カバレロドラド ―黄金の騎士―
やあ、久しぶりだね。今は例のウイルス対策で一般見学を受け付けていないのだけど、あなたは特別に許可を得ている。恩人である厩務員さんも忙しいし、そう簡単には来られない。ようこそ、我らが楽園へ。
凱旋門賞に出たあの女の子、頑張ってたようだね? 引退したら俺と…あ、失敬。こんな事言ったら、またネットで「まあ、ドラドだし」と言われるだろうけど、そもそも俺がしゃべれるというのは、世間では単なる「ネタ」としてしか扱われていない。下手に隠すよりも、ある程度隠さないでおく方が、案外秘密はバレないもんだろうな。
この牧場のスタッフたちも、たまにスマホやタブレットでニュースなどを見せてくれるけども、俺の主な情報源は、昼間に牧場内で流されるラジオだ。それで、今の現役の奴らについての情報を知っている。俺の娘のこれからの成績も気になるけど、今のところは三国志の二宮の変態みたいな事態を起こすような息子たちはいない。え? 一文字多い? まあな。我ながら寒いギャグだな。
そもそも、俺の存在自体が世間ではギャグ扱いされている。
俺の親父は悪戦苦闘の暴れ馬だった。最後のG1レースで優勝し、種牡馬になった。産まれた息子たちは奇馬変馬揃いの「いわく付きの血統」と呼ばれている。俺もその一頭だ。そう、黄金の騎士の名を持つ俺も、波乱万丈の競走馬人生だった。
3歳くらいまでは普通の「名馬の卵」だと見なされていた俺だが、競走馬としての闘争本能とは別の衝動が徐々に湧き上がってきた。競馬ファンたちのみならず、俺自身もそれに振り回されていた。
以前、あなたが読ませてくれた誰かのブログの記事にあったな。「ある種の天才は自分の人格が自分の才能の奴隷になっている」と。80年代に人気だったあのミュージシャンだとか、漢の三傑の股くぐりの韓信だとか、ギリシャ神話のアラクネだとかね。俺自身もそうだった。神様が天罰を下す相手は人間だけではないって。あのレースでの大失敗なんて、騎手ではなく俺一頭が非難されたのは、俺が世間で実質的に「名誉人間」だと見なされていたからなんだ。
あ、もうすぐ4時だね。そろそろホテルに戻るんでしょ? 気をつけてね。じゃあ、またいつかね。あと何年、あなたたちに会えるのだろう? 今はただ、余生を楽しむのみ。