追っ手の出撃!
日が高く昇ると皆は休憩を切り上げて移動を開始する。
皆が出発していく中仲間の工兵達は思い思いの別れを告げて出発し、他の部隊からも足止めを買ってでたガルに敬意と感謝を述べて行く者が多かった。
「ガル。」
最後に声をかけてきたのは代理の隊長に就任したアッシュだった。
激情家で情にもろい彼が声をかけてくるのはガルにとっても不思議なことではない。
「必ず返しにこいよ。」
「ああ、そっちこそぬかるなよ。」
そう言うとアッシュは俺をガッチリと抱きしめてわずかに肩を震わせた。
追撃にでたルーデンドルフの軍勢は1000を超える。 部隊を4つに分けたことが村人の密告で割れたがそれでも一部隊に250人の兵士が詰めている。
それにたった一人で立ち向かうガルを待ち受ける命運は果てしなく暗い。
遠まわしに死ねと言っているのだ、彼が自分を責めないはずがなかった。
「必ず・・・生き延びろよ!」
最後は言葉になっていなかったがアッシュは別れを告げて部隊の先頭へ戻っていった。
「此度は大勝利であーる!」
場所は変わってルーデンドルフ領アットン城。 巻き髭の男が高らかに勝利宣言をしていた。 男の名はアットン城の城主 ミッカー・ヨランヌ伯爵
「まったくですな!」
相槌を打ったのはヨランヌ伯爵の腹心、コルシ・キンチャック男爵。
二人は内通者をものの見事につりだしアイゼンハルト帝国の貴族からの兵の供給を断ち、城に殺到するガル達が所属する甲化工兵から城を守りきっていたのだ。
「しかし出費が痛むのであーる、またぶどう酒はおあずけであるか・・・。」
貴族を買収したため多額の金銭が動いたらしい、二人の尊大な態度に似つかわしくない質素な鎧はその努力の結果だろうか。
「うむ~、さすがに領民の力を借りねばならんでしょうか。」
「そうであーるな、しかしながら我等は貴族!陛下の臣民たる平民への負担は極力少なくしたいのであーる!」
そうなると、と二人はしばし考えてから言った。
「「人質をとってアイゼンハルトから金をせしめるのである!」」
二人は同時に叫び顔を見合って頷くと城から軽装で追撃に向いた兵を選抜するべく城内を駆け回った。
「カハハ! 皆の者! これよりわれらはアイゼンハルトの無礼者に正義の鉄槌を加えるべく出撃するのであーる!」
それに際して注意事項があるのであーる!とヨランヌ伯爵は言うと羊皮紙に書かれた兵力の確認をしながら続ける。
「それから、敵はなるべく生け捕りにするのである! これは騎士道の観念から考えても妥当であるが・・・」
そういいかけたところで兵たちはひそひそと話しはじめる。
きっと金がないんだよな――貴族買収したって話はホントか――金の為って言えばいいのになー――などなど。
そのひそひそ話も声こそ小さいが隠す気もまた小さい。 ヨランヌ伯爵はキーッ!と地団太を踏んで叫ぶ。
「えーいうるさいうるさいである! これも世の為人の為陛下の御為である!」
兵士達はクスクスと笑っていたがそのうちの一人が大きな声で叫んだ。
「わかってますって!まけてくれた税の分だけ働きますから!」
その一言に兵士達からどっと笑いが起こる。 ヨランヌ伯爵は疲れたように息を吐くと真面目な声で指示をだした。
「それでは出撃するのである! 敵は手負いであるが噂に名高い退却名人エルリッヒ・ルーデット! 平民の将は泥臭いが鋼鉄のように粘るのである!」
気を引き締めて掛かるのである!というと今度は笑い声でなく鬨の声が上がり皆は一斉に城の外へ駆け出して行った。 ヨランヌも馬にまたがり、鎮護のコルシ男爵に留守を任せる。
「それではコルシ男爵、行ってまいるのである!」
「あの、ヨランヌ伯爵。」
「なんであるか?」
「皆もう行ってしまいましたよ。」
しばらくの沈黙が流れ。
「おいていかないでほしいのであーーーーーーる!!!!!」
ヨランヌ伯爵が泣きながら出撃した。