気な所はどこかの国の女王にそっくりだ、だがそれだけ元気なら死ぬ事はないだろう」
おぶられている女王は、モクリトスの頭の毛をブチブチと抜き遺憾の意を示す。それをなんと拳骨で落ち着かせると、木と木、草と草を蜥蜴族のようにヌルヌルと滑るようにして進みだした。
「距離3、・・・・・・・・・・・・・2、・・・・・・・・1・・・・・・・・500m、・・・・止まれ」
鈴虫の鳴く日が沈み始めた森の中は不気味と言うよりもどこか神秘的に俺達を包み込んでいる。そんな森の中を無粋にも切り開き、研究所か工場のようなモノを俺達の目の前にいたやつらは作っていたらしい・・・・が、なにやらその研究所から煙が吹いている。
首謀者一味の一人はゴーレムのような兵器から降りると、手をついて涙を流している。自分の研究所が煙を吹いていればそれは確かに絶望的な気分になるだろうが自業自得だ。それよりも俺達以外にもこの場所を嗅ぎつけて来た奴がいたというのか?
時間から言って、かなり崩壊した様子を見ると既に五時間は経過している。俺が来る前から何者かが破壊した・・・・・・だが何故かそういった事が出来る奴を俺は一人知っている。
いや、でもアイツが正義感に駆られて研究所を破壊したという可能性は二割が良い所だろう。いいや、もしかすると一割を切るかも知れない。ただの遊びや興味で破壊したという方が合点がいく。しかしあの徹底ぶりからしてそれもない・・・・意味不明だ、どういう心境の変化だ?
「綺麗にぶっ壊れてますなぁ・・・・」
「アレはどうやら泣いているようだな、王よどうする」
「ジュース持ってない?アレをつまみに飲みたいんだけど」
「首を落とした後にしろ、まずは首を落とす事からだ」
「物騒な事言うなぁ・・・・、ティア王なんか妙案ある?」
「まずは他のゴーレムに乗ってる奴をどうにかしなければ駄目だろう。アレを剣で斬りたくない」
「ほうほう、ゴーレムちゃんをねぇ・・・モクリトス君、じゃああの指輪だして」
「分かった」
「指輪とはどういうことだ?」
まさか獣人、この俺様が狙っていたエモノに手を出したのではなかろうなぁ!?そんな指輪なら俺が即刻破壊してやるぞ。
「あ、コレ?良いでしょ、モクリトス君の数少ない私物でななななんと古代級の魔道具なの。熱を帯びた指輪って名前なんだよぉ、良いでしょ~良いでしょ~」
「そ、そうか。魔道具か」
ならばよいのだよいよいよい、まぁ俺は彼女を信じていたし全く問題は無いのだが・・・・そう一応、一応確認しなければならない事と言うのは世の中には沢山あるのだ。王である俺が言うのだからそうなのだ、そうでなければならない。ならば確認するという行為は寧ろ必要な事なのだ、しなければならなかったのだ、して当然の結果なのだ。
「王・・・・あちらの王女に弄ばれておいたわしい・・・・・・」
「ん?何か言ったかねティア王の臣下のナイスガイ君」
「いえいえ、何も申しておりません見目麗しい王女様」
「え~~~そんなぁ~~~~私照れちゃうなぁ~~~~、あ~~~テレテレ。ずっとテレテレしてたいけど、そろそろオッサンがゴーレムの中に戻っちゃいそうだから指輪つかうね~」
「王、静かに実行してくれ」
「わ、分かったよぉ・・・ちょっとテンション上がってたのに~・・・・ブゥーー」
「演技は良い、早く」
「はいはい、ったく全くからかいがいのない私の剣だこと――――そんじゃあまずゴーレムちゃん達の周りをポカポカにしちゃおうか」
そういって、彼女が指輪に指を触れその指を前に突き出すとそこから凄まじい熱風が吹く。炎天下と思わせるソレは、ゴーレムの元へと一直線に向かいそして拡散する。すると、ゴーレムの中から約千人の元キットシーアの兵士やあちら側についた貴族達がそれはそれは巣を突いたハチのようにぞろぞろと出て来る。
ゴーレムから転げ落ちると、ゼーハーゼーハーと呼吸を荒げ体温を必死に逃がしはするが、あの騎士団総長と皆から言われるモクリトスの指導によって、鍛えられた兵士達の行動は不可視の敵に対する陣形へと自然に変化する。
「流石に行動が早いな」
口から勝算の声が漏れ出る。臨機応変に対応する兵士と言うのは無能な指揮官がいたとしても戦える素晴らしい兵士の証と言える。どこぞの壊滅しかけた国の兵隊達に見せてやりたい、楽器ばかり触っていないでもう少しこういった訓練を詰めと。
余計なお世話だろうがあのままじゃあいつの日か楽器を弾きながら滅亡する未来しか見えない。立地条件も最悪な木のうえに、兵士たちはポンコツ。他の兵士を連れていたならば強国を相手に出来たかも知れない化け物指揮官(王)を持ってしても最弱と言う哀れにも思える状態。
それに引き換えこの国はどうだ、同じ森の中と言う事以外まるで違う。ちゃんと地面に国を造り尚且つソレを大きな壁で囲み魔物が出現すれば徹底的に除去するために兵士を使う。その為自然にレベルも上がれり兵も技術的に強くなるため、結果国の規模から考えて十分な兵力が備わっている。
「俺と共に戦った元同志達だ、祖国を裏切る反逆者となった今でもその動きまでは忘れないようだな」
しかしエルフの兵士は忠誠心は並みにある。ここのような七割の兵士に裏切られるという愛国心は何所に捨てて来たのかと思わせる奴らとは違う。
「む~だに優秀な兵士達ばっかだからやっぱ敵に回ったら面倒だね、いっそあのまま鉄くずの中で蒸し焼きになってくれたら後処理も海に投げるだけで簡単だったんだけどなぁ」
「王よ、彼らも私達と同じ国民だ。反逆者となった今でもソレが変わる事などありはしない」
モクリトスが女王にそういった途端、場の空気が冷める。
「ママを嬲り殺した君達が言う国民という枠組みには反逆者は入っても奴隷は入れて貰えないんだね」
「・・・・・・・・」
その時の彼女の表情を俺は忘れる事が出来るだろうか。その眼は嘆きと怒りをはらみ、口は少しの笑みを浮かべた。そこには先ほどまでのような作り物かどうか分からないような笑顔ではなく、見てわかる冷たい微笑みだけが顔にへばりついて離れない。
言葉も活発な彼女らしからぬ、別人のように静かで穏やかな声色。あの言葉に一体どれだけの意味がこもっていたのか俺には理解出来なかったが、彼女を良く知るモクリトスは黙り込みただ彼女を見つめる。言い返す事はなく、ただ彼女の次の命令を待つ。それが考えるに今のモクリトスに許された事なのだ。
「あの時城に殴り込みに行った私を庇って一緒に牢屋に入った君だけは信じてるからさ――――――どこにも行かないでね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「はぁ、・・・・・分かっちゃいるがいつも君はそうだよ。どうして言いか分からない時口を開かなくなっちゃうその癖、早くどうにかした方が良いぞ」
「了解した」
「適当な返事したらアルーナ姉さんに告げ口するから」
「りょ・・・・・・・了解だ」
「宜しい、ではそろそろ指輪の魔力も貯めなければならない頃合いだ。効果も薄れて来たし彼らもそろそろ立ち上がる。体力や魔力をかなり消費させただろうから後は致命傷を負わせて倒しちゃうよ!!!準備はいいかい?」
場の空気が和らいだことを肌で感じる。鈍感な俺が感じるぐらいだから、周りはひしひしとこの時間の変わり目を感じたのだろう。コレで俺も集中して戦う事が出来る。
俺はワープで斬りかかるため周りの兵士の行動をある程度見届ける必要がある。この兵隊達は全員四足歩行を前線では使い進んで行っている。騎士団総長があの化け物で、引きつれるのは森の中では無敵と思える最強の隊。
道理で小国ながらもどこにも属すことの無い気ままに生きていけるわけだ。森に入ればそれは既に彼らのテリトリーと言うわけだ、敵に回したくないものだ。
「ティア王~?おっかない事考えてそうだから言っとくけど、僕達はついさっき多くの同胞を葬り去ったばかりで弱小も良い所だからね。攻めてたらいやんよ?」
俺の考えている事が読まれた・・・!?だが、それでも攻めてこいと言わんばかりの彼女の発言を俺はどのようにとるべきかまた考えさせられるのだった。
「俺もあちらに行って来る。シロヘラ、付いてこい」
「分かりやした!騎士団総長殿はどうなされやすか?」
「私は王女をこの場で守る。いざとなれば参戦もしよう」
「おいモクリトス君、私をおぶって剣は振れないと?」
「最近歳か少女をおぶっても重たく感じてな」
「あはは、そりゃ絶対歳だね。歳に決まってる、私重たくないもん。ないもーん!」
シロヘラの腰を持つと、ワープし相手の背後にある茂美に飛ぶ。木の枝が俺の頭とシロヘラの腰に刺さっているが、無事ワープに成功した。
小声で何か言いたそうな臣下が一人、耳を傾向けるとシロヘラの腰も持ち上がる、何と丈夫な枝だろう。臣下一人が持ち上がる性能を持つこの枝、杖の素材にピッタリだ。奴へのプレゼントに杖を選ぼうと思っていたが、丁度良い所に良いものがあるじゃないか。
「・・・・・・あ、あほ王!腰痛は不死スキルではどうにもならんのやで!?それと頭大丈夫!?」
「どっちの意味だ」
「両方の意味で受け取ってつかあさい!」
枝を抜いた後、臭いでバレないように抜け出た脳みそやら何やらを土に埋める。獣人ならもしかすれば気付くかも知れないが、既に大量の血で鼻もいい加減利かなくなっていることだろう。
シロヘラに武器を取り出すように言うと、既に武器を構えているシロヘラ。奴は誰にも真似されたくない自己流を貫く事に生きがいを感じる少し変わった一面を持つ。使う武器は手甲鉤を両手に付け、ラケットと鉄球を使って遠距離攻撃をするという意味不明な自己流アレンジを持つ。
しかし、手甲鉤は近距離、ラケットは遠距離の敵を叩くために鉄球を打ち出す武器であり、中距離をメイスの要領で叩き潰す事も出来る。そして鉄球の威力は・・・・・何というか凄まじいの一言に尽きる。
「王、御先に失礼致しやす。何かと先行が好きなもので」
「よい、一発かましてくるがいい」
「御意ってな!、では行くぞ謀反起こした馬鹿どもめ!コレは裁きの一撃だと!!、あぁ!!!、思えぇ~~~~~!」
スキルや魔法を使わず、ただ打ち出された鉄球がゴーレムから降りて涼んでいた猫達に直撃する。一匹にあたると、ソ弾に吸い寄せられるように引っ付き、面積の大きくなったボールが更に突き進む。結果十三人ほど巻き込んでリバウンドしてからも更にもう三人犠牲者を出した。
「今のなんのスキルも使わないでただがむしゃらにラケットでボールを相手にぶつけただけだろ」
「えぇ、おかげで日頃のストレスをぶつける事が出来やした」
「ソレを城内でやるなよ?」
「それの後始末を一体誰がするとお思いで?仕事休みに仕事を増やすなんて馬鹿な真似、ゴブリンでもしませんよ」
「そ、そうか・・・・。ま、まあここで気晴らししてくれ。俺は今さっきの攻撃で此方に気付いたやつらを倒しに行って来る、ある程度数が減るまでやり続けろ」
「御意ってな!王にあたっても文句言わないで・・・・・」
「わざと当てるつもりなら止めておいた方が良いぞ。アイツらみたいに俺に裁かれたくなければな」
「そんなぁ・・・・俺達ずっともじゃないか、鉄球の一つや二つ」
「俺もスキルを使えば鉄球を投げ返す事も出来るぞ、それどころかお前よりも背を高くする事も可能だ」
「んな馬鹿な、あはははははは」
「では見せてやろう。俺がムズィーク王国で手に入れた最強の力を」
そう言いつつ、瓶を亜空間から三本取り出す。王という権力を存分に使って手に入れさせた希少なZ級の魔物の血液がまず一つ。それと形状維持の為に必要なアスクの血の代わりに巨人族から血を提供してもらったものが一つ。それと見た目を白でカッコよくしたかったために、SS級のペガサスからも血液を採集させて来た。
それをペガサスから順に、巨人、Z級の魔物と飲んでいく。ペガサスでまず翼が蝙蝠に似たヴァンパイアの羽と別れて生える。そして巨人族の血を飲むことによって、・・・・・おぉぉぉぉぉおおおおお!!!!見ろ見ろ、誰か見てくれ。俺は奴らの乗っていたゴーレムと同じ大きさだ!そして最後に、・・・巨人族の血を最後に飲むべきだった、やけに瓶が小さい。コレは瓶ごと飲み込むか。
「て・・・・ティア様が・・・・・ドラゴンに・・・・・なった・・・・!?」
「そうだな、名付けてジャイアントペガサス・・・・・・・・・・ファーフナーとでもしておこうか」
「ジャイアントペガサスファーフナー、覚えづらいからジャイペナーで良いですかい?」
「ジャ・・・・それはやめろ。だが良いなぁ!全てを見下すこの圧倒的高身長!何とも素晴らしい」
遠くに見えていた彼女の顔が、森の上から見下ろせる。彼女は目を輝かせ、何かを言っている。
「や・っ・ち・ゃ・え・ジ・ャ・イ・ペ・ナーって何故シロヘラと同じ事を言っているのだ。ええい、もういいわ!このジャイペナーで全てを一層してくれ・・・・・る・・・・・・」
な、何故だ!?何故もう効果が切れ始めている!?まて、まてまてまてまて、俺はまだ何もしていないし活躍していない!良い所を見せれていない!こうなったら縮まっていく体で一発デカイのをくれてやるわ!。ファーフナーのステータスを微小とは言え引き継いでいる俺ならブレスだって可能ぞ?
「喰らえ!!!!滅べ!!!!砕け散れ!!!」
魔王と言えば第二形態とかいうそういう発想から来たジャイペナー。今後の活躍に期待です。




