番外編 伝説の冒険 第捌話
また番外編ですが、これでようやく一区切り出来そうなくらいにはかけたので、これからは・・・多分本編メインで。
満月が丁度真上から下がり始めた頃。その時まで静かだった大地と海が次第に騒がしくなる。足音の正体はイザヴァルがレギウス王から聞いた通りの魔物の大群。提灯アンコウのような魔物が全体的に配置されており、軍全体が薄気味悪く一つの生物のように光り進行する。
「イザヴァル様、来ました。奴らです」
「どうやらそのようだ―――統率のとれた良い群れじゃないか、だがそれは群れであって軍隊では無い。纏まっていて一見統率のとれているように見えるが、そこには必ず穴がある」
「穴・・・・・・ですか。そういえばマモン様の情報は役に立ちそうでしょうか」
イザヴァルは剣を受け取った後、そのままマモンがいるという書庫まで立ち寄ると、マモンの記憶を覗いた。マモンというのは、後に魔法についての教科書を出す程に魔法への理解のある人物に当たる。
情報が欲しいとだけマモンには伝え了承を得ると、スキルを使ってマモンの記憶を手に入れる。そしてイザヴァルはそこで衝撃の事実を知る事となる。
「マモンさん、貴女はまさか魔法に使われている魔力の存在を突き止めたのか。いや、突き止めてしまったのか」
何を言っているのか分からないと言ったマモンの表情も、次第にイザヴァルの顔を見て青ざめたかと思うと、怒りをあらわにする。
「おまえさん・・・・何故ソレを知っておる、返答次第ではその命、ここで尽きて貰うぞえ?」
老体だったマモンは、薬を飲むとほぼ同時に体に変化を起こす。みるみる肌の張りや艶が若返り、老体の面影一つ見せない美貌を見せる美女へと変貌し、左手で杖を後ろに持ち、右手は相手を指すように指を指す、独自の戦闘態勢に入った。
「待ちたまえ、私はこの情報をどうにかしようなどとは考えていない。この情報は貴女の頭の中から知った事だ。勿論貴女の今考えている事や今までに考えて来たことも全て知っている」
マモンの目にはこの男が嘘を言っているようには見えなかった。
「ならば問う、汝その事知りて何をなす?」
「元々私はこの辺の地理に詳しいと言われている貴女の記憶に興味を持った。まさかそんな人物が世界の始まりを知るような人物だなんて夢にも思わなかった。悪用はしないと約束しよう」
イザヴァルは深刻な表情で、自体を受け止めて整理していた。大体このようなつもりで覗いたわけでは無かった。それが記憶を読み取るとあら不思議、地理の記憶などどうでも良くなるようなモノが出て来たのだから。
「そうか・・・してどうだ」
「どうとは?」
マモンの問いにイザヴァルは知っていても聞き返す。それが必要なコミュニケーションであり、これから必要であろう仲間の一人になると確信して。
「同じ秘密を知った者同士だ、お前さんはアタシの今の気持ちが分かるのかも知れないが、アタシはお前さんの気持ちが分からない、聞きたいのだよ、感想と言うのを」
数秒考えたフリをした後。
「驚いた」
イザヴァルの言葉とは思えないその言葉に、マモンはキョトンとすると、体がプルプルと怒りで震えている事が分かった。
「お前さんはアタシの事を馬鹿にしているのか?」
「冗談だ、真に受けないでくれ。だが初めに思ったのはソレだ。驚いたのだよ、久方ぶりに。まさか魔力の正体が人とは、私達以外には知る物はいまい。世紀の発見とでも言うべきか。それとも掘り起こしてはいけない禁忌を掘り起こしたと言うべきか?」
そのどちらも合っている答えに、自嘲気味にマモンは答えた。
「アタシの研究分野の果てがソレ・・・・笑い話にもならないだろ?」
魔力とは、何千年も昔から存在している人類。否、旧人類によって起こされる過程を踏んだ紛れもない結果そのもの。つまり魔法とは科学の果てにある結果を、ただ見えざる第三者によって実行されているだけなのだ。
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旧人類は果てしなく小さな存在であり、巨大な存在なのだ。
旧人類の発展しすぎた科学は、人間の数を爆発的に増やし続け、それに比例して人間達は細く、小さく進化し続けた。その過程で、人間の体は既に脳以外は機械化し、その脳もプラグのようなもので簡単に操作可能になっていた。
そして人類は――――――――滅びを迎える事になる。
と言っても、ただ人類以外の生命体が、【人類を認識出来なくなった】という方が正しい。世界からも認識される事の無くなったかれらは、その後も膨大に数を増やし続ける。
人間の機能は全て機械によってアップグレードされており、繁殖の数やどんな構造やどんな個体になるかも自由に選ぶことが出来る。
そう、人間が機械を作ったように、人間が人間を生むのではなく作るのだ。そこにもはや愛情などは存在せず、ただ残った生物としての本能のままに作り続けるという作業だった。
それからは早かった。今の新人類と魔物が生まれ、そして知識を持ち始めると、旧人類を言葉を使って操るようになる、それがこの世界に存在する、魔法を使用する際に使われる詠唱の正体である。
もはや粒子一歩手前ほどの小ささになった旧人類を魔物は体内に封じ、直接命令を下す。人類は外部や内部に為込み使用する。旧人類はその命令に逆らう事は出来ない。逆らおうとも思わない。
魔法を使用する事によって使われるのは魔力。それが旧人類という事はつまり、魔力の消費は旧人類の消滅を意味する。彼らはソレを望んでいた。彼らは高度な文明を築いてきたからこそ死後の世界に憧れを抱いるのだ。
世界を包み込むようにして大量に存在する彼らは、悠久に動き続ける自分達に心底飽きていた。死のうにも死ねない、自分達のする事はただ子供を作ってプラグを指して記憶を入れるだけ、後は無駄な動きをしないようじっとただ消滅を待つのみ。魔法が使われるのをただ待つのみ――――
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「魔法とは違う科学という存在、過去の人類の歴史、滅びた理由。貴女は何もかも知って恐くなった。しかし誰にも打ち明ける事の出来ないソレを、貴女はずっと一人でこの禁忌を一人で抱えて生きて来た―――そして貴女のその絶望の記憶も私の中に存在する」
「ほう、お前さんは今の一瞬で、私の絶望の全てを理解出来たというのか」
怒りは殺気に代わり、殺意の表れとして既に高速で詠唱された魔法が標的を攻撃するのを今か今かと待っている。
「しかしならばこそ言わせて貰う、戦うべきだと。貴女と私の知る禁忌は決して人の止めらぬ性などでは無いのだ、貴女もソレは知っているはずだ。知っていてただ保留にしているに過ぎない。私にはそれが分かる」
イザヴァルの言葉に、その共感という名の行為に彼女は一縷の希望を感じ、涙を零した。今までの彼女は孤独にその滅びの運命を知りつつも自分の中でもがき苦しんできた。
他の人間に話そうと思えば話す事は出来た。しかし話す相手を間違えてしまえば、その選択をした時点で、滅びの道は加速するという恐怖から逃れることを許されなかった事もまた事実。
「きもしない未来に震える必要はない、ソレは人であるが為に必然として起きる妄想の一つに過ぎない。そして貴女にはやるべき事が見えている、後は踏み出すだけだ」
「フフフ・・・ああ分かってる。科学の発展の抑止力にアタシの残りの人生を賭けてなろう。それが例え何千何万の命を奪う選択だとしてもね・・・」
「きっと恨まれ役になるぞ、もしかしたら他の誰かが変わりにやってくれるかも知れない。それでも貴女はやるのか?」
「お前さんは・・・・・意地悪だね。今さっきコレを知っているのは二人だけだって言ったのに。・・・でもアタシ一人ならやったとしてもどこかで諦めているさ、アタシだけならね。でもお前さんは苦しみを共感してくれるのだろう?」
「出来れば幸せな記憶を共感したいものだが・・・貴女がそう望むならば私も付き合おう。その道の先に私の求める答えの欠片でも落ちていれば良いが」
「お前さんの答え?」
「ああ、人そのものに存在証明と存在理由を知りたいというのが、私の求める答えだ」
「お前さんそれは・・・・」
イザヴァルの求める解、すなわち人間のあり方を見つめ直すという事。それは多くの人間が幼少期に考え、そしていつしかそんな事を考えなくなってしまった。
そう、人間は飽きやすく、直ぐに結果の出るものにしか興味がわかないからだ。色々自己解釈したところで、ソレは一つの仮説にすぎず、無限にそれは広がっていく。イザヴァルはそれに終止符を、確定された真実が欲しかった。
「自分自身でも愚かな事は分かっている。しかし考えれば考えるほど深みに落ちていくあの感覚がたまらなく大好きだから仕方ない。そして何よりそうやって深みに落ちていく私が滑稽で喜ばしいと感じる私がいる事もまた確かだ」
「つくづく不思議な男だよ、お前さんは。私よりも何倍も生きているように思える」
「不思議・・・というのは多分私が一番思っている。それに私はこれまでに千を超える記憶を覗いて来た、あながち貴女の言っている事も嘘ではない」
「情報を得る代わりにその人間の不幸や幸せを全て受け入れる必要がある・・・か。貴様の能力の弱点じゃな」
記憶を覗くという行為は、自分の記憶の他に他人の記憶をねじ込むようなことだ。それが数千と増えていけばどうだろう。それは彼が彼だと言えるのだろうか。
「時々自分を見失いそうになる事もある。しかしそういう時に限って私の旅の付添人が私を呼び戻すのさ」
「イザヴァル様!ここにいたのですね!?」
「このような感じだ・・・あとアルーナ、マモンは私の仲間だから別に構わないが身バレは避けるようにとあれだけ言っただろう?」
「うぅ・・・ごめんなさいですわ。・・・アレ?マモンさん私達のお仲間になるのですの?」
「アタシ何も聞かされてないのだけど」
「今私が決めた。異論は認めん」
「イザヴァル様ったら・・・まぁそこが良いんですけど・・・」
こうしてマモンが仲間なり、話は冒頭に戻る。
「マモンの情報は役に立つとも、今からその実験と言ったところだ」
マモンと組んだ新しい魔法のあり方を示す軍用に特化した魔法、その名も軍魔法。主に対多人数ように作られた魔法は、ある一定の範囲に決めた数が入ると魔法式が発動するものや、ワイバーンからの攻撃などを想定して作られた、対空魔法などがある。
魔物がゆっくりと、しかし着実に列を整えて横並びで進軍してくる。青白い光から照らされる最前列目の魔物は全て近距離に強い、フロントシャコという魔物。水中の中でのパンチ力ならその魔物に勝るものはいないと冒険者の中でも危険視される海のハードパンチャーである。
その後ろに一定の間隔で海の上をすべるようにしてやって来るベーベンセイウチ、フロントシャコを守るようにして常に魔法式を展開してバリアを張るような形をとる。
「アレではまるで軍隊では無いですか!」
「軍隊ではなく群れだと言っているだろ。それにいくら人間の真似事をしたからと言ってその人間に勝つ為に作った私達の魔法が負けるワケが無い」
イザヴァルの言うように、範囲に入ったフロントシャコは木端微塵に砕け散る。僅かに残ったシャコも相当なダメージを受けるも、後ろのベーベンセイウチの魔法によってすぐに回復をする。それどころか、先ほどの魔法の衝撃を利用してコチラに殴りこみに来るシャコ。しかし対空魔法もあり、ソレを乗り越えた先には数多の冒険者と兵士が今か今かと獲物が来るのを飢えたハイエナのような形相で待っている。
「ここまで相手もほんの小手調べだ・・・・油断しないように伝えてくれ」
「心配ご無用です!我々は戦地にいる事を忘れるようなマヌケでは・・・」
グリフレッドの声が途中で消える、イザヴァルが見るとそこには血を吐いてうずくまるグリフレッドの姿があった。よく見ると鎧の肩の部分が丸ごと抉れ、そこから絶えず血が流れている。
「油断するなとあれほど言ったはずだ。私達に遠距離武器があるなら相手も持っていて当然だろう?」
「・・・・自軍の最後列の私にまさか直撃するとは思いもしませんでした、とんだマヌケだ」
しかしグリフレッドが油断していたのも無理が無い話だった。今までには無かった魔物の遠距離攻撃、使用しているのは鱗のようなモノを魔法と力技で飛ばすという人間には出来ない離れ業。
飛距離はおよそ、二キロメートル。多少のブレはあるものの、人の油断を突いた魔物側からの開戦の狼煙のようにイザヴァルは思えた。
「俺達も進化しているとでも言いたげだな、実に興味深い。しかしここまで刃を届ける手段を持っていたとしてそれがそう何度も人間に通用するなどと甘い考えをしている様なら、私は彼らの半分はあの世に送ってやれる」
イザヴァルは号令をかける、戦術は海から陸に上がった瞬間を集中砲火の命令。海という彼らの有利な地形で戦おうなどという愚策は行わず、あくまで対等、もしくは有利な地形で戦いを進めたいと思うのはイザヴァルは勿論、魔物を統率する軍隊の指揮官も同じ事。その結果しばしの停滞が続く。
停滞と言っても魔法は激しくぶつかり、打ち消し合う。特に雷魔法は重点的に消すようにして海面につく前に消し去る。彼らは分かっているのだ、自分達の戦っている地形の弱みと強みを。
「ふー・・・ふー・・・どうやら膠着状態のようですね」
「怪我の方は回復したか」
「はい、痛みは残っていますが問題ありません。それよりも私に汚名返上のチャンスを頂けませんか」
「何をするつもりだ」
「彼らがとばしてきた鱗を全て集めて打ち返します」
「どうやって集める気だ」
「そこはこう・・・」
「誰もそんなものに付き合っている暇はない。ここはもう戦地なのだ、この間にも魔法の衝撃波や鱗が直撃して死んでいる兵士や冒険者がいる。指揮官ならば私情よりも状況把握が重要なのでは無いのか?」
叱りつけるように、イザヴァルが言い放つと、顔を伏せてグリフレッドは黙り込んだ。自分の受けた傷の痛みで指揮官でありながら怒りに我を忘れた事を反省しているのだった。しかしそんな反省しているような悠長な時間を魔物は与えてはくれない。
「次の行動が来るぞ!」
ベーベンセイウチの後ろで列を作っているマジェスティクラゲ。誰かがそう呼び始めてついた、多くの魔力と高度な魔法を使う魔物。それが集団になって魔力を進軍してからずっと力をためているようにイザヴァルには見えていた。
「なんだ・・・アレは・・・・!」
最前線で戦う兵士や冒険者は口を開いて今目の前に起こっている状況に恐怖した。はるか遠くからでもわかる巨大な波。その中には多数の海洋生物が波に乗り、大陸中央まで波に乗っていくような勢いでやって来ているのだ。そして波の一番高い所に腕を組んで波乗りをしている一人の巨人。
「アレは流石に下の兵士達では無理か。私が向かう、グリフレッドはここでしばらく軍という物を再確認していろ」
「お任せ下さい」
「さて、あの波に穴をあけるのは少し手間がかかるが、アレで行くとするか」
イザヴァルは腰に付けた細身の剣、聖剣ヴェズルフェルニルを構える。魔物がくるまでのここ数日は軍魔法の設置や情報収集を傍らに、剣の調整に時間を割いたイザヴァルは、以前使っていた細剣、レイピア同様に使いこなせるようにはなっていた。
そしてこの聖剣は風を止める力という風に語り継がれているが実際の能力は別格、風を止める程度の能力では無かった。
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■ 聖剣ヴェズルフェルニル 深淵級
効果:魔力の量によって遅れさせる。その他謎
世界の意思に託された者だけが触れる事を許される私達も知らない謎の聖剣。私達の間では神を裁く劔として、恐れられているわ。正直言って人間が持てる事に驚いているぐらい。慎重に使い道は決めてよね。
by 神界鑑定部 総会本部 代表取締役 ガブリエル
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魔力をヴェズルフェルニルへと加えると、外見に変化は出ず、ただそれがさも当たり前のようにイザヴァルの中の魔力を吸い上げていく。その量は二京、この魔力はイザヴァルの秘密の一つである契約相手であるメフィストフェレスから奪った魔力。
殆どの呪文の詠唱にはメフィストフェレスを使わなかったイザヴァルは、この剣を使い始めてから一日一度メフィストフェレスの魔力が満タンになる頃を見計らって使うようになっていた。
「まずあの波をどうにかしなければな!」
スキルの発動が確認され、剣は波を遅くする。確認する事が出来れば聖剣は問答無用で全てを遅くする。魔力の放出量を調節する事によって、遅延の速度の制御も可能になる。
「そして次に司令官、あの巨人の脳の伝達速度を遅くさせる、血流を心臓を筋肉を遅くさせる。自動回復速度を遅くさせる、相手の自衛スキル発動までの時間を遅くする、他の魔物が司令官に介入するまでの時間を遅くする、前線で戦っている魔物を遅くする、そしてこのスキルを妨害するスキル全てに遅延をもたらす。何もできず・・・・何が起こったかも理解できぬままに・・・・この私の前から消え失せろ」
二京の半分の魔力、一京という膨大な魔力を消費して作り出された結果は、余りにも圧倒的であり無慈悲な力。それが初めてこの世界に顕現した日だった。
イザヴァルさんがようやく最強になった記念すべき日。




