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私はシャロットの女

 私はファウスト博士の悪夢を見る。シャロットの女にとってのランスロットが死神ならば、私にとっての死神は金色の暴君だ。

 そう、あの君子に対する私の瞋恚(しんい)の眼差しは、あの人自身が忌み嫌う穢らわしい狂人の眼だ。私はアラクネ、私は淮陰の韓信。だから、私の存在自体を知らない君子は、私を忌み嫌う。

 アストラットのエレインはファウスト博士の魂を宿し、シャロットの女になった。私は一昨年、札幌競馬場で頭のネジを数本落とした。馬券は買っていない。ただ、自らの妄想によって自らの魂を汚した/怪我しただけだ。


 あの君子と駿馬を知る前に、私は死んでおくべきだった。あの忌々しい光を知る前に、私は闇に戻るべきだった。


 私の父はハムレットの父。私は女として生まれたハムレットだ。母も伯母も、クリュタイムネストラになぞらえるにはあまりにも平凡過ぎた。私の弟はオレステスではない。私はシグニィのように体を張れない。


 あの二人の才女たちのような「シスターフッド」など、私にとっては絵に描いた餅だ。自分自身以外は全て敵、そう、私は自分自身以外を憎むのだ。いや、一番憎いのは私自身だ。太陽と月のような歌姫たちを、私は見つめる。ニューヨークの太陽、東京の月、そして札幌の石ころ。


 メフィストフェレスはファウスト博士にトロイのヘレナを見せた。白面の貴公子は私に金色の暴君を見せた。私は、狂った。そう、シャロットの女のように、自らの鏡が横にひび割れた。


 疾走して闘う女たちを観る私自身の劣等感。私自身がいるべき世界ではない。さらに、まだ小娘だった頃から憧れていた騎士と人形たちの戦いに対して、禁忌の疑問を抱き始めた。

 絵が変わるだけであの世界から離れた者たちはまだ良い。所詮はそれだけに過ぎない。しかし、私の心の血肉はあの世界から作られた。忌々しい星々。


 誰かを助けるなら、決して恩着せがましく振る舞ってはならない。私は恩着せがましく振る舞う人間が嫌いだから。あくまでも、さりげなく。


 あの美しさ駿馬など、知らなければ良かった。ましてや、あの二人の才人たちなど知らなければ良かった。歴史を学んで教訓を得るのは、他人の汚物を自らの全身になすりつけて自らを汚す行為だ。そして、神々への反逆だ。無知な人間こそが幸いだ。私は何もかも知らないまま、死ねば良かったのだ。

 先生、私はあなたの口から彼の名を聴きたくなかった。私はシャロットの女だ。最初からあなたに対して勝ち目はない。だからこそ、あなたは私のような凡人を淮陰の韓信に見立てて軽蔑するのだ。

 あなたの口から彼の名を聴いた私は、割腹自殺を図りたくなった。なぜなら、あなたが彼の名を口にするのは、私に対する死刑宣告だからだ。私はあなたに対する嫉妬心や反逆心によって、狂い、壊れた。


 私の頭の中で、ローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』が鳴り響く。これが歴史、人間という名の畜生どもの汚物のオンパレードだ。先生、あなたからは手塚治虫やビートルズの匂いを感じられない。なぜなら、私はあなたが嫌う穢らわしい庶民の女だから。


 私はあなたよりも、あの文人の息子に共感する。あの「王」の物語は、あなたではなくあの人に語ってもらいたかった。そう、あの人は商鞅、私は景監。私はあの「商鞅」に対して夢と希望を託したかった。だけど、あの人はあなたと同じく、悪い意味で完成してしまった。


 私はあなたと偶像を共有したくない。所詮、シャロットの女はグィネヴィアには勝てないのだ。

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