コイツが?
「で・・・お前は誰だ?」
ハンマーで突くと女性は困った様に言葉を濁した。 こんな空間に閉じ込める能力があるのだからおおよそ想像は付いたがそれでも聞き出した方がいい。
「えっと・・・信じてくれますか?」
「聞いてからだ、どんな話を聞いても笑いはしない。」
女性は背筋を伸ばして応える。 身長差が30センチ以上あるので基本的に見下ろす形になるが意を決したように言った。
「私は女神です。」
「それで、神様が何の用だ。」
俺があっさり答えると女神らしき女性は困惑しているようだ。
おろおろしているので仕方なく再度たずねる。
「何の用だと聞いているんだが?」
「あ、すみません、あっさりしすぎてたもので。」
どうやら俺があっさりと認めたことに戸惑っていたらしい。
そんな頼りない女神はおずおずと答えた。
「我が兵士になってもらおうと思いまして・・・。」
「兵士にするのになんで襲った?」
逆効果だろう、と俺は言った。 普通仲間にしたいヤツを襲ったりしないだろ。
そうたずねると真に頭の痛い返事が返ってきた。
力を示せば戦士は強い戦士に従うはずだと。 しかしながらそれは検討違いもいいところだった。
「あれっぽちの戦力とドラゴンとはいえよちよち歩きの雛になにができる。」
俺じゃなくても対応できる、と告げるとさらに戦士が本当に望むものがあると答える。女神はひどく驚いた様子で言った。
「しかし、我が妹が・・・戦の女神が!」
「・・・なら襲う相手を考えろ、俺みたいな不心得者の雇われ兵士を襲ってはいそうですかと従うと思ったのか。」
呆れてものも言えない。 自分の経験で培った知識ですらないなんてな。
そ最後に兵士としての勘と護衛として政変に何度か巻き込まれた経験から答える。
「お前の妹は無能だ。」
「な、なぜですか!」
さすがに無礼だと思ったのか女神は目尻を吊り上げて叫ぶ。 本当に何もわかってなかったらしい。
「お前の妹は戦の神らしいが戦の神が戦士の本質を知らないからだ。」
ありえない話だ。 農夫が作物の育て方知らないのと同じだ。
戦とつかさどる神が戦いを構成する戦士の望みをしらないとは。
「・・・!」
「そうじゃなきゃお前はだまされてる。」
妹の方が無能とは思えないが彼女には俄かに信じがたかっただろう。
しかし俺の世界は今未曾有の乱世、戦いに溢れている。
つまり、妹は『有能』なのだ。 世界に戦いをばら撒いているのだから。
妹に裏切られたのがショックなのか、自分の無知に気づいたのか女神はがっくりと項垂れ、ドラゴンが心配そうに彼女を見守っている。
「ところでお前は何の女神なんだ?」
こちらもおおよそ見当は付いたがあえて聞いてみた。
すると彼女は搾り出すように呟いた。
「豊穣と・・・安寧を・・・。」
「戦の神と正面からかち合う神徳だな。」
おそらく彼女の妹は姉の御人好しをいいことに都合のいい情報を吹き込んだのだろう。 豊穣と安寧の女神が弱まれば自然と治世は乱れ、土壌は荒れ、人々は戦うことでしか生き残る術を見出せなくなる。妹はまんまと競争相手の姉を出し抜いたのだ。
「しかしそんな世間知らずで良く神になれたものだ。」
ショックが大きかったのか女神は青い顔をしている。 微塵も妹を疑ってこなかったのだろう。 そして見当違いの努力の果てに得たのが死霊とドラゴンの雛。 世間では戦の女神ヴィクトリアが各地で信仰されているのに対し豊穣の女神グラウディアは宗教家の学者が記憶にとどめるのみだと敬虔な聖騎士聞いたことがある。
「あの・・・、騎士様・・・。」
青い顔とふらつく体を杖で支えながら女神はこちらを見ている。
なけなしの骸骨騎士を失い、切り札のドラゴンも見掛け倒しと知らされただけでなく身内からも裏切られた彼女はもはや立っているのもやっとといった風だ。
おそらく俺の力を借りたいのだろう。 すがるような目からそれはわかった。
見捨ててしまいたいのは山々だったが仮にも神の不興を買うのはよろしくない。
しかし、それ以上に妹の女神ヴィクトリアの存在が気になった。
実の姉を陥れてまで神としての権威を得たい理由はなにか?
そして何より世界をこんなに荒れさせた原因が彼女にあると知って俺は少なくない怒りを感じていた。